アランと一緒に四国遍路。

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60番 横峰寺、64番 前神寺
PM1:55 横峰寺へ向かう山並み。
横峰寺への山並み

山頂の駐車場。
山頂の駐車場

駐車場から約500mの下り坂の山道。
45番、岩屋寺と並んで難所の1つ。
徒歩で10-20分歩く。
石鎚山の中腹、杉林の山道。
横峰寺へ向かう山道

山道

山道

PM2:15 横峰寺(よこみねじ)本堂。
境内は深山の霊場特有の神秘的な雰囲気に包まれている。
横峰寺(よこみねじ)は、八十八箇所3番目の関所寺。
悪いことをした人や悪心を持ったものは、ここから先へ進めない。
役行者(えんのぎょじゃ)が星ヶ森で石鎚山を拝んでいたとき、頂上に蔵王権現が出現。
その姿を刻んで小堂に安置したのが始まりといわれている。
後に、弘法大師42歳の厄除けのため訪れ、星ヶ森で星祭を修法。
結願の日、石鎚山の頂上に再び、蔵王権現が現れた。
大師は大日如来を刻み本尊とし、霊場と定めたという。
横峰寺 本堂

PM2:55 前神寺(まえがみじ)へ向かう山越え。
前神寺へ向かう山並み

山並み

山並み

PM3:15 64番 前神寺(まえがみじ)参道。
弘法大師は二度石鎚山を登り、ここで求聞持法を修めたと伝えられている。
文徳天皇、高倉帝、後鳥羽帝、順徳帝、後醍醐帝など歴代天皇が厚く帰依したことでも知られている。
中世には領主・河野氏、江戸時代には西城藩主・松平氏から信仰されていた。
松平氏は東照宮を祀り、三葉葵の寺紋を許した。
石鎚山の別当寺を務めたが、明治の神仏分離令により廃寺。
明治11年に再興されて以来、石鎚神社とともに石鎚信仰の二本柱となった。
毎年7月1日から10日間の「お山開き」には数十万に及ぶ白装束の信者が、この寺に集まる。
法螺貝の音に「なんまいだ」と唱和し、30kmの道のりを進む。
昔は、女人禁制で女性は登ることができなかった。
前神寺参道

前神寺(まえがみじ)本堂と境内。
参道には鬱蒼と杉木立が生い茂り、深山幽谷の趣を漂わせている。
桜の時期にはピンク色に染まるそうです。
前神寺本堂と境内

前神寺(まえがみじ)本堂。
日本霊山の一つ、石鎚山の前神として昔から崇められていた。
明治の初め、神仏分離により、神と仏は分けて祀られるようになってから、お宮は石鎚神社として祀られている。
前神寺 本堂

前神寺(まえがみじ)大師堂。
参道の突き当たりに、方形造りの建物。
前神寺 大師堂

前神寺 大師堂

前神寺 大師堂


PM3:50参拝を済ませ新居浜市内へ向かう。
PM5:40今夜の宿、リーガロイヤルホテル新居浜到着。

着替えて一休み後、今日の参拝の報告を本家へ連絡。
夕食は6:30から。

今日も無事参拝。

南無大師遍照金剛

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