アランと一緒に四国遍路。

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内子町・八日市・護国の町並み
3月28日


           内子町・八日市・護国の町並み

NIKKEIプラス1(日経新聞)「散策したい蔵の街並み」(2006年9月23日)で西日本3位に選ばれた内子の町並み。

大村家住宅(重要文化財)、本芳我家住宅(重要文化財)、内部見学可能な上芳我邸(重要文化財)など、90軒にも及ぶ町家群の集まる通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

内子は古くから交通の要衝であり木蝋(蝋燭)や和紙の生産で栄えた。
旧街道沿いの八日町・護国地区には、江戸末期から明治・大正時代にかけて建てられた豪壮な商家・民家・土蔵などの建物が軒を連ね当時をしのぶ景観が約600mにわたり残されている。
 
 
【商いと暮らしの博物館】
視線を感じ振り向くとお店の中に人の姿。
近づいてみると。。。     
内子町並み

大正時代の薬屋。
番頭と丁稚はリアルなお人形でした。。。

明治の薬商「佐野薬局」の建物と敷地を内子町が買い取って、大正10年頃の商家の暮らしを再現、公開している。
帳場の主人の後ろのガラス戸棚には様々な薬ビン、養命酒や、赤玉ポートワインもある。
内子町並み

内子町並み

内子町並み

通りに沿って趣のある重厚な建物が並び当時木蝋(もくろう)の生産で財を成した豪邸が残っており、製蝋町の面影を残す町並みには浅黄色と白漆喰で塗り込まれた重厚な外壁が特徴の土蔵や、なまこ壁に出格子のある建物が続き漆喰彫刻や虫籠窓など一軒一軒が独自の工夫を凝らしている。
内子町並み

内子町並み

内子町並み

内子町並み

伊予銀行内子支店。
内子町並み

内子町並み




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内子座
3月28日

             内子座


大正5年(1916年)大正天皇の即位を記念して、内子町の有志によって建てられた本格的な歌舞伎劇場。
瓦葺き入母屋造りの建物は、現存する木造芝居小屋としては県下最古のもの。
ホールとして活用後、老朽化のために取り壊されるところ町民の熱意で復元。
昭和60年(1985年)に改修され劇場(芝居小屋)として再出発。
現在では年間7万余人が見学し、1万6000余人が劇場活用。
約650人で劇場は一杯となる。


内子座・八日市・護国の町並み・道標。

内子は、古くから交通の要衝であり、木蝋(蝋燭)や和紙の生産で大いに栄えた。
内子道標

左の小路へ曲がったところに内子座。
内子座

内子座正面。
内子座

左・料金所。

開場時間:午前9時~午後4時30分
休場日:  年末年始5日間(12.29~1.2)
入場料:  大人 300円 小人 150円
(格安セット券有。20名以上団体割引)
内子座

木戸口。
内子座

回り舞台。
舞台中央を円形に刳り抜き回転させることのできる舞台。
場面の推移や変化する場面の対象を高める効果がある。

1階の枡席と舞台。
1階平席を方形に仕切った見物席。
かつては枡単位で売られていた。
内子座

花道。
舞台から吹き出て客席を貫通した通路。
客と役者が最も近づき交流できる場であり歌舞伎劇場の特色を最も表している機構。

記念撮影用のはっぴが用意されている。
内子座

すっぽん。
花道の七三の位置にある切穴のこと。
忍術使いや妖怪のたぐいがこの穴からせり上がる。
内子座

検察台。
内子座

シテ柱。
内子座

奈落入口。
急勾配の階段を降り石積みで築かれた地下通路に大掛かりな木造の装置。
内子座

奈落。
舞台や花道の床下の総称。

1階観客席と舞台の下に広がる地下。
内子座

回り舞台装置。
昔は人力で回り舞台を動かす仕掛けがあった。
内子座

二階には当時の文献や資料、道具が展示されている。

大向。
観客席の2階正面にある低料金の客席。
常連や劇通が多いので、「大向をうならせる」というと、芝居が上出来のことをいう。。
内子座





内子へ
3月28日
 
           五十崎から内子

            3km 50分



8:40
国道から左、遍路道へ降りて行く。
8:40

8:50
追い越された覚えもないのにいつの間にか前を歩くお遍路さんの後姿。
Yショップでトイレに入ってる時、追い越して行かれたんだろうね。

農道のような道を歩いて行くとウグイスの鳴き声や水田のカエルの声が聞こえてくる。
遍路道は昨夜の雨で道が所々ぬかるんでいたが、草や土の感触がとても気持ちがいい。
8:50

