アランと一緒に四国遍路。

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75番へ
10月18日  



               74番甲山寺 → 75番善通寺

                    1.6km 25分



甲山寺の山門を出て橋を渡り川に沿って10分少し行くと広い道路に出た。
カーブしている道路の脇に仙遊寺の案内板が出ていた。
ちょうど甲山寺と善通寺の中間辺りに仙遊寺が地図に載っている。

8:22
8:22 
細い小路を左に入ると大師が幼少のころの遊び場だった仙遊寺。

8:25
8:25 番外霊場 仙遊寺
境内の写真を撮って広い道路に引き返しそのまま南へ進む。
国立病院の角を回り込み狭い小路を通って行くと香ばしい匂いがしてきた。
のれんに「名物・カタパン」の文字。
懐かしい風景、子供の頃にあった駄菓子屋さんを思い出す。

8:32
8:32
カタパン屋さん。
8:33
小さな堀を渡ると仁王門が建っていた。

75番 善通寺。
8:35
8:35



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74番 甲山寺
10月18日  



                第七十四番札所 医王山 甲山寺 (いおうざん こうやまじ)


 
山門。

7:40
山門
ちょうど団体バスが到着しお遍路さんたちがわらわらと境内に入ってきた。
すぐに本堂の前は団体お遍路さんで一杯になってしまったので参拝が終わるのを待つことにした。
休憩所のベンチにザックを降ろし自販機で水を買いベンチに腰を降ろし団体お遍路さんたちの唱和する般若心経を聞いていた。

休憩所。
境内
やがて大師堂の方へ移動して行ったので腰を上げ本堂に向かう。
山門から正面に本堂、左手に大師堂があり、その奥に毘沙門堂がある。
境内
本堂。
本堂
本堂。
本堂
大師堂に向かう途中、団体お遍路さんたちは参拝を済ませると駐車所の方へ行った。
境内は来たときのような静けさになっていた。

大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
大師堂。
大師堂
毘沙門天堂。
毘沙門天堂
鐘楼。
鐘楼
大師像。
大師像
御朱印を頂き75番への道を尋ねる。
「山門を出て橋を渡り右に行き川に沿って進んで行くと75番への道標が出ています。」と教えてくれた。

納経所。
納経所
山門。
8:10山門
8時10分、一礼し山門を出て75番へ向かう。




74番へ
10月18日  


                門先旅館 → 74番 甲山寺

                    2.5km 30分



今日は善通市内を廻る予定なので朝はゆっくり5時半に目覚ましをセット。
洗面トイレを済ませ荷物を纏め布団をたたみ窓を開け外を眺める。
朝の冷たい空気が気持ちよかった。

身支度をして6時半少し前、1階玄関前に荷物を置かせてもらい広間に行くとテーブルの上に朝食が並び若女将さんが味噌汁を運んでいた。
おはようございます。
「おはようございます。カレーも食べてくださいね。」
先に広間に来ていた広島のご夫婦と一緒に朝食を頂く。

6:35
6:35
朝食を済ませ部屋を出ると入れ違いに、早くに捨身ヶ嶽に上ってくると言っていた男の人が浴衣を着たままおはようございますと入ってきた。
おはようございます。捨身ヶ嶽はこれからですか?
「寝坊しちゃったんで今回はパスします (笑)」
そうですか。。私も行けなかったのでこの次にします。それでは、お先に。

玄関に行くと広島のご夫婦がお先にと出発して行った。
ご夫婦を見送り清算をしてもらう。

    門先旅館 1泊2食税込み
                 ¥7,350-

「気をつけてね、これを持って行って。」
若女将さんがお釣りと一緒に綺麗な色の錦札と金札を渡してくれた。
わぁ、錦札を頂けるんですか!ありがとうございます。
「私からのお接待。」

玄関の小坊主さんと一緒に門先旅館の若女将、ともこさんが見送ってくれた。
7:05
7:05
振り返ると玄関先で若女将さんが手を振ってくれていた。

7:10
7:10
標識。
←71番弥谷寺 5.5km 74番甲山寺 2.5km

7:15
7:15
昨日歩いた坂道を暫く下り遍路道標から→入る。

7:17
7:17
道を下りため池の堤の脇を回って48号を横切る。
甲の形のお山を正面に見ながら田圃の中の道を東に進んで行く。

8:22
8:22
お山の形がだん々大きくなってくる。

7:30
7:30
お山(甲山)のまわりを回り込み74番甲山寺の山門に到着。

7:40
7:40



73番 出釈迦寺
10月17日  



            第七十三番札所 我拝師山(がはいしざん) 出釈迦寺



曼荼羅寺を出て揺る坂の車道を上って行く。
駐車場に大型バスが止まっていた。
駐車場の側にうどん屋があり「歩き遍路さんにお接待します。」と看板が出ていた。
15:12
駐車場脇の石段を上る。

15:15
15:15
石段の途中の大師像前に熱心に手を合わせている人がいた。
大師像の向こう、標高500m弱の我拝師山。
大師像
出釈迦寺山門。
15:20
境内に入ると納経所の隣に休憩所がありその向こうに本堂と大師堂が並んでいる。
境内
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
捨身ヶ嶽遥拝所への石段。
捨身ヶ嶽遥拝所
捨身ヶ嶽禅定の説明板。
【弘法大師7歳の時この我拝師山に登り「仏門に入り衆生を救いたい。この願い成就するならば釈迦如来現れ給え」と唱え、谷底に身を投げた時、釈迦如来と天女が現れ抱きとめたといわれる。】
捨身ヶ嶽禅定説明板
捨身ヶ嶽遥拝所。
捨身ヶ嶽遥拝所
奥之院捨身ヶ嶽禅定の建物。
奥之院捨身ヶ嶽禅定
奥之院捨身ヶ嶽まで往復で約1時間半。
捨身ヶ嶽禅定まで上るつもりでいたが遥拝所から写真を撮って戻ってきた。
もう少し早い時間だったらと悔やまれたが仕方がない。
この次の楽しみに取っておく。

納経所。
納経所
御朱印を頂いて側の休憩所へ行き自販機で冷たい水を買ってベンチに腰を降ろし境内の参拝の人たちを眺め15分ほど休んで山門を出る。

15:50
15:50
門先旅館。

16:05
16:05門先旅館
門先旅館に戻ると若女将さんがお風呂場、洗濯場へ案内してくれお風呂に入ってる間に洗濯をしたら良いと教えてくれた。
廊下を渡り1階の広間で夕食は6時から。
荷物を置いたところまで戻り住所氏名を書き荷物を持って若女将さんの後について2階の部屋へ行く。
部屋は明るく窓から通ってきた道が見渡せた。

浴衣に着替え洗濯物を持ってお風呂に行く。
洗濯物を洗濯機に入れ広いお風呂に手足を伸ばした。
お風呂から上がると洗濯が終わっていたので乾燥機に洗濯物を入れ部屋に戻る。
洗濯、乾燥機代¥300-

本家とあーちゃんpapaに73番まで廻り宿に着きお風呂を頂いたと報告。
友達にメールを送りメモを付けてると夕食の時間になった。

1階の広間で夕食を頂く。
夕食は車で廻っている広島のご夫婦お遍路さんと男の歩き遍路さんの4人。
テーブルに煮魚や鍋、野菜の煮物、山菜などが並び若女将さんがお刺身とお吸い物を運んできた。
「シーフードカレーもありますから食べてくださいね。」
離れたテーブルに炊飯器とカレーの大鍋が置かれている。
さっそく向かいに座った男のお遍路さんがご飯とカレーをよそっていた。

広島のご夫婦は奥さんの病気治癒のお礼参りに廻っていると言っていた。
男のお遍路さんに「捨身ヶ嶽へ行ってきましたか?」と聞かれた。
行けなかったんです。。。
「自分も今日は時間がなくて行けなかったので明日、早起きをして行きます。」
区切り打ちで時々野宿をしながら歩いていると言っていた。

若女将さんが朝食は何時にしますか?と聞かれた。
広島のご夫婦が6時半にお願いしますと言ったので私も頷いた。


夕食のとき、とてもお元気な83歳の女将さんが広間に来られて挨拶をされ、街道テクテクの撮影があったことや昭和60年に親鸞聖人のお参りツアーで新潟に行ったことなどを話してくれた。
親鸞聖人といえば浄土真宗では?
四国は真言宗、天台宗が多いと思っていた。
門先と名の通り八十八ヶ所霊場の隣にある旅館。
大勢のお遍路さん、先達さんたちが泊まる旅館が浄土真宗とはなんか不思議な気がした。




            高瀬・ほ志川旅館 → 門先旅館

                 21km 39,442歩

                
              

