アランと一緒に四国遍路。

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田原坂公園
10月19日  


             
               78番 郷照寺 → 田原坂公園

                      2km 40分



郷照寺山門を出て少し下り、道なりに東へ進む。
大東川を渡りJR予讃線を越えると坂出市に入った。

12:45
12:45
信号を渡り綺麗に舗装された遍路道を進むと前方に瀬戸中央自動車道。

12:50
12:50
瀬戸中央道を潜ると素敵な公園があった。
中に入ると棚の下にベンチが並んでいる。
ベンチにザックを降ろし休憩。

田原坂公園。
12:55
12:55
「こんにちは。」と声を掛けられ振り向くと小さな子供と手を繋いだおばさん。
こんにちは。今日は暑いですねぇ。
「いつまでも今年は暑いんですよ。お遍路さんはどちらからですか?」
新潟です。
「新潟ですか。そちらはこんなに暑くないでしょうね。」
毎日夏日の気温にビックリしています。
「そうですよねぇ。あ~、よかったらどうぞ。」
みかんと缶コーヒーを持っていた籠の中から渡してくれた。

ありがとうございます。頂きます。
「今日はどちらまで行かれるんですか?」
これから坂出駅近くの川久米旅館です。
「駅の近くですか?それならこの公園の中を通って真っ直ぐ行くといいですよ。駅は商店街のアーケードを行った右にありますよ。昨日からお祭りでもうすぐお神輿が出るんですよ。これからこの子と見に行くところなんです。」
お祭りですか?丸亀城の近くでもお神輿が出てました。
「どこも秋祭りで賑わっていますね。」
この公園の中を通って真っ直ぐですね?
「そう、ここを真っ直ぐです。それではお気をつけて。」
ありがとうございました。

頂いたみかんを食べ、缶コーヒーを飲んで1時5分、15分休んで腰を上げる。
棚の下のベンチの休憩所から石段を下り公園の中を通る。

園内は綺麗に整備された広い公園だった。

13:05
13:05



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78番 郷照寺
10月19日  



                第七十八番札所 仏光山 郷照寺(ぶっこうざん ごうしょうじ) 

神亀2年(725)行基菩薩によって開創され仏光山道場寺と名付けられ本堂は約400年前に江戸時代に再興された。
札所中でも珍しい屋根の形は東大寺など奈良の寺院によく見られる奈良様式の造りをしている。


山門を上って行くと鐘楼、駐車場、正面に本堂への石段。
境内への石段
鐘楼。
鐘楼
石段を上がると納経所、右に本堂、その奥の石段を上がったところに大師堂がある。
納経所前や休憩所、境内は団体お遍路さんの大群。。。
丁度日陰になった納経所脇にイスが3脚置いてあったが荷物が置かれている。
納経所にいた団体遍路さんの添乗員さんが荷物ここに置いたら良いですよとイスを一つ空けてくれた。
お礼を言って空けて貰ったイスにザックを降ろし汗を拭いてると
「よかったらどうぞ。歩いていると暑いでしょう。どちらからですか?」と添乗員さんから冷たいお茶のペットボトルを頂いた。
ありがとうございます、頂きます。
暑くて汗ビッショリです。。私、新潟からです。
「新潟からとはご苦労さまです。通しで廻っておられるんですか?」
いえ、区切りです。
添乗員さんと少し話をして腰を上げる。

ペットボトルをザックの脇に置き菅笠を被せザックから納経帖や線香ロウソクの入った巾着を取り出し本堂に向かう。
境内
本堂正面の額にある「法王殿」は本尊・阿弥陀如来の御座所。

本堂。
本堂
花模様が極彩色で描かれている本堂の天井絵。
本堂の絵天井
石段の下に「厄除け大師」の石柱。
大師堂への石段
石段を上がると大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
大師堂の前に金色の観音像が立ち、その地下にある万体観音洞。
金色の観音像と万躰観音洞
本堂右手に庚申堂。
堂内に諸病平癒に霊験のある6本の手を持つ「青面観音」と「見ざる言わざる聞かざる」の三猿が祀られている。

庚申信仰は人間の体内にいる三戸(さんし)という霊物が庚申の夜眠っている間に体から抜け出して天に昇り天帝にその人の罪を告げるという。
そのため庚申の夜には人々が庚申堂に集まり眠らずに語り明かす。

*私の好きな作家、坂東眞佐子さん著の「狗神」に三戸の霊物と庚申信仰のことが書かれています。
庚申堂
参拝を済ませ御朱印を頂いて納経所脇に戻りイスに腰掛ける。
ビニール袋を敷き靴、靴下を脱いで裸足になって頂いたお茶を飲みながら45分近く休憩。

札所で唯一境内から瀬戸内海が眺望できる「さぬき百景」。
さぬき百景
境内からの鐘楼と宇多津の街並を望む。
さぬき百景
トイレに行って身支度。
ザックを担ぎ石段を下りる。
駐車場への石段
山門。

