アランと一緒に四国遍路。

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うどん本陣山田家
10月22日  



                    番外・洲崎寺 → うどん本陣山田家

                               15分



洲崎寺を出て遍路道の坂道を上る。
石の看板と「↑うどん山田家」の矢印を見ながら進んで行く。
前方にこれから登る五剣山が近づいてくる。
昔は、ごつごつした山塊が五つあったそうだが、宝永3(1706)年の地震で東の峰が崩れ、今は四つの峰だけになっている。

10:25
10:25
牟礼北小の先で細い遍路道を上がって行くと「うどん山田家」の前に出た。

10:30
10:30
古い造り酒屋を店舗にした「うどん本陣山田屋」。
広い駐車場に車が何台も止まっている。

店内に入るとショーケースにうどんが陳列されている。
地方発送も出来るので本家、親戚、知人、妹、自宅用の分を送る。

ベンチに荷物を置き、うどんを選び発送伝票に宛名を書き込んでいると、
「お疲れさまです。」と声を掛けられ顔を上げるとカーゴパンツお遍路さんが立っていた。
あれ~、此処でうどん食べたんですね。美味しかったでしょう。
「早かったけど昼食にしました(笑)先、有名なうどん屋さんって教えてくれたでしょう。とっても美味しかったです。それじゃ、お先に。」

な~んだ、興味がないような顔をしてたくせにと可笑しくなった。
宛名を書き終え、レジの人に”私もうどん食べていきます”と支払いを済ませ荷物を持って店内奥に行く。

10:35
10:35
奥には座敷もあったが入り口近くのテーブル席に着きザックを降ろす。

冷たいうどんと天麩羅セット。
うどん発送の分と一緒に支払いをしたので昼食代はメモしていなかった。。(^_^;)
11:00
うどんを食べ終えて今日の宿の手配。

屋島の下りはきつかった。。これから八栗寺への登りが待っている。
さて、どこまで行けるか距離計算。
八栗寺から86番志度寺まで約7km、此処から約8km。
86番から87番まで7km。
しばらく迷って今日の宿は86番近くの栄荘に予約の電話を入れた。

トイレに行き身支度をしていると隣の席のご夫婦に、
「どちらからですか?」と尋ねられた。
新潟です。と応えると、
「それは遠くからご苦労さまです。私たちもいつか二人で廻りたいと思っていたのですがいつの間にかこの年になってしまいあちこちにガタがきて歩いてはとても無理と言っていたところなんです。これ荷物になりますが持って行ってください。」
と、紙袋を持たせてくれた。
中にキャンディーとお菓子が入っていた。
ありがとうございます、頂いていきます。
奥さんがニコニコと笑顔で見送ってくれた。

11:10
11:10
山田家、出発。

11:15
11:15



番外 洲崎寺
10月22日  



                    岩村休憩所 → 番外 洲崎寺

                          2km 30分



屋島ドライブウエイを横切り急坂の遍路道を下る。

9:25
9:25
佐藤継信の墓の辺りまで下りてくると民家もあり道もほぼ平坦になった。

屋島の合戦で九郎義経の身代わりとなって敵の猛将・平教経の矢を受け命を落とした奥州武者・佐藤継信、およびその継信の供養にと贈られた九郎の馬・太夫黒とが広い敷地内に葬られている。

佐藤継信(さとうつぎのぶ)の墓。
佐藤継信の墓
遍路道標 
八栗寺 →

9:29
9:29
佐藤継信の墓から坂を下り道なりに南下したところに安徳天皇社。

【寿永2年(1183)平宗盛は、安徳天皇を奉じて一の谷から屋島に来ました。
ここは、壇ノ浦の入り江にのぞみ、後ろに険しい屋島の峰、東に八栗の山をひかえ、戦いには地の利を得たところであったので宗盛は、行宮を建て武士の陣営を造りました。
安徳天皇社のあたりが行宮跡であったといわれています。
                                        高松市
                                        高松観光協会 】
安徳天皇社
一の谷の合戦で大敗、屋島に逃げた平宗盛が軍司に命じて造営した幼帝・安徳天皇の行宮跡。
安徳天皇の死後この地を霊所として祀っている。
安徳天皇社
安徳天皇社から相引川に架かる高橋(たかばし)を渡り牟礼町へ入る。

