アランと一緒に四国遍路。

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別格 19番 香西寺
10月21日  



                   別格第十九番札所 宝幢山 香西寺 (ほうとうざん こうさいじ)




金剛力士像と大きな草鞋がぶら下げられている仁王門。
仁王門の正面奥に本堂。
仁王門
本堂への参道両脇に「四国別格二十霊場」と記された赤い幟が並んでいる。
参道
本堂への石段両側にたくさんの水子地蔵が並んでいる。
本堂と境内
広い境内は人の姿がなく閑散としていた。

本堂。
本堂
納経所と土産物、遍路用品などの売店。

参拝納経を済ませ納経所脇の休憩所のベンチにザックを降ろす。
ザックの脇に腰を降ろし自販機で買った水を飲みながら静かな広い境内を眺めた。

出発前に少し離れた所のトイレ行く。
水洗の綺麗なトイレだった。
納経所
20分休み出発。

7:50
7:50


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番外 香西寺へ
10月21日  



                     巡彩庵 → 番外 香西寺

                       4.6km 1時間5分



5時起床。
布団をたたみ窓のカーテンを開けると東の空が桃色に染まっている。
なんと美しい空の色だろう。
窓辺に立ち息をつめ眺めていた。

ふと気がつき時計を見ると5時30分になっている。
慌ててトイレに行き顔を洗う。
日焼け止めクリームを顔と手に塗り化粧を済ませ窓からの景色を横目で見ながら荷物を纏めた。
身支度を済ませ6時少し前、荷物を持って部屋を出る。

5:50
5:50
昨夜のように迷子になることもなく無事、1階にたどり着いた。
店内に入いると昨夜と同じ中央の囲炉裏風のテーブルに朝食が並べられていた。
おはようございます。
「おはよう。よく眠れたかい?」
おかげさまでぐっすり休みました。

パジャマ姿のままのご主人が窓の外を指差し、
「朝陽のちょうど真下の高い建物が駅前ビル。」と教えてくれた。
5時頃起きてしばらく外の景色を眺めていました。
昨夜の夜景も素晴らしかったけどこの朝陽もとっても綺麗ですね。
本当にこちらは絶景のお宿ですね。

「ここ五色台と瀬戸内海を挟んで東に屋島があるんだ。山を降り一旦北を目指し次の83番、それからまた東へ向かって屋島。此処と屋島の間に鬼ヶ島伝説の女木島があるんだよ。」
鬼ヶ島ですか。
(キビ団子を持って桃太郎がキジとサルと犬をお供に鬼退治の昔話は岡山県と思っていた(^_^;))
「女木島へは高松港から船で20分ほどで行けるよ。」
鬼ヶ島、行きたいですね!いつか観光で来たら行ってみます。
「それがいい、市内に入ると栗林公園があるから時間があったら寄ったら良いよ。」
栗林公園は2年前、始めてのお遍路のときに見てきました。広くてとても綺麗な公園ですよね。

朝食を済ませ清算。

            巡彩庵 1泊2食  ¥5.800-
                       
6:25
6:25
表へ出て山裾の遥か下方に見える道路をご主人が指差し、
「あそこに広い道路が見えるだろう、あの道路へ出たら小さな橋がある、その橋を曲がらずそのまま渡って行って右よりの道へ真っ直ぐ。あの広い道路へはすり鉢状のように道が曲がりながら続いている。ほら、今車が走ってるだろう、その先にガソリンスタンドの看板があって信号のある道路へ出るよ。」
目を凝らすと遥か下の道路を白い車が走っているのが見えるがGSや信号など見えないし説明されても全々わからない・・・
とにかく山を下り、橋のところに出れば良いのですよね?
「わからなくなったら電話を入れなさい。携帯を側に置くから。」
それなら助かります。

巡彩庵 ご主人。
巡彩庵 ご主人
お世話になりました。
奥さまによろしくお伝えください。
またいつか、きっと来ます!お元気で!

巡彩庵出発。
6;30
6:30
早朝の山の中は空気が澄んでいて吐く息が白くなる。
手が冷たくて手袋をつけていたが朝陽に向かっている胸の辺りは暖かかった。

巡彩庵の看板。
巡彩庵
後方の建物が巡彩庵。
山の斜面に建っている。

6:32
6:32
根香寺からの下りの道は1キロほどの間に200メートル以上の高度を駆け下りることになる急坂。
早朝のせいか人も車も全く通っていない。
山中を抜け舗装道までたどり着くが橋が見当たらない。
携帯を出し巡彩庵に電話する。
○○です、橋が見当たらないのですが・・・
「どこら辺だろう?近くに何か見えないかね?」
えーと。。坂道の先に集落があります。
「それじゃ、そのまま真っ直ぐ進みもうしばらく行くと広い道に出るからそのまま進みなさい。」
ありがとうございます、またわからなくなったら電話入れますのでお願いします。。

6:40
6:40
集落を下り山裾の道を東へ行くと車道に出た。

6:40
6:43
車道に出た先に一宮寺への案内板があった。
巡彩庵ご主人に案内板のところに出たと電話を入れる。
「その先に信号があるね?信号から左、高松へ向かって行くんだよ。」

←83番 一宮寺 14km
←坂出 高松 R180

6:50
6:50
案内標識

← 高松 坂出 →
← 一宮寺

6:55
6:55
左に曲がるとまた広い車道に出た。
巡彩庵ご主人に電話を入れる。
高松と出ていた矢印どおりに曲がり車道に出ました。

「その道でいいよ、そのまま真っ直ぐだよ。」
ありがとうございました。

車道に敷かれた白線の脇の側溝のようなところを歩く。
早朝で車が通っていないから良かったものの、これが通勤の時間帯や日中の車がビュンビュン走っているときだったらと想像しただけで恐ろしくなる。
ここは車専用道で歩く道ではないー?
道を間違えたのかもしれないが、とにかく車が来ないうちに進まなくては。

7:00
7:00
15分くらい側溝のようなところを行くとようやく歩道のある道路に出た。
行く手に案内標識。
↑一宮寺 

見落としたのかもしれないが此処までへんろ道保存協力会の標識、シールは一切見当たらなかった。
地図を見ても香西寺まで簡単な赤点線になっていて詳しくは載っていない。

82番から83番へ行くには殆どの人は根来寺から来た道を南に戻り「五色台みかん園」から山を下り、鬼無へ向かう距離の短い南側の道を行くのだろう。
香西寺のある北側の道は距離もあるしかなりの注意力と方向感覚が必要となる。
私の場合は巡彩庵のご主人と携帯で繋がっているという心強さがあって此処まで来れたが誰の助けも無く一人だったら完全に迷子になっていただろう・・・

7:10
7:10
香西寺へ右斜め上方向の矢印の案内標識。

信号から右折して揺る坂を上って行くと小さな商店街。
通学の子供たちの姿が多くなってきた。
八百屋さんの店先にいたおばさんに、香西寺は真っ直ぐですか?と尋ねると、
「次の信号を右に入る」と教えてくれた。

7:13
7:13
教えてもらった信号から右に曲がると住宅とお店が数件ある道に入りその先に「香西寺」の矢印が出ていた。
そこから少し行った先に香西寺の仁王門が見えた。

