アランと一緒に四国遍路。

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11日目 3月16日 高野山1
遍照尊院の宿坊は広く、売店や食事をする大きなお部屋、お風呂場、本堂、と曲がる度の廊下に矢印が出ている。

Wちゃんと私。AさんとOさんは廊下を挟んだ向かいの部屋。
部屋には、小さなガスストーブが1台あるのみ。
庭には昨日の雪が残っていたし、山の中、部屋を閉めても寒さで暖まらない。
お風呂で温まった体も、部屋まで戻る頃には冷えていた。
夜は長袖のTシャッツを着て、トレパンを履いたまま布団に潜り込んだ。

朝6時から本堂でお勤め、と言われていたのに。。。
wちゃんと私、寝坊してAさんの呼ぶ声で飛び起きた。
時計を見ると、6時過ぎていた(-_-;)

大急ぎで顔だけサッと洗って本堂へ行くと、宿泊されていた人たちはとっくに本堂に集まっていた。
後の方へ回り、AさんOさんの横に座り、お勤めにはなんとか間に合った。

お勤めを済ませ、ご住職からありがたいお話を聞かせて頂いた。
その後、グループごとに広間で朝食。
胡麻豆腐がとても美味しかった。

8時に遍照尊院を出て、高野山へお参り。

AM8:10 遍照尊院前。
お世話になりました。お勤めに遅刻して済みませんでした。。。
遍照尊院

遍照尊院

高野山。
弘法大師信仰の中心聖地。
弘法大師が入定されている御廟を中心とした奥の院は。壇上伽藍と並ぶ高野山の二大聖地。
一の橋から中の橋を経て奥の院御廟まで、約2km(徒歩40分)にわたって参道が続いている。
巨木が生い茂る木立の両側に、武田信玄、上杉謙信などそうそうたる戦国武将や江戸時代の諸大名の墓碑が立ち並ぶ。

参道には、数々の不思議な伝説が残っている。
中の橋の地蔵堂には灼熱地獄の苦しみを衆生の身代わりとして受け、いつも汗ばんでいる汗かき地蔵がある。
その隣、姿見の井戸は覗き込んで姿が見えない人は3年以内に死ぬといわれている。
覚鑁坂(かくばんざか)の石段は転ぶと3年しか命がもたないので、「死に」を超えるように43段ある。

数十万の供養塔や墓碑が並び樹齢500年を越す巨木が生い茂る参道。
高野山参道

墓碑

墓碑

墓碑

墓碑

参道

大きな優しい顔をしたGRとお坊さんが朝散歩をしていた。
朝散歩のワンコ

参道

御廟橋のたもとの川端に、納経所と14体の金仏が立ち並ぶ水向場があり、ここで煩悩を洗い流し奥の院へ向かう。
高野山納経所

御廟橋。
この橋まで大師が迎えて下さるといわれている。
これより先は弘法大師御廟と燈籠堂がある霊域なので飲食、撮影禁止になっている。
僧侶が一の橋と御廟橋を渡るとき、必ず礼拝することに習い、橋を渡るときは行きも帰りも一礼をする。
奥の院へ


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