72番 曼荼羅寺
10月17日  


               
                 第七十二番札所 我拝師山(がはいしざん) 曼荼羅寺



曼荼羅寺仁王門。

14:55
曼荼羅寺仁王門
仁王門に一礼し境内に入ると少し丸みを帯びた石造りの橋があり真っ直ぐ進んだところに本堂がある。
境内
水屋。
水屋
延命地蔵。
延命地蔵
鐘楼。
鐘楼
本堂。
本堂
本堂左に大師堂、右に納経所がある。
大師堂
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
不動尊像。
不動尊像
護摩堂。
護摩堂
本尊の大日如来像。
大日如来像
納経所で御朱印を頂き73番へ向かう。

15:10
15:10



72番・73番へ
10月17日  


               佛母院 → 門先旅館

                 5km 1時間45分



田圃道を通って南に向かう。
弘田川に架かる橋を渡りJR予讃線の踏切を渡り道なりに行くと国道205号と217号、山崎の交差点に出た。
横断歩道を渡り国道217号へ進む。
坂道の途中、道路脇の倉庫の空き地にベンチが置かれていた。
日陰のベンチで5分休憩。

13:30
13:30
右手田圃の向こう、廻ってきた弥谷寺のある剣五山を見ながら国道217号を南に進む。

13:40
13:40
舗装道路を随分歩き、ようやくその先にサンクス、ガソリンスタンドの看板のある国道11号に出た。
国道を渡った先にこれから向かう我拝師山が見えている。

14:05
14:05
サンクスで水を買う。

14:10
14:10サンクス
国道を歩きたくなかったので横断歩道を渡りそのまま進む。

14:10
14:10
高速道路の高架橋を潜り交差点を二つ越えて右に行く。
突き当たりの道路に出て後ろを振り返ると国道11号線が見えている。

吉原小学校の側を通って行くと田圃で農作業中のおばさんがご苦労さま、と声を掛けてくれた。
「何処まで行くの?」
門先旅館です。
「あの山の右の方の中腹辺りに赤い看板が見えるでしょう。あそこが門先旅館だよ。もう少しだから頑張ってね。」
ありがとうございます。
お山の右の方、平らになった辺りに今夜のお宿、門先旅館の赤い看板が見えた。

14:25
14:25
カメラをズームにして捨身ヶ嶽禅定を撮る。
お山のV字になっている左側に捨身ヶ嶽禅定の建物の屋根が見える。
捨身ヶ嶽禅定
急坂をハァハァ言いながら上った先に吉原郵便局。
荷物を集荷に来た職員さんがヘタっている私に笑いながら声を掛けてくれた。
「ご苦労さま、もう一汗流さなきゃいけないよ。」

14:28
14:28吉原郵便局
↑73番出釈迦寺 1.5km ↑72番曼荼羅寺 1km 

14:30
14:30
左手に→門先旅館の案内標識。 
右手の標識。→73番出釈迦寺 1km →72番曼荼羅寺 500m

14:35
14:35
右折して坂道を上る。

14:37
14:37
坂道の向こうに門先旅館、隣に曼荼羅寺の仁王門が見える。

14:40
14:40
門先旅館到着。

14:45
14:45門先旅館
ごめんください~。中に入り声を掛けるとは~い、と小柄な女の人が入り口脇から顔を出した。
予約した○○です。
「お疲れさま。お参りは済んだの?」
いえ、これからなんです。荷物置かせてもらっていいですか?
「ここに置いていっていいですよ。お風呂は4時頃だからお参りをしてくるとちょうど良い時間ね。暑かったでしょう。これを飲んで行ったらいいわよ。」

ザックを降ろし納経帖、線香ロウソクを出し汗を拭いてると冷たいジュースの瓶を渡してくれた。
ごちそうさまです。
冷えたジュースはとっても美味しかった。
それでは、行ってきます。
「行ってらっしゃい。」
小柄な女の人、門先旅館の若女将さんに見送られ2時55分、隣の曼荼羅寺に行く。




番外霊場 佛母院 
10月17日  


                番外霊場 八幡山 佛母院 (はちまんざん ぶつぼいん)
                     (新四国曼荼羅霊場第十七番)


弘法大師誕生と大師の母、玉依御前ゆかりの地。
佛母院は弘法大師の御母公玉衣御前のお屋敷と同行二人に記されている。



二王門前の国道21号線を渡りそのまま進んで行くと・・・あれー?
JR海岸寺駅の前に出た。。。
慌てて地図を出し確かめていると止まっていた車の中から女の人が降りてきてどちらへ行かれるんですか?と声を掛けてくれた。

佛母院へ行きたいのですがご存知ですか?ここなのですが。。
地図を見てもらう。
逆さにしたり横にしながら見てくれたけど首を傾げている。
「ここが海岸寺駅ですから川を渡った先ですよね。。この先に川があるんです、その川沿いに行けばこの道に出るようですね。」
それではこちらへ行ってみます。ありがとうございました。
「いえ、私もこの辺りは詳しくなくてお役に立てなくてごめんなさい。どちらかいらしたんですか?」
新潟です。
「まぁ、新潟からですか。それはご苦労様です。あっ、ちょっと待って下さい。」
車に戻ると袋を手に持ち戻ってこられた。
「これ荷物になるけど食べてください。」
袋の中にみかんやお菓子が入っていた。
ありがとうございます、頂きます。
「気をつけて。」

親切な人に見送られ駅を右にして進むと土手に出た。
土手に上がり川を見ながら橋の方へ行く。
橋の袂の道路まで来て驚いた。
なんとその道は海岸寺の前の国道21号線!
私はJR海岸寺駅まで行き、そしてぐるりと一回りして元のところに戻って来た。。。
左手の先に海岸寺やユースホステルの建物が見えている。。
海岸寺を出て道路を渡らずそのまま歩いてくればこの橋のところに来ていた…
山門前の国道の先にあった道標に「←東 3丁」と記されていたのを今頃になって思い出した。

私の特技は方向音痴。
でもね、逆方向へ行って時間をロスしたり道を間違えて遠回りしてもその度に親切な人と出会えてきた。
今だって真っ直ぐここを通って行ってたらあの親切な人には会えなかった。
私はあの女性に会うために回り道をした。

今まで四国で出会った人たち、声を掛けてくれた人たちは…
私の前世に縁があった人たちや遠くに逝ってしまった人たちが、きっと姿を変えて私の前に現れてくれたのだろう・・

川の名前は地図を見ると、弘田川と載っていた。
弘田川に架かる橋の歩行者用のところを渡って行くとおじさん二人、橋の上から釣りをしていた。
こんにちは。
「こんにちは、ごくろうさま。」
佛母院はこのまま真っ直ぐですか?
「佛母院?そんなところあったかね?」
おじさんが首を傾げるともう一人のおじさんが、
「あぁ、保育園の隣にお寺があったね。そこへ行くんだろう?」
そうです。。。
「それならこの先をもう少し行くと郵便局のところに大きな石があるからそこを右へ行くとお寺があるよ。」
ありがとうございました。

そのまま国道21号線を東へ進むと右手の先に郵便局の看板が見えてきた。
12:53
12:53
海岸時郵便局の隣に大きな石塚。

弘法大師
御えな塚道 南1丁 
海岸寺郵便局
石塚から右に入り畑道を5分ほど進むと保育園の建物が見えてきた。

道を挟んで左に佛母院の山門、右手に坐像と石碑と案内板。
案内板に胞衣(えな)塚とは産湯衣と臍の緒を納めたところをいう。と書かれてあった。
石碑には【弘法大師 御母公 御住屋敷】と刻まれている。
八幡山 佛母院 (はちまんざん ぶつぼいん)
御産湯井戸 。
産湯井戸
山門。
山門
山門を潜ると境内は狭く人の姿は見当たらない。
納経所の板の隣に「納経、御用の方は保育園の方へ」と書かれた張り紙があった。

本堂。
本堂
御住屋敷。
不動明王堂
山門を出て道に沿って保育園へ行ってみる。
入り口に鍵が取り付けられインターホーンの隣に「御用の方は押してください」と書かれている。
広い敷地の園内は静かで遊んでいる子供の姿はなかった。

地図を見ると佛母院から南へ進むと予讃線が通っている、そのまま南下して行けば217号線。
13:00、御朱印は諦めて保育園から少し戻り左の田圃道へ行く。



別格第十八番 海岸寺 
10月17日  



                 別格第十八番 経納山(きょうのうざん) 海岸寺



奥之院山門。

12:25
12:25 奥之院山門
奥の院の山門を出てJRの線路を越えると国道21号線。
左手に広い公園のようなところがあり大きな木が立っていた。
木の側に「自生記念木 椋(むく)」の立て札。
12:27
振り返ると奥之院の森の辺りから奥の院の二重の塔が見えた。
海岸寺奥之院二重の塔
国道21号線沿いに海岸寺仁王門。
二王門
仁王門に近づいてビックリ。
門の中は仁王像ではなく相撲の力士像が立っていた。

