10月19日
叶崎から小才角休憩所
2km 35分
AM9:45

国道へ出ると東屋があった。

AM9:48
叶崎小橋を渡る。
橋の魚はトビウオかなー?

叶崎大橋。
これはクジラー?カツオかなー?

西叶崎トンネル。

AM9:53
脇の川トンネル。

AM10:08
大月町に入った。

大月の漁村を通る。

大きく右にカーブした揺る坂を上っていく途中、ふと見上げるとパラソルの下でワンコが寝そべっている。
見覚えるのある姿。。。

カメラをズームにしてみた。
やっぱりハスキー犬だ。。。
暑さでヨレヨレになっていたアランの姿にそっくりだった。
叶崎でアランに会いたいと願っていたらダウンしていた頃の姿になって現れてくれたのか。。。
お〜ぃハスキーさん、頑張れよ〜!
こんなに暑い土地で暮らす君も難儀なことだね。
君は幾つなの?ちょっと年長さんに見えるけどアランよりは若いでしょう。
アランもね、2年前の今頃ちょうど今の君のようにヘロヘロになってダウンしていたよ。
暑くてだるいんだろうね。。
君はアランの分まで頑張っておくれ。。。
目が虚ろ、方耳がグチュグチュになっている。
このコも外耳炎なんだろうか。。。
アランのダウンしていた頃に重なりジワーっと涙が溢れてきた。

AM10:18
小才角休憩所。
右手の石段の上に東屋があったが上るのが面倒で案内板の下の木のイスにビニール袋を敷きザックを降ろした。

珊瑚を抱えた少女の像「さんご採取発祥記念像」と 「土佐サンゴ発祥の地」の説明板。

土佐サンゴ発祥の地説明板。
お月さん桃色
お月さんももいろ
だれんいうた
あまんいうた
あまの口
ひきさけ
大月町小才角は、珊瑚発祥の地として知られ、「お月さん桃色」の里謡が語り継がれている。
この里謡の『お月さん』は、月山霊場南照寺(現月山神社)を指すとされており、寺の近海を「お月灘」と呼び、この一帯で珊瑚が多く採れたことから、「お月灘の珊瑚を桃色と誰が言うた。海女が言うた。海女の口引き裂け」と解され、珊瑚漁禁制下で「珊瑚」を口にすることを戒めていたと考えられます。
ここ月灘沖を含めた渭南海岸には, 徳川時代から珊瑚のあることがわかっていました。
一人の漁師が桃色珊瑚を釣り上げた偶然が日本珊瑚史の始まりとされています。
明治維新後この禁令は解かれ、明治七年にこの付近の海域ではじめて珊瑚船による採取が行なわれその後は急速に発展し、明治三十年代には七百隻の採取船が出漁し、愛媛県からも多数の船が沖の島周辺に来て採取しました。
乱獲の結果資源が涸渇、ついに大正十二年頃にはほとんど中止の状態となりました。
その後、五島、台湾、奄美大島、小笠原諸島周辺やミッドウェー沖にて多くとれ、当地方では今もなお、その加工が盛んです。
最近また月灘沖の赤珊瑚が大変注目されています。

珊瑚を抱えた少女の像。
ここが坂東眞佐子さんの「桃色浄土」の舞台になった場所。
桃色浄土を読んだときから、四国へ来るのが夢になった。
お遍路になって物語の舞台となったこの場所へ、ようやくたどり着けた。
叶崎。。。また一つ願いがかなえられた。
「桃色浄土」
「遠い海の彼方から、波に乗ってやってきた異国からの贈り物」
大正中期、四国の隔絶された漁村に異国船が現れた。
かつては多くの者たちが求めて、海に潜ったという高価な桃色珊瑚を求めるために。
もう珊瑚は取り尽されたと諦めていた現地の人間たちの前で、一人の異国の男が深く海に潜り、桃色珊瑚を採ってしまった。
それに感化されるかのように、平和な漁村がざわつき出す。
異国の男に惹かれていく、村唯一の海女である少女。
小さな漁村から異国へと飛び出すことを願う少年。
異国人による珊瑚の乱獲が生んだ悲劇を未だに忘れられない老婆。
桃色珊瑚の欲望にとり憑かれた若者たち。
補陀落浄土を目指すと口先だけで言い続ける乞食坊主。
様々な思惑が入り乱れ、再び海が赤く染まる。
舞台が、たった一つの小さな漁村だけ。
物語はそこから外に一切出ることなく最後まで進んでいく。
ただ”海”というものが常に横にあるため、逆に広い世界観を感じさせており、狭さや窮屈さは全く感じない。
幸せな場所、平和な空間・・・・・・村の人々はそういった世界に憧れている。
それが浄土なのか、異国なのか。
本当に幸せで平和な場所はどこにあるのか。
一つの村だけにスポットを当てて描くことにより、そういった問いがより深く感じられた。
ラスト
波のない月の夜、一人舟を漕ぎ沖に出て行く少女の目には海の先の補陀落浄土が見えていたのだろう。
叶崎から小才角休憩所
2km 35分
AM9:45