7:35
7:35



巡彩庵
10月20日  



                         巡彩庵

                    82番 根来寺 → 巡彩庵

                           2.2km



根来寺から急坂を何度もカーブしながら降りた途中の左側に巡彩庵があった。

ありがとうございました。
お礼を言って車を見送った。

16:35
16:35
表にそば処の看板。
巡彩庵
古民家風、巡彩庵の入り口。
巡彩庵
中に入るとお疲れさま、とランニングシャツ姿のご主人と優しそうな奥さまが迎えてくれた。
店内の中央に囲炉裏風の大きなテーブル、奥が小上がり。
窓側にテーブル席が並んでいる。
大きなガラス窓から見渡せる絶景に感嘆の声を上げ窓に張り付き眺めていた。

カウンターの中にいた小柄な女性がコーヒーを運んでくれた。
窓側のテーブル席のイスにザックを置き腰を降ろしコーヒーを頂く。

1階はお蕎麦をメインとした食事処。
コーヒーも本格的な味。
巡彩庵
手前の山のその向こう、霞んで見える左の平らな山が屋島だよ、とご主人が側に来て教えてくれた。
巡彩庵店内からの展望
奥さまが趣味で作っておられる草木染のハンカチ。
泊まられた人へプレゼント。
好きなのをと言われたので私はピンク色系の一番上のハンカチを頂いた。
草木染のハンカチ
「明日は屋島まで行くの?」
屋島寺まではちょっとキツイと思うので高松市内で1泊し明後日屋島に登ろうと思ってるんです。
地図を出し、ご主人に見てもらう。
83番近くの「天然温泉 きらら」にマーカーを付けている。

83番から高松市内を通って屋島の下、11号線沿いの屋島ローヤルホテルを指で差しご主人が説明してくれた。
「ここね、うちのグループなの、よかったら聞いてみましょうか?」

明日21日、「天然温泉 きらら」までここから約12km。
83番から屋島の下になる屋島ローヤルホテルまで約11km。
計23km。
明後日22日、84番~86番辺り。
23日、86番→88番まで約19km。
女体山でどれくらい時間が掛かるかわからないがその後、白鳥温泉まで約9km。
結願を済ませた後のことは後で考えることにして。
明後日の屋島の登り、これがけっこうキツイと聞いている。
朝一番で登った方が絶対、楽。

それでは屋島ローヤルホテルに予約しますと言うとご主人が私から電話を入れますと携帯を取り出し住所氏名を書き込み奥さまに渡した宿泊カードを見ながら、明日の予約をしてくれた。
「あ~私だけど、明日、え~と、新潟の○○さん、歩き遍路さん一人お願いね。」

「此処はね食事が出ないの。近くに食べるところやコンビニがあるから着いたら聞いてね。」
わかりました。ありがとうございます。
「それじゃ、夕食は6時頃ね、明日の朝食は何時にしようか?」
早い方が良いのですが。。
何時でも構わないと言ってくれたので6時にお願いした。
「食事は此処だから上がってきてね。時間になったら知らせるからそれまで部屋でゆっくりしたらいいよ。」

小柄な女性がこちらですと部屋へ案内してくれた。
女性の後に着いて店内から一旦出て脇の下への階段を降りて行く。
普通では2階へ上がるのだけれど此処は山の斜面に建っているので食事処が1階で宿泊部屋は階下になっていると教えてくれたが下へ降りて行くのが不思議な感覚だった。

地下1階、廊下をつたって部屋が並び入り口が格子戸になっている。
階下に下りて右に曲がり2番目の部屋。
格子戸に鍵がついていて中に入ると片側に靴棚とロッカー。
敷居を上がるとも襖があってその襖を開けると8畳の畳みと板場の所にテレビと冷蔵庫が置かれている。
部屋に入って正面に窓。
板場の方に向かって左側が窓になる。
右(廊下側)に洗面所とトイレ、その左がお風呂場。
町のホテルと変わらない、清潔な部屋。

案内してくれた女性に洗濯は?と聞くと
「廊下の先に乾燥機はないが洗剤と洗濯機があります。洗濯物、部屋に干しておけば乾きますよ。それじゃごゆっくり」
と鍵を渡してお店に戻って行った。

部屋の窓からも高松市内、屋島が見渡せた。
お風呂に湯を張り荷物の整理。
浴衣に着替え白ズボン、Tシャツ、タオル、手拭い、靴下、下着を袋に詰め廊下に出て洗濯機に入れてくる。
本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡。
巡彩庵
お風呂に入って髪を洗って湯に浸かる。
洗面所にドライヤーも置いてある。
巡彩庵
洗濯物を取りに行き、ロッカーに入ってたハンガーを借り窓の桟と冷暖房機の下のハンガー掛けに並べる。
6時少し前、食事が出来てるとご主人から部屋へ電話が入った。
カメラ、携帯、財布を巾着に入れ部屋に鍵を掛け廊下に出た。

それからが大変。。
方向感覚が狂ってしまい上がらなければいけなかったのに階段を下りていた。
部屋は地下1階だったのに更に下の階へ下りて行ってしまった・・・
上の階と同じような廊下に出て同じような格子戸の部屋が並んでいる。
あれ・・此処はどこ状態・・・
大扉があったので開けたら広間になっている。
完全にパニくってしまった。

携帯を取り出し、巡彩庵の番号に掛ける。
すみません~。。私、今変なところにいるんです。迷子になってしまいました。。。
「階段を下りたんですね、上へ上がってきてください。階段を上へです。」
笑っているご主人。
階段まで戻り上へ上る。
ホントにバカみたい・・下りたのだから1階に行くのは上がらなくてはいけなかったのに感覚がおかしくなっていて下へ下へと降りていた・・・

ようやく迷路(?)から脱出して1階に辿り着いくと外は薄暗くなっていた・・・

平らな尾根の屋島の麓の辺りに人工的な灯かりが輝いている。
あの辺りが高松駅前ですよとご主人が教えてくれた。

高松市内の夜景。
高松市内の夜景
泊り客は私一人。
こんな素敵な宿、岡山のKさんも此処に泊まればよかったのに・・
今頃、Kさんも鬼無の宿で夕食の頃かな・・

奥さまと従業員の小柄な女性は高松市内の自宅に戻り、ご主人が此処に泊まるのだそうだ。
夕食は天麩羅や煮物、魚、美味しいお蕎麦も頂いた。
ご主人がチューハイを飲みながら五色台のことやいろんなお話をしながら食事の相手をしてくれた。
とっても楽しい夕食だった。
巡彩庵
ご馳走さまでしたと挨拶をし席を立つと、
「明日の朝は迷子にならないようにね。」と笑いながらご主人に言われてしまった (^_^;)

部屋に戻ると暖房を付けていったので洗濯物はほとんど乾いていた。
厚手の靴下が少し乾ききってなかったが窓の台のところに並べておけば朝までには乾くだろう。

トイレ、歯みがきを済ませ部屋の真ん中に敷いた布団に潜りこむと直ぐに眠くなった。
夜中に一度目が覚め時計を見ると11時だった。



                  坂出 川久米旅館 → 巡彩庵

                      23km  30.703歩




82番 根来寺
10月20日  



                  第八十二番札所 青峯山(あおみねざん) 根香寺

弘法大師はこの地に華厳院を建立し、末世衆生のために五大明王を刻み安置された。
五大明王とは、東方・降三世夜叉明王、西方・軍荼利夜叉明王、南方・大威徳夜叉明王、北方・金剛夜叉明王、中央・大日大聖不動明王の五仏。
その後智証大師円珍が、霊木で千手観音を刻み本尊として千手院を創建。