12:30
山門
12時30分郷照寺を出発。




78番 郷照寺
10月19日  


           
                   土器川 → 78番 郷照寺

                     2.5km 1時間10分(休憩40分)



土器川を渡ると右手にニューキャッスルホテル。
ホテルの前に祭りのお神輿が繰り出していた。
10:37ホテルニューキャッスル前
お神輿。
ホテル前
ファミリレスで休憩。

10:40
10:40
モーニング。 
トースト、スクランブルエッグ、アイスコーヒー付き¥500ー。

トーストを食べたのは秋遍路で初めて。
トイレに行って40分休憩、11時20分出発。
モーニング
宇多津町。

↑78番郷照寺 2km ↑宇多津駅 1.2km。
11:22
国道33号線から右に入る。

11:30
11:30
青海山岸落地蔵院。
青海山岸落地蔵院
↑78番郷照寺 1km。
11:35
高橋地蔵餅本舗。
団体お遍路さんが全部買った後で売り切れだった・・・

11:40
11:40 高橋地蔵餅本舗
78番郷照寺案内板。
11:43
路地のような道を行くと閻魔堂(十王堂)。
閻魔堂
閻魔堂を右に曲がったところに78番・郷照寺の山門。

11:45
11:45 78番山門



丸亀市
10月19日  



               77番 道隆寺 → 丸亀市 土器川

                       5km 1時間20分



77番道隆寺北門を出る。

9:15
9:15 北門
裏手から見た道隆寺。
道隆寺裏手
北門を出て国道21号線を東に向かう。

78番郷照寺へ↑7km。
78番へ7km
善通寺市から丸亀市。

9:23。
9:23
石標 丸亀城→2.9km。

9:35 
9:35丸亀城へ2.9km
秋祭りの天満天神宮。

9:45
9:45天満天神宮

              坂出 詫間
33号 ← 21号 宇多津 ↑ 21号 → 多度津

10:13
10:13
↑77番郷照寺 4km
←丸亀駅
78番へ4km
丸亀市街。

↑33号 坂出 8km 宇多津 4km

10:18
10:18丸亀市街
丸亀市中心部の広い通りを東に向かって行くと交差点の右に丸亀城が見えた。

10:25
10:25
丸亀城。
丸亀城
寄り道をしたかったが高台にある丸亀城まではかなりありそうなので止めた。。。
ズームで撮影し先へ進む。

日本一高い丸亀城の石垣(高さ約60メートル)。
”扇の勾配”とも清正流”三日月勾配”とも呼ばれ下の方は緩やかに組み頂きに至っては垂直となる独特の反りをもたせてあり天に向かって弧を描き反り返えっている優美な丸亀城壁。
丸亀城
土器川に架かる蓬莱橋。

10:32
10:32土器川
橋の途中、右手(南東の方角)に讃岐富士(飯野山)。
河川敷に祭りの幟が立ち並んでいた。

10:35
10:35讃岐富士
丸亀城を見学してきたかったが「街道テクテク・四元さんと丸亀城で卓球大会!」の案内板を見てやめた。
もっと先に行ってるはずなのになんで今頃丸亀市なんだろうー?
名所等で撮影をしながらのテクテク旅。。。?




77番 道隆寺
10月19日  



                 第七十七番札所 桑多山 道隆寺

仁王門を潜ると参道沿いに並ぶ総数255体の観音像が迎えてくれる。
境内正面に本堂、右手に鐘楼、大師堂、多宝塔が並び本堂裏側に北向き地蔵堂、 眼の仏様潜徳院殿、観音堂、戻り観音、千体観音、道隆公御廟が並び北門がある。
裏門までの参道には百観音像(西国33観音・坂東33観 音・秩父34観音)が並んでいる。

本堂左手の潜徳院殿堂は丸亀藩の目の名典医である京極左馬造公(法名潜徳院殿)が祀られている。
年の数だけ「め」「眼」「目」の文字を書き奉納すると眼病が治癒するといわれ堂内に、ぎっしりと目の文字が書かれた祈願札が奉納されている。



仁王門を入ると左手に休憩場、奥にトイレ、正面に本堂。
本堂までの参道両側に等身大の有名寺院の観音像が70余体並んでいる。
 
まずは休憩所のベンチに荷物を降ろし汗を拭く。
荷物は邪魔にならないよう端に、その上に菅笠を被せお杖を側に置く。
納経帖をカバンに入れ線香ロウソクの入った巾着を持ち参道の両側に並ぶ観音像を見ながら本堂へ向かう。 
 境内に並ぶ観音像
鐘楼。
鐘楼
本堂。
本堂
本堂。
本堂
五鈷杵(ごこしょ)のいわれより。