国道へ出ると東屋があった。

AM9:48
叶崎小橋を渡る。
橋の魚はトビウオかなー?

叶崎大橋。
これはクジラー?カツオかなー?

西叶崎トンネル。

AM9:53
脇の川トンネル。

AM10:08
大月町に入った。

大月の漁村を通る。

大きく右にカーブした揺る坂を上っていく途中、ふと見上げるとパラソルの下でワンコが寝そべっている。
見覚えるのある姿。。。

カメラをズームにしてみた。
やっぱりハスキー犬だ。。。
暑さでヨレヨレになっていたアランの姿にそっくりだった。
叶崎でアランに会いたいと願っていたらダウンしていた頃の姿になって現れてくれたのか。。。
お〜ぃハスキーさん、頑張れよ〜!
こんなに暑い土地で暮らす君も難儀なことだね。
君は幾つなの?ちょっと年長さんに見えるけどアランよりは若いでしょう。
アランもね、2年前の今頃ちょうど今の君のようにヘロヘロになってダウンしていたよ。
暑くてだるいんだろうね。。
君はアランの分まで頑張っておくれ。。。
目が虚ろ、方耳がグチュグチュになっている。
このコも外耳炎なんだろうか。。。
アランのダウンしていた頃に重なりジワーっと涙が溢れてきた。

AM10:18
小才角休憩所。
右手の石段の上に東屋があったが上るのが面倒で案内板の下の木のイスにビニール袋を敷きザックを降ろした。

珊瑚を抱えた少女の像「さんご採取発祥記念像」と 「土佐サンゴ発祥の地」の説明板。

土佐サンゴ発祥の地説明板。
お月さん桃色
お月さんももいろ
だれんいうた
あまんいうた
あまの口
ひきさけ
大月町小才角は、珊瑚発祥の地として知られ、「お月さん桃色」の里謡が語り継がれている。
この里謡の『お月さん』は、月山霊場南照寺(現月山神社)を指すとされており、寺の近海を「お月灘」と呼び、この一帯で珊瑚が多く採れたことから、「お月灘の珊瑚を桃色と誰が言うた。海女が言うた。海女の口引き裂け」と解され、珊瑚漁禁制下で「珊瑚」を口にすることを戒めていたと考えられます。
ここ月灘沖を含めた渭南海岸には, 徳川時代から珊瑚のあることがわかっていました。
一人の漁師が桃色珊瑚を釣り上げた偶然が日本珊瑚史の始まりとされています。
明治維新後この禁令は解かれ、明治七年にこの付近の海域ではじめて珊瑚船による採取が行なわれその後は急速に発展し、明治三十年代には七百隻の採取船が出漁し、愛媛県からも多数の船が沖の島周辺に来て採取しました。
乱獲の結果資源が涸渇、ついに大正十二年頃にはほとんど中止の状態となりました。
その後、五島、台湾、奄美大島、小笠原諸島周辺やミッドウェー沖にて多くとれ、当地方では今もなお、その加工が盛んです。
最近また月灘沖の赤珊瑚が大変注目されています。