マルナカ←東へ150m。

道標石標
 ← 85番八栗寺 2.7km。

9:45
9:45
洲崎寺駐車場→

9:50 
9:50
洲崎堂。
洲崎堂
橋を渡りスーパーマルナカの横を通り過ぎたところの信号を真っすぐに進み右折して直ぐのところに洲崎寺。

              番外 眺海山(ちょうかいざん)・洲崎寺

源平合戦ゆかりの寺として知られ源平合戦の頃は屋島が文字通り島であり洲崎寺はその対岸にあった。
世に名高い屋島の合戦で屋島にほど近い洲崎寺は戦火に巻き込まれ、焦土と化した。
義経によって堂宇の建立をみたが、長曾我部氏の兵火で焼失。
元禄年間になって復健、遍路の通じる路傍の堂として名高い霊場、真念の墓のある白い塀に囲まれている。

9:55
9:55洲崎寺
洲崎寺説明板。
【洲崎寺は眺海山円通院と号し、大同年間(806~)に弘法大師により創建されました。
本尊である「聖観世音菩薩」は大師の作と伝えられています。
源平合戦・長曾我部氏の侵攻により焼かれるなど繁栄と衰退を繰り返し、元禄十二年(1699)に再興され、現在に至っています。
源平合戦時、義経の身代わりになり討死にした佐藤継信の亡がらを、戦火のよって焼け落ちた本堂の扉に乗せて源氏の本陣・瓜生ヶ丘まで運ばれたと伝えられており、継信の菩提寺として、毎年三月十九日に慰霊法要が行われています。
平成十二年に再興三百年を記念して完成した庭園は、苔と石で「屋島壇ノ浦の戦い」を表現し、境内壁面に「扇の的」・「弓流し」等の合戦のあらましを刻んだ説明板があります。
また、江戸時代 四国八十八ヶ所霊場を庶民に広め、「四国遍路の父」と称えられている『真念』の墓があります。
        高松市教育委員会】
洲崎寺
境内。
洲崎寺
屋島檀ノ浦の戦いの石板。

南側の塀に「源平合戦・屋島壇ノ浦の戦い」の様子を刻んだ石版が取り付けられている。
「佐藤継信の討死」「那須与一・扇の的」「義経の弓流し」「景清(かげきよ)の錣(しころ)引き」などが詳細に説明されている。
9:20
洲崎寺境内に入ると南側の石板の前の石のベンチ(?)にカーゴパンツのお遍路さんが荷物を降ろし休んでいた。
私も隣の石ベンチにザックを降ろし汗を拭く。
参拝遍路は二人だけ。
遍路カバンを持って納経所近くのトイレに行く。

トイレから戻りザックからビニール袋を出し足元に広げ裸足になった。
「今日はどちらまでですか?」
まだ決めてないのですが先の下り坂で疲れてしまったし86番辺りで宿を取ろうかなと。。。
「僕は87番まで今日中に行こうと思ってるんですよ。」
それでは明日で結願ですね。
「そんな感じですよね。。」
あの、明日の宿は決まってますか?
「いえ、決めてません。」
23日、24日は88番前の宿、街道テクテクの貸切りで取れませんよ。
「え~!そうなんですか。街道テクテクの撮影、何度もすれ違ったり会いましたよ。結願で一緒になるのか。。。」
天下のNHKさん、撮影のスケジュールが決まって直ぐに宿を押さえたのかもしれませんね。
私、早めに電話したんだけどダメでした。

「88番の前、2軒しか宿がないんですよね、2軒とも貸し切りなんですか?」
そう、2軒ともダメでした。
「それじゃ、宿は?」
私は白鳥温泉に予約しました。
ザックから昨日お接待で頂いた焼き菓子と屋島寺で頂いたお菓子をカーゴパンツお遍路さんに食べませんかと渡した。
カーゴパンツお遍路さん、「頂きます。」と言って地図を広げた。

「白鳥温泉って88番から9.3kmになってますね。」
かなりありますよね、遅くなったらタクシーで行こうかと思ってるんです。
頑張ったご褒美に温泉でゆっくりしょうと思って(笑)

「僕は88番から1番に戻って高野山まで行くんです。宿、どうしょうかな。。。」
温泉にしちゃえば(笑)
「う~ん。。でも此処って高いのでしょう?」
¥6,500ーだったかな、そんなに高くないでしょう。
「そうなんだ、ちょっと考えてみます。それじゃ、お先に。今日明日で距離を稼いで行けるところまで先に進みます。」
この先にある有名な”うどんの山田家”さんは寄らないの?
「有名なうどん屋さんなんですか?」