【五鈷杵とは、金剛石(ダイヤモンド)が物体を打ち砕く事を意味し、佛教では釈尊の説法はすべての邪心、煩悩、悪心を打ち砕くと同時に、人身に迫る諸悪をも打ち払う意味です。

皆様が五鈷杵を静かに撫ぜると、身にまつわる諸々の因縁や押し寄せる諸悪運を防ぐと伝えられます。
お大師様が持っておられるのもその為です。
是非、心に念じながら撫ぜてご利益をお受け下さい。】

五鈷杵。
五鈷杵
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
大師堂左手に多宝塔。
多宝塔
高さ13mの多宝塔。
多宝塔
石塔の後ろに大師の前に跪き両手を大師に差し伸べる衛門三郎の像があるのですが逆光と撮影位置の悪さでよくわかりませんね。。。

境内。
境内
境内。
境内
納経所。
納経所
納経所。
納経所
休憩所。
休憩所
トイレに行って20分休み9時15分休憩所を出発。




道隆寺へ
10月19日  



               76番 金倉寺 → 77番 道隆寺

                     3.9km 1時間



金倉寺出発。

7:40
7:40
駐車場を出て右に真っ直ぐ。

7:43
7:43
駐車場の案内看板。
駐車場
金倉寺のすぐ北側を国道11号線が東西に、南北に国道25号線が走ってる。

案内標識。
←こんぴらさん →77番 道隆寺

↑33号線 松山 観音寺
←25号線 高知 →25号線 多度津

7:45
7:45
国道11号線を横切り国道25号線と並行して北上する細い遍路道に入る。

7:55
7:55
遍路道に入ると神社があって鳥居の前に祭りの幟が立っていた。
集落の道の両側にも幟が並んでいた。

8:00
8:00
いなせな半被姿のお兄さん。
今日はお祭りですか?カッコいいですね!お写真撮らせてください。
「神社があったでしょう、葛原八幡宮の秋祭りなんですよ。写真?いいですよ。」
照れていたお兄さん、カメラを向けると笑顔で応えてくれた。

8:05
8:05
自販機で水を買って脇で5分休憩。

8:20
8:20
前方に77番の仁王門が見えてきた。

8:35
8:35
77番・道隆寺到着。

8:40
8:40 77番道隆寺




76番 金倉寺
10月19日  



               第七十六番札所 鶏足山 金倉寺 (けいそくざん こんぞうじ)

智証大師円珍(母が弘法大師の姪に当るとも、本人が弘法大師の甥に当るともいわれている)の誕生の地。
宝亀5年(774)智証大師の祖父、和気道善によって開創され当初は道善寺と呼ばれていたが延長6年(928)醍醐天皇の勅命により「金倉郷(当時の地名)」から名前をとり現在の金倉寺と改名したとされている。
明治期には乃木希典が客殿を仮住まいにしていた時期があり客殿には乃木将軍ゆかりの品々が展示され境内には銅像や妻返しの松がある。



仁王門。
仁王門
鐘楼。
鐘楼
仁王門を入ると正面に本堂、手前左に鐘楼、右手に「乃木将軍妻返しの松」と「智証大師像」が並んでいる。

境内と本堂。
境内と本堂
本堂左横に休憩所があり先に着いていたお遍路さんの荷物がベンチに置かれている。
私も荷物を休憩所のベンチに降ろし納経帖を遍路カバンに入れ線香ロウソクの入った巾着を持って本堂に向かう。
休憩所
本堂。
本堂
本堂のガラス扉の前、賽銭箱の上に五鈷杵(ごこしょ)が鎮座。
五鈷杵(ごこしょ)
小坊主さんと並んで立っている金ぴかの大黒天。
大黒天
大師堂には弘法大師、智証両大師の像が安置されている。

大師堂。
大師堂
本堂左手に鬼子母神ともいわれる柯梨帝母尊(かりていもそん)を祀った柯梨帝母堂。
訶梨帝堂
柯梨帝母堂左に観音堂。
観音堂
「頭をなでてぐちをささやいてください」だって・・・

ぐち聞きわらべ。
ぐち聞きわらべ
不動明王像。
不動明王像
ひょうきんな表情の恵比寿神さま。
恵比寿神
御朱印を頂いて77番への道をお聞きしたら、
休憩所の先から出たところの駐車場の人の方が詳しく教えてくれるから聞いてと言われた。。

納経所。
納経所
金ぴかの大黒天、ひょうきんな表情の恵比寿神、面白い神様を見たり団体さんにも会わずゆっくり参拝できた。

休憩所に戻ると先ほどのお遍路さんが出発して行った。
無表情のお遍路さん、挨拶しても知らん顔されちゃった・・・(-_-;)