野球場、内子運動公園の手前に大きな池(?)があった。
9:13 集落の池

昨日、Uおじいさんからお接待で頂いたタマゴボーロをザックのポケットから取り出し白鳥に投げてやる。

タマゴボーロを投げると白鳥、黒鳥、鴨が寄ってきた。
大きな鯉の姿も沢山見えた。
集落の池 白鳥黒鳥

白鳥と黒鳥はネットで仕切られている。
仲が悪いのかー?

家から20分くらいのところにある鳥屋野潟公園の潟にも毎年白鳥が飛来し、春になるとまた飛び立って行く。
白鳥は見慣れているけど黒鳥を見たのは始めて。
綺麗な羽の色だった。

此処の白鳥たちは飛んで行かないのだろうか。。。
飛べないように羽を切られているのだろうか。。。
9:20 集落の池

白鳥の池から10分ほど、運動公園を過ぎて橋を渡る。
橋の両側に見事な桜並木。
前を歩いていたおじさんお遍路さんが写真を撮っていた。
9:30

9:33
”ようこそ内子へ”の散策マップ。
9:33 内子町




大洲プラザホテルから五十崎Yショップ
3月28日

    
        大洲プラザホテルから五十崎(いかざき)Yショップ

            7.4km 1時間50分



5時に目覚まし。
洗面トイレを済ませ身支度。

6時少し前、ホテル出発。
5:55
5:55 大洲プラザホテル

大洲プラザホテル。
大洲プラザホテル

6:06
R56号沿い、十夜ヶ橋永徳寺前。
車道を渡り本堂にお参り。
6:06 十夜が橋永徳寺

6:10 十夜が橋永徳寺

十夜が橋

6:43
新谷郵便局前。
R56号から松山自動車道を潜り左の遍路道へ入る。
6:43 新谷郵便局

6:50
朝靄の中、遠くの景色が霞んでいる。
右にR56号を見ながら東へ進む。
6:50

6:53
ホテルから1時間、肩が痛くなってきた頃、お米屋さんの店の休憩所があった。
ベンチにザックを降ろし5分休憩。
6:53

7:05
新谷手前から北山までの遍路道。
真っ直ぐ進み遍路道から右の橋を渡り再びR56号へ。
7:05

7:35
内子町に入った。
7:35

7:44
国道を渡った先にYショップがあった。
車の途切れを待って急いで国道を渡る。
お店の前のベンチに荷物を降ろしトイレを借りる。
パンと温かい茶を買いベンチにビニール袋を広げ靴を脱ぎ裸足になり朝食休憩。
7:44 五十崎Yショップ

1時間近く休みYショップ8時40分出発。




番外札所・十夜が橋永徳寺
3月27日


        大洲プラザホテル→番外札所・十夜が橋永徳寺→大洲プラザホテル



16:05
R56号沿い。
ホテルから東へ5分くらい行くと赤い幟が見えてくる。
16:05 十夜が橋

コンクリートの橋を渡る。
十夜が橋

橋の下へ降りる石段。
十夜が橋

橋の下。
十夜が橋

横になったお大師さまが厚い布団の中に入って眠っている。
この布団をお借し、病人を寝かせると病気が治るといわれ代わりの布団が次々と大師に掛けられているそうです。
大師像の側にも真新しい布団がたたまれて置かれていました。
十夜が橋

横になっておられるお大師さま。
十夜が橋

水屋。
十夜が橋永徳寺水屋

本堂。
十夜が橋永徳寺本堂

大師堂。
十夜が橋永徳寺大師堂

納経所。
納経所

16:40
大洲プラザホテル。
16:40 大洲プラザホテル

ホテルに戻りフロントでキーを受け取り部屋に戻る。
お風呂に湯を張り本家とあーちゃんpapaに大洲のホテルに入ったと連絡。
その後、いけださんにおにぎりのお礼の電話を入れた。