両力士像の前の説明版。

【大豪 久照(花籠部屋)
本名    杉山 昇
生年月日 昭和12年9月24日
出身地   香川県丸亀市土屋町 

体に恵まれ、早くから大器と言われ、事実35年夏には平幕優勝を飾ったりしたが、関脇で終わったのは彼の場合もの足りない。左四っからの寄り、優勝した時はなかなかいい突っ張りを見せたが「バンザイ三杉」と言われるほどわきが甘かったのが欠点で、突っ張りもいつの間にか消えてしまった。
有名な汗かきでもあった。由緒ある三杉磯を名乗ったこともあり本名の杉山、若三杉など改名七回。
元若乃花の妹と結婚した。】 
大豪(花籠部屋)
【琴ヶ濱 貞雄(佐渡ヶ嶽部屋)
本名    宇草 貞雄
生年月日 昭和2年10月10日
出身地   香川県観音寺市観音寺町   

体は決して大きくはなかったが、稽古で鍛え上げた渋銅色の体は四国出身から、香川の黒豹と呼ばれた。
琴ヶ濱といえば内掛けと言われたほどそのタイミングがよく、一発で勝負を制した内掛けの切れ味は、まさに名人芸と言える。】
琴ヶ濱(佐渡ヶ嶽部屋)
二王門 (二力士門)の説明板。

【正式には金剛力士といい、仁王という。但し、昔朝鮮に王(ワン)という兄弟があり、佛門の警護に当たったことに因み二王とも。当門は、その故事による。
貧寺として、後世に残る像を造る資力なく、郷土出身の力士の顕彰を兼ねて造立。多度津町内の彫刻家、神原象峰氏により一旦造象されるも象徴的すぎるなどとの申し出があり、琴ヶ浜の親友であった観音寺市 松本三郎氏が再彫刻。
大豪については、なかなか資料がいただけず、ただ入手した写真により横から見るにはそっくり。

場所中、杉山家を訪れたことがあるが、たて長い顔はお父さん、横幅はお母さんそっくり。
お母さんは取り組み中目を伏せていられたが、勝ったあとのビデオを安心してみていたのが印象的。

本山寺(重文)八脚門をモデルに庭瀬文部技官の設計により昭和四十年落慶。 】

「貧寺として、後世に残る像を造る資力なく・・・」のくだりがつらいわね・・・
二王門(二力士門)
境内に入ると左に水屋、正面に本堂。
水屋と本堂
本堂。
本堂
本堂。
本堂
二王門に一礼し山門を出ると国道を渡った先のところに佛母院への石標。
石の道標の矢印を見て道路を渡った。。

別格を廻る道は遍路マークも標識も少なく道路脇の電柱やガードレールに気を配りながら歩かなければいけないことは経験済みのはずなのにまたここで失敗…

道標。
←弘法大師御母公旧跡佛母院 東3丁

12:40
12:40



別格第十八番 海岸寺屏風浦奥之院
10月17日  


                      海岸寺・奥之院



山門。
山門
山門。
山門
法雲橋。
法雲橋
水屋。
水屋
境内。
境内
赤いお堂の前の石に「産井・・」の文字が刻まれている。
後でお聞きしたら産盥堂(うぶだらいどう)、お大師さまが使われた、たらい(産湯で使う)を安置してるとのこと。
産盥堂(うぶだらいどう)
お堂の中に仏様の石像が安置され沢山のアゴ掛けが掛かっている。
お堂
屏風ヶ浦新四国百八ヶ所案内板。
屏風ヶ浦新四国百八ヶ所案内板
境内。
境内
右の坂道から入って来た。
左の石段の上の石碑に屏風ヶ浦新四国百八ヶ所の文字が刻まれている。
屏風ヶ浦新四国札始
山門を入ると広い境内になっていて正面に大師堂がある。
大師堂
大師堂。
大師堂
私はここが海岸寺だと思っていたがお聞きするとこちらは海岸寺の奥の院になっていると言われ、海岸寺は仁王門を出て線路を越え県道21号線の海側にあり納経はこちらの奥之院で御朱印を頂くことなっていると説明してくれた。
先に海岸寺に行って奥之院に来なければ納経は出来なかったことになる。
裏から入って来たけどそれもよかったのかもしれない。
詳しいことはわからないが元々は海岸寺はひとつの境内であったものが何かの都合で二つに分かれ今の構造になったのかもしれない。

大師堂の隣に納経所で御朱印を頂いた。
納経所




番外霊場 屏風浦奥之院  (びょうぶうら おくのいん)
10月17日  


                
                 cafe海岸通り → 別格第十八番 海岸寺奥之院
               
                       2.7km 20分

別格第十八番海岸寺は、海岸寺が本堂、奥の院が大師堂となっている。



右手に海岸寺の案内板が見えてきた。                     

12:03                    
12:03
↑屏風浦海岸寺。
12:05
遍路マークから右の道に入ると側に予讃線の線路。
その脇を通って進んで行く。
12:06
遍路道沿いに札所の立て札と石像が立っている。
後でわかったことだが此処は奥之院の境内でミニ霊場巡りの場所だった。
ミニ四国巡り
此処まで来てようやく裏から入ったと気付く…
参道の先に山門。

12:10
12:10 海岸寺奥之院



cafe海岸通り
10月17日  



                弥谷寺 俳句茶屋 → cafe海岸通り

                       6.3km 1時間15分



俳句茶屋から石段を降り来た道を引き返し車道に出て右折すると道の駅・ふれあいパークみの。
弥谷寺に上って行く時は早い時間だったので駐車場は空っぽだったけどこの時間になると大型バスや乗用車で一杯になっていた。
道の駅でトイレに寄って行く。

10:12
10:12 道の駅
道の駅から揺るい坂道を下って行くと大きなため池があった。
香川はため池が多い。
坂道を下りると広い車道に突き当たった。
右折したところに弥谷寺、道の駅の案内標識。

標識。
→道の駅、弥谷寺 1km 
10:25
10:25
山と道路の間に田圃が広がっている下りの坂道。
向かう先の遠くに海が見えてきた。

10:30
10:30
信号から右へ。

標識。
↑豊浜 R221 丸亀  
←さぬき浜街道→
10:40
10:40
左に海を見ながら、さぬき浜街道を行く。

10:47
10:47
さぬき浜街道沿いにR21号線の標識。
多度津町。

10:52
10:52
国道21号線側を予讃線の電車が通っている。

10:55
10:55
行く手の先に海岸通りにふさわしい素敵な看板発見!

11:15
11:15
cafe海岸通り。
海岸通り
外にテラスがあって入り口にランチメニューが掛けられている。
少し早いけど昼休憩。

中を覗くとドライブ途中のカップルやスーツ姿の営業マンさんたちばかり。
遍路姿ではちょっと入り難い。
お店の人に外のテラスでもいいですか?とお聞きしたらどーぞ、と言ってくれた。
海岸通り
海風がとても気持ちがいい。
イスにザックを降ろし汗を拭き冷たいお水を飲むと体中に染み渡る。
¥700-のシーフードスパとアイスコーヒーセットのランチを注文。
海岸通り
食事を済ませるとお店の人が冷たい水のお代わりとオレンジジュースをお接待ですと持って来てくれた。
ありがとうございます。

宿の予約を入れなければ。
あーちゃんpapaに今日の予定をメールし地図を開く。
明日は善通寺宿坊を予定していたが俳句茶屋のご主人の言っていた善通寺祭りと街道テクテクの撮影のことが気なった。
88番大窪寺前の八窪も押さえておかなければいけない。

先に善通寺に電話を入れ、明日ですが一人お願いします、と言うと
「明日は満員です。」とそっけない返事…
宿坊はダメだった。
さて、どうしょう。。善通寺の辺りには宿が沢山載っている。
明日の宿は後回しにして八窪に電話を入れた。

23日、一人お願いしたいのですが…
「23日、24日は貸し切りになってます。」
やっぱり・・・
考えてみれば天下のNHK。
街道テクテクの撮影日程は何ヶ月も前から決まっている。
大勢のスタッフが一緒のスケジュール、決まった時点で宿泊を押さえているわけだ。
88番から3kmほどのもう1軒の旅館竹屋敷に電話を入れた。
が、ここも貸し切り。。。

