アランと一緒に四国遍路。

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49番から51番
3月11日 AM11:55 49番 浄土寺(じょうどじ)

伊予鉄道、横河原線久米駅の北、地元の人たちが「空也谷」と呼んでいる小高い丘の中腹に建つ。
念仏踊りの祖、空也上人(くうやしょうにん)は天徳年間(957~960)、この寺に3年間滞在、道を開き、橋を架け、念仏と踊りで仏教を庶民の中に広めていた。
そのころ、京に疫病が流行り、空也は救済に出かけることになった。
別れを惜しむ村びとの願いを入れ、自分の像を彫っている。
右手に撞木、左手に鹿角の杖を持ち、口から6体の小さな仏像が出ている有名な空也像は、寄木造り、高さ122cmの空也上人立像である。
6体の仏像は、「南無阿弥陀仏」の6文字を意味し、まさに説法そのものが「仏」。
京都の六波羅密寺の康勝作の空也像とそっくりで、国の重要文化財になっている。

浄土寺(じょうどじ)仁王門。
近くには空也上人の修行の場「空也谷」があるどっしりした仁王門は大正11年(1922)に建立された。
仁王像、阿像の仁王様の目が空洞になっていて少し不気味だった。
浄土寺 仁王門

仁王門に遍路ポスター貼ってあった。
素敵なポスターでしばし立ち止まり眺めていた。
仁王門に遍路ポスター

仁王門をくぐると石段、その向こうの正面に本堂が見える。
浄土寺

本堂正面には奉納の水色の幕が張られ、高台にある本堂の背後は竹林になっている。
本瓦葺きの屋根を持つ唐様式の簡素な建物だが、壮重なたたずまい。
向かって右の少し奥に大師堂が建っていて、本堂と大師堂の間に大師像があるほかには阿弥陀堂、愛染堂などの堂宇、境内の隅に空也松がある。
本堂は文明16(1484)年の建築で、重要文化財に指定されている。
浄土寺 本堂

PM12:20 繁多寺(はんたじ)山門。
淡路山(あわじやま)という丘の中ほどに位置し、山門から松山城を中心とした松山市内一帯から遠くに瀬戸内海を望むことが出来る。
繁多寺 山門

境内は広く、背後の鬱蒼とした森を背景に堂字が建ち並ぶ。
この広さに、往時の繁栄ぶりが示されている。
繁多寺 本堂と境内

本堂右手に鐘楼、その奥に大師堂、鐘楼と向き合って鳥居が立ち、本堂石段の下に弁才天を祀った小さな池、広大な境内の中にちんまりとまとまっている。
鳥居の奥に、歓喜堂があり、四代将軍徳川家綱公の念持仏といわれる歓喜天が祀られている。
繁多寺 本堂

PM12:44 石手寺(いしでじ)
近くの道後温泉からの観光客、湯治客の参拝で賑わっていた。
門前では、寺の投げ米を粉にして焼いたのが始まりといわれる石手寺、名物焼餅が売られている。
石手寺入り口。
石手寺入り口

石手寺

道後温泉からの観光客で賑わっている仁王門までの回路。
仁王門までの回郎は絵馬堂にもなって句や連歌、能役者などの名前を書いた額が納められている。
仁王門までの回路

河野通継が文保2(1318)年に建立したといわれる仁王門。
三間一戸楼門、屋根は入母屋造、二軒(ふたのき)、本瓦葺で、二階の床は張らない。
建築様式は和様で、円柱上の三手先の腰組で回縁を支え、中備(なかぞなえ)として正・背面には蟇股(かえるまた)を、側面には間斗束(けんとづか)を置く。
軒も同様に三手先で受けられるが、この中備はすべて間斗束となる。
軒の反りや張りをはじめ、建物全体の均整はよく、全国の楼門の中でも屈指の優れた作品と評価されている。
その蟇股は、鎌倉期の特徴を備えた傑作との名声を博している。
門の左右室には、運慶一門の作と伝えられる金剛力士の逞しい立像が安置される。
石手寺 仁王門

境内の真ん中あたりにある湯音石は、耳を当てると道後温泉の湧く音が聞こえるといわれている。
渡らずの橋や水天堂の水瓶など、「石手の七不思議」と言われるものがある。
本堂の右側には見事な三重塔が建っている。
鐘楼堂など、いずれも国の重要文化財で、広い境内の奥にある訂梨帝母天堂(かりていもてんどう)は、子供を守る鬼子母神を祀っている。
安産祈願の妊婦たちはここの石を持ち帰り、無事に出産すると石を二つにして返すので、お堂の前には小石の山ができていた。
石手寺 本堂


この後、宝物館を見学。
本堂奥の宝物館に、衛門三郎の握り石が展示されていた。

朝8時に道後温泉から出発し、参拝に回ったけど、気が着いたらまた道後温泉のほんの近くに戻っていた。
Oさんが、
「歩いても来れた?」って笑っていた。
来れない、来れない、全々来れません。
この次の為にもう少し詳しく道順教えて下さい、って真剣に思った。

Comment

 秘密にする

先代はなと一緒にまわっていたころ、石手寺の境内で、若い男性がはなを「なでてもいいですか?」って言われて、触ってくださいました。実は先代はなは人見知り。人からなでられても、我慢している顔。あまりしつこく触るとウ~と鼻の上にしわをよせ始めていました(笑)。ところが、この男性には珍しく気持ちよさそうになでられていたんですよね~。すると、この男性は、つい最近亡くなったという愛犬の話をしてくださいました。そして、なんだか久しぶりに犬にさわったような気がします、とおっしゃって、ずっと、はなの背中をなでていらっしゃいました。。。
一つ一つのお寺に、いろんな思い出がありますよね~。
あの、参道のところにいつもいるネコちゃん、まだ元気にしていたかしら?(笑)
はなママ | URL | 2006/05/15/Mon 23:09[EDIT]
先代はなちゃん。。
はなママさん
先代はなちゃんは人見知りだったんですね。
アランも人見知りって言うか人間は無視って感じの愛想のない子でした。
触っていい?とも聞かず、いきなり触った人の手を止めるまもなくカブってやったことが有ったんです。
すみませんって謝ったけど(大したことのない脅し噛み)その人は驚き、
「馬鹿犬っ!」って言ってくれました(-_-;)
顔見知りで、自分はいろんな犬を飼っていたからどんな犬でも慣れているって、日頃から言ってた人なんです。
とっさの時って本性が見えるものだなって思った瞬間です。
悪いのはアランと躾もしていない飼い主なのですが。。。

先代はなちゃんは、人の心がわかっていたんですね。
この人は良い人、って。
はなちゃんを撫でていた男の人、亡くした愛犬を思い出しておられたんでしょうね。
私も、四国で沢山のワンコに会いました。
飼い主さんと一緒に遍路に回っているワンコ。
目が見えなくなったワンコ。アンヨの悪いワンコ。野良ワンコ。
みな、とても穏やかな表情でした。

石手寺にも年老いたワンコがのんびりくつろいでいました。
HAL | URL | 2006/05/16/Tue 19:19[EDIT]
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