昼食、休憩後、PM1:50
71番 弥谷寺(いやだにじ)。
弥谷寺(いやだにじ)のある標高382mの弥谷山は、死霊が帰る「仏の山」として民間信仰を集めてきた。
地元では家に死人が出ると死霊を背負う格好をして水場まで登り、降ろして帰る風習が残っている。
弥谷寺(いやだにじ)門前にあるお茶屋さん。
(石段の下、左手)

参道の坂道を上がると仁王門があり、さらに300段近い石段を上がると岩窟に埋もれたような大師堂へ。


仁王門から「賽の河原」が金剛拳大菩薩像まで続く。

境内の風景。

弥陀三尊磨壁仏。
像高約1mの阿弥陀三尊が刻まれている。
舟形光背をバックに温和な表情をたたえている。
弥陀三尊に念仏を捧げると極楽往生が約束されるという。

岩壁の磨崖仏(まがいぶつ)。
大きな岩盤に磨崖仏の彫られた「比丘尼谷」

弥谷寺(いやだにじ)本堂。
大師堂のある境内から、さらに右側へ行き170段の石段を登ったところ。

弥谷寺(いやだにじ)本堂。

大師堂への石段。

獅子の岩窟。
切り立った崖に見える丸窓は明り取りで弘法大師の学問所跡。
弘法大師が幼年時代、獅子窟で修行を積み、後に千手観音を刻み、唐から持ち帰ったとされる「五鈷鈴」を収め、寺号を剣五山千手院弥谷寺と改め、また、一面の怪岩・奇岩・仏像・梵字等を彫刻したと伝えられてた。

大師堂入り口。
入り口で履物を脱いで大師堂内へ上がる。

大師堂内。
座ってお経を上げる団体のお遍路さん一行。

岡野大先達さん。
Oさんのお知り合いの岡野大先達さんと一緒に記念撮影。
渋く、品のあるとても素敵な大先達さんでした。

PM2:20参拝、納経を済ませ72番へ。
71番 弥谷寺(いやだにじ)。
弥谷寺(いやだにじ)のある標高382mの弥谷山は、死霊が帰る「仏の山」として民間信仰を集めてきた。
地元では家に死人が出ると死霊を背負う格好をして水場まで登り、降ろして帰る風習が残っている。
弥谷寺(いやだにじ)門前にあるお茶屋さん。
(石段の下、左手)

参道の坂道を上がると仁王門があり、さらに300段近い石段を上がると岩窟に埋もれたような大師堂へ。


仁王門から「賽の河原」が金剛拳大菩薩像まで続く。

境内の風景。

弥陀三尊磨壁仏。
像高約1mの阿弥陀三尊が刻まれている。
舟形光背をバックに温和な表情をたたえている。
弥陀三尊に念仏を捧げると極楽往生が約束されるという。

岩壁の磨崖仏(まがいぶつ)。
大きな岩盤に磨崖仏の彫られた「比丘尼谷」

弥谷寺(いやだにじ)本堂。
大師堂のある境内から、さらに右側へ行き170段の石段を登ったところ。

弥谷寺(いやだにじ)本堂。

大師堂への石段。

獅子の岩窟。
切り立った崖に見える丸窓は明り取りで弘法大師の学問所跡。
弘法大師が幼年時代、獅子窟で修行を積み、後に千手観音を刻み、唐から持ち帰ったとされる「五鈷鈴」を収め、寺号を剣五山千手院弥谷寺と改め、また、一面の怪岩・奇岩・仏像・梵字等を彫刻したと伝えられてた。

大師堂入り口。
入り口で履物を脱いで大師堂内へ上がる。

大師堂内。
座ってお経を上げる団体のお遍路さん一行。

岡野大先達さん。
Oさんのお知り合いの岡野大先達さんと一緒に記念撮影。
渋く、品のあるとても素敵な大先達さんでした。

PM2:20参拝、納経を済ませ72番へ。
Comment
haruさん 弥谷さんのこと読み応えありました。
近くの三野町の人達がそんなことをされてるんですか。
新墓は卒塔婆だけですが何年か経てから墓石を上に乗せるんですよね。
最近ではどの家でも埋葬はしなくなりましたけど今でもそういう風習は絶えることがないように続けてるんでしょうね。
いやぁー・・ますます弥谷さんが恐れ山のように思えてきました。
大師さんが過ごしたとこも残ってるし。階段の上から指してくる太陽光線もいい写真ですね。
ふぅぅぅーーむ。。。というのが感想でした。すごい。。
近くの三野町の人達がそんなことをされてるんですか。
新墓は卒塔婆だけですが何年か経てから墓石を上に乗せるんですよね。
最近ではどの家でも埋葬はしなくなりましたけど今でもそういう風習は絶えることがないように続けてるんでしょうね。
いやぁー・・ますます弥谷さんが恐れ山のように思えてきました。
大師さんが過ごしたとこも残ってるし。階段の上から指してくる太陽光線もいい写真ですね。
ふぅぅぅーーむ。。。というのが感想でした。すごい。。
どっかの | URL | 2006/06/30/Fri 23:14[EDIT]
どっかのさん
れいこさんがこの前、弥谷寺の霊を背負って降ろしたら振り返らずに戻るってお話をなさっておられたたでしょう。
その話、春に行った時四国のお友達から聞いたことを思い出し詳しく教えてと連絡したら弥谷参りのこと、埋め墓や埋葬のことなど地元の伝承だけどと地方の機関誌と資料を送ってくれたんです。
読んだ時は、まるで坂東眞佐子さんの小説のようだ思いました。
3月13日は晴れて暑いくらいの日、おどろおどろした雰囲気は全々ありませんでした(笑)
わりと近年まで土葬だったとか。。
恐山のような(行ったことはありませんが…)荒涼たる風景ではありません。
石段が多いです。岩屋寺の約半分くらいあります。
大師堂は履物を入り口で脱いで上がっていきます。靴を脱いだり履くのが面倒でした。
座るところが狭いので一団体さんの納経が済むまで待たなくてはいけなかった。
れいこさんがこの前、弥谷寺の霊を背負って降ろしたら振り返らずに戻るってお話をなさっておられたたでしょう。
その話、春に行った時四国のお友達から聞いたことを思い出し詳しく教えてと連絡したら弥谷参りのこと、埋め墓や埋葬のことなど地元の伝承だけどと地方の機関誌と資料を送ってくれたんです。
読んだ時は、まるで坂東眞佐子さんの小説のようだ思いました。
3月13日は晴れて暑いくらいの日、おどろおどろした雰囲気は全々ありませんでした(笑)
わりと近年まで土葬だったとか。。
恐山のような(行ったことはありませんが…)荒涼たる風景ではありません。
石段が多いです。岩屋寺の約半分くらいあります。
大師堂は履物を入り口で脱いで上がっていきます。靴を脱いだり履くのが面倒でした。
座るところが狭いので一団体さんの納経が済むまで待たなくてはいけなかった。
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