アランと一緒に四国遍路。

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番外霊場 佛母院 
10月17日  


                番外霊場 八幡山 佛母院 (はちまんざん ぶつぼいん)
                     (新四国曼荼羅霊場第十七番)


弘法大師誕生と大師の母、玉依御前ゆかりの地。
佛母院は弘法大師の御母公玉衣御前のお屋敷と同行二人に記されている。



二王門前の国道21号線を渡りそのまま進んで行くと・・・あれー?
JR海岸寺駅の前に出た。。。
慌てて地図を出し確かめていると止まっていた車の中から女の人が降りてきてどちらへ行かれるんですか?と声を掛けてくれた。

佛母院へ行きたいのですがご存知ですか?ここなのですが。。
地図を見てもらう。
逆さにしたり横にしながら見てくれたけど首を傾げている。
「ここが海岸寺駅ですから川を渡った先ですよね。。この先に川があるんです、その川沿いに行けばこの道に出るようですね。」
それではこちらへ行ってみます。ありがとうございました。
「いえ、私もこの辺りは詳しくなくてお役に立てなくてごめんなさい。どちらかいらしたんですか?」
新潟です。
「まぁ、新潟からですか。それはご苦労様です。あっ、ちょっと待って下さい。」
車に戻ると袋を手に持ち戻ってこられた。
「これ荷物になるけど食べてください。」
袋の中にみかんやお菓子が入っていた。
ありがとうございます、頂きます。
「気をつけて。」

親切な人に見送られ駅を右にして進むと土手に出た。
土手に上がり川を見ながら橋の方へ行く。
橋の袂の道路まで来て驚いた。
なんとその道は海岸寺の前の国道21号線!
私はJR海岸寺駅まで行き、そしてぐるりと一回りして元のところに戻って来た。。。
左手の先に海岸寺やユースホステルの建物が見えている。。
海岸寺を出て道路を渡らずそのまま歩いてくればこの橋のところに来ていた…
山門前の国道の先にあった道標に「←東 3丁」と記されていたのを今頃になって思い出した。

私の特技は方向音痴。
でもね、逆方向へ行って時間をロスしたり道を間違えて遠回りしてもその度に親切な人と出会えてきた。
今だって真っ直ぐここを通って行ってたらあの親切な人には会えなかった。
私はあの女性に会うために回り道をした。

今まで四国で出会った人たち、声を掛けてくれた人たちは…
私の前世に縁があった人たちや遠くに逝ってしまった人たちが、きっと姿を変えて私の前に現れてくれたのだろう・・

川の名前は地図を見ると、弘田川と載っていた。
弘田川に架かる橋の歩行者用のところを渡って行くとおじさん二人、橋の上から釣りをしていた。
こんにちは。
「こんにちは、ごくろうさま。」
佛母院はこのまま真っ直ぐですか?
「佛母院?そんなところあったかね?」
おじさんが首を傾げるともう一人のおじさんが、
「あぁ、保育園の隣にお寺があったね。そこへ行くんだろう?」
そうです。。。
「それならこの先をもう少し行くと郵便局のところに大きな石があるからそこを右へ行くとお寺があるよ。」
ありがとうございました。

そのまま国道21号線を東へ進むと右手の先に郵便局の看板が見えてきた。
12:53
12:53
海岸時郵便局の隣に大きな石塚。

弘法大師
御えな塚道 南1丁 
海岸寺郵便局
石塚から右に入り畑道を5分ほど進むと保育園の建物が見えてきた。

道を挟んで左に佛母院の山門、右手に坐像と石碑と案内板。
案内板に胞衣(えな)塚とは産湯衣と臍の緒を納めたところをいう。と書かれてあった。
石碑には【弘法大師 御母公 御住屋敷】と刻まれている。
八幡山 佛母院 (はちまんざん ぶつぼいん)
御産湯井戸 。
産湯井戸
山門。
山門
山門を潜ると境内は狭く人の姿は見当たらない。
納経所の板の隣に「納経、御用の方は保育園の方へ」と書かれた張り紙があった。

本堂。
本堂
御住屋敷。
不動明王堂
山門を出て道に沿って保育園へ行ってみる。
入り口に鍵が取り付けられインターホーンの隣に「御用の方は押してください」と書かれている。
広い敷地の園内は静かで遊んでいる子供の姿はなかった。

地図を見ると佛母院から南へ進むと予讃線が通っている、そのまま南下して行けば217号線。
13:00、御朱印は諦めて保育園から少し戻り左の田圃道へ行く。



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