珊瑚を抱えた少女の像。
ここが坂東眞佐子さんの「桃色浄土」の舞台になった場所。
桃色浄土を読んだときから、四国へ来るのが夢になった。
お遍路になって物語の舞台となったこの場所へ、ようやくたどり着けた。
叶崎。。。また一つ願いがかなえられた。
「桃色浄土」
「遠い海の彼方から、波に乗ってやってきた異国からの贈り物」
大正中期、四国の隔絶された漁村に異国船が現れた。
かつては多くの者たちが求めて、海に潜ったという高価な桃色珊瑚を求めるために。
もう珊瑚は取り尽されたと諦めていた現地の人間たちの前で、一人の異国の男が深く海に潜り、桃色珊瑚を採ってしまった。
それに感化されるかのように、平和な漁村がざわつき出す。
異国の男に惹かれていく、村唯一の海女である少女。
小さな漁村から異国へと飛び出すことを願う少年。
異国人による珊瑚の乱獲が生んだ悲劇を未だに忘れられない老婆。
桃色珊瑚の欲望にとり憑かれた若者たち。
補陀落浄土を目指すと口先だけで言い続ける乞食坊主。
様々な思惑が入り乱れ、再び海が赤く染まる。
舞台が、たった一つの小さな漁村だけ。
物語はそこから外に一切出ることなく最後まで進んでいく。
ただ”海”というものが常に横にあるため、逆に広い世界観を感じさせており、狭さや窮屈さは全く感じない。
幸せな場所、平和な空間・・・・・・村の人々はそういった世界に憧れている。
それが浄土なのか、異国なのか。
本当に幸せで平和な場所はどこにあるのか。
一つの村だけにスポットを当てて描くことにより、そういった問いがより深く感じられた。
ラスト
波のない月の夜、一人舟を漕ぎ沖に出て行く少女の目には海の先の補陀落浄土が見えていたのだろう。
Comment
小才角出身で、お月さん桃色ってサイトを自分でもやってます。自分のサイトが検索したらどの辺にあるか探してたら、このサイトに出会いました。夏から帰ってないので、なんとなく懐かしくて見いってしまいました。歩いての遍路大変でしょう。まだ続けているのなら、これからもがんばって下さい。
現在は、香川に住んでます。
魔の321と言われたのは、HALさんが通った道の旧道です。
叶崎灯台の方に行ったような、狭くて曲がりくねった道の時です。
実家は、ちょうどハスキーのいた辺りです。
ほとんど日記のようなブログですが、ちょくちょく大月の事なんかも書きますんで、暇な時は是非のぞいて下さい。
魔の321と言われたのは、HALさんが通った道の旧道です。
叶崎灯台の方に行ったような、狭くて曲がりくねった道の時です。
実家は、ちょうどハスキーのいた辺りです。
ほとんど日記のようなブログですが、ちょくちょく大月の事なんかも書きますんで、暇な時は是非のぞいて下さい。
拓生さん
拓生さんコメントありがとうございました。
「お月さん桃色」で検索して拓生さんのブログにお邪魔してきました。
小才角のご出身で今は香川にお住まいなんですね。
大月町を通ったのがほんのこの前のような気がしています。
旧道は叶崎の橋の手前から右に入った道ですよね?
今は良い道ができたけど昔は拓生さんのおっしゃってるような道だったと宿の方からお聞きしました。
新しい道は整備され綺麗でしたがあの橋は高所恐怖所の私には恐怖でした。。(^_^;)
ご実家がハスキーがいた辺りだったんですねぇ。
いつまでも元気でいて欲しいです。
叶崎の灯台へ行く細い道はちょっと恐くて灯台まで行けなかったのがとても残念でした。
いつかもう一度行きたいと思っています。
拓生さんのブログの幡多弁、大好きです。
大月町や四国の記事、楽しみにしています。
拓生さんコメントありがとうございました。
「お月さん桃色」で検索して拓生さんのブログにお邪魔してきました。
小才角のご出身で今は香川にお住まいなんですね。
大月町を通ったのがほんのこの前のような気がしています。
旧道は叶崎の橋の手前から右に入った道ですよね?
今は良い道ができたけど昔は拓生さんのおっしゃってるような道だったと宿の方からお聞きしました。
新しい道は整備され綺麗でしたがあの橋は高所恐怖所の私には恐怖でした。。(^_^;)
ご実家がハスキーがいた辺りだったんですねぇ。
いつまでも元気でいて欲しいです。
叶崎の灯台へ行く細い道はちょっと恐くて灯台まで行けなかったのがとても残念でした。
いつかもう一度行きたいと思っています。
拓生さんのブログの幡多弁、大好きです。
大月町や四国の記事、楽しみにしています。
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