アランと一緒に四国遍路。

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岡本旅館から番所跡
10月21日

  
      岡本旅館から松尾坂番所跡

         3.5km 1時間10分



AM5:55
岡本旅館出発。
「気をつけてね」
女将さんが表まで見送ってくれた。
お世話になりました。ありがとうございました。
AM5:55

宿を出て人も車も通っていない町並みを手書きの地図を見ながら松尾峠に向かう。
信号を一つ、二つ目の信号から右の道路へ渡る。
角にローソンがあった。ローソンの脇、渡ってきた広い道路が国道56号。
ローソンでおにぎり1個とペットボトルのお茶を買った。
AM6:15

AM6:20
住宅地の一角に、国史跡宿毛貝塚跡。
縄文中後期のもので、四国で最大規模のもの。
AM6:20 貝塚

AM6:20
住宅地を通る。
AM6:20

住宅地の外れから坂道を上って行く。
AM6:28

AM6:30
AM6:30

薄暗い山道。
AM6:33

山間からの宿毛湾や宿毛の市街地。
AM6:35

AM6:37
道脇に未だ青い色をした文旦が実をつけていた。
AM6:37

AM6:44
舗装が途切れた道から錦集落へ。
AM6:44

AM6:55
山道を上り下りして両側に池のある小深浦集落。
集落の間を抜けて車道に出る。
AM6:55

AM6:58
朝陽を浴びながらまた山道へ入る。
AM6:58

AM7:05
遍路標識脇に竹の変わった飾り物(?)が置かれていた。
AM7:05

AM7:07
大深浦、松尾坂口番所跡。
東の番所、甲浦とともに土佐への出入りの監視所で当時は1日に2~300人の旅人で賑わったという。

番所跡の説明板。
松尾坂は伊予と土佐を結ぶ重要な街道であったため、その麓にあったこの番所(関所のこと)はすでに長宗我部の戦国末期から設置されていた。
慶長六年(1601年)山内氏入国後もこの場所は特別に重視され、四国遍路もここと甲浦以外の土佐への出入りは許されなかった。
そのため多くの旅人でにぎわい多い日で三百人、普通の日で二百人の旅人があったと古書に記録されている。
この旅人を調べ、不法な出入国者を取り締まったのが番所で関守は長田氏であり子孫は今も此処に居住している。
AM7:07

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