アランと一緒に四国遍路。

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67番 大興寺
10月16日  


               小松尾山 不動光院(こまつおざん ふどうこういん) 大興寺

弘法大師を祀る真言宗の大師堂と、天台宗の天台大師堂が同じ寺に共存している珍しい札所。
寺の周りは小松尾山の緑地環境保全地域となっており広葉樹に覆われた参道は、「史跡と健康の道」とうたわれる遊歩道の一部になっている。



7:37
94段の石段を上り本堂、大師堂、鐘楼へ。
7:37
樹高20m、胸高の幹周りは4m、樹齢1200年以上。
弘法大師のお手植えとも伝わり県の記念物に指定されているカヤの木。
カヤの木
本堂前のベンチにザックを降ろし線香ロウソク、納経帖を出してカバンに入れる。

お参りの前に鐘楼の写真を撮っていると地元のおじさんが側が来られたので挨拶をすると
「此処を見てご覧、珍しい文字があるから。」と鐘の一部を指差した。
鐘楼
写真でははっきりわからないけど「熊野」と言う文字が刻んでいる。
熊野って熊野神社のことですか?
「そうなんだよ。熊野神社なんだよ。讃岐に熊野神社とは変だろう?何故だと思うね?」
変ですよね・・何故なんですか?
私の質問には答えてくれず、おじさんは語りだす。
「この鐘は戦争のとき大砲鋳造のため召し上げられたけど終戦になって返還され研磨、修復して此処に移されたんだ。この町の指定文化財になって大変貴重なものだよ。
ここは第52代嵯峨天皇の勅願により弘法大師が熊野三所権現鎮座の霊場として創建された由緒正しい寺なんだよ。この奥に熊野三所権現があるから案内してあげよう。」

あのぉ。。お参りをしてからでもいいですか?
「それじゃ私はここで待っているからお参りを済ませてきなさい。」
はい、それでは。

思ったより早くに着いたのでゆっくり休んでいこうと思っていたが寺の由緒など聞けるのは滅多にないこと。
地元のおじさん、ザックを置いたベンチに座って行ってきなさいと言っている。
鐘楼
三枯の松。
2年前、此処に来たときに頂いて行った三枯の松、今も私のお財布の中に入っている。
お金が貯まるって聞いたけど・・・
三枯の松
本堂に向かって左に弘法大師を祀る大師堂。右に天台大師堂。

本堂。
本堂
弘法大師堂。
大師堂
おじさんを待てせてもいけないと思い納経所へは後にしてベンチに座ってるおじさんのところへ戻った。

着いておいで、とスタスタと歩いて行くおじさんの後ろから大師堂の裏手に行く。
石段を上って行ったところにある鳥居と石灯籠。
熊野神社鳥居
「熊野神社は知ってるね?そもそも熊野三山は熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社からなり、それぞれの神社が祀る神の神霊の総称が熊野神、熊野権現と言うのだ。
それを熊野三所 権現とも言い熊野三山に祀られるほかの神々も含めて熊野十二所権現とも言っている。
熊野三山とは紀伊半島南部の熊野にある本宮・新宮・那智の3つの聖地をまとめていう場合の総称のことだよ。
本宮とは熊野本宮大社のことで和歌山県東牟婁郡本宮町に鎮座し、主神は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)。
新宮とは熊野速玉大社のことで和歌山県新宮市に鎮座し、主神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)。
那智は熊野那智大社、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に鎮座し、主神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)と言う。
先も言ったが弘仁13年に嵯峨天皇の勅命により弘法大師が熊野三所権現鎮守の霊場として開創したのが始まりなんじゃ。
鎮守社であるが、この熊野社のおかげで此処は札所になったという説もあるくらいなのに地元で住んでいても今の此処の住職すら知らないのだから情けないことだよ。」

おじさんの語ってくれたことをメモるのに背一杯・・(^_^;)
歴史の勉強やり直し・・・私には難し過ぎた…

熊野三所権現。
熊野三所権現
熊野三所権現。
熊野三所権現
石灯籠に熊野神社の文字。
石灯籠
先代の住職は立派な人で寺の歴史や謂れをよく知っておられたが今の住職はそういうことには無頓着。
とても大切なことなのにこんなことではいずれ観光客相手のただの寺になってしまう。
おじさんはそんなようなことを言っていた。
納経所へ行ってきますと言うと、それじゃ私はここで。と言っておじさんは境内に戻って行った。

本堂の中にある納経所へ御朱印を頂きに行くと納経所の人が笑っていた。
私がおじさんと一緒にいたのを見ていた様子。
笑いながら「捕まっちゃいましたね。あのおじさん、お遍路さんを気に入ったのね。毎日来ては誰彼となく語って聞かせているの。寺の悪口も言ってたでしょう (笑)」
いぇ・・そんなことありません。。
あのぉ、68番への道を教えいただけますか?

「下の駐車場へ出て橋を渡って真っ直ぐ行くと国道377号に出るからそこを左。そのまま道なりに進んで行くと国道6号線に出ます、後は真っ直ぐ。左手に小学校が見えるからそれを目印にして行ったらいいですよ。あ~これをどうぞ。」
納経帖と一緒にお菓子の入った袋を頂いた。
ありがとうございました。

先の語り部おじさん、此処では有名人のようだ。
納経所
時計を見ると着いてから1時間、経っていた。
8時40分、大興寺出発。
8:40


Comment

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| | 2008/12/02/Tue 22:27[EDIT]
v-83さん
内心私も困ったなぁと思ったのですが折角ご親切に声を掛けて頂いたのになんだか悪くて・・・(^_^;)
でも、今になって思えば時間的にはロスしましたが貴重なお話をお聞きできたと思っています。

この後でも同じような出来事があったんですよ。
この日は「語り部おじさんデー」でした(笑)

アドレスありがとうございました!
教えていただいたアドに送信したのですが『送信できませんでした』と送ったメールが戻ってきました(^_^;)
なんでやろ・・・?

コメントありがとうございました!
HAL | URL | 2008/12/03/Wed 10:40[EDIT]
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