カーゴパンツお遍路さん、温泉も有名なうどん家さんにも興味がないようだった。
ザックを担ぎ、「ご馳走さまでした、お先に」と出発して行った。

洲崎寺で25分休み10時20分出発。



岩村休憩所
10月22日  



                    展望休憩所 → 岩村休憩所

                          1km 45分


坂道を降りていく途中、山側に閉鎖された大きなホテル「甚五郎」があった。
車やバスツアーのお遍路さんが多くなりここは素通りしてしまうのだろう。
泊り客が少なくなって何軒もあった旅館やホテルが閉鎖になったと聞いている。
ここからの眺めは素晴らしいだろうに勿体無いね。
何年か前には屋島にはケーブルカーもあったそうだがそれも廃止になっている。
8:26
左に降りて行く遍路道への道標。
断崖絶壁のような急坂の遍路道入り口。
遍路道
山道を降りて唖然とした。
目の前は急降下。
どうやって降りたらいいのだろ・・・しばらく立ち尽くしていた。

今更引き返すわけにもいかない、とにかく降りて行くしかない。
杖を下の岩石のところに立て片足を下ろしてみるが足が届かない。
油断するとそのまま転げ落ちていきそうになる。
腰を降ろし左手を木の幹、枝につかまり右手の杖を頼りに慎重に下る。

座り込んで片足づつ降りて行くと少しだけ道幅が広くなり、やがて木の階段になった。
遍路道
どこまでも続いてるような急坂を杖を頼りに降りて行く。
遍路道
8:45
8:45
先から手がムズムズしている。
杖を握っている手元を見て驚いた、手袋に黒いゴマのような物がびっしりついている。
何これ!?と思ったら蚊!

手だけじゃない、ズボンの足の辺りにも蚊が止まっている。
慌てて払いのけたり潰すが蚊の方が強かった・・・
汗をかいてるので払っても払っても蚊が寄ってくる。
杖を振り回し顔を振り手を払いながら山道を行く。
8:49
顔を触ると刺されて何箇所も膨らんでいるし手袋を取って見ると手の甲はボコボコになっていた・・・
手袋の上、ズボンの上から刺す蚊に出会ったのは始めてだ…(;一_一)
9:05
急坂の下に「→岩村」休憩所の看板。

9:10
9:10
切り株のイスにザックを降ろし汗を拭く。
カバンから水を出し飲みながら手や顔をボリボリ掻いていた・・・
ズボンを捲ると足も刺されていた。。
岩村休憩所
水を飲んでいると坂道を若い男のお遍路さんが降りてきた。
こんにちは。
「こんにちは、お疲れさまです。」

この人、7部丈くらいのカーゴパンツで素足が出ている。
蚊に刺されませんでしたか?と聞いたら、
「いえ、別に刺されませんでしたよ。」って言われた(^_^;)
私は蚊に刺される体質なんだ。。。

「凄い道でしたね、大丈夫でしたか?」
ホントにすごい道でしたよね。。私、最初の急坂のところは足が下に届かなくって座り込んで降りました…
「あれは人間の通る道じゃないですよ。」
うんうん、良いことを言う。。あんな急坂、人間の通る道じゃないですよね。
感心してるうちに「それじゃ、お先に。」とカーゴパンツのお遍路さんスタスタと行ってしまった。

10分休んでいる間にまた蚊に刺されてしまった・・・
9時20分、岩村休憩所出発。



八栗寺へ
10月22日  



                   屋島寺東大門 → 展望休憩所



屋島寺の東大門を出ると土産物屋さんが並んでいたが時間が早く表の戸は閉まっていた。

8:02
8:02
遍路道への道標に沿って緩い坂道を降りて行くと池があった。
側に「瑠璃宝池」の説明板。

【屋島寺伽藍草創のおり弘法大師が「遍照金剛、三蜜行所、当都率天、内院菅門」と書き、宝珠とともにおさめ周囲を池としました。ところが竜神が宝珠を奪いに来ると伝えられ瑠璃宝の池の名があります。
また、源平合戦のとき壇ノ浦で戦った武士たちが血刀を洗ったため、池の水が赤くなり血の池とも呼ばれるようになりました。】
瑠璃宝池
源平合戦の折、兵士たちこの池で血刀を洗い池が赤く染まったといわれる「血の池」。
瑠璃宝池
源平屋島合戦パネル。
源平屋島合戦パネル
パネルや瑠璃池を見て廃屋になったホテルの横を通って行くと屋島の尾根の東側に出た。