88番近くには2軒しか宿がない。
この2軒とも貸切りになっている。

87番辺りに宿を取り朝早く出発し、女体山越えから88番に行きそれからまた宿まで戻るか、結願の後そのまま10番へ向かうか。。
10番まで行くには30キロ以上の距離。
とても無理だ。
87番へ戻るしかないか・・・

地図を見てると88番から9.3km山を下りたところに白鳥温泉があった。
昼頃までに88番に着ければ白鳥温泉まで歩けるかもしれない。。。
しかし山道は平場の距離の倍の時間が掛かる。どんなに急いでも6時間は掛かるはず。
それに山は4時半過ぎると暗くなり6時頃には完全に真っ暗な山道になっているだろう。。。

閃いた!
88番からタクシーで白鳥温泉まで行こうか…
女体山を越え結願のご褒美としてタクシーで温泉!っていいかも。。。

白鳥温泉に電話を入れた。
23日、一人ですが大丈夫ですか?
「23日ですか?はい、大丈夫ですよ。」
すみません、24日は?
「はい、23日も24日も大丈夫です。」
まだ日程がはっきりしないので予約は出来ないのですが決まり次第に連絡を入れますのでその時はお願いします。
「わかりました。歩きのお遍路さんですね?今どちらですか?」
今は71番から番外の海岸寺に向かうところで多度津町です。
「23日も24日も空いてますから怪我をしないようにゆっくりいらしてください。それでは連絡をお待ちしています。お名前を聞いておきましょうか?」
○○と言います、日にちが決まり次第連絡を入れます。
「お待ちしてます。」

23日か24日までに88番へ着ければ温泉だ。
これで一安心。
街道テクテクで予定が狂ってしまったが予定変更はいつものこと。
泊まるところが確保できたのだからそれでよし。
さて、これが吉と出るか凶と出るかは後のお楽しみとしてOさんに電話を入れる。

善通寺の宿坊、八窪、竹屋敷が貸し切りで断わられたことを話すと、善通寺の宿坊はとても良いから是非泊まるように勧めてくれたOさんは自分のことのように残念がっていた。
「街道テクテクの撮影とぶつかってしまったんじゃ仕方がないよね。私も見かけたけど大きな車、3,4台が一緒なのね。あれじゃスタッフの人数だって多いだろうから何ヶ月も前から宿を押さえてなければいけないわ。ちょうど結願が同じ日になりそうだなんて思ってもいなかったよね。」

今回は番外のお寺も廻ってるし何処も寄らなかったらもっと早く88番へ行けるんだけど…
「行きたいところへ行ってきたらいいよ。haruさんの気の済むように廻ったらいいじゃない。困った時は私がどこへでも迎えに行くからね。」
そうします。善通寺さんの前の山本屋って知ってますか?
「赤門の前の旅館ね。あそこは日観連指定の旅館だからいいんじゃない。」
じゃ、山本旅館に電話してみます。取れなかった時は電話入れますがなかったら取れたと思ってください。
「わかった。今日は何処まで行くの?」

今は海岸寺に向かう途中で海岸寺から佛母院に廻ってそれから72番73番。今日の宿は門先旅館です。
「あ~72番前の大きな旅館ね。別格はいいお寺が多いのよ。」
本当にいいお寺ばかりですね。八十八ヶ所のお寺と違いなんか時間がゆっくりと流れている感じがするし観光客が少なく落ち着けますね。寄り道ばかりしてますが番外寺を廻ってホントによかったと思ってます。それじゃ、また夜にでも電話します。
「それじゃ気をつけてね。困ったらいつでも電話するのよ。」

山本旅館に電話を入れると明日の予約が取れた。
もしかして早い時間に着くかもしれないが荷物を置かせてもらっても良いですか?と尋ねると何時でも構わないと言ってくれた。

cafe海岸通りで35分休み11時50分出発。



俳句茶屋
10月17日  


                  弥谷寺 俳句茶屋



仁王門に一礼し俳句茶に戻ると広島お遍路さんが休んでいた。
茶屋のご主人が「お疲れさま、さぁ休んでいきなさい。」と声を掛けてくれた。
「荷物置いて行けば良かったのに。担いで上るのは大変だったでしょう。」
私、着いたのが8時半頃で戸が閉まっていたんです。。
「それは悪かったね。今、熱いお茶を入れるから草もちを食べなさい。」

ザックを長椅子に降ろし広島さんの隣に座る。
広島さんもお茶と草もちを頂いていた。
頂いた草もちはとても美味しくぺろりと2個も食べてしまった。
草もちを食べると広島さんは荷物を担ぎ、それじゃお先にと出発。
「72番の遍路道はそこの階段を下りたら真っ直ぐですよ。」

弥谷寺の境内へと続く長い石段のふもとに佇む古民家風の俳句茶屋。
ご主人に断わって中を見せてもらった。
中には壁に障子に、のれんにも五・七・五の文字。
天井からは、これまでに読まれた句を記した短冊がいっぱい吊されていた。

「1週間前、ここで街道テクテクの撮影があって四元さんの俳句もそこにあるよ。ここで草餅を食べて行ってくれたよ。」
NHKの街道テクテク。
昨夜、あーちゃんpapaにメールを入れたら街道テクテクと同じような日程だと返信が来ていた。
なんか嫌な予感・・・
街道テクテクの撮影があったんですか?
「そう、ここで撮影。結願は23日とか24日という話だったね。」
私も大体その頃になりそうなんです。。
大窪寺の前の八窪さんに早めに予約を入れた方が良いですね。
「そうだね、大体の日程がわかってるなら押さえていた方が良いよ。善通寺も祭りで多分一杯になってるよ。」
え~祭りですか?
「そう、祭りで賑わっているよ。」

善通寺の宿坊にはなんとしても泊まりたいと思っていた。
そして八窪が取れなければ大変なことになってしまう。
早めに予約を入れなければ。

俳句茶屋。
9:35
9:35俳句茶屋
障子に龍の墨絵。
俳句茶屋
天井から沢山の短冊が吊るされている。
俳句茶屋
のれんにも障子にも五.七.五の文字。
俳句茶屋
10:00
10:00俳句茶屋

冷たい水を買ってへんろ地図を見ながらご主人にもう一度海岸寺への道をお聞きした。
納経所の人に海岸寺に行くなら77番から行った方が近いしこの遍路道は行けないと言われたのですが・・
「納経所の人が行けないって言ったの?海岸寺は77番から行った方が近いけどこの道も通れるよ。納経所にいた人は遍路道は知らないんだよ。お遍路さん今日は何処までなの?」
今日は門先旅館に予約してるんです。

ご主人は地図の赤い線の上を指でなぞりながら、
「この遍路道の山越えだと4.6km、車道で行くと約9kmくらいの距離はあるけど門先さんまでならゆっくり行ってもそんなに遅くはならないよ。。
先のおじさんが行った72番への遍路道じゃなくて階段を下りて、ここに上がってきた道へ戻ると道の駅があったでしょう。車道に出て道の駅を左に見ながらそのまま車道を下りて行くとやがて海が見えてくるよ。海を正面に見ながら国道21号に出て後はそのままずっと国道を進んで行ったら海岸寺。この前も外人のお遍路さんが海岸寺に行くと言ってこの道から行ったよ。」
それじゃ、そうします。
道の駅を左に見てそのまま進むんですね。
「そう、山裾を下りて行く車道を海の方向へね。」
ありがとうございました。
草餅とお茶、ご馳走さまでした。

10時、俳句茶屋を出発。
弥谷寺から番外海岸寺へ向かう。




71番 弥谷寺
10月17日  


                71番 弥谷寺 大師堂



本堂から降りてくると左手の崖に阿弥陀三尊の磨崖仏が彫られている。
阿弥陀三尊の左に「南無阿弥陀仏」などの刻んだ文字が読みとれる。
岩に掘られた小さな無数の小穴は遺骨を納めた跡で弥谷山は昔から死霊の宿る山とされている。

県指定の史跡・弥陀三尊摩崖仏。
弥陀三尊摩崖仏
本堂から一旦下に降り、再び階段を上り大師堂へ向かう。
大師堂への石段
石段を下りると広い境内に出た。
ザックを担いだまま長い石段を上ったり下りたりして汗ビッショリ、足はパンパンになっていた。
鐘楼堂の前に置かれたベンチにザックを降ろし汗を拭く。
ザックを降ろしたらもう一度担ぐのが嫌になった。
納経所は大師堂の中にある。
ザックから納経帖とロウソク線香を出しカバンに入れ荷物はベンチに置いていく。
大師堂境内
鐘楼堂。
鐘楼堂
般若心経百万巻勧募の序の説明板。
般若心経百万巻勧募の序
荷物を置いて大丈夫かと一瞬思ったが、お大師さまの前に置いてある荷物を持っていくような人はいないはず。
そんな人がいるわけない。


