アランと一緒に四国遍路。

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頓証寺殿
10月20日  


                       頓証寺殿

崇徳上皇の御廟所。
中央に天皇の尊霊、向かって左は鎮守白峯大権現、向かって右は御念持仏十一面観世音を祀り、境内に上皇の悲話を伝える玉章(たまずさ)の木、傍らに西行廟参の遺跡、西行法師坐像、頓証寺燈籠が安置されている。

西行が上皇のご霊前に捧げた鎮魂絶唱の歌碑。

よしや君 昔の玉の 
床とても かゝらん後は 何にかはせん

江戸時代に上田秋成によって書かれた『雨月物語』、第一篇、『白峰』に西行法師が讃岐国にある旧主崇徳上皇の陵墓、白峰御陵を訪れ崇徳上皇の亡霊と対話するという話が描かれている。



護摩堂の入り口で靴を脱いで中に入り納経所で御朱印を頂き、ベンチに戻るとKさんは茶房の前のベンチでおにぎりを食べながら休んでいた。
納経帖、線香ロウソクをザックに入れ直し、お腹は空いてないのでもう少し見てきます、急ぐようでしたら先に行ってくださいとKさんに断わると、
「向こうに何かあるんですか?」と聞かれた。
崇徳上皇を祀っていますと教えたら、それでは私も見てきますと一緒に頓証寺殿へ行く。

頓証寺殿勅額門。
頓証寺殿勅額門
応永21年、第百代後小松天皇が奉納された「頓証寺」と書かれた勅額。
重要文化財。
頓証寺殿門 勅額
境内。
頓証寺殿 境内
頓証寺殿左に剣を振り上げ仁王立ちの日本八天狗の1狗、相模坊大権現。

相模坊大権現の説明板より

白峯山の相模坊大権現はかつて相模の国(神奈川県)の大山に君臨した修験の大行者でその名を相模坊と称した。
後に讃岐の国、白峯山に入山し、当山の修験行者(山伏)集団の統括者<大先達>となり、その神通力、法力により行者集団から大権現として祭祀された。
その無限大の法徳により、霊威のある聖地白峯山の守護神(鎮守)として崇め祀られた。また崇徳天皇の守護神(謡曲 松山天狗、雨月物語、等に詳述)としても有名である。
当地方の鎮守として衆生の諸々の願い事(海上、交通、家内、商売、健康、等)を叶えてくれる権現様です。石像は、ご本尊秘仏の故、前仏として建立された尊像であります。
頓証寺殿
人気のない静かな境内、背中の辺りがうすら寒くなる。
木陰になって涼しいだけと思ったがそれだけではないような・・・
Kさんがなんだか気味の悪いところですね、と門の方へ行ったので一人残されるのは嫌だと私も後を追った。
頓証寺殿 境内
荷物を置いたベンチに戻りトイレに行き、Kさんにそろそろ行きましょうと促されお店の人にお礼を言ってザックを背負った。
午後1時50分、一礼し白峰寺七棟門 を出て82番へ向かう。

13:50
13:50 81番白峯寺 七棟門




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