瀬戸内海国立公園 屋島案内図。
案内板
屋島壇ノ浦源平合戦史跡 案内図。
案内板
壇の浦と五剣山が見渡せる。
五剣山
坂道の途中、道路脇にところどころにベンチが置いてある休憩所のような場所があった。
休憩所
ベンチにザックを降ろし休憩。
休憩
湾を挟んで真向かいに岩峰が屹立する山、これから向う85番八栗寺のある五剣山。
五剣山
8:25
8:25
景色を眺めたり写真を撮って20分休み8時25分出発。


84番 屋島寺
10月22日  



                 
                        屋島寺境内 
                      納経所から東大門
                         


鐘楼は鎌倉時代の作で重要文化財指定。

五重塔と鐘楼。
五重塔と鐘楼
五重塔と鐘楼。
五重塔と鐘楼
数多くの寺宝の他に那須与一の子孫が寄進した「源氏の白旗」、「源氏の勝臼」、土佐光起筆の「屋島合戦屏風」、「源平盛衰記絵巻」などが所蔵されている宝仏殿。
宝仏殿
釈迦如来 鑑真和上 阿弥陀如来が奉られている三躰堂と千手観音が安置されている千躰堂。
三躰堂と千躰堂
境内。
境内
境内。
境内
一面千手観世音菩薩が安置されている屋島寺についての記されている。
屋島寺
境内から東大門へ。
東大門
8:00

東大門。
東大門
2006年春、始めてのお遍路のとき駐車場からこの東大門から境内へ。
2008年秋、東大門からら85番八栗寺へ向かう。



84番 屋島寺
10月22日  



                     屋島寺境内



参拝を済ませ境内を周る。
広い境内に石塔やお堂が幾つも並んでいる。
境内
博物館のようなコンクリート造りの立派な宝物殿。
宝物殿
本堂隣に赤い鳥居と夫婦狸と子供狸。

霧深い屋島で道に迷われた弘法大師を山上まで案内したという屋島太三郎狸を祀る蓑山大明神。
蓑山大明神
お父さん狸と子供狸。
蓑山大明神
お母さん狸と胸に抱かれた赤ちゃん狸。
蓑山大明神
恵比寿・大黒天・弁財天・毘沙門天・福禄寿・寿老人・布袋尊の七福神。
七福神
境内。
境内
一願不動尊堂。
一願不動尊
不動明王像。
不動明王
御朱印を頂く。

納経所。
納経所
納経所の人がご苦労さま、とお菓子の袋をお接待と言って納経帖と一緒に渡してくれた。
ありがとうございます、頂きます。

納経帖とお菓子をカバンに入れてると中でお茶を飲んでいた地元のおじさんが納経所の人に話しかけた。
「テレビを見たよ、住職が映っていたね。」
「あぁ、見たかね。寺の説明を何度も繰り返し撮り直すんだよね。あの卓球の子と一緒にこうやって並んでくれとかこっちに歩いてきてとか何度もだよ。」
「へぇ~そういう風にして撮るのかね。テレビじゃそんなところは映ってなかったよ。住職は話も流暢だったし格好も立派な姿だったよ。」
「へへ。。そうかね。わしはそんなの見てないよ。」

あ~。。。もしかして…
あのぉ、NHKの撮影ですか?
「そうそう、昨日此処で撮影があったんだよ。ほらあのテクテクとかいう番組の。」
街道テクテクですよね。
昨日、此処で撮影だったんですか。。

ってことは今日は85番?86番?