大師像。
大師像
大師堂への石段を上る。
ザックがないので体が急に軽くなった。
大師堂への石段
大師堂へ。
大師堂への石段
靴を脱いで中に入る。
建物の中、左手に納経所があり奥に畳敷きになっている大師堂。
大師堂
座ってお参りする。
大師堂
参拝を済ませ納経所で御朱印を頂く。
ちょうど参拝の人が途切れたので海岸寺への道を尋ねた。

へんろ地図を出し、ページを開く。
71番から北へ行く遍路道、番外海岸寺まで4.9kmとなっている。
遍路道の赤い線をなぞりながらこの道を行けば良いのですよね?と尋ねると、
「この道は今は行けないよ。海岸寺なら77番から3kmほどだから77番から行った方が近いよ。」
ここからは行けないのですか?この道は通れないのですか。。。

地図には載っているが通れないという。
どーしょう…
海岸寺、佛母院へ廻り多度町のR217号を通って72番、73番へ出るつもりでいた。
宿は門先旅館に昨夜、予約を入れている。
どこかで休憩して考えよう…
思案していると蚊がブンブン飛んでいて手を刺された。
蚊がいるんですね!
「今年はいつまでも暑くて蚊が多いよ。」
団体お遍路さんたちが上がってきたのでお礼を言って納経所から退散した。。。(-_-;)

靴を履いてると、「納経は済ませたの?」と声を掛けられ顔を上げるとほ志川旅館で一緒だった広島のお遍路さんが立っていた。
あ~お疲れさまです、随分早いですね!何時頃出られたんですか?
「宿を出たの7時頃だよ。荷物、下の茶屋に預けてきたでしょう?」
え~。。荷物預けてこられたんですか!?
私が来た時はまだ開いてなくて荷物を担いで来ましたよ。
「そうなんだ、早く出ても一緒になっちゃったね(笑)今日は何番まで?」
私、これから海岸寺へ行くつもりだったんですが。。。広島さんは?
「80番まで行くつもりなんだけどね。」
80番ですか!?30キロ以上ありますよね。
「37~8kmかな。ま、行けるところまで頑張ってみますよ。それじゃ、また。」
凄い、38kmかぁ。。やっぱ足の早い人は違うね。

ベンチに戻るとちゃんと荷物はそのままになっていた。
お大師さま、ありがとうございました。

赤い橋を下りて、仁王門へ向かう。
赤い橋



71番 弥谷寺 
10月17日  


              71番 弥谷寺 本堂



参道入り口の「俳句茶屋」から急な石段をひたすら登る。
仁王門を潜り無数の石仏が並べられている賽の河原が続く。

仁王門から続く石段。
石段
仁王門と堂字は数百段の石段の参道で結ばれている。
石段
仁王門より262段の石段を登ると大きな銅像が目の前に現れる。
金剛拳菩薩像
高さ6mの金剛拳大菩薩像。
金剛拳菩薩像
赤い手摺の真っ直ぐに伸びる長い階段は厄除けの108段。
この赤い橋・・・覚えている。。
本堂への石段
108段の朱塗りの階段を登り境内に入ると観音堂、護摩堂などがある。
本堂はまだ上。
石段
石段をまだまだ登る。
石段
まだ続く本堂への石段。
石段
石段を上った先にようやく本堂。
8:50 本堂



71番 弥谷寺
10月17日  


               第七十一番札所 剣五山 (けんござん) 弥谷寺

標高382mの弥谷山南麓の静かな森と断崖の岩に囲まれ独特の霊気が感じられる。
日本三大霊場に挙げられている。



八丁目大師堂から坂を上り山道に入る。

8:17
8:17
左手に道の駅ふれあいパークみの。
道の駅みのパーク
右手に駐車場。
2年前に来たとき、Wちゃん、Oさん、Aさんとここから歩いて本堂に向かった。
あのときの風景が少しづ蘇ってくる。

石標、弥谷寺本堂 571m。
8:25
8:27
8:27
石段を上ったところに遍路道標。

←71番弥谷寺 →出釈迦寺、曼荼羅寺への遍路道。
8:30
俳句茶屋は閉まっていた。
ここで荷物を預かってもらうつもりでいたが仕方ない。
ザックを背負って長い石段を登ることになった。。。
俳句茶屋
弥谷寺は本堂に至るまで、ともかく石段の連続。
俳句茶屋は閉まっていたのでそのまま仁王門への長い石段を登る。
8:32
仁王門。

8:35
8:35仁王門



71番弥谷寺へ
10月17日  



               高瀬・ほ志川旅館 → 八丁目大師堂

                     4.8km 1時間20分



5時起床。
トイレ洗面を済ませ身支度をして1階に下りて行く。
玄関脇に荷物を置かせてもらい食堂へ行くと厨房から顔を出した女将さんが食事できますよと言ってくれた。
おはようございます、早くからすみません。
「もっと早く立たれる人もいるんですから構いませんよ。」と温かい味噌汁を運んでくれた。

炊飯器からご飯をよそっていると昨夜の岡山のおじさんも食堂に入ってきた。
「おはよう、早いね。」
おはようございます。昨夜はご馳走さまでした。
「あれから広島のお遍路さんと意気投合しちゃって楽しかったよ。あの人、まだ来ないとこをみると二日酔いなんじゃないか (笑)」
何時頃まで飲んでいたんですか?
笑っている女将さんの顔を見ながら、10時前には引き上げたよ、と言っていた。

食事を済ませ女将さんに広島のおじさんにお先に行きますと言伝てもらった。     
「その横の道を行くと国道に出るからね。頑張ってね。」
お世話になりました。

玄関を出ると食堂の窓から女将さんとおじさんが見送ってくれた。

6:55            
6:55 ほ志川旅館
ほ志川旅館のラブワンコさんもシッポを振って見送ってくれた。
ラブワンコ
国道11号に出る。

7:00
7:00
空は少し曇っていたがそのうち日差しが強くなりまた今日も暑くなりそう。
30分くらい歩くと左へ入る遍路標識があった。
地図を見ると国道221号になっている遍路道。
正面に山が見えてくる。
これから向かう弥谷寺のあるお山だろう。
あの山を登るのか。。きつそう…

7:35
7:35
旧三野町に入り民家の立ち並ぶ遍路道を抜け田圃の間の遍路道を進む。

7:40
7:40
田圃道から民家の間の細い道に入ると自販機の側に小さな集会場がありブランコとベンチが置かれている。
ベンチにザックを降ろし自販機から水を買って10分休憩。

7:45
7:45
細い小路を進んで行くと正面の山がだん々大きくなってくる。
山の中腹辺りに道の駅やいやだに温泉の建物も見えている。

8:00
8:00
71番弥谷寺の石柱。

8:05
8:05
国道48号を渡る。
弥谷寺と道の駅「ふれあいパークみの」→の案内標識が見えた。
R48
国道を渡り緩い坂道の小路に入る。
住宅の脇にエンジェルが咲いていた。
8:06
小路の先、車道と弥谷寺本堂の分岐。
左の本堂への道を行く。

道標。
左←弥谷寺本堂 1.1m 右→弥谷寺 車道。

8:10
8:10
山道に続く坂の下に小さなお堂があった。
お堂の隣が休憩所になっていてベンチといやだに温泉足湯がある。
一瞬足湯に浸かり休んでいこうかと思ったが有名な「俳句茶屋」で荷物を預かってもらうつもりだったので足湯を眺めながら本堂への山道へ向かった。

八丁目大師堂。
8:15
8:15



高瀬・ほ志川旅館
10月16日  


              70番 本山寺 → 高瀬・ほ志川旅館

                      5.5km 1時間30分



おじさんの後から山門を出て歩道の直ぐ脇を車が通っている国道11号に出た。
「足は大丈夫かね?早くはないかね?もっとゆっくり歩こうか?」
おじさんが気を使ってくれる。
ありがとうございます、大丈夫です。

高瀬まで行きまた戻ってこなくてはいけない、おじさんのほうこそ大丈夫ですか?
戻ると6時頃になるのではないですか?
お家の方が心配なさるのではないですか?
私なら大丈夫ですから、もう引き返してください。
「なにを言ってるんだね、お遍路さんが気を使うことはないよ。いつものことと家のものは心配などしていないよ。」

おじさんは時々振り返りながらずっと話をしていた。
車の騒音と後から着いて行くのでおじさんの声ははっきり聞き取れなかったので私は「そうですね」と「はい」と「そうですか」だけを繰り返していた。