根香寺の本堂は回廊で囲われており、回廊には全国から奉納された3万体を超える観音像が、府県別に並べられている。



仁王門。
根来寺 仁王門
仁王門を潜ると下りの石段があり、前方に二重になった登りの階段が望まれる。
本堂への参道
木々は青々と生い茂り参道を覆っている。
本堂への参道
一度石段を下り緑のなかを潜り抜け次の石段へ。
本堂への参道
さらに本堂への石段を上る。
本堂への石段
石段を上りきると右手に大師堂、左手に納経所、五大堂、中央の階段の上に本堂がある。
本堂の回廊入口
本堂の入口を入ると回廊になっていて中庭の向うに本堂。
本堂の手前に都道府県別にわけられぎっしりと並んだ万躰観音堂があり、コの字型になった建物の中を通って本堂に参拝するようになっている。
回路
本堂。
本堂
本堂。
本堂
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
鐘楼。
鐘楼
根来寺に向かう途中、いつの間にか青空が消え、どんよりとした雲が広がり遠くで雷が鳴っていたが参拝を終えて納経所へ入ると雨が降り出した。
ザックに納経帖、線香ロウソクを仕舞い雨具を出そうかと思案してると二人連れの女の人に声を掛けられた。
「ご苦労様です。あの、どちらまで行かれるんですか?私たち車で来ています、良かったら乗っていかれませんか?」
Kさんと顔を見合わせる。

「私は鬼無の駅近くの百々家という宿まで行くんです。」
「まぁ、鬼無ですか。歩いたら2時間くらい掛かりますよ。どうぞ、お接待させてください。歩いておられるお遍路さんを見かけると私は知らん顔できなくいつもお声を掛けているんです。あなたもご一緒に是非!」
私は此処から車で5分くらいのところの宿ですので歩いて行きます。
「そんなぁ。。。車で5分と言ったらけっこうありますよ。こちらの方をお送りして行く途中なのですから乗っていかれてください。」
Kさんはありがたく乗せて頂きましょう、と言っている。
私だけ歩いて行きます、と固辞するのもなんだか大人気ない。
ありがとうございます、それではお願いします、とザックを担ぎ女の人の後をKさんと小走りになって駐車場へ向かった。

「あなたの泊まられるお宿は?」
巡彩庵、と言ったが二人は知らないようでとにかく行ってみましょうと言う。
急いで携帯を出し、巡彩庵に電話を入れる。
予約している○○です、今、根来寺なんです。これから向かいますので場所を教えてください。
運転席の女性に携帯を渡し聞いてもらう。

巡彩庵の人と話しをした女性、わかりましたと携帯を私に戻し連れの女性に、
「ほら、前に通ったことがあるじゃない、坂を下りていった途中にお蕎麦屋さんがあったでしょう。あそこだって。」
「あ~、あったね、入ってみたいねって言ってたお蕎麦屋さんね。あそこまでけっこうあるよ。車で5分って言ったの?」

4時25分、根来寺から急角度の坂道を何度も曲がりながら五色台の北麓を下って行く。
カーブを曲がる度、体が傾く。
優しい雰囲気に似合わない運転に少し驚いた(笑)

二人は高松市内の人で義理の姉妹。
兄嫁と小姑なのだそうだがとても仲が良く二人でよく市内のお寺巡りをしているのだと言っていた。
Kさんと私、それぞれ自己紹介をしお札を渡し、お名前を教えてくださいと言ったのだが、笑いながら
「名乗るほどのものではないのです。」教えて頂けなかった。
「私たちは四国に住んでいても廻れない八十八ヶ所をあなた方が代わって参拝してくださりありがたいことだと感謝しているんです。せめて気持ちばかりのお接待をさせて頂かねば私たちに罰が当たります。四国に住んでいる人はみな、そう思っているんです。遠くからお一人で廻られ本当に偉いことだと思っています。」

前に香川のOさんが言っていた。
『地元の人々にとってみると、遍路は弘法大師の身代わりでもあり、また自分たちに代わって遠方の札所でお参りをしてくれる、宗教的な価値をもった存在でなのだ。』と。
地元の人たちが差し出すものは、難渋している者に対する援助であるだけではなく仏に対する喜捨でもあると。
前にも述べたことだが、
一般社会で企業が顧客に対して行う、いわゆる「接待」には何らかの見返りの期待がこめられているが四国遍路における「お接待」は無償の行為。
現代的な感覚でとらえれば何のつきあいもない何の利害関係もない他人から何かをもらったり泊めてもらったりというのは日常考えられないこと。
それも、ちょっとしたお菓子とか余った果物などというならまだ理解の範囲内だが時には「現金」を差し出される。
行き暮れた旅人や、きつい修行に取り組む人に対して「援助」をする、「支援」をするというのは人間同士が助け合うという基本的な姿。
一つは、「弱者」に対する支援であって言ってみれば助け合いの延長にある「施し」。
もう一つは、「自分自身の代わりにお大師様にお参りしてほしい」という意味での賽銭の寄託。
苦難の道を歩んで来訪する遍路は弘法大師の化身とも解釈し、その二つの気持ちの混じり合った形として弘法大師へのお布施として差し出すというのだと。




82番 根来寺へ
10月20日  



                81番 白峯寺 → 82番 根来寺

                       7km 2時間5分



来たときは下りであったということは必然的に復路は登りとなる。
古田の分岐点まで戻り山中の遍路道を通り82番へ向かう。

14:15
14:15
81番と82番への分岐点、十九丁。

道標
根来寺まで2.8km。

14:35
14:35
14:40
14:40
第八十二番根香寺 十九丁 打もどりと書かれた石柱が立ち、木でできたベンチがいくつも並んでいるところに出た。
ここでザックを降ろし休憩。

ビニール袋を広げ靴を脱いで裸足になってザックの中の朝ローソンで買ったおにぎりが出す。
2個買ってたのでKさんに1個食べてもらう。
Kさんに、お札を貰えませんか、と言われまだ渡してなかったことに気付いた。
あ~遅くなってすみません、私、○○です、と住所、名前の書いた納め札をKさんに渡した。
納め札をカバンに仕舞いながらKさんに新潟から四国までどうやって入るの?と聞かれた。

新潟から伊丹へ空路、高速バスや新幹線を使います。
今回は伊丹から新大阪に出て新大阪で岡山に出てそれから伊予三島へ入りました。
岡山からですと四国へは直ぐで良いですね。

「いつも1週間くらいの区切りですので時間が掛かりましたがようやく今回で結願ですわ。私、車で廻ったのを入れてこれで3巡目なんです。」
そうなんですか、私も最初は車でした。歩きで廻り始めたのが一昨年の春、それから毎年春と秋に四国に渡り此処まで来るのに2年掛かりました。

話をしてたらガサーッと音がしてお遍路さんが道の先の木の階段をタッタと走るように下りてきた。
遍路道では誰にも出会わなかったで急に現れたお遍路さんに本当に驚いた。
小太りの男のお遍路さん、こんにちは~と言い残し私たちの歩いて来た方向へスタスタと姿を消した。
「逆打ちなんでしょうかね?」
・・・?