「24日に結願だそうだよ。」
そうなんですよね、それで88番の前のお宿が取れなかったんですよ。。。
「そうなのかね、撮影に来てた人たち大勢いたからね。大窪寺がダメなら長尾寺か志度寺辺りで宿を取ったらどうかね。コミュニティバスが往復してるから宿に荷物を置いて行くお遍路さんが多いよ。」
そうなんですか。。。
私、白鳥温泉に予約したんです。
「白鳥温泉まで行くのかね?山を越えたところだから大窪寺からけっこうあるよ。それなら今日は長尾寺までは行かなくてはならないね。」

そうします。。
あの急坂を毎朝何度も往復してるそうですがこちらの地元の人たちって凄くお元気なんですね。
私なんてヘトヘトになって登ってきたのにみなさんスタスタ歩いて行くのにはビックリしました。
「あはは~、ここのじーさん、ばーさんは歩くことしか楽しみがないんだよ。お陰でみんな長生きしてるよ(笑)」
おじさんと納経所の人、大笑いしながら話していると境内に賑やかな団体ツアーのお遍路さんたちが入ってくるのが見えた。
団体さんの前に納経が済んでラッキー。

あの、85番へは登ってきた道を戻るんですか?
「いや、遍路道はこの前を通って向こうの東大門、あの団体さんたちが入ってきた門を出て坂を少し降りて行くと左に遍路道に入るところがあるからそこから山を降りて行くんだよ。凄いアップダウンの道だから滑り落ちないよう気をつけて行きなさいよ。」
ありがとうございました。
納経所
納経所を出てベンチに戻りザックに納経帖と巾着を入れて身支度。

ヨッコラショと掛け声を掛け、ザックを担いで東大門に向かう。




84番 屋島寺
10月22日  




                  第八十四番札所 南面山(なんめんざん) 屋島寺

仁王門を潜り次の四天門(阿波藩蜂須賀公寄進)を潜ると広々とした境内。
正面に重要文化財指定、朱塗りの柱も鮮やかな本堂(5間4面単層入母屋造り)がある。
参道の右手に鐘楼、千体の観音を祭る千体堂、大師堂、左手に庫裏、阿弥陀如来、釈迦如来、鑑真和上(がんじんわじょう)の3人を祀る三体堂などが並んでいる。

本堂の隣に赤い鳥居が並ぶ「蓑山大明神」は佐渡の団三郎狸、淡路の芝右衛門狸と共に日本三大狸、「太三郎狸」を祀っている。



仁王門。
仁王門
四天門。
四天門
仏法を守護する持国天(東)・増長天(南)・広目天(西)・他聞天(北)の四天王が四方を守っている。
四天門
四天門を潜ると正面に本堂。
境内と本堂
急坂を一緒に歩いてくれた素敵な女性とここでお別れ。
頑張ってね、と手を振ってくれた。

水屋。
水屋
納経所とお店の間にベンチが置かれていたので隅のベンチにザックを降ろす。
納経帖を遍路カバンに詰め、ロウソク線香を出し巾着に入れて本堂大師堂で参拝。
ザックの上に菅笠を被せ、お杖を側に置いた。

本堂。
本堂
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂



屋島寺へ
10月22日  


 
                     遍照院 → 84番 屋島寺

                       1.6km 50分



勾配21%の登坂。
わずか1.6kmの間でに標高284mを登ることになる。。
涼しいと思っていたのは最初だけ汗がダラダラ流れ息が上がる。
ゼェゼェハァハァ言いながら御加持水と書かれた石標と石仏が並んでいる所にたどり着いた。

「番外霊場 屋島の御加持水」
弘法大師が屋島寺に向かう登り道の途中、休憩されたが喉の渇きを潤す水があたりになく不便をかこつ衆生のためにと、加持祈祷されると岩の間から清水が湧き出たという伝説がある。

6:50
6:50 御加持水
道幅は広く舗装されているが急坂はだんだんと厳しさを増してくる。
ハイキングスタイルの軽装の数人のグループやおじいさん、おばあさんがおはようございます、と声を掛けながら追い越して行く。
かなりのお年の人もおられるのにシャキッとして元気そのもの。

6:54
6:54
食わずの梨の説明板の前にベンチが置いてある。
ザックを降ろし休憩。。。

「番外霊場 食わずの梨」
弘法大師が屋島寺に向かう途中、梨の実の収穫作業中の農夫に梨の実一つを所望されたが、この梨は食えないのだと嘘を言ったため、本当に硬くて食えない梨になってしまったという伝説の説明板。

7:05
7:05 食わずの梨
食わずの梨。
食わずの梨
5分休んで腰を上げザックを背負っていると坂道を女の人が降りてきた。
服装と顔を見て随分前に私を追い越して行った女性と気がついた。
すごい~!もう登って降りてこられたんですか!
「私は荷物がないですからね。私、ご一緒します。」
え~だってせっかく戻っていらしたのに。
「お寺まで行って又戻り又お寺へと2,3回往復しているんですよ。」
なんと!・・・
「お遍路さんの足に合わせますからゆっくりで行きましょう。こんなに重い荷物を背負って本当にご苦労さまです。どちらからいらしたんですか?」
新潟です。