「お遍路さんは香川は47都道府県の中で一番面積が小さいって知っていたかね?四国を歩いてきて徳島、高知、愛媛のどこよりも香川の道路が立派に整備されていると思わないかね?香川は道路整備に行政がしっかりと取り組んでいるんだ。それに香川はどこよりも温暖な気候風土で後余生を過ごすには最適な県のひとつとされているんだよ。全国でも県民の貯蓄率が高く堅実な気質なのだ。」

おじさんは延々と語る。
「寛永通宝の銭形砂絵は見てきたかね?素晴らしいだろう。うどんは食べたかね?金比羅さんは行ったことがあるかね?
コシがしっかりとした讃岐うどんを食べなければうどんは語れないよ。
それに江戸時代には讃岐の国では塩・砂糖・木綿が特産で、讃岐三白と呼ばれていたんだよ。砂糖は幕府への献上品としていたんだ。」
おじさん、香川が大好きなんですね。

「私は新潟のお遍路さんと話ができて良い思い出になった。お遍路さんも新潟に帰り私の話したことを思い出すことがあるだろう。何かの折に香川にこういう人がいたと思い出してくれればそれでいい。私はね、お遍路さんが知っていることも始めて聞いたと言って私の話を聞いていてくれたことが嬉しかったよ。」
本当に知らないことばかりです・・・

高瀬消防署を過ぎると次の交差点に高瀬駅の←が出ていた。
そこから二つ交差点を渡り国道から左に入った奥まったところにほ志川旅館の看板があった。
休憩なしでほ志川旅館まで歩きとおした。

おじさんは旅館の前まで私を送ると来た道を引き返していった。
一緒に歩いてくれてありがとうございました。

16:40
16:40 ほ志川旅館
外は広い駐車場になっている。
玄関脇に犬舎がありイエローラブと猟犬がいた。
猟犬は犬舎の中か出てこなかったがラブワンコが尻尾を振って側に来てくれた。

玄関に入ると女将さんがお疲れさまと出迎えてくれ2階の部屋へ案内してくれた。
お風呂は1階、洗濯乾燥は玄関脇にある。
洗濯洗剤は無料、乾燥代200-。

浴衣に着替え洗濯物を袋に入れお風呂に行くと外で車を洗っていたおじさんが階段の手摺に洗濯物を干していた。
6時から1階の広間で広島の歩き遍路のおじさんと岡山から出張で来たおじさん(洗濯物を干していた)と一緒に夕食を頂いた。
岡山のおじさんは陽気な人で3日間ほ志川旅館に泊まっていると言っていた。

岡山のおじさん、持込の焼酎を飲んでいて広島のおじさんと私に振舞ってくれた。
私はビールを頼んだので焼酎を1杯頂いた。

食事の前に洗濯が終わっていたので乾燥機に入れ200-入れたが動かない。
お手伝いのおばさんに乾燥機が回らないのですがと言うと見てくれた動かないのでもう1台の乾燥機の方を使わせてくれた。
乾燥機の側のコイン入れから200-戻ってこなかったのでお金はいいと言ってくれた。

食事の時、乾燥機の話になって岡山のおじさんが
「お遍路さんが汚れも払わずそのままなんでも一緒に洗濯機や乾燥機に入れてしまうのでよく故障するんだ。この前なんか家にいたら洗濯なんかしたこともないおじさんなんだろう、ありったけ洗剤を入れたんだろうね洗濯機が動かなくなっちまってさ、乾燥機には石まで入ってたよなぁ女将さん。あの洗濯機だめになったんだろう?」
離れたテーブルでお茶を飲んで話を聞いていた女将さんとお手伝いのおばさんが頷きながら苦笑いしていた。

「私は出張でこっちに来るといつも此処に泊まるんだけどいろんなお遍路さんがいるよ。宴会をやってんのか夜中まで騒いでいたり廊下をバタバタ歩いたり、客は自分らだけじゃないって言うのにさ。それに見てるとゴミなんかそこら中に平気でポイ捨てをするしね。いや、おたくらのことを言ってるんじゃないのよ。」
耳が痛い話だった。

「そうですね、そういう話はよく耳にします。私は気をつけているつもりですがどこかで迷惑を掛けているのでしょうねぇ。これからはもっとよく気をつけることにします。」
私もそうします。
「いや、いやそういうつもりで言ったんじゃなんだからね。ま、みんなが気をつければ良いこととして。ところで、ねぇさんと一緒に歩いて来た人は誰?」
あ~、本山寺で声を掛けて頂いて此処まで連れて来てくれた親切な方です。
地元の方だそうです。
「ねぇさんを送ってまた戻ったの?」
そう仰ってました。
「親切な人がいるものだね。私は前にお遍路さんに乗せてあげようと声を掛けたけど断わられちゃってさ。折角こっちは親切に言ってるのになんだか嫌な気分になってそれからはお遍路さんを見ても声は掛けないよ。」
「歩きの場合、断る人が多いですよね。私は喜んで乗せてもらってますよ(笑)」
「そうそう、そういうお遍路さんはいいよね。」

岡山のおじさんと広島のおじさんは焼酎を飲みながら盛り上がっていた。
私はビールで疲れが一気に出たので食事を済ませ女将さんに朝食の時間を6時半にお願いして清算をしてもらい部屋に戻った。



         ほ志川旅館
               1泊2食 ¥6,500-
               ビール  ¥500-
               乾燥機代 ¥200-


               民宿・青空屋 → 高瀬・ほ志川旅館

                    24km 46,350歩



70番 本山寺
10月16日  


                 70番 七宝山(しっぽうざん) 本山寺

仁王門は鎌倉時代の建造で国の重要文化財。
本堂も香川県内札所で唯一、国宝建造物に指定されている。
本尊は弘法大師が一刀三礼で薬師如来、阿弥陀如来とともに刻んだ馬頭観世音菩薩。
馬頭観音を本尊としているところは八十八ヶ所札所中では本山寺だけ。



国の重要文化財になっている八脚の仁王門。
中に仁王様はいない。                 
仁王門
広々としている境内。
左に本堂、大師堂、高くそびえ建つ五重塔、護摩堂などがあり右に鐘楼。
境内
五重塔の前にベンチが置かれている。
ザックを降ろし汗を拭いていると向いの鐘楼のところにいたジャージ姿のおじさんがニコニコ笑いながら側に来た。
「ごくろうさま、一人かね?お遍路さんは何処から来られたんだね?」
こんにちは。新潟からです。
「新潟から来たのかね、それは遠くからご苦労さまだね。暑かっただろう、ゆっくり休んでからお参りしたらいいよ。今日は何処まで行くのだね?宿は決まっているのかね?」
今夜の宿は昨夜のうちに本山寺から6kmほど先の高瀬駅の近く、ほ志川旅館に予約を入れていた。

おじさんが荷物を見ててやると言ってくれたのでザックの中から線香ロウソク、納経帖を出しお願いした。
「納経所は向こうの方だよ、側に綺麗なトイレがあるから納経が済んだら行って来たらいいよ。」
それじゃお願いします。

五重塔。
五重塔
五重塔。
五重塔
本堂。
本堂
大師堂。
大師堂
納経所の隣におじさんが言ってたように綺麗なトイレがあった。
お参りの後、納経所に行き御朱印を頂いてトイレに寄ってベンチに戻る。

ベンチに戻り荷物を片付け靴を脱いで裸足になった。
「ほ志川旅館はちょっとわかり難いところだから私が案内してやるよ。」
そんなぁ。。此処から2時間くらい掛かりますよ、おじさんは高瀬駅のお近くなんですか?
「いや、私は観音寺市だよ。なに、私は10キロくらい毎日歩いているからどうってことはないよ。新潟から来たお遍路さんと出会ったのも何かの縁、一緒にほ志川旅館まで歩くのも私なりのお接待だよ。
食べ物やお金をあげることだけがお接待ではない、道案内することもお接待だよ。」
ありがとうございます。お気持ちだけで嬉しいです。
私は足が遅いのでゆっくり歩いて行きます。
「お接待は断わるものではないのだよ。それに人は身なりで判断するものではないよ。」
身なりで判断したわけではないが自分が思っていたことを言い当てられたような気がしてドキッとした。。。