トイレに行って10分休憩。
7時40分出発。



76番 金倉寺へ
10月19日  



                山本屋旅館 → 76番 金倉寺

                     3.8km 40分



5時起床。
トイレ洗面を済ませ荷物を纏める。
6時前に朝食が出来てますと電話が入った。

身支度をして階下へ。
玄関ロビーに荷物を置かせてもらって食堂へ行き昨夜と同じテーブルに着く。
この時間の朝食は私一人。

大女将さんが昨夜のように笑顔を浮かべご飯をよそってくれた。
おはようございます。
私一人のために朝早くからすみません。。
「もっと早くに立たれるお遍路さんもおられるんですよ。家は何時も構いません。
善通寺さんの近くでお遍路さんのお世話をさせてもらっているから私は元気でいられるんです。泊まって頂いたお遍路さんから元気を頂いてありがたいことだと思っています。」

私も大女将さんから元気を頂きました。
これからもお元気でお遍路さんのお世話をなさってください。

誰かの役に立っているから元気でいられる。
自分の為にだけ生きているなんて張り合いの無い人生。
人は決して一人では生きていけない。
ほんの少しでも誰かの役に立つことができたら。
生きていく価値や存在、気持ちの張りになるのではないだろうか。
お世話をしたりされたり。
良い行いも悪い行いも巡り巡って自分のところに返ってくる。
理の仕組みとはそういうことなのだろう。

朝食を済ませ清算をしてもらう。

        山本屋旅館  1泊2食付 税込み
                          ¥7,350-

とても素敵な女将さん。
6:25
6:25
大女将さんと女将さん。
美人親子記念写真がブレちゃってすみません…(^_^;)
山本屋旅館美人親子
山本屋旅館出発。

6:30
6:30
善通寺赤門を振り返る。
善通寺赤門
通りの左手奥に薬壺を持った石像。
像の前の線香立てに朝早いお参りの跡、お線香の煙が上っていた。
神社
赤門通り商店街の四辻。

6:35
6:35
昨日確認していた通りの左手の遍路マーク。
ここから左に入る。

6:40
6:40
途中に遍路マーク、建物の塀に沿った細い道を行く。

6:45
6:45
しばらく行くと前方に国道の標識と「琴参閣」の看板。
2年前の春、始めてのお遍路のときに泊まったホテル。
Wちゃんと金比羅神社に行って戻ってお風呂に行ったらエレベーターで岩手のおじさんたちに再会。
懐かしの琴参閣。

6:50
6:50
案内標識。

↑善通寺市街 ←高知 25号線 →松山
         まんのう公園      多度津

6:51
6:51
四国のみち。
←76番 金倉寺1.8km →善通寺1.9km
遍路道
国道を横切り家が疎らに建っている田圃の間の道を進んで行くと横の道からお遍路さんが現れスタスタと脇目も振らずに歩いて行った。
お遍路さんの後姿を見ながら高松自動車道の善通寺ICを潜って行くと前方に76番金倉寺の山門が見えてきた。

7:08
7:08
石橋のところに「下馬」の石碑、正面に仁王門。
7:09
76番・金倉寺到着。

7:10
7:10 76番金倉寺



善通寺五重塔・ライトアップ
10月18日  



                 山本屋旅館・善通寺五重塔ライトアップ



4時前、山本屋旅館に戻ると女将さんが部屋へ案内してくれてた。
玄関ロビーから2階へ。
お風呂、トイレ、洗面所の付いた部屋に荷物が置かれていた。
窓から善通寺の境内が見える。

「満濃池へ迷わずに行けたでしょう?うどんを食べてきましたか?」
はい、お陰さまで。頂いた地図、とても助かりました。
満濃池へ上る手前のうどん屋さんで美味しいうどんを食べてきました。
電車で帰って来たましたが善通寺もゆっくり見れたし行ってきて本当によかったです。
「それは良かったですね。6日前、善通寺でNHKの撮影があったんですよ。大きな車3,4台と大勢のスタッフさんが着いてるのね。」
街道テクテクですよね。女将さんも出演されたらよかったのに!
「嫌ですよ。(笑)」
行く先々で撮影があったとお聞きしてきました。
その撮影で88番前のお宿が貸切になってるんですよ。。
「あら、それは大変ですね。撮影で随分賑わってましたがこうなるとお遍路さんにとっては災難よねぇ。夜になると五重塔がライトアップされるんですよ、夕食の後、是非観てきてください。」

お風呂に湯を張り浴衣に着替える。
下着はお風呂場で洗い他の洗濯物はお願いした。
洗濯乾燥、¥200-。

お風呂に浸かり髪を洗って汗を流す。
ドライヤーも置いてあったが自然乾燥。
夕食まで本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡を入れる。
後は忘れないうちにメモを付け明日の宿確保。

明日は79番まで廻り坂出町まで戻る予定。
坂出は大きな町のようでビジネスホテル、旅館、ホテルがへんろ協会さんの地図にいっぱい載っている。
駅近くの川久米旅館に予約を入れた。

