アランと一緒に四国遍路。

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3月14日 85番 八栗寺
PM4:00 85番 八栗寺(やくりじ)
5つの峰が特徴的な五剣山の中腹にあり、創建は天長6年(829)。
五剣山は標高357mの山で壇ノ浦を挟んで屋島と向かい合っている。
寺伝によると入唐前の弘法大師がこの山に登り8つの焼き栗を埋めて旅の無事を祈願した。
帰国後、再びこの地を訪れ求聞持法(ぐもんじほう)を修したとき、天から5本の剣が降っってきたことの由来といわれている。
大師は5本の剣を巌穴に埋め、大日如来像を刻み山の鎮守とした。
五剣山の山頂からは、広く八ヵ国が望め寺号は八国寺とされていたが大師が埋めた8つの焼き栗から芽が出ていたため八栗寺と改められた。
中世は山岳修験の場として栄えたが、天正の兵火により焼失。
文禄年間(1592~1599)に無辺上人が再興に尽力し、江戸時代には藩主松平頼重・頼豊が諸堂を再建、松平家祈願寺とした。
この寺は「八栗の聖天(しょうてん)さん」とも呼ばれ、札所でも珍しい歓喜天霊場としても知られている。
八栗ケーブルか、車で裏参道から上がるのが一般的らしく仁王門は通らない。

駐車場から裏参道口にある本坊前。
ここから境内まで200m歩く。
裏参道本坊

境内と仁王門。
境内と仁王門

水屋。
境内と水屋

本堂の左手前の聖天堂。
ここに歓喜天が祀られている。
歓喜天は「聖天さん」と呼ばれ、福徳自在、商売繁盛、夫婦和合のご利益がある。
本尊は、木食以空(もくじきいくう)上人が後水尾(ごみずのお)天皇皇后の東福門院より賜ったという、弘法大師作の歓喜天。
象頭人身の男女の神が抱き合った姿をしている。
高さ約15cmの小さな黄金の像で、50年に一度開帳の秘仏。
歓喜天信仰は大師が唐より持ち帰ったといわれている。
商売の神様聖天堂

本堂脇の石段を数十段登ったところにある中将坊堂。
山の守り神である天狗の八栗山中将坊を祀ったお堂。
天狗は修験者の象徴。
祭神の天狗は、金比羅山の金剛坊、白峰山の相模坊とともに讃岐三大天狗の一つであり、鞍馬山の僧正坊、大峰山の善鬼とともに日本五大天狗の一つ。
堂の後ろの山には磨崖仏(まがいぶつ)も残っているが危険なので見学はできない。
中将坊堂への石段

石段を上がったところに中将坊堂

朱色が鮮やかな多宝堂。
昭和59年10月建立された総桧造り、高さ17mの鎌倉様式。
本尊は金剛界大日如来坐像を安置。
内部は四方の壁面に八祖大師と十二天像、来迎壁の裏面に尊勝曼荼羅、四方の扉には八大菩薩が極彩色に描かれている。
多宝堂

多宝堂

文禄年間に無辺上人が再建したものを、寛永19年(1642)に松平頼豊が現在地に移築、修復した。
松平家の祈願寺であったため屋根には葵の紋が入っている。
本尊の聖観世音菩薩は等身大で弘法大師作。
本堂から右手に大師堂があり、その横に多宝堂が建っている。
八栗寺本堂

八栗寺本堂

八栗寺境内。
境内石仏

参拝を済ませ高松国際ホテルに着いたのがPM5:00
Aさん、Oさんは自宅へ戻るのでホテルで別れる。

洗濯洗剤も持ってきていたが洗濯物を干す場所がないので一まとめにしてある。
要らなくなった荷物や土産物、洗濯物をホテルのフロントでダンボールを手配し宅配便で送った。宅配便を送ったのはこれで3回目。
車で移動でも荷物は少ないのが一番。
洗濯物を取り出すと膨らんでいた鞄も軽くなってきた。

Wちゃんは土産は高野山で買うと最初から決めていたそうだ。
ホテルに着くとWちゃんは先ず裸になり、お風呂場に入り湯船の中で洗濯を始める(笑)
クローゼットの中から、あちこちにおぱんつや靴下が干されている(笑)
女同士で気心も知った間柄。裸の付き合いになった。

奥州のおじさんからTEL。
結願を済ませ、徳島のホテルに無事到着。
明日の朝一番のフェリーで和歌山に渡り高野山へ入る予定だそうだ。
私たちより1日早い。
今日は雪が降り寒かったね。とおじさんたちも言っていた。

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