靴を履いて側の説明板を見てみると、80番国分寺から先程の「遍路転がし」を登ってくるのは大変なので79番からは、まず81番に登り、ついで82番を打ったあと、ここまで戻ってきて80番の国分寺に降りるようにということが書かれてあった。

地図を見ていたKさん、
「80、81、82番札所はこの地点を中心にして放射状になってますが、いずれにしても一筆書きでは通れなく、どこか重複する道ができてしまいますね、そこに書かれてるように順打ちをしないで、81-82-80と歩く行程が最も楽なコースだったのかもしれませんね。今の人は80番へ向かったんでしょうね。ま、此処まで来たのだから今さらですよね。」
そのとおり。。

15:00
15:00
15分休んで出発。

15:15
15:15
15:20
15:20
遍路道から180号線に合流。

15:25
15:25
R180 
↑82番 根来寺 2km。

15:30
15:30
車道をしばらく歩き遍路道に入る。
遍路道へ入った直ぐの木の枝に巡彩庵の案内が括られている。

根来寺より車で5分
へんろ宿 1泊2食付 5800円
オープン記念 巡彩庵
087-881-8153

日の出の見える
夜景 絶景の宿

15:35
15:35
15:40
15:40
遍路道石標
→ 根来寺 本堂 775米

15:45
15:45
下りの山道。

15:50
15:50
15:53
15:53
82番 根来寺到着。

15:55
15:55 82番




頓証寺殿
10月20日  


                       頓証寺殿

崇徳上皇の御廟所。
中央に天皇の尊霊、向かって左は鎮守白峯大権現、向かって右は御念持仏十一面観世音を祀り、境内に上皇の悲話を伝える玉章(たまずさ)の木、傍らに西行廟参の遺跡、西行法師坐像、頓証寺燈籠が安置されている。

西行が上皇のご霊前に捧げた鎮魂絶唱の歌碑。

よしや君 昔の玉の 
床とても かゝらん後は 何にかはせん

江戸時代に上田秋成によって書かれた『雨月物語』、第一篇、『白峰』に西行法師が讃岐国にある旧主崇徳上皇の陵墓、白峰御陵を訪れ崇徳上皇の亡霊と対話するという話が描かれている。



護摩堂の入り口で靴を脱いで中に入り納経所で御朱印を頂き、ベンチに戻るとKさんは茶房の前のベンチでおにぎりを食べながら休んでいた。
納経帖、線香ロウソクをザックに入れ直し、お腹は空いてないのでもう少し見てきます、急ぐようでしたら先に行ってくださいとKさんに断わると、
「向こうに何かあるんですか?」と聞かれた。
崇徳上皇を祀っていますと教えたら、それでは私も見てきますと一緒に頓証寺殿へ行く。

頓証寺殿勅額門。
頓証寺殿勅額門
応永21年、第百代後小松天皇が奉納された「頓証寺」と書かれた勅額。
重要文化財。
頓証寺殿門 勅額
境内。
頓証寺殿 境内
頓証寺殿左に剣を振り上げ仁王立ちの日本八天狗の1狗、相模坊大権現。

相模坊大権現の説明板より

白峯山の相模坊大権現はかつて相模の国(神奈川県)の大山に君臨した修験の大行者でその名を相模坊と称した。
後に讃岐の国、白峯山に入山し、当山の修験行者(山伏)集団の統括者<大先達>となり、その神通力、法力により行者集団から大権現として祭祀された。
その無限大の法徳により、霊威のある聖地白峯山の守護神(鎮守)として崇め祀られた。また崇徳天皇の守護神(謡曲 松山天狗、雨月物語、等に詳述)としても有名である。
当地方の鎮守として衆生の諸々の願い事(海上、交通、家内、商売、健康、等)を叶えてくれる権現様です。石像は、ご本尊秘仏の故、前仏として建立された尊像であります。
頓証寺殿
人気のない静かな境内、背中の辺りがうすら寒くなる。
木陰になって涼しいだけと思ったがそれだけではないような・・・
Kさんがなんだか気味の悪いところですね、と門の方へ行ったので一人残されるのは嫌だと私も後を追った。
頓証寺殿 境内
荷物を置いたベンチに戻りトイレに行き、Kさんにそろそろ行きましょうと促されお店の人にお礼を言ってザックを背負った。
午後1時50分、一礼し白峰寺七棟門 を出て82番へ向かう。

13:50
13:50 81番白峯寺 七棟門




81番 白峯寺
10月20日  




              第八十一番札所 綾松山(りょうしょうざん) 白峯寺

それぞれの山に五行説の五方にちなんだ五色の5峰(赤峰、黄峰、黒峰、青峰、白峰)の名が付いた五色台。白峯寺はその一つ、白峯山(H260)の中腹にある崇徳上皇ゆかりの寺。



七棟門をくぐると左手に茶房、トイレ、正面に中が納経所になっている護摩堂。
護摩堂(納経所)
茶房前にベンチが置いてある。
お店の人が荷物、見てますから置いてっても大丈夫ですよ、と言ってくれた。
Kさんの荷物の隣にザックを降ろし納経帖、線香ロウソクを出す。
納経帖はカバンに入れ線香ロウソクの入った巾着とお杖を持ち菅笠と手拭いを被せ、お店の人に、それではお願いします、と本堂へ向かう。
茶房前
石段下の北側、崇徳天皇御廟所の頓証寺殿。
本堂・大師堂は勅額門の手前、水屋から右の石投を登りつめたところにある。
頓証寺殿
本堂への石段の下に立て看板。

上 本堂 大師堂
足腰の弱い方は護摩堂へお参りください。
ご本尊・ご分身・お大師様をお祀り致しております。
本堂・大師堂への石段
石段の右側に鐘楼。
鐘楼
石段の左側、二重の多宝塔。
本堂までの石段の左側に十二支の守り本尊と多宝塔、薬師堂、行者堂、阿弥陀堂が順に並んでいる。
二重の多宝塔
本堂・大師堂への石段。
本堂・大師堂への石段
阿弥陀堂。
阿弥陀堂
石段を登りつめた境内の最上段に本堂、大師堂が並び、その右手に地蔵堂と善如龍王の祠。
本堂は入母屋造り、本尊の千手観音を祀るので観音堂とも呼ばれる。
本堂
本堂。
本堂
文化8年(1811)高松藩主松平頼儀公により再建された大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
参拝を済ませ石段を下りて護摩堂へ行く。




81番 白峯寺
10月20日  



                 1本松 → 82番 白峯寺

                   3.5km 50分



車道から山道の遍路道に入る。
先に歩いていたKさんがどっちでしょうね?と立ち止まる。
道の先の軽トラにいた人が、「こっち、こっち。ここからですよ。」と手招きして教えてくれた。