「私なんて此処には来れるときだけだけ歩いてますが毎日往復してる人が多いのですよ。」
え~!毎日何往復もするんですか!?
「そうですよ、屋島寺の門のところに『自由登山番付表』ってのがあって、登る人の名札が掲示されているんです。みなさん毎日のように登って、その回数が何回か以上になると番付が上がって名札は大きくなっているんですよ。何百回記念とかのプレートとか登山確認のスタンプが置いてあるそうですよ。私なんてまだまだ序の口にもいきませんよ (笑)」

ここから女の人と一緒に急坂を登る。

7:10
7:10
やがて急坂を登って行くと見覚えのあるグループやおじいさんやおばあさんが降りてくる。
追い越して行った人たちがその番付表に記入し降りて又登ってくるのだろう。
すごいですね・・ひたすら感心。

「何を言ってますか。お遍路さんの方こそこうやって毎日毎日歩いておられ凄いことですよ。私を始め四国に住んでいても八十八ヶ所を廻る人は少ないですよ。お遍路さんを見ていると頭が下がります。ずっとお一人で廻っているのですか?」
この急坂を毎日何度も往復なさってる人たちの方が凄いことですよ。
私は此処まで来るのに2年掛かりました。
一人で歩いてても休憩所で一緒になったり又お宿でご一緒になって同行してもらったり。
歩いててもみなさん足の早さが違うでしょう。
私は揺る足だし、あちこち寄り道したり休みたいときに好きなところで休んでますので一人の方が気楽の時もあります。

「そうですね、気の会う人だったら良いけどそういう人ばかりじゃないし、見ず知らずの人との連れはやはり気を使いますよね。お一人でいろんなことを考えておられるのでしょう。知り合いがご主人に先立たれお遍路に出たいと言ってましたが、お遍路さんも何か悩みとかあって廻られているのですか?」
悩みー?どうなんでしょうねぇ。。
お遍路に出られる方たちはそれぞれの想いがあってのことなのだと思います。
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。足は大丈夫ですか?もう直ぐですからね。」

これは畳石と言います、と教えてくれた。

7:18
7:18
女の人が色々話をしてくれたが頷くだけで背一杯・・・(^_^;)

頂上まで200m標識。
7:22
ゼーゼー喘ぎながらようやく仁王門に到着。
中までご一緒しますと連れ立って仁王門を潜った。

7:30
7:30 仁王門
仁王門を潜ってから気がついた・・・
教えてもらった番付表…見逃してしまった(-_-;)





屋島寺へ
10月22日  



                   屋島ローヤルホテル → 遍照院

                             1km 15分



5時30分起床。
部屋の窓から外を眺めると左手に見えてる道路を歩いている人の姿が見える。
こんなに早くから歩いてる人がいるんだね。

トイレ洗面を済ませ日焼け止めクリームを顔と手に塗り簡単に化粧。
荷物を纏め身支度をする。
ゴミをまとめ忘れ物がないか確認し部屋を出る。

2階のフロントに行き鍵を渡し1階へ下り屋島寺へ出発。

6:25
6:25
ホテルを出て右へ少し行くと国道14号、横断歩道の電柱に遍路マークと四国のみち石標。
歩道は土になっていて歩き易い。

6:27
6:27
琴電を越える。
自販機で水を買う。

6:30
6:30
6:35
6:35
6:38
6:38
遍照院前を過ぎると、登坂となる。
坂道を登る途中の左手に「勾配21%」と書かれた道路標識!