15:50
15:50
5時半過ぎ、食事が出来てると部屋に電話が入った。
浴衣のまま下の食堂へ行くと観光客様子の3世代親子6人とご夫婦のお遍路さんがそれぞれテーブルに付き食事を始めていた。
大女将さんがお給仕をしてくれたり話し相手をしてくれたので明日の朝食の時間をお聞きすると何時でも構わないと仰ったので6時にお願いした。

夕食の後、浴衣のまま下駄を借りて五重塔のライトアップ見学。
境内に同じように浴衣を着た人や観光客が写真を撮っていた。
中には本格的に三脚を立てカメラを向けてる人もいる。

私も撮影したがフラッシュを焚くとブレて上手く撮れない。
何枚も撮ったが全部失敗。
諦めて最後にフラッシュを焚かずに撮ったらわりと綺麗な写真だった。。。

18:40
18:40 五重塔ライトアップ
5分ほどで山本屋旅館に戻る。
18:45
部屋に戻ると布団が敷かれ籠に入れ部屋の外に出しておいた洗濯物が綺麗に畳まれて置かれていた。
布団まで敷いてくれたのは泊まったお宿で始めて。
ありがとうございました。




           門先旅館 → 善通寺 → 満濃池 → 善通寺赤門前・山本屋旅館

                      22km 40,263歩




75番 善通寺
10月18日  


                  善通寺・西院  

弘法大師は宝亀5年(774)6月15日、讃岐国造佐伯善通公と玉依御前との間に現在の西院・御影堂が建立されている場所で誕生されたと伝えられている。
(境内には産湯の井戸があるが誕生地については多度郡屏風ヶ浦(香川県善通寺市)、奥之院海岸寺とする説もある。



西院の仁王門。    
仁王門
御影堂に向かう回路の左手に売店がある。
(後方が東院。西院に向かいながら振り返って撮影したので売店が右側に写っている。)

回路で繋がっている東院と西院。
回路
御影堂(大師堂)。
御影堂(大師堂)
御影堂(大師堂)。
御影堂(大師堂)
納経所。
納経所
納経所。
納経所
境内から見た赤門。

15:40 境内からの赤門
参拝納経を済ませ3時45分、善通寺を出て山本屋旅館へ。


75番 善通寺
10月18日  


                 
                第七十五番札所 五岳山(ごがくざん) 善通寺 

大師誕生の地として知られる真言宗善通寺派総本山。
高野山金剛峯寺、京都東寺と並ぶ弘法大師三大霊跡の一つ。

寺号は父、佐伯善道の名前から、山号は西院の背後にそびえる香色山、筆山、我師拝山、中山、火上山の五峰から五岳山と称した。



東院境内。
東院境内
鐘楼堂。
鐘楼
高さ45メートル、総欅造り、全国有数の五重塔。
五重塔
参拝客で賑わう金堂(本堂)。
金堂(本堂)
本堂の中へ入ると本尊の大きな薬師如来を祀っている。
本尊の台座を取り巻くように並んだ1メートル位の高さの羅漢像が2列に並び、その前に小さな賽銭箱が置かれている。
堂内で本尊の周りを一周する。

金堂(本堂)。
金堂
お遍路さんより観光客の方が多く他の札所とは様がわりの観光地の風景。

金堂前の大石内蔵助奉納の手洗い石。
金堂前の大石内蔵助奉納の手洗い石
釈迦堂。
釈迦堂
佐伯祖廟。
佐伯祖廟
讃岐三十三観音第二十五番札所・番外霊場 観智院 (かんちいん)。
東院と西院との中間に位置する善通寺の塔頭。
大同2年(807)弘法大師の創建で往時は「十善坊」と号して一山の寺務を掌握して通行手形などを発行していた。

観智院本堂。
観智院本堂
中門の右手に、佐伯祖廟、五社明神、三帝御廟が並んでいる。

中門。
中門



善通寺へ
10月18日  


             
             満濃池 → JR塩入駅  →  JR善通寺駅 → 善通寺赤門

               3.1km 1時間   16分      1km 20分



満濃池から塩入駅へ向かう。

四国の道・道標
←塩入駅 3.1km

13:15
13:15
左手に満濃池を見ながら山を下りて行く。

13:25
13:25
JR塩入駅到着。

14:15
14:15 塩入駅
14:22 塩入駅発JR土讃線普通 [多度津行き] 