「どちらから?親子?」
いえ、私は新潟からです。こちらは岡山から。
「あ~そうなんだ。この先もきつい道だけどけどもう少しだから頑張ってね。冷たいのがあるからお接待させてもらうわ。」
荷台の発泡スチロールの箱から冷たいドリンクを出して渡してくれた。
「これね、コラーゲン入りだから綺麗になるよ」
わぁ、ありがとうございます!シミシワが取れますね(笑)
「だいじょうーぶ、取れる、取れる!うちの奥さんのようなベッピンさんになるよ(笑)」

若い綺麗な奥さんと腕を組んだご主人とKさん。
素敵なご夫婦、ドリンクとおのろけご馳走さまでした。

12:20
12:20
小道を下りて行くと鉄線が張られ遍路道の立て札の後ろに「立ち入り禁止」の看板。
「自衛隊用地につき許可なく立ち入った者は法律により処罰されます」

12:25
12:25
←白峯寺

12:30
12:30
端の方を歩くが安定性が悪くて歩きにくいく。。。

12:35
12:35
摩尼輪塔(まにりんとう)と下乗石(げじょうせき)の説明板。

摩尼輪塔(県指定有形文化財)は、苦しい仏道修行の中でも特に最終の位を表す。
「摩尼輪」(塔の円板部分)にちなんでこのように呼ばれています。
また、この塔は、下に「下乗」と書いてあり、長い遍路道もやっと聖地に近づいたことを教えています。
下乗とは、ここからは聖地であるからどんな高貴な者でも乗り物からおりて、自分で歩いて参拝しなさいということです。
この摩尼輪塔は、一三二一年(元応)三年二月十八日、鎌倉時代末)密教の僧、金剛仏子宗明によって建てられた全国でも珍しい塔です。

一方左手にある下乗石の裏には、一八三六年(天保)七年丙申春三月、(江戸時代末)高松藩が古い摩尼輪塔を小屋でおおって保存し新しくこの碑を建てたことが刻まれています。

      昭和五十九年三月 香川県

12:40
12:40
摩尼輪塔と下乗石。
摩尼輪塔と下乗石
雑木林に囲まれた遍路道。
途中、生い茂った木々に囲まれ陽の当たらないのかぬかるんでいて靴がドロドロになった。

12:45
12:45
81番 白峯寺到着。
 
国の重要文化財・七棟門
すぐ前が駐車場になっている。

12:50
12:50




81番 白峯寺へ
10月20日  



              凝灰角磯岩の道 → 1本松

                       2km 45分



凝灰角磯岩の道のベンチで15分休憩し10時55分出発。
軽い足取りで登って行く地元のご夫婦の後を追う。

10:55
10:55
写真を撮ったりノロノロ歩きに合わせてもらうのは悪いので私は揺る足ですからとKさんに先に行ってもらう。

10:58
10:58
←石鎚神社 0.7km 1本松 0.8km→

11:10
11:10
木々の間から国分の町並みが見渡せる。

11:15
11:15
町並みのズーム。
11:15
大汗を流しながら急な階段を登っていく。

11:20
11:20
息を切らせ立ち休憩を繰り返しながら登る。。

11:25
11:25
見晴台のようになっているところの案内板。

11:30
11:30
案内板のところに休んでいたKさんに追いついた。
11:30
急な階段の先に車道が見えた。

11:35
11:35
最後の階段、息が上がりきつかった。。。
11:35
急な階段を登り詰めると1本松の車道に出た。
少し先に軽トラが止まってて木陰になっている場所があった。

Kさんもハァハァ言いながら「少し休んでいきましょう。」と荷物を降ろした。
木陰に入ると涼しい風が通り抜けていく。
ニョロが心配だったが私もザックを降ろし地面にビニール袋を広げ靴を脱ぎ裸足になる。

11:40
11:40
20分休み12時出発。



81番白峯寺へ
10月20日  



                80番 国分寺 → 凝灰角磯岩の道

                       1.5km 35分



仁王門を出て遍路道に入ったすぐのところの店先にベンチが置いてあった。
店の入り口に「本日休み」の紙が張られ閉まっていたが国分寺では休憩できなかったので少し休ませてもらう。
ベンチにザックを降ろしビニール袋を出し下に敷き靴を脱いで裸足になった。
汗を拭いてると駐車場の方から歩いて来た男の人がチラッと私を見て行った。
少しして先の男の人が戻ってくるとオロナミンCドリンクをお接待と言って渡してくれた。
自販機まで行って買って来てくれたんだ。
ありがとうございます、頂きます。

「通しで廻ってるの?どちらから?」
新潟から区切りです。
「遠くからご苦労さまだね。私も何度も歩きで廻ったけど昨年から車になったよ。此処まで来たらもう少しだから頑張ってね。これも私からのお接待。」
裏に「四国八十八ヶ所霊場会公認先達 徳島市方上町東浦2の3 大滝寛 78才」と書かれた綺麗な錦札を頂いた。

大滝先達さん、冷たいドリンクと錦札をありがとうございました。
15分休んで出発。

10:05
10:05
前方に見えるお山、白峯寺へ向かう。

四国のみち 道標
↑白峯寺

10:20
10:20
右手の墓地を見ながら山道に入る。

10:25
10:25
五色台マップ。
五色台マップ
10:30
10:30
10:33
10:33
それほど高くもないし大したことはないだろうとたかをくくっていたが山道は次第に急坂になっていく。
流れる汗を拭き拭きハァハァ言いながら登って行くと坂の途中、道の真ん中に寝転んだハスキー犬とおじさん。
ハスキー
しゃがみ込んでハスキーの側へ行く。
こんにちは。
大きなコですね。ハスキーくん大丈夫ですか?
「あ~ご苦労さん。このとおり暑くて引っくり返ったまま動こうともしないよ。」
こんなに暑くて四国に住んでるハスキーも大変ですね。
「まったくだ、いつまでも暑くて敵わないよ。」

おい、もう行くぞー。
ハスキーくん、おじさんが何度言っても知らん顔をして引っくり返ったまま。
可笑しいやら可愛いやら。
お腹を撫でたりフカフカの耳に触らせてもらった。
ハスキー
右側に白い崖が続く。
白い崖
「白い崖」の説明板。

凝灰角磯岩・ギョウカイカクレキ岩
火山から噴出された火山灰が地上や水中に堆積してできた岩石で中には小さいけれど透きとおるような美しい宝石、ガーネットが含まれているそうです。
白い崖
側のベンチで休憩。
右へ登って行くと石鎚休憩所、神社がある。

10:40
10:40
裸足になって遍路カバンに入れたペットボトルを出して飲んでいると坂道を岡山のKさんが登ってきた。
Kさんも荷物を降ろし隣のベンチに座り、「大きな犬がいたでしょう、恐くなかったですか?」と言うので、
恐くないですよ、可愛いじゃないですか。と私が言ったら、「へぇ、あんな大きな犬が可愛いのですか?」と笑っていた。

ここから岡山のKさんと一緒に山を登り82番まで同行。




80番 国分寺
10月20日  



                 第八十番札所 白牛山 国分寺 (はくぎゆうざん こくぶんじ)