「この五重塔は立派だろう、五重塔があるのは此処と善通寺だけだよ。これから行く善通寺は総本山でお大師様の生まれたお寺、父上の名前なのだよ。善通寺も立派な寺だけどこの本山寺も本堂は国宝で仁王門も国の重要文化財に指定されている立派な寺だ。
ほら、あそこに大師堂と向かい合っているのが十王堂だよ。十王堂とは何か知ってるかね?
人間は生きてる間、いろいろと罪を犯している、大きな罪、小さな罪、お遍路さんだって虫を殺したこともあるだろう?嘘をついたこともあるだろう?どんな人間も生きてた時の罪を死んだ後、冥土で裁かれることになっている。
そこでの裁判官が秦広・初江・宋帝・伍官・闇魔・変成・泰山・平等・都市・五道転輪という十人の王なのだ。この十人の王に対して慈悲を乞う信心が十王信仰であるが、一般には主に閻魔に対する信仰と言われている。十王は罪の重さを量り、地獄へ送ったり、六道への輪廻を司っているのだ。」
おじさん物知りですね。
私、始めてお聞きすることばかりです。
あのぉ、そろそろ行こうかと思うのですが・・・
「おぉそうか、あまりゆっくりしてては宿に着くのが遅くなってしまう。朝は早く、宿には早くに着くのがお遍路さんの決まりだったね。足は大丈夫かね?トイレはいいかね?」
トイレは行ってきました。

身支度をし境内の2頭の馬の像の写真を撮る。
馬の像
40分休んで出発。

15:10
15:10
入ってきた仁王門の方へ行こうとするとおじさんがこっちだよ、と民家が並んでいる旧道に面した山門へ行く。
山門の前に一富士旅館の看板があった。




70番本山寺へ。
10月16日  


               68,69番 → 70番 本山寺

                   4.5km 1時間10分



68,69番仁王門から辻塀に沿った来た道を引き返すと小さな橋のところに「↑」遍路マークが着いている。
R21号線を渡り財田川を右に見ながらR49号線を進む。
振り返ると三架橋を渡り琴弾神社に向かうお遍路さんの姿が見えた。

13:40
13:40
本山寺への遍路道標。

13:55
13:55
土手沿いの遍路道は日陰もない強い日差しが照りつける1本道。
しばらく行くとずっと先の方に五重塔のてっぺんが見えた。
本山寺が近いと喜んだけど歩いても歩いても五重塔のてっぺんに近づかない・・・

暑さと疲れ、休む場所も木陰もない単調な道、足がだん々遅くなる。
JR予讃線の鉄橋の下を潜り土手を上がると少しづつ本山寺の五重塔が大きく見えてきた。

14:15
14:15
68,69番を出てから1時間10分、70番本山寺仁王門にようやく辿り着いた。

14:30
14:30
仁王門の前、駐車場。
駐車場




銭形砂絵
10月16日  


                    銭形砂絵

琴弾公園の最上部の展望台から有明浜の白砂に描かれた巨大な寛永通宝を砂で形どった大きな銭形が見下ろせる。
この銭形を見た人は、健康で長生きできて金に不自由しなくなるといわれています。



茶店の脇から裏山へ上り道に沿って進んで行くと車道に出た。
車道の坂道を上った先の頂上に展望台がある。
東屋のようになっている展望台に上がると真っ青の有明海岸と眼下に大きな砂絵が見渡せた。
すごい!ただ感動。

一人で見てるのが勿体無い。
あーちゃんpapaとお友達に感動と金運のお裾分けを写メールで送った。

12:45
銭型砂絵
ズームで撮った銭形砂絵。
銭型砂絵
毎年春季と秋季に銭形化粧直し、また台風などで砂が流されると市民総出で補修工事が行われそうです。

銭形の謂れが書かれた案内板より。
【寛永十年(1633年)時の将軍家光公から、讃岐巡遣使を派遣するとの知らせを受けて、丸亀藩主生駒高俊公が、領内巡視の際、この事を聞いた地元の古老たちが、何か領主歓迎のためにと、有明浜に銭形の砂絵を一夜のうちに作り上げたと伝えられています。
この山頂から眺めると円く見えますが、実際には東西122メートル南北90メートルの楕円形となっています。 以来砂上の一大芸術として永く保存されています。】

昔の人は凄かった!
一夜のうちにこれだけの砂絵を作ったなんて想像を絶する。
ひたすら感動、いつまで見てても飽きることがない。
このままずっと眺めていたかったがそうもいかない・・
1時15分、山を下りる。
銭型砂絵
茶店に戻るとご主人が、
「天気が良くて綺麗に見えたでしょう。」と声を掛けてくれた。
お礼を言ってペットボトルの水を買って行く。
茶店
仁王門に一礼し70番に向かう。

13:20
13:20 仁王門



68番 神恵院 69番 観音寺
10月16日  


明治時代以前は琴弾八幡宮が第六十八番札所であったが明治初期の神仏分離により八幡宮に安置の阿弥陀如来は観音寺の境内に移遷され、琴弾八幡宮と神恵院に分離しそれぞれ独立した形をとり神恵院は観音寺と同居する一寺二札所となった。

境内の向かって左手に68番神恵院、右側に69番観音寺の本堂、大師堂などがある。


              第六十八番札所 琴弾山 神恵院(ことひきざん じんねいん)

              第六十九番札所 七宝山 観音寺(しっぽうざん かんおんじ)



仁王門への石段。
仁王門への石段
石段を上がると正面に68・69番札所、二ヶ寺の名前が記されている仁王門。
仁王門
境内への石段。
境内への石段
境内に入ると団体お遍路さんで賑わっていた。
荷物の置き場所を探すと茶店の前にベンチがあった。
店の中は食事の団体さんでいっぱい。
荷物を置かせてくださいと断わりベンチにザックを降ろし納経帖、線香ロウソクを取り出しカバンに入れる。

68番・神恵院の本堂は四角いコンクリート造りの建物の中にお堂が造られている。
68番神恵院
神恵院本堂。
68番神恵院
階段を上がると格子戸の前に賽銭箱や納札箱が置かれている。
神恵院本堂
神恵院大師堂。
神恵院大師堂
69番・赤塗りの観音寺本堂。
重要文化財に指定。
69番観音寺本堂
観音寺大師堂前の大きく枝を広げたクスノキ。
観音寺とクスノキ
境内右手前側に鐘楼、左隣に茶店。
土産物や遍路用品も置いてある。
鐘楼
神恵院と観音寺が共通となっている納経所(仁王門から登って左側)。
納経所は一箇所で一度に二つの納経をしてもらう。
納経所
参拝の間、手を何箇所も蚊に刺された…
汗をかいているので蚊が寄ってくるのだろうが10月に蚊がいるなんて信じられない(-_-;)

茶店のベンチに戻ると団体お遍路さんたちはいなくなっていた。
外の日陰になっているベンチに座り茶店で買った冷たい水を飲み青空屋さんで頂いたおにぎりを食べた。
お店の人が「中でどうぞ」と言ってくれたがテーブルの上はまだ片づけが済んでいない。
此処で休ませてくださいと断わり靴を脱いで裸足になった。
いつの間にか足まで蚊に刺された・・・
茶店
茶店のご主人の手が空いたのを見計らい琴弾神社へ行きたいのですが下まで戻らなければいけませんか?と尋ねるた。
「この裏山になってますから下まで行かなくても観音寺側の本堂と大師堂の間にある石段を登って行くと行けますがあの石段は急だからちょっと遠回りだけどこちらの緩い坂から登って行った方が楽ですよ。」と教えてくれた。
邪魔にならないところに荷物を置かせてもらってもいいですか?
「中に入れておきますからゆっくり行ってきなさい。頂上の展望台から砂絵が綺麗に見えます。」
それではお願いします。

貴重を入れたカバンを掛けペットボトルの水を持って12時35分、裏山へ登った。



財田川を渡る
10月16日  


             マルヨシセンター → 69番 石柱

                  4.2km 1時間



標識。
←観音寺駅 観音寺市役所 2km

11:00
11:00
商店街の日陰のブロックで5分休憩。

11:35
11:35
財田川を渡る。

11:45
11:45
財田川に架かる三架橋まで来ると対岸に幟と鳥居が見えてきた。
暑さも肩の痛みも忘れ気持ちがワクワクしてきた。
財田川に架かる三架橋
財田川越しの琴弾八幡宮。
財田川越しの琴弾八幡宮
横断歩道を渡る。
11:47
琴弾神社の鳥居の前の小さな橋を渡る。
橋を渡る
川の中に石を囲むように注連縄が張られている。
何だろうー?
堀
鳥居の写真を撮り神社の境内の横の川に沿った細い道を行くと左が辻塀となっていて中は墓地になっていた。

琴弾八幡宮鳥居。
琴弾八幡宮
辻塀の角に六十九番札所と刻まれた石柱がたっていた。

11:50
11:50 



観音寺市
10月16日  


                 67番 大興寺 → 観音寺市マルヨシセンター

                       4.5km 1時間55分



大興寺仁王門出て小さな橋を渡り田圃の間の揺る坂道を上り国道377号線へ向かう。
坂道の途中に大きなため池があった。

5分ほどで広い車道、国道377号に出た。
出た所に石標と側のカードレールに「← 左へ」の標識があったのでここから左の坂道を行く。

8:42
8:42
畑を見ながら坂道を上って行ったがなんか変な感じがしてきた。
小学校が目印と納経所の人も言ってたけど左手には畑が続いている。
随分上ってきたのだから豊田小学校が見えてきてもいいはずなのにそれらしい建物は見えてこない。
道を聞こうにも人の姿も車も民家も見当たらない。

左への標識「←」が出ていたのだから道を間違えてはいないはずなのだが・・。
20分くらい坂道を上って行くと目の前に「←67番 大興寺」の案内標識!
なんでー!?
案内標識の手前に「民宿おおひら」の看板。。
ってことは・・私は大興寺を一周りしてきたの!?
え~っ!どうしてー?
いったいどこで間違えたのだろう?