14:20
14:20
3時間歩いた距離を電車はわずか16分で善通寺駅に着いた。
JR善通寺駅着 14:38

善通寺駅のトイレに寄って駅の写真を撮って赤門に向かう。

14:50
14:50 善通寺駅
赤門通りに戻ってきた。

15:05
15:05 赤門通り
赤門通り。

15:07
15:07
山本屋旅館の前を通って善通寺赤門到着。

15:10
15:10 善通寺赤門




満濃池
10月18日  


                    満濃池

弘仁12年(821)に弘法大師の指導でわずか3ヶ月にして完成したと伝わる。
その後、何回かの決壊と修復を繰り返し昭和34年(1959)に現在の規模になり讃岐五市町の水田を潤している日本最大のため池。



満濃池。
満濃池
満濃池。
満濃池
満濃池。
満濃池
満濃池歌碑。

秋月晃煌阿讃の峯
古代悠久千余年
清漣の面に祥雲過ぐ
大師の遺徳満甕の水
空海の座り給へる石にさす
天つ日かけのほのかなるかも
半月水辺寥風の旅
遙か高野に余光を拝す
満濃池石碑
昔の人は海とも見える満濃池の水底に龍の姿を見たものであろう。
平安中期の【今昔物語】に満濃池の龍の物語が載せられている。

満濃池の龍(今昔物語)

【今は昔。
讃岐国那珂郡に万能の池といふ極めて大きな池有り。その池は、弘法大師のその国の衆生を哀れがるために築き給へる池なり。池の回りに遥かに広くして、堤を高く築き巡らしたり、池などとは見えずして、海とぞ見えけり。池の内、底に無く深ければ、大小の魚ども量無し、また龍の住家としてぞ有りける。】
満濃池の龍
八大龍王の鳥居と祠。
八大龍王鳥居
霊跡 おちょな岩。

【この前方下段に、石張りの平地があり、その地表の約五メートル下に、昭和五年まで使用されていた旧余吐の床盤がある。幅員が約七メートルで、その全面がちょうなで剃ったようになっていたので、人々はこれを弘法大師のおちょな岩と呼称して、大師霊跡の一つとして語り伝えてきた。
弘法大師は、金倉川の水をせき止めて、日本一の池を造るという難工事を成就するためには、岩盤を掘削して余水吐を造らねばならぬと、自ら設計して工事を監督され、短時間に満濃池を完成されたのである。
満濃池は、その後度々修復されたが、大師設計のアーチ形の築堤は今日まで継承され、大師がみ手を下されたおちょな岩の余水吐は、昭和五年まで、使用されてきたのである。

昭和五十七年十月 満濃池町教育委員会
             満濃池文化保護委員会

(註)所在地 大字神野 】
霊跡おちょな岩
堰堤のまわりは公園のような広さになっている。
広い芝生の上で親子連れが遊んだり小さい子供が走っている。
離れてカップルが写真を撮りながら戯れ、その向こうに東屋、側に自販機、トイレの建物が見える。
東屋まで遠いので木陰のベンチに腰を降ろし神野寺駐車場の自販機で買った冷たい水を飲んで休憩。

心地よい風がとおりスーッと汗が引いていく。
カバンからビニール袋を出し下に敷いて靴を脱ぎ裸足になった。
このまま横になって眠ったらどんなに気持ちいいだろう。
静かな水面をぼんやり見ていたら声を掛けられた。
「こんにちは。お遍路さんはどちらからですか?」
振り返ると少し離れたところに車が止まっていて作業服を着た人が立っていた。
車の横に「環境保護パトロール」の文字。

こんにちは。新潟から来ました。
「新潟とは遠くからご苦労さまですね。番外を廻っておられるのですか?」
いぇそういう訳ではないのですが何ヶ寺か廻ってきました。
神野寺と満濃池はどうしても来たかったのです。
「そうですか。此処まで来られるお遍路さんは少ないですね。」

此処まで来れて本当によかったです。
満濃池、とっても大きくて綺麗な池ですね。
「大きいでしょう。周囲21km、水深22m、貯水量1540立方メートル、潅漑用ため池としては日本一大きなため池ですよ。今年はまぁまぁの水の量ですが昨年も一昨年も水位はこんなになかったんですよ。底が見えて魚がアップアップしてましたよ。」
ここに魚がいるんですか?
「いますよ、昔は龍もいたんですから 笑」
そうですよね、こんなに大きな池を見たら龍が住んでいると言っても不思議じゃないですよね。
魚って鯉や鮒ですか?
「鯉は見たことはありませんが小魚がいっぱいいるんですよ、ブッラクバスの餌になってますがね。」
ブラックバスって誰かが放したんですよね?
「生態系が狂い困っていますね。一説によると釣具屋さんが最初に放流したとか 笑。」
そうなんですか!?あ~、それはありそうですね(笑)

「あくまでも一説によるとですよ 笑。お遍路さんはこれからどちらまで行かれるんですか?」
これから善通寺まで戻ります。赤門前のお宿に荷物を置いて空身で来たのですがちょっとしんどいので電車で帰ろうと思ってるんです。
「そうですね、駅まで2、3キロありますが、電車で帰られたいいですね。」
駅までそんなにありますか!
「この上の車道、山を降りて行くと右側にスーパー、その脇の道を入ったところに駅がありますよ。それでは気をつけて。」
ありがとうございました。

