アランと一緒に四国遍路。

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81番 白峯寺
10月20日  



                 1本松 → 82番 白峯寺

                   3.5km 50分



車道から山道の遍路道に入る。
先に歩いていたKさんがどっちでしょうね?と立ち止まる。
道の先の軽トラにいた人が、「こっち、こっち。ここからですよ。」と手招きして教えてくれた。

「どちらから?親子?」
いえ、私は新潟からです。こちらは岡山から。
「あ~そうなんだ。この先もきつい道だけどけどもう少しだから頑張ってね。冷たいのがあるからお接待させてもらうわ。」
荷台の発泡スチロールの箱から冷たいドリンクを出して渡してくれた。
「これね、コラーゲン入りだから綺麗になるよ」
わぁ、ありがとうございます!シミシワが取れますね(笑)
「だいじょうーぶ、取れる、取れる!うちの奥さんのようなベッピンさんになるよ(笑)」

若い綺麗な奥さんと腕を組んだご主人とKさん。
素敵なご夫婦、ドリンクとおのろけご馳走さまでした。

12:20
12:20
小道を下りて行くと鉄線が張られ遍路道の立て札の後ろに「立ち入り禁止」の看板。
「自衛隊用地につき許可なく立ち入った者は法律により処罰されます」

12:25
12:25
←白峯寺

12:30
12:30
端の方を歩くが安定性が悪くて歩きにくいく。。。

12:35
12:35
摩尼輪塔(まにりんとう)と下乗石(げじょうせき)の説明板。

摩尼輪塔(県指定有形文化財)は、苦しい仏道修行の中でも特に最終の位を表す。
「摩尼輪」(塔の円板部分)にちなんでこのように呼ばれています。
また、この塔は、下に「下乗」と書いてあり、長い遍路道もやっと聖地に近づいたことを教えています。
下乗とは、ここからは聖地であるからどんな高貴な者でも乗り物からおりて、自分で歩いて参拝しなさいということです。
この摩尼輪塔は、一三二一年(元応)三年二月十八日、鎌倉時代末)密教の僧、金剛仏子宗明によって建てられた全国でも珍しい塔です。

一方左手にある下乗石の裏には、一八三六年(天保)七年丙申春三月、(江戸時代末)高松藩が古い摩尼輪塔を小屋でおおって保存し新しくこの碑を建てたことが刻まれています。

      昭和五十九年三月 香川県

12:40
12:40
摩尼輪塔と下乗石。
摩尼輪塔と下乗石
雑木林に囲まれた遍路道。
途中、生い茂った木々に囲まれ陽の当たらないのかぬかるんでいて靴がドロドロになった。

12:45
12:45
81番 白峯寺到着。
 
国の重要文化財・七棟門
すぐ前が駐車場になっている。

12:50
12:50




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