アランと一緒に四国遍路。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

八十場の水
10月19日  



               坂出商店街 → 川久米旅館 → 八十場の水

                          2.5km 40分



お祭りの太鼓台行列が通った後、坂出商店街のアーケード街に入る。
町の中心部のアーケード街なのに歩いている人は少なくシャッターを閉めている店が多かった。
宇和島の駅前からのアーケード街もここよりは広かったが似たような感じだったと思い出す。

13:25
13:25 坂出商店街
お店のウインドーを眺めながら進んで行く。
右手の細い小路のいくつか目に月極め駐車場の先に川久米旅館の看板があった。
13:30 川久米旅館
13:30、川久米旅館到着。

ごめんください~、入り口のドアを開け中に入って声を掛けると奥からは~いと声がした。
手を拭きながら出てこられた女将さんに
○○です、これから79番へ行きたいので荷物を置かせてもらって良いですか?と尋ねる。
「お疲れさま。79番はこれからなのね、大事なのだけ持って荷物は置いて行ったら良いですよ。お祭りで賑やかだったでしょう。」
はい、お祭りを見ながら来ました。
「79番へは商店街を通ってアーケードが終わるまで真っ直ぐ行き国道に出たら交差点の手前に四国ガス、そこからもう少し行くとR予讃線の踏切を渡って坂道を登って行きます。」

ザックから線香ロウソクの入った巾着を出し地図も一緒に遍路カバンに詰める。
ザックを邪魔にならないよう隅に置いて出発。
それじゃ行ってきます、荷物お願いします。
川久米旅館
川久米旅館からアーケード通りへ出てしばらく行くと右の小路の先に坂出の駅。
坂出駅を見てさらに進むとアーケードが終わり国道33号線に出た。
交差点の手前に四国ガスがあり側に「足湯の接待所」があったがそのまま車道脇の歩道を行く。
住宅の倉庫のような所にアンパンマンと「↑お疲れさま もうすぐ 第79番 天皇寺です」と描かれた絵があった。

14:00
14:00
国道を進んで行くとJR予讃線の踏切。
踏切を渡り国道33号線から坂道を登る。
暑い日差しにうんざりしながら坂道を登って行く。
ハァハァ言いながら登って行くと木立に囲まれた坂の途中に「八十場の水」と書かれた看板が立っていた。

14:05
14:05 八十場の水
お目当てにしていた「八十場の水のところてん」だったのに「本日休み」の木札がぶら下がっていた・・・
休憩所になっていてベンチもあったが人もいないし蚊に刺されそうで写真だけ撮っていく。
八十場の水
側に水が流れている。
これが弘法大師ゆかりの「八十場の水」かな・・・?
八十場の水
お堂。
八十場の水
八十場の水 (やそばのみず)
保元元年(1156)に起きた保元の乱に敗れた崇徳院は38歳で讃岐に流され長寛2年(1164)に崩御されるまでの9年間を府中鼓岡木丸で過ごされた。
崩御されて御所からの返事を待つ間、残暑の節で白峰宮の裏手にある弥蘇場の水上に院の玉体を安置したところ神光が輝いたことから二条天皇の宣旨を受け長寛2年に社殿を造営されたと伝えられる。
遺骸をこの八十場の霊泉に浸したところ21日間すぎたのちも上皇の顔はまるで生きているごとくだったという。





Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。