善通寺行きの電車が塩入駅で止まるのは1日何本もない。
時計を見ると1時を過ぎていた。
そろそろ出発しなければ。。。



別格17番 神野寺
10月18日  



          うどん みはら → 別格第十七番札所 五穀山(ごこくざん)神野寺

                 1.2km 25分



うどんみはらで冷やしうどんに海老天(¥440-)を食べ20分休憩。
トイレを借りて12時出発。

12:00
12:00
まんのう公園 次の信号左への看板。

12:05
12:05
交差点、案内標識
←まんのう公園 1km ↑森林公園 満濃池 1km

左の看板
四国別格20霊場巡り 第十七番 神野寺↑

12:10
12:10
登り坂がきつくなってきた。。

12:15
12:15
坂道の先、「ようこそ満濃池へ」立て看板。
先ずはお参り、神野寺へ参拝。

12:20
12:20
坂を登り切ったところに神野寺の山門が見えてきた。

12:22
12:22
別格17番 神野寺山門到着。
山門に一礼、参道から本堂に向かう。

12:25
12:25
別格第十七番札所 神野寺 本堂。

本堂の左手の小高い丘に大師像が建ち本堂の前に水子供養の地蔵尊と「念ずれば花ひらく」としたお地蔵様が並んでいた。
こぢんまりしたお寺で本堂と庫裏が一体になっていて大師堂はない。

参拝を済ませ本堂の隣に納経所で御朱印を頂いた。
別格17番 神野寺
これから法要の様子の黒い服を着てお花や風呂敷包みを持っている家族連れが納経所の奥様お話をしている。
帰りの道をお聞きしょうと思ったが邪魔になりそうなので境内を出た。

もし電車で帰るようになってもいいように塩入駅発の時間を昨夜のうちに調べておいた。
満濃池でゆっくり休憩し電車で善通寺に戻り参拝、境内の見学。

土讃線(普通)[多度津行き ] 14:22 塩入駅発 → 善通寺駅着 14:33
その後になると5時台まで電車はない。

荷物はないのだから帰りも歩いてもいいのだが、この暑さで汗ビッショリになった。
これから善通寺まで3時間、また汗を流しながら同じ道を戻る気がしない。
時間を調べた時点で帰りは電車、と決めていた…

境内を出るとすぐに湖のような大きさの満濃池が広がっていた。

12:40
12:40



満濃池へ
10月18日  


                  
              山本屋旅館 → 満濃町・うどんみはら
  
                    12km 3時間




赤門を背に門前通りを真っ直ぐ行く。
商店街交差点に櫓造りの建物が建っていて四隅の柱に「空海祭り」の幟が括られている。
8:49
商店街の電柱にも「空海祭り」の幟。

8:51
8:51
案内標識
「↑自転車道 歩行者道 」と「↑車道」
左の歩行者道へ進み車道を潜る。

9:00
9:00
車道を潜り線路を越えて道なりに進み国道25号に出て此処を右折。
”一つ目”を曲がる。

案内標識
↑こんぴらさん 5km

9:05
9:05
案内標識は琴平・まんのう池へ真っ直ぐの矢印。
「↑高知 琴平 ↑まんのう公園」

ガストの先、案内標識の下に”ぜいたく ラーメン”の大きな文字の看板。
目印のラーメン屋さん、ガストの交差点を左折。
”二つ目”を曲がる。

9:10
9:10
山本屋旅館から約1時間、素敵なバス停発見!「与北小学校前」。
「空海号」
さすが四国、お大師さま生誕の地・バス停留場。

9:35
9:35
大きな橋を渡り田園風景を見ながら国道25号から国道4号線を南へ進む。

案内標識
↑まんのう 5km 琴平 7km

9:45
9:45
幾ら歩いても”三つ目”の目印「千代歯科」が現れない。。
曲がったのは二つだけなのだから絶対間違えてはいないはずと思っても、もしかしてどこかで間違えたのかもしれないのではと心配になってきた頃、歩いてる反対側の先にセルフのうどん屋さん発見!
急いで道路を渡り「準備中」の木札の掛かっているお店の中へ入った。

すみません~。。。
厨房の中で仕込み中のお兄さんに声を掛ける。
あの。。千代歯科ってまだ先でしょうか?
「千代歯科ならもう少し先だよ。何処まで行くの?」
満濃池です。
「満濃池はまだ随分先だよ。何処から来たの?」
善通寺前からです。
「今日は善通寺に泊まるの?お遍路さんは何処から?」
善通寺さんは満員で赤門前の山本屋旅館さんにお世話になります。荷物も置かせてもらってきたんです。私は新潟から。
「山本屋旅館はいい宿だよ。お遍路さん新潟なのかね、そりゃご苦労さんだね。まだ仕込み中だからうどんはできないけどご飯があるからおにぎりでも作ってやろうか?」
ありがとうございます、お気持ちだけでありがたいです。
お水を頂いてもいいですか?
「水くらいだったら幾らでも飲んでいってよ。」
大きなコップに氷を入れたお水を頂いた。美味しかった~。
ありがとうございました~!