天平13年(741)聖武天皇の勅により建立された讃岐国分寺。
境内全域が国の特別史跡に指定されている。



仁王門。
仁王門
仁王門をを潜ると両脇に見事な松並木の参道が続き
参道
参道の左右にミニ八十八ヶ所の石仏が並ぶ。
ミニ八十八ヶ所の石仏
境内右手に重要文化財に指定されている鐘楼。
鐘楼
広い境内に荷物を置けるようなベンチも休憩所も見当たらない。
線香ロウソクもザックの中。
納経所だったら置くところもあるだろうと本堂に向かって右手「大師堂・納経所」へ行く。
境内
多宝塔のような二重塔と山門があり入り口に大師堂・納経所の立て札と小坊主さん。
山門を潜ると自販機とベンチがあった。
建物の中は薄く暗くお土産や念珠、お札、お守り、遍路用品などが所狭しと並べられその向こうに納経所と奥が大師堂になっていた。
お土産屋さんの男の人が忙しそうにしていたが、すみません、参拝してきますのでそこのベンチに荷物を置かせてもらって良いですか?と声を掛けると奥にいた作務衣を着た男の人(納経所の人だった)に、
「だめ!あんなところに置いたら目が届かないだろう、昨日もあそこに置いた荷物が盗またばかりなんだよ。此処に置いてきなさい。」と恐い声で言われた。
お土産屋さんが此処に置いてと山と積まれたお土産の間を空けてくれたので大急ぎでザックから線香ロウソク、納経帖を出しザックの口をしっかり閉め杖と一緒に置きお願いしますと本堂へ向かった。
大師堂・納経所
本堂。
本堂
本堂。
本堂
お迎え弁財天。
【神と仏の幸せめぐりの、さぬき七福神中、当山は、弁財天を主尊としてお祀りしています。
本堂前、池中に主尊弁財天、七福神を。大師塔納経所にも、木造弁財天を、お祀りしています。】
お迎え弁財天
本堂の前の池の中に立つ弁財天の祠と七福神の石像が並んでいる。
【弁財天(弁天サマ)
古代インドの河の神様で豊穣の女神といわれ、智慧、芸事、音楽等、更に七福神唯一の女神として、財運、福徳を与える神として大変御利益あらたかであります。】
さぬき七福神 弁財天
願かけ不動明王像。
願かけ不動明王
成願大師像。
成願大師像
願かけ金箔大師像。
願かけ金箔大師
納経所に戻り大師堂にお参り。

二重塔の部分が大師堂、手前の建物の中が納経所と売場。
堂の前に千体水子地蔵が祀られている。
大師堂
お土産に色とりどりの飾りがついたお守りと朱印帖を一緒に納経所に出すと、
「荷物は体から離さず、置いて行く時は自分の目の届くところに置くこと。昨日もあのベンチに置いてた荷物を盗まれたばかりなんだ。此処まで来て大切な荷物を盗まれてしまったら泣くにも泣けないだろう。持って行く奴が悪いけど置いて行ったのも自分の不注意。それから門のところに遍路の格好して絵を描いたり立っている者がいただろう。物を売りつけたり金をせびっていのだから金をくれとか絵を買ってくれと言われても知らん顔していきなさい。」言われた。
仁王門の石段の下で托鉢をしているお遍路さんや座り込んでいたお遍路さんのことを言ってるのだろう。

香川に入ったら荷物に気をつけろと何度も言われたが本当にあるんだね。
ベンチに置いた荷物をどんな気持ちで盗んでいくのだろう。
いくら目が届かないと言っても納経所の前で。。。

ありがとうございました、とお礼を言って納経所を出た。

仁王門に向かって参道へ行くと見覚えのある姿。
川久米旅館で一緒だった岡山市のKさんが境内を歩いていた。
Kさんも私を見つけ、早かったですね、参拝は済んだんですか?と聞いてきた。
はい、今御朱印を頂いてきたところです。これからですか?
Kさんは何時頃出られたんですか?
「7時に宿を出て、今着いたばかりなんです。あなたは何時に出たんですか?」
6時半頃です、それじゃお先に。

Kさんと別れ9時50分、一礼して仁王門を出る。



80番 国分寺
10月20日  


          
              JR鴨川駅 → 80番 国分寺

                 4.7km 1時間5分



鴨川駅の前の横断歩道から綾川橋を渡り右へ曲がる。
綾川に沿って土手の遍路道を行く。
しばらく進むと右手の住宅の垣根に菅笠とベンチが置かれている。
菅笠の上に「歩きへんろ 加茂駅」の看板。

8:15
8:15 休憩所
中へ入ると庭のようになっていて白いテーブルと周りに丸太の木のイス。
テーブルの上にポットとコーヒー、布巾を被せてコップ類と籠の中に柿と皮むきようの果物ナイフ。
扉に「冷たいお水、お茶があります」の張紙のある冷蔵庫とゴミ箱も置かれていた。
張紙の下に「→」遍路マーク。

留守のようで人気はなかったが休ませてもらった。
イスにザックを降ろしビニール袋を出し足元に敷き靴を脱いで裸足になる。
ノートがあったのでパラパラとめくると「休ませて貰いました。」「感激です。ありがとうございました。」と感謝の言葉が綴られている。
日付はどれも3,4日前になっていた。
休憩所
10分休んで出発。
入ってきたところではなく庭を通って左の脇道から遍路道へ出た。

8:25
8:25
坂道を登る。

8:55
8:55
国道と並んでいる遍路道。
右→ 国分寺駅。

9:08
9:08
80番 国分寺到着。

9:10
9:10 80番国分寺




80番 国分寺へ
10月20日  



                 川久米旅館 → JR鴨川駅

                     5.3km 1時間20分



5時起床。
洗面トイレを済ませ身支度。
テレビで今日も香川は26℃の夏日と天気予報が出ていた。
また汗だくの1日になりそうだ。
化粧も日焼け止めも汗ですぐに流れてしまうのだから気休めにしかならないのだけど顔と手に日焼け止めクリームをたっぷり塗りつけた。

6時、荷物を持って下に降りていくと広間のテーブルに朝食が並べられていた。
荷物は玄関脇に置かせてもらう。
廊下を挟んだお勝手のテーブルでテレビを見ているご主人と女将さんに、おはようございます、頂きます、と挨拶。
「おはようございます。今日も暑くなりそうね。」
ホントに・・・また夏日だそうですね。
80番へは昨日行った79番から行くのですよね?
昨日、納経所で80番への道を尋ねたら三輪鳥居から真っ直ぐ道を下って行くと教えてもらったんですよ。

私はこれからもう一度79番へ行くのだと思い込んでいた。
「○○さんは昨日行ったのだから79番は行かずに国道からそのまま80番へ行った方がいいわよ。」

アーケードを出て真っ直ぐ、交差点から左にローソン、ここから右に行くと国道33号線。
東に向かって国道を行くとここに鴨川駅。
鴨川駅から綾川を渡り国道11号線を行くと80番。
ご主人が地図の上を指でなぞりながら説明してくれた。

