アランと一緒に四国遍路。

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別格 與田寺
10月24日 



                      四国八十八所奥院 医王山(いおうざん)與田寺

                         真言宗別格本山



昨夜、いつもの習慣で寝る前に目覚ましを6時にセットしたがそんなに早く起きなくてもいいのだと気付き7時にして布団に入った。

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
窓の外の景色を眺め、洗面道具を持って廊下に出た。
隣の部屋のドアが少し開いてたので中を覗くと浴衣のままのOさんが布団をたたんでいた。
おはようございます~。
「おはようさん。よく眠れた?」
はい、ぐっすり。あれからすぐバタンキューでした(笑)
「私も。食事は8時だよね。車だからゆっくりしょうね。」
朝食は8時ですよね。それじゃ顔洗ってきます。
支度が済んだら迎えに来ます。

洗面トイレを済ませ部屋に戻り布団をたたんで荷物をまとめ身支度。
8時少し前、Oさんが迎えに来てくれたので一緒に部屋を出る。
「忘れ物はない?荷物はフロントに預けよう。」
遍路カバンを肩から斜めに掛けザックとお杖、菅笠をフロントの邪魔にならないところに置いてもらった。
川○さんは頼んでいたおにぎりを持って6時頃に出発したとフロントの人が教えてくれた。

食堂に行くと昨夜の年配のご夫婦が浴衣の上に丹前姿で食事しながらお遍路姿の私をチラチラ見ていた。

「haruさん、今日はこれから1番へ行くの?」
Oさんに尋ねられ、自分の思っていたことを話した。

Oさん、結願の後は必ず1番に戻らなくてはいけないんですか?私ね、1番に戻るのはあまり気が進まないんですよ・・ずっと考えていたことなんですがここに、與田寺がありますよね。

遍路カバンから地図を出し與田寺を指差した。
【三本松港が関西の窓口として栄えた頃、與田寺はお礼参りの寺として多くの遍路が訪れ以来「四国総奥之院」として称されている】
地図に載っている。

私ね、これを読んで此処で、與田寺で満願としたいと思ったんです。
「與田寺は昔から四国総奥之院と呼ばれていたんだよね。私の子供の頃、今でもなんだけど家では初詣に行くんだよ。與田寺は静かなとても良いお寺さんだよ。haruさんは満願のお礼参りに與田寺へ行きたいのね。88番から1番へどうしても戻らなければいけないと決まってはいないし順番に廻って最初のお寺へ戻れば丸い輪が出来るってそれは後になってから言われたことなんだよ。どうしても1番に戻らなければいけないなんて決まりはないし、お遍路を始めるときに最初は1番からじゃなくてもどのお寺からでも良いことでそれに、順番に廻ろうが逆に廻ろうが自分の思う通りに廻れば良いことでしょう。閏年に逆廻りをすればご利益が何倍にもなるとか言われ今年は特に逆回りのお遍路さんが多いけどね。それよりも帰ってからharuさんちの近くのお寺さんや自分とこのお寺さんへ行って結願の報告参拝をしたって良いことで、88番から1番へ戻り、そして高野山へって言うのは決まっていることでもないのよ。正式になんて、一体何処の誰が決めたこと?そんなこと、お大師様は言っておられないし、お遍路さん全部が1番に戻るって決まったことなら、1番さんだけ儲けになるよね(笑)自分の思う通りに、気が済むようにしたら良いの。今日は1日、haruさんに付き合って行きたいところ何処へでも行こう!」

え~!?今日もOさんが付き合ってくれるんですか!?
そんなぁ・・Oさんに申し訳ないですよ…それにお仕事があるじゃないですか。
「仕事は休み!ちゃーんと連絡したから問題なし。本当は家に泊まってもらえば良かったんだけど、家は狭くて・・ごめんね。」
そんなことないです、Oさんに気を使わせて私の方こそ済みません。
大窪寺まで来て頂いただけでもありがたかったのに。。
「それじゃ、これから與田寺へ行ってその後は何処へでもharuさんのお供しますよ(笑)」