うどん屋さんからしばらく行くと右に大きな建物の「千代歯科」、交差点の先に平屋の「ちよ歯科」。
千代歯科とちよ歯科、親子か兄弟それとも親戚ー?
紛らわしいけど確実な”三つ目”の目印。
交差点を右へ曲がり国道200号、やがて琴平町から花梨の町・満濃町に入った。

10:00
10:00
跨線橋を上る。
下りた先の案内標識、満濃池 5km。

10:50
10:50
跨線橋を下りると広い交差点。

10:53
10:53
案内標識。
↑まんのう公園 4km
↑満濃池 4km

11:00
11:00
フードセンターの交差点を過ぎると「満濃池 3km」の標識。

11:15
11:15
「ようこそ かりんとホタルの里 まんのう町へ 満濃池まで1200m」

ここから満濃池まで登り坂。

11:40
11:40
坂道を登る前に「うどん みはら」で昼休憩。

11:45
11:45



善通寺から山本屋旅館へ
10月18日  



                75番 善通寺 → 山本屋旅館



さすが四国霊場総本山、仁王門から境内に入ってその広さに驚いてしまう。
早い時間のせいか人の姿は少ない。
2年前に訪れた時の風景を思い出そうとしたが中々イメージが繋がらない。。

これだけの広さのある善通寺、ゆっくり見学するため先に満濃池に行き戻ってから参拝。
境内の写真を撮りながら赤門に向かう。

境内。
境内
毘沙門天。
毘沙門天
金堂(本堂)のある東院と西院の御影堂(大師堂)を結ぶ回路。
回路
鐘楼。
鐘楼堂
写真正面、南大門。
南大門
五重塔。
五重塔
本堂(金堂)。
金堂(本堂)
金堂(本堂)。
金堂(本堂)
境内から見た赤門。
赤門
赤門から入ったところに境内の案内板が立っている。
境内
赤門前。
赤門前
赤門前通り。
横断歩道先の鳥居の隣に山本屋旅館の看板。
赤門前通り
8:40
山本屋旅館到着。
8:40 山本屋旅館
赤門を出て横断報道を渡り門前通りを行くと直ぐに山本屋旅館。
ゴミ一つ落ちてもいない綺麗な通り。

ごめんください~。。
声を掛けると奥からとても素敵な美人女将さんが出迎えてくれた。
「○○さんですね、お疲れさまでした。」
これから満濃池に行きたいので荷物を置かせてもらいっていいですか?
「どうぞそうしてください。荷物は此処に置いて大事なものだけ持って行ってくださいね。満濃池への道ですが。。」

地図を出そうとすると女将さんが
「その地図はとても解かり難いでしょう?泊まられた方やお遍路途中で道を尋ねられる方が多いので私の描いた地図で説明しているんですよ。距離は多いですが行って来られた方たちはみなさんとてもわかり易かったと言ってくれますよ。」
私は方向音痴で道を間違えてばかりなんですよ、と話すと女将さんは笑いながら
「曲がるところは3箇所だけ、どんな方でも間違えることはありません。」と言ってメモ用紙に書かれた手書きの地図を渡してくれた。

「此処を出てこの通りを真っ直ぐ行きます、ここに車道の下を歩行者用の道があるのでここを潜り線路を越えそのまま進むと信号のある広い道路に出ます。ここが一つ目の曲がるところ。右へ曲ると大きな字の”ラーメン”の看板が嫌でも目に入ります。側にガストがあって交差点になってます。ガストで二つ目、左に曲がりそのまま真っ直ぐ行くと右に漢字の”千代歯科”ともう一つ平仮名の”ちよ歯科”があるのでそれが目印にしてこの交差点を右、三つ目の曲がるところです。ね、3箇所だけですから絶対間違えっこないでしょう。
こちらの地図(へんろ協会さん)に載っている道を私も車で走ってみたけど、やっぱりこの道の方が分かり易い。自分で行って確かめたのだから間違いないですよ。」
メモ用紙の地図の上を指でなぞりながら説明してくれた。
曲がるところは3箇所、これなら方向音痴の私でも大丈夫!
ザックから納経帖出し遍路カバンに詰め、ロウソク線香の入ってる巾着を持って出発。

8:40
地図、ありがとうござうます、それでは行ってきます。
「気をつけて行ってらっしゃい~。」


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