アランと一緒に四国遍路。

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3月14日 81番 白峯時(しらみねじ) 82番 根香寺(ねごろじ)
午前中、雪が降ったり吹雪いたりしていたのが嘘のように晴れて日が差してきた。

PM12:00 81番 白峯時(しらみねじ)
五色台の中の白峯山(337m)の中腹にあって、崇徳上皇の陵墓、白峯御陵がそばにある。
高麗門形式の七棟門を入ると、茶堂、御成門、勅使門があって門の中には客殿、庫裡、納経所がある。
さらに左へ進むと宝物館や不動堂、宝庫などの建物が並び、正面が勅額門、ここを入れば崇徳天皇の廟所・頓証寺殿。
本堂は勅額門の手前からの右投を登りつめたところにある。

頓証寺殿。
中央に上皇宸筆の六字名号、向かって左に鎮守の相模坊大権現、右に上皇の念持仏十一面観音をまつる。
門にかかる「頓証寺」の勅額は後小松天皇が応永21年(1414)に奉納したもので、重要文化財。
保元の乱により讃岐に配流された崇徳上皇は、現在の坂出市にあった雲井御所(くもいのごしょ)に3年、木丸殿(このまるでん)に6年間幽閉され、長寛2年(1164)崩御。
遺体は白峰で荼毘にふされ、山腹の白峰御陵に葬られたが、以後たびたび都に変事が続くので、朝廷は白峯時に上皇の霊を祀る御廟所として頓証寺殿(とんしょうでん)を建立した。
また、多数の宝物や荘園を献じ、塔頭21坊を数えるほど隆盛したが、天災や兵火のため焼失。
崇徳上皇崩御の3年後、西行法師が御廟前に詣で、上皇の御霊と歌を詠み交わしたという伝説があり、上田秋成「雨月物語」にも語られている。

参道左手には西行法師廟参の石像と歌碑が立っている。
十三重塔表参道の途中にある2基の石塔で、高さ約5m。重要文化財。
崇徳上皇の菩提を弔うために源頼朝が建てた万茎の供養塔の一部とも言われているが、左の塔には弘安元年(1278)、右の塔には元亨4年(1324)の銘があり、時代が少し下る。
付近には古い石塔や石仏も多く残っている。

国の重要文化財の七棟門(しちとうもん)。
高麗門の左右に2棟の塀を連ね、棟が合わせて7棟ある。
白峯時 七棟門

本堂までの92段の石段。
本堂までの石段

白峯時(しらみねじ)本堂。
参道の右手、頓証寺殿前から石段を登ったところにある。
現在の建物は慶長4年(1599)、生駒一正の再建によるもの。
本尊は智証大師作の千手観音で、人々を種々の災難から救う「身代わり観音」として信仰されている。
本堂

PM12:30 82番 根香寺(ねごろじ)
五色台一つ、青峰山中にあり、深い緑に包まれている。
大師は蓮華谷の香木で千手観音菩薩を刻み、本尊として安置し千手院を建立。
木の根が長い間、芳香を放っていたことから2院を総称して根香寺と号した。
後には後白河上皇の祈願所となり99の末寺を持つ巨刹として栄えたが兵火により焼失。
江戸時代に高松藩主松平頼重公によって再興された。

根香寺(ねごろじ)仁王門。
根香寺 仁王門

根香寺 仁王門

仁王門をくぐると参道は石段で下り、再び上って右に大師堂、左に本坊、納経所がある。
根香寺 境内

根香寺 境内

大師堂は本堂へ向かう参道の右側にあり、明治から大正にかけて建てられたもの。
お掌と参道の間には、1本の木に5色に染め分けられた葉がつくという珍しい「五色のもみじ」の木がある。
境内

境内

本堂への石段。
本堂への石段

根香寺(ねごろじ)本堂。
石段を上ると回廊型式の本堂。
本堂前の回廊はコの字型 に"万体観音堂"があり、全国各地 の人から奉納された観音様の小像 が3万体以上並んでいる。
根香寺 本堂


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