6:40
6:40



屋島ローヤルホテル
10月21日  



                        栗林公園 → 屋島ローヤルホテル

                           5.5km 2時間



栗林公園・東口を出た道路を左に曲がり北に向かった。
貰った観光マップを見ながら小路を数えて進む。
小路6つ目で大きな交差点、中町交差点、その交差点から7つ目の広い通りが番町交差点。

案内標識。
左←中央公園、市役所、↑玉藻公園、高松駅、→屋島

高松市内の中心街、大きな建物が立ち並び人も車も多い。
信号が青に変わり人の流れと一緒に横断歩道を渡り11号線を東へ進む。

琴電を越えると少し静かな街の風景に変わり、幾つ目かの小路の角に扉を開けたままの喫茶店があった。
ここでコーヒー休憩。

アイスコーヒーを注文し靴を脱ぎ裸足になった。
ビニール袋を出そうとしてるとお店の人がスリッパを貸してくれた。

14:50
14:50
トイレを借りて身支度してるとママさんがお接待と言ってお煎餅と飴を持たせてくれた。
コーヒー¥400-。
喫茶店で25分休憩。

お煎餅、飴、ご馳走様です。
スリッパもありがとうございました。

15:15
15:15
高松中央高校を過ぎた交差点。
歩道橋に「↑屋島 5km」の標識。

15:18
築地町 15:18
前方に詰田川。

15:35
15:35
詰田川を渡る。

15:53
15:53
行く手に屋島が全容を見えてきた。
屋島
春日川1km手前、↑屋島 2km地点。

15:55
15:55
春日川を渡る。
橋からは左前方に屋島がすぐそこに見える。

16:05
16:05
進路左前方に白い建物、屋島ローヤルホテルが見えてきた。

16:10
16:10
屋島ローヤルホテル到着。

16:15
16:15
2階のフロントへ行く。
住所名前を記帳し料金前払い。
1泊 ¥5,000-

フロントの先、エレベーターと反対側のドアの向こうが洗濯場。
洗濯機3台と乾燥機3台が設置。
洗濯¥200- 乾燥30分¥100-
と説明してくれて道路を出たところにコンビニ、スーパー、飲食店があると教えてくれてホテル周辺とお店などが詳しく書かれたイラスト入りの手書きマップを渡してくれた。

とりあえず部屋のキーを貰いエレベーターで5階の部屋へ行く。
部屋の窓正面に屋島が見えた。

お風呂に湯を張り半袖のTシャツとGパンに着替え洗濯物を袋に詰め洗濯場へ行く。
フロントの前を通って廊下の先のドアを開けるとビルの屋上のようになっていている(2階だから屋上ではないのだが。。)隅に洗濯機が並んでいた。
空いてる洗濯機に洗剤と一緒に洗濯物を入れ200-入れるとスイッチが入った。

部屋に戻り巾着に財布を入れコンビニ行って夕食を仕入れてくる。
ホテルから出た11号線沿いにローソン、居酒屋、吉野家、ミスド、マックの看板が見える。
ホテル向かいに大きなスーパー、パワーシティ屋島があった。
スーパーまで行く気になれないし、一人で飲食店に入る元気もないので一番近いローソンでおにぎりと玉子焼き、缶ビールを買って部屋に戻る。

窓からの屋島を眺めながら本家とあーちゃんpapaに電話を入れた。
5時少し過ぎ、洗濯場に行き終わっていた洗濯物を乾燥機に入れてくる。
フロントの人が此処では浴衣のままで良いですよ、と言ってくれた。
新聞を借りて部屋に戻る。

お風呂に入ろうか迷ったが乾燥が終わるまで待つことにしてベッドの上で新聞を広げる。
新聞・・・久しぶりだった。
テレビで此処でしか見れない地元局の番組やCM、ローカルニュース、知らない土地の名前の載った活字を見るのはを新鮮で興味深いものだ。
此処にこなければ見れないかったこと、知らなかったこと出来事が当事者のように感じたり見たような錯覚を起してしまう。

地元の三面記事を読み終えるとそろそろ乾燥が終わってる頃。
ビニール袋を持ってまた洗濯場に行く。

厚手の靴下がまだ乾ききってなかったが出窓の棚に置けばそのうち乾くだろう。
お風呂に入り髪を洗って浴衣に着替える。

荷物の整理をして友達にメールを送りカメラ、携帯の充電。
窓の外はすっかり暗くなった。
昨夜のこの時間、反対側から見ていた夜景を思い出す。
此処からは五台山は見ることが出来ないが向こう側からこちらが見える。
きっと今夜も巡彩庵の窓から屋島を見てるお遍路さんがいるのだろう。


思えば遠くに来たもんだ~
明日はどこまで行くのやら~
故郷を離れて何日目~

缶ビール飲みながら、でたらめ歌を口ずさんでいた。


               巡彩庵 → 屋島ローヤルホテル
   
                  25km 47,274歩
 

      
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