朝食を済ませ清算。

          川久米旅館 1泊2食  ¥7,100-

川久米旅館のご主人と女将さん。
お世話になりました。

6:30
6:30
アーケードを出てしばらく行くと四国ガス。

6:50
6:50 四国ガス
遍路道へは行かずそのまま進むと交差点、左手にローソンがあった。
ローソンでトイレを借りて昼食用のおにぎりと冷たい水を買う。

6:55
6:55
ローソン先の標識。

丸亀   王越  高松
 ←    ↑   →
33号  16号  33号

7:05
7:05
信号から横断歩道を渡り右へ行く。

7:20
7:20
国道33号線。
右手のJR予讃線、八十場駅を見ながらそのまま東へ進む。

標識。
↑33 高松 19km ↑80番 国分寺 6km
7:30
川久米旅館から1時間20分、JR鴨川駅に到着。
中に入り窓口の職員さんにトイレを尋ねると改札口から入ったところですと教えてくれた。
荷物は待合室のイスに置かせてもらいトイレに行く。

7:50
7:50 JR鴨川駅
トイレから戻り待合室のイスで15分休憩。
JR鴨川駅
8時5分、鴨川駅出発。




番外霊場 白峰宮
10月19日  



                白峰宮 → 川久米旅館

                  2.7km 1時間



番外霊場 白峰宮
第75代崇徳天皇を祀っている別名「讃岐院」。

14:30
白峰宮拝殿
白峰宮拝殿にて参拝。
白峰宮拝殿
白峰宮境内にある神馬。
神馬
樹齢約500年といわれる御神木・楠の木(くすのき)。
御神木・楠の木
御神木・榊(さかき)。
御神木・榊
境内を中を通って、来た道を引き返す。
坂道を下りJR予讃線の踏み切りを渡るとザックを背負い汗を拭いてたお遍路さんに声を掛けられた。
「こんにちは。暑いですねぇ。。79番はこの道で良いのですよね?まだ先ですか?」
こんにちは、お疲れさまです。この道を登って行きます。坂道がちょっときついけど後少しですよ。
ご苦労さまです、頑張ってください!と別れる。

ザックを担いでるってことはこのまま80番へ向かうのかもしれない。
今日はどこから歩いてきたのだろう、この先79番から80番まで約7kmもあるのに凄いなぁ。。
今回は歩き遍路さんと同行にならなかったし出会いも少なかった。
結願まで残り八ヶ寺。
此処まで来るとみんな先を急ぎ自然と足が早くなるのだろう。
それぞれの想いを胸に抱き、祈り願いながら結願の為に歩いてきた。

私も明日からはいよいよ80番台。
1ヶ寺毎にゴールが近づいてくる。
達成感の嬉しさはあるのだけれど淋しい気持ちも大きくなっている。
この春も昨年も次の札所へひたすら足を進めるだけだったのに、これでもう終わりだと思うと切くなる。

終わりなどなくていい。。。
このままいつまでも歩いていたい。。
遠回りとわかっていて番外寺へ廻り、わざと寄り道しながらの讃岐路。

もう一度、1番から歩きたい・・・
バスに乗ったところ、車に乗せてもらったところ、電車に乗ったところ。
行けなかった場所、寄らずに来たところ。
もう一度歩きたいなぁ…
田井ノ浜、石鎚山、土佐清水、いつかきっと・・・

四国ガスのお接待所。
伊予弁、とってもいい~。

お遍路さんへ
足湯無料です
なんちゃないけど休んでいきまい

14:50
14:50 四国ガス接待所
ベンチの脇にタオルも置いててくれる。
ありがたいことです。
おせったい・足湯
アーケード街に入ったところに喫茶店があったので休憩していく。

15:15
15:15 休憩
冷房の効いた店内に入ると汗がスーッと引いていく。
表のメニュー看板に載っていた¥650-の抹茶とわらび餅セットを注文。
冷たい抹茶とフワフワのわらび餅、とっても美味しかった。
冷抹茶とわらび餅
お店の人とお話をして15分休憩。
人もまばらなアーケード街をブラブラ歩き川久米旅館に3時30分戻った。

15:30
15:30 川久米旅館
おつかれさま、お帰りなさい、と女将さんが出迎えてくれた。
お風呂、食事は1階の広間で6時から。
お風呂場の隣、脱衣所に洗濯乾燥機。¥200-と女将さんが説明してくれた。
それから荷物を持って女将さんの後に着いて2階へ上がり窓が通りに面した明るい部屋に案内してくれた。
廊下の先、右にトイレ、洗面所。
明日の朝食の時間を尋ねると何時でも構わないと言ってくれたので6時にお願いした。

「男のお遍路さんがまだ着かないから先にお風呂に入った方がいいわよ。」
ありがとうございます、それじゃそうさせてもらいます。

浴衣に着替え洗濯物を入れた袋を持ってお風呂を頂く。
女将さんが洗剤があるから使ってください~と言ってくれた。
洗剤を借りて下着、白ズボン、Tシャッツ、手拭い、タオル等を洗濯機に。
髪を洗い湯船に手足を伸ばしフーッと大息をつく。

お風呂から上がると洗濯が終わっていた。
洗濯物を出し乾燥機に入れ部屋に戻って荷物の整理。
テーブルを脇にどけ部屋の真ん中に布団を敷く。
布団の上に足を投げ出し今日のメモを付け本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡を入れ、明日の宿の手配。

明日は81番近くのかんぽの宿と予定していたのだが。。
歩いてる途中、へんろ地図には載ってない宿、「巡彩庵:1泊2食付¥5,800- 82番根来寺から5分」と電話番号が書かれた手書きの案内紙が括り付けられてたのでメモしていた。
巡彩庵に明日の予約を入れるとOK。
その後、後で連絡しますと言ったままの白鳥温泉に23日の予約を入れた。

夕食までテレビを見ながら布団の上でウトウトしていた。
階下から夕食ですよ~と声を掛けられ乾燥機に洗濯物を入れたままだったのを思い出す。
洗濯物を取り出し袋に入れそのまま広間のテーブルに着いた。

食事を始めていたら男の人が広間に入ってきた。
区切り歩きの岡山市のKさん。
5時頃に宿に着き荷物を置いて坂出八幡宮の祭りを見てきたそうだ。

「明日はどちらまでですか?宿は決めましたか?」
明日は82番まで、根来寺から5分くらいって書かれたお宿の張り紙があったので予約を入れました。
「私もあの張紙は見ましたよ。巡彩庵でしたね、へんろ地図には載ってないんですよね。私は昨日、鬼無の百々家に予約を入れたので明日は鬼無まで行きますわ。」
新しく出来たお宿なのでしょうね。私の地図は前なので新しいお宿は載ってないし載っていても今はやっていないお宿がありました。
「そうそう、廃業した宿がけっこう載ってるんですよね。あなたの地図は何年版ですか?」
2006年の7版です。
「私のも同じ2006年版ですよ。明後日、鬼無から85番まで行けたら22日には結願できそうですわ。」

廊下を挟んだお勝手のテーブルでご主人、女将さん、Kさんと私、これまでの道中のことや明日からのことなどビールを飲みながら楽しいひと時を過ごした。

7時過ぎ、食事を済ませKさんに明日は早くに発ちますのでお先にと声を掛けご主人と女将さんにご馳走さまでしたを言ってと部屋に戻った。
広間を出るときKさんが「またどこかでお会いしましょう」と言って納め札を渡してくれた。