カバンから地図を取り出し見ていると坂道を自転車に乗ったおじさんがやってきた。
すみません~。
「ごくろうさま。そこを行くと大興寺だよ。」
いえ、私、大興寺から来たんです。68番へ行きたいのですが道を間違えたようなんです・・・
「観音寺かね?それじゃ方向が違うよ。」
大興寺で道を教えてもらったのですがどこで間違えたのか・・ここは何処ですか?
地図を見てもらった。
おじさん、地図を見ながら首を傾げている。

「そこが大興寺だろう。。。こっちじゃなくて反対方向に来ているのだからとにかく引き返し、しばらく行くと国道に出るからね。国道、大きな道路のところまで戻ったら変則的な三叉路があるからそこを左に曲がるとこの道だよ。」
地図の上を指でなぞりながら説明してくれた。
「大きな道路へ出て三叉路を左だよ。それじゃ気をつけて。」
ありがとうございました。

汗を流しながら来た道を引き返した。。。
大興寺から377号線に出たところまで戻ると電柱とガードレールに遍路マークが付いている。
なんで見落としていたのだろう・・
377号線を渡った先に遍路マークがあったのに左と思い込んでいたため遍路マークが全く目に入らなかったのだ。
国道に出たとき手前にあったガードレールの標識は67番への標識で68番へは国道を渡った先に出ていたのだ。。。よく見ればわかるはずなのに・・・
40分のロス(^_^;)

9:20
9:20
田圃や畑と民家の間の遍路道。
9:30
9:30
民家の軒先の日陰になっているところにベンチが置いてあった。
お断りしょうにも人の姿は見当たらない。
ビニール袋を広げザックを降ろし裸足になって10分休ませて貰った。

9:40
9:40
やがて左手に豊田小学校が見えてきた。
小学校、大通寺を通って池之尻の交差点に出た。

10:00
10:00
国道6号線に出て高松自動車道を潜ると観音寺市街。
標識の先にマルヨシセンターの看板が見えてきた。

「↑6号線 観音寺市街 ←松山 11号線 →高松」
10:25
10:25
マルヨシセンターの中は冷房が効いて一瞬にして汗が引いていく。
入って直ぐのところにベンチが置いてあったのでザックを降ろしトイレを借りる。

マルヨシセンターで休憩。
10:35
10:35
トイレから出て自販機で冷たい水を買って靴を脱いで裸足になった。
買い物客が出入りしてるが人の目も気にならなくなっていた。

10:55
10:55
20分休んで68番へ向かう。





67番 大興寺
10月16日  


               小松尾山 不動光院(こまつおざん ふどうこういん) 大興寺

弘法大師を祀る真言宗の大師堂と、天台宗の天台大師堂が同じ寺に共存している珍しい札所。
寺の周りは小松尾山の緑地環境保全地域となっており広葉樹に覆われた参道は、「史跡と健康の道」とうたわれる遊歩道の一部になっている。



7:37
94段の石段を上り本堂、大師堂、鐘楼へ。
7:37
樹高20m、胸高の幹周りは4m、樹齢1200年以上。
弘法大師のお手植えとも伝わり県の記念物に指定されているカヤの木。
カヤの木
本堂前のベンチにザックを降ろし線香ロウソク、納経帖を出してカバンに入れる。

お参りの前に鐘楼の写真を撮っていると地元のおじさんが側が来られたので挨拶をすると
「此処を見てご覧、珍しい文字があるから。」と鐘の一部を指差した。
鐘楼
写真でははっきりわからないけど「熊野」と言う文字が刻んでいる。
熊野って熊野神社のことですか?
「そうなんだよ。熊野神社なんだよ。讃岐に熊野神社とは変だろう?何故だと思うね?」
変ですよね・・何故なんですか?
私の質問には答えてくれず、おじさんは語りだす。
「この鐘は戦争のとき大砲鋳造のため召し上げられたけど終戦になって返還され研磨、修復して此処に移されたんだ。この町の指定文化財になって大変貴重なものだよ。
ここは第52代嵯峨天皇の勅願により弘法大師が熊野三所権現鎮座の霊場として創建された由緒正しい寺なんだよ。この奥に熊野三所権現があるから案内してあげよう。」

あのぉ。。お参りをしてからでもいいですか?
「それじゃ私はここで待っているからお参りを済ませてきなさい。」
はい、それでは。

思ったより早くに着いたのでゆっくり休んでいこうと思っていたが寺の由緒など聞けるのは滅多にないこと。
地元のおじさん、ザックを置いたベンチに座って行ってきなさいと言っている。
鐘楼
三枯の松。
2年前、此処に来たときに頂いて行った三枯の松、今も私のお財布の中に入っている。
お金が貯まるって聞いたけど・・・
三枯の松
本堂に向かって左に弘法大師を祀る大師堂。右に天台大師堂。

本堂。
本堂
弘法大師堂。
大師堂
おじさんを待てせてもいけないと思い納経所へは後にしてベンチに座ってるおじさんのところへ戻った。

着いておいで、とスタスタと歩いて行くおじさんの後ろから大師堂の裏手に行く。
石段を上って行ったところにある鳥居と石灯籠。
熊野神社鳥居
「熊野神社は知ってるね?そもそも熊野三山は熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社からなり、それぞれの神社が祀る神の神霊の総称が熊野神、熊野権現と言うのだ。
それを熊野三所 権現とも言い熊野三山に祀られるほかの神々も含めて熊野十二所権現とも言っている。
熊野三山とは紀伊半島南部の熊野にある本宮・新宮・那智の3つの聖地をまとめていう場合の総称のことだよ。
本宮とは熊野本宮大社のことで和歌山県東牟婁郡本宮町に鎮座し、主神は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)。
新宮とは熊野速玉大社のことで和歌山県新宮市に鎮座し、主神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)。
那智は熊野那智大社、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に鎮座し、主神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)と言う。
先も言ったが弘仁13年に嵯峨天皇の勅命により弘法大師が熊野三所権現鎮守の霊場として開創したのが始まりなんじゃ。
鎮守社であるが、この熊野社のおかげで此処は札所になったという説もあるくらいなのに地元で住んでいても今の此処の住職すら知らないのだから情けないことだよ。」

おじさんの語ってくれたことをメモるのに背一杯・・(^_^;)
歴史の勉強やり直し・・・私には難し過ぎた…

熊野三所権現。
熊野三所権現
熊野三所権現。
熊野三所権現
石灯籠に熊野神社の文字。
石灯籠
先代の住職は立派な人で寺の歴史や謂れをよく知っておられたが今の住職はそういうことには無頓着。
とても大切なことなのにこんなことではいずれ観光客相手のただの寺になってしまう。
おじさんはそんなようなことを言っていた。
納経所へ行ってきますと言うと、それじゃ私はここで。と言っておじさんは境内に戻って行った。

本堂の中にある納経所へ御朱印を頂きに行くと納経所の人が笑っていた。
私がおじさんと一緒にいたのを見ていた様子。
笑いながら「捕まっちゃいましたね。あのおじさん、お遍路さんを気に入ったのね。毎日来ては誰彼となく語って聞かせているの。寺の悪口も言ってたでしょう (笑)」
いぇ・・そんなことありません。。
あのぉ、68番への道を教えいただけますか?

「下の駐車場へ出て橋を渡って真っ直ぐ行くと国道377号に出るからそこを左。そのまま道なりに進んで行くと国道6号線に出ます、後は真っ直ぐ。左手に小学校が見えるからそれを目印にして行ったらいいですよ。あ~これをどうぞ。」
納経帖と一緒にお菓子の入った袋を頂いた。
ありがとうございました。

先の語り部おじさん、此処では有名人のようだ。
納経所
時計を見ると着いてから1時間、経っていた。
8時40分、大興寺出発。
8:40

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