朝食を済ませ、駐車場へ。
ザックを後部座席に入れ助手席に座りシートベルトを着けた。
Oさんと車に乗ってると2年前の春、4人で廻った始めてのお遍路が思い出される。

白鳥温泉から国道377号線に出て北へ。
交差点に三宝寺の標識。
星越峠を越え132号線へ出て北上、大内ダムを通過して県道の分岐で右折して129号線に入った。

高松自動車を越えたところに高速バスの案内があった。
地図で確かめると「大内高速バス乗場」が載っている。
高速バス乗場の向かいに「とらまる公園」の案内が出ている。
Oさんに、高速バス案内に寄ってもらう。

大阪行きの高速バスに此処から乗れるようだ。
バス乗場は休憩場のようになってて係りの人はいない。
案内所に大阪行きの時間とチケット予約の電話番号が書かれたポスターが貼ってあった。
書かれてる時間と電話番号を見ながら電話を入れた。

「25日、大内発 高松エクスプレス 11:47→大阪着 14:31」のチケットが予約できた。
名前を聞かれ料金はバスの乗務員に支払うよう教えてくれた。
Oさんに、明日のチケットが取れたと報告。
さて、今夜の宿はどこにしょう・・・
Oさんに地図を見てもらう。

JR三本松駅近くにローヤルホテル三本松が載っている。
結婚式で行ったことがあるとOさんが言った。
「大きくて綺麗なホテルだったよ。」
今夜は此処にしょう、少しくらい高くても構うことはない、最後の夜なんだから。

與田寺の後で三本松ホテルに行くことにして出発。
国道から幾つも道を曲がりやがて住宅地を抜けて行くと大きな仁王門が見えてきた。
周囲が住宅地になっている落ち着いた静かな場所に與田寺があった。
門前に樹齢600年といわれる椋の木が茂っていた。

與田寺到着。
9:00
9;00 與田寺
與田寺。
【厄除けの寺四国八十八ヶ所奥之院與田寺は天平年間、行基菩薩の開創にして、弘法大師、増吽僧正その他著名な僧ゆかりの寺であり、嵯峨天皇の時、勅願所となり国内談義所とされ、古来医王山薬王寿として全国に知られ、後小松天皇より、虚空蔵院の院号を下賜され、以後各時代の変還を経て現在に至っております。
また国指定の重要文化財多数を蔵しており、その主なものは、本尊薬師如来仏涅槃図地蔵曼荼羅図、児子大師像図、山王祭屏風1対、十二天版木、飛鳥の金剛誕生釈迦仏、椋の木1対などです。


            昭和五十九年十二月
                           大内町教育委員会
                           大内町文化財保護協会 】

(大きな声では言えませんがお寺さんにしてはこの看板、何故かあまり上手な字ではないんですよね(笑))
與田寺
仁王門。
仁王門
参詣の人影もなくとても静かな境内。
桜門を潜り本堂に向かう右手に納経所。
納経所で御朱印を頂いてる川○さん!

桜門。
桜門
多宝塔。
多宝塔
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
9:30
9:30
本堂、大師堂でOさんと一緒に最後の般若心経を唱えた。
感動が湧き上がってくる。
歩いて来た風景が蘇る。
出会った人たちの顔が浮かんでくる。
お世話になったお宿の人たち。
一緒に歩いたお遍路さん。

仁王門を出る川○さんに手を振った。
川○さんも振り返り手を振ってくれた。

お元気で!
何時かまた四国の何処かでお会いしましょうね~!

納経所で御朱印を頂くと、「先ほどのお遍路さん、これから1番へ行かれるそうです。」と教えてくれた。
與田寺から1番まで40km近くの距離・・
今日中に着けるだろうかー?
白鳥温泉から與田寺まで約9kmを2時間半くらいで来れた川○さんなのだから、きっと大丈夫。

納経所に置いてあるお守り、色違いを二つと別に鈴の着いたお守りを買った。
鈴の着いたお守りはOさんに。
色違いのお守りはあーちゃんpapaと私。

納経所のお坊さん、お守りを渡してくれる時の立ち振る舞い、納経帖を受け取る時の仕草がとても静かな人だった。
「満願おめでとうございます。」
お坊さんが静かに私に言ってくれた。

ありがとうございました。

思わず涙が溢れてきた。
こんなに感じの良い人に会ったのは始めてだった。

あぁ・・やっぱり此処に来て本当によかった・・・
與田寺に来て本当によかった。

無事、満願できました。
お大師さま ありがとうございました。

感謝の気持ちと涙がこみ上げてきた。




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