                 善通寺市 山本屋旅館 → 坂出市 川久米旅館


                           25km  43,278歩




79番 高照院 天皇寺
10月19日  



              第七十九番札所 金華山 高照院 天皇寺

弘法大師が八十場の泉を訪れ、十一面観音と阿弥陀如来像、愛染明王の三尊像を作り堂を建て薬師如来を刻み安置して泉を閼伽井としたのが起源で当初は摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と称した。
保元の乱で敗れた崇徳上皇は坂出に配流となり長寛2年(1164)そこで死去、荼毘に付され妙成就寺と並んで建てられた白峰宮に祀られ妙成就寺は「天皇寺」と呼ばれるようになり、白峰宮は「天皇さん」と愛称で親しまれるようになった。
明治の神仏分離で崇徳天皇社は白峰宮となり摩尼珠院妙成就寺は廃寺となったがその後、筆頭末寺の高照院がその跡に移転し天皇寺を再興して七十九番札所を引き継いだ。



八十場から坂道を少し登ると白峰宮の境内に入った。
お寺の真ん中を神社の参道が突き抜けていて神社と寺が隣接しているというより神社の中にお寺があるという感じ。。
正面は神社、参道左側(西)に本堂、大師堂、右側(東)に納経所への赤門がある。

14:15
14:15
境内から一旦鳥居を潜り外に出て天皇寺石碑の方から一礼し入り直す。

白峰宮・三輪鳥居。
白峰宮・三輪鳥居
崇徳上皇を祀る白峰宮の赤い鳥居と並んで天皇寺の大きな石碑。
天皇寺石碑の前でWちゃんと写真を撮った始めてのお遍路、2年前の春を思い出す。

天皇寺石碑。
天皇寺石碑
こじんまりとした本堂と大師堂。

本堂。
本堂
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
赤門を入って行くと奥に納経所がある。
赤門
納経所。
納経所
参拝納経を済ませ境内のベンチで一休み。
子供を連れた地元の女性が二人、参拝していた。

境内からの三輪鳥居。
三輪鳥居




八十場の水
10月19日  



               坂出商店街 → 川久米旅館 → 八十場の水

                          2.5km 40分



お祭りの太鼓台行列が通った後、坂出商店街のアーケード街に入る。
町の中心部のアーケード街なのに歩いている人は少なくシャッターを閉めている店が多かった。
宇和島の駅前からのアーケード街もここよりは広かったが似たような感じだったと思い出す。

13:25
13:25 坂出商店街
お店のウインドーを眺めながら進んで行く。
右手の細い小路のいくつか目に月極め駐車場の先に川久米旅館の看板があった。
13:30 川久米旅館
13:30、川久米旅館到着。

ごめんください~、入り口のドアを開け中に入って声を掛けると奥からは~いと声がした。
手を拭きながら出てこられた女将さんに
○○です、これから79番へ行きたいので荷物を置かせてもらって良いですか?と尋ねる。
「お疲れさま。79番はこれからなのね、大事なのだけ持って荷物は置いて行ったら良いですよ。お祭りで賑やかだったでしょう。」
はい、お祭りを見ながら来ました。
「79番へは商店街を通ってアーケードが終わるまで真っ直ぐ行き国道に出たら交差点の手前に四国ガス、そこからもう少し行くとR予讃線の踏切を渡って坂道を登って行きます。」

ザックから線香ロウソクの入った巾着を出し地図も一緒に遍路カバンに詰める。
ザックを邪魔にならないよう隅に置いて出発。
それじゃ行ってきます、荷物お願いします。
川久米旅館
川久米旅館からアーケード通りへ出てしばらく行くと右の小路の先に坂出の駅。
坂出駅を見てさらに進むとアーケードが終わり国道33号線に出た。
交差点の手前に四国ガスがあり側に「足湯の接待所」があったがそのまま車道脇の歩道を行く。
住宅の倉庫のような所にアンパンマンと「↑お疲れさま もうすぐ 第79番 天皇寺です」と描かれた絵があった。

14:00
14:00
国道を進んで行くとJR予讃線の踏切。
踏切を渡り国道33号線から坂道を登る。
暑い日差しにうんざりしながら坂道を登って行く。
ハァハァ言いながら登って行くと木立に囲まれた坂の途中に「八十場の水」と書かれた看板が立っていた。

14:05
14:05 八十場の水
お目当てにしていた「八十場の水のところてん」だったのに「本日休み」の木札がぶら下がっていた・・・
休憩所になっていてベンチもあったが人もいないし蚊に刺されそうで写真だけ撮っていく。
八十場の水
側に水が流れている。
これが弘法大師ゆかりの「八十場の水」かな・・・?
八十場の水
お堂。
八十場の水
八十場の水 (やそばのみず)
保元元年(1156)に起きた保元の乱に敗れた崇徳院は38歳で讃岐に流され長寛2年(1164)に崩御されるまでの9年間を府中鼓岡木丸で過ごされた。
崩御されて御所からの返事を待つ間、残暑の節で白峰宮の裏手にある弥蘇場の水上に院の玉体を安置したところ神光が輝いたことから二条天皇の宣旨を受け長寛2年に社殿を造営されたと伝えられる。
遺骸をこの八十場の霊泉に浸したところ21日間すぎたのちも上皇の顔はまるで生きているごとくだったという。





坂出八幡神社秋祭り
10月19日  




              田尾坂公園 → 坂出商店街




田尾坂公園の中を突っ切っると正面に真っ直ぐ道が続いて商店街へと繋がっている。
遠くから祭りの神輿行列が見えてきた。

13:10
13:10
坂出八幡宮の秋祭りポスター。
秋祭りポスター
神輿は狭い道いっぱいに練り歩いてくる。
慌てて商店のお店の中に逃げ込んだ。
坂出八幡神社祭り
「ソーリャ、エイヤーエイヤー、ヨイヤサー、ノサーサー」
威勢のいい掛け声と太鼓、笛の音が辺りに響き渡る。
坂出八幡神社祭り
カメラを向けたら男衆がイエーイ!と口々に叫んだりポーズをとってくれた。
坂出八幡神社祭り
坂出八幡神社の秋祭り。
見物していた地元の人が教えてくれた。
子ども・中・大太鼓合わせて17台と2地区のだんじり、獅子舞が参加し八幡宮の境内から宮出しで始まり夕方6時頃に宮入。
宮入をした各地区の太鼓台は勢いよく一気に差し上げたり担いだまま回転させたり色んな技を披露する一番の見どころ。

これは神輿ではなく「太鼓台」と言うのだそうです。
幕、掛け布団等の金糸銀糸の刺繍が綺麗に施され1台、何百万、何千万もするそうです。
太鼓台
担ぎ手の若者たちの半被も町内ごとに色とりどり。
背中に威勢のいい文字が染められている。
坂出八幡神社祭り
太鼓台に上っている男衆が持っている棒で電線などの障害物を避けながら進んでいく。
坂出八幡神社祭り
次々と太鼓台がやってくるので次の間をぬって塀の間や一つ先の店に移動しながら進んでいた。
坂出八幡神社祭り
道が狭いのでほんの目と鼻の先まで太鼓台が迫ってくる。
坂出八幡神社祭り
半被の背中の染め文字は「男意気」
カッコいいね~。
坂出八幡神社祭り
みんなカッコよくて粋な伊達男たち。
坂出八幡神社祭り


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