おにぎりありがとうございました。
とっても美味しかったです。
お昼に鳥坂峠で頂きました。3時半過ぎに大洲に入いり今、ホテルに着きました。
「丁度、お赤飯を炊いたので○○さんに食べて頂こうお届けしたんです。
喜んでもらえて私も嬉しいですよ。飴など子供だましですけど疲れたときお口に入れてもらえばと思って。
いつかまたこちらにいらっしゃるときがありましたらお顔を見せてくださいね。どうぞ、お元気で。」
またお世話になりました。いろいろありがとうございました。
お目に掛かれなかったのが本当に残念ですがこの次は必ず会いに行きます。いけださんもお元気で。

お風呂に浸かり髪を洗う。
ドライヤーで髪を乾かし半袖Tシャッツに着替えた。
タオルや下着はお風呂で洗いハンガーに掛けて部屋干し。
暖房を入れたままにしておけば明日までに乾くはず。

携帯が鳴った。
電話に出ると、徳岡旅館からで明日、一人増えたので相部屋にしてもらいたいとのこと。

いつもはろうそく線香を入れてるポシェットに財布とキーを入れて1階へ行く。
1階奥の食事処で夕食。




大洲プラザホテル 1泊 ¥6,750
  (1泊¥7,500-・八十八ヶ所巡りのお遍路さん10%引きの料金)
            夕食 ¥1,350 

    卯之町松屋旅館→大洲プラザホテル   42,692歩





大洲プラザホテル
3月27日

      大洲城から大洲プラザホテル

        3.5km 1時間



15:52
肱川からの大洲城。
14:52 肱川からの大洲城

15:39
R56沿い、大洲プラザホテルの建物。
15:39 大洲プラザホテル

15:40
大洲プラザホテル到着。
15:40 大洲プラザホテル到着

大洲城から小さな商店街を抜け国道に出て左に曲がると直ぐに肱川。
歩いてる脇を車がビュンビュン走って行く。

40分ほど歩いて目印のローソン、その隣がホテル。
荷物は部屋の置いて行こくことにした。

フロントでェックインを済ませ、キーを受け取る。
ろうそく線香、納経帖を遍路カバンに入れ、十夜ヶ橋へ向かう。




大洲城
3月27日


            大洲城



宇和島のおじさんたちの車で送ってもらい15分ちょっと大洲城に到着。
駐車場で降り、お礼を言って高台のお城への坂道を登って行く。
風が少し強く肌寒かった。

14:16
大洲城。
見事な層塔型四層天守閣。
唐破風,千鳥破風,下見黒板張りと白壁の対比が美しい2004年に地元の方たちの熱意で復元された。
14:16 大洲城

復元された天守内部に天守の木組みが展示されている。
大洲城

復元天守の内部。
大洲城 

大洲城 

天守の建築ジオラマ。
重機もない時代、大変な工事だったでしょうね。
大洲城 

大洲城 

使用した木材は全て国産材。
城郭建築特有の迫力ある木組みが見もの。
大洲城 

肱川を見下ろす天守閣からの眺め。

屋根瓦には寒さに強い岐阜県産の瓦を使用。
大洲城天守は破風が多く屋根を葺くのが難しく天守4層にある丸みを帯びた唐破風は職人の腕の見せ所。
大洲城 

大洲城天守内の吹き抜け。

階段はかなりの急勾配。登るときより降りるときの方が恐い。
大洲城 

富山県井波町の宮大工と地元の大工さんたちの見事な共同作業。
職人さんたちが息を合わせ木組みを完成させた。
大洲城 

天守閣に取り付けられる鯱瓦(しゃちがわら)。

天守閣に鯱を載せるのは城主の威厳を示すため、美観を発揮するため、という他にも火災除けの意味もある。
大洲城 

復元前のところも残っていた。
大洲城 

大洲城 

14:45
大洲城から下ったところに公園。
大洲城 

大洲城観覧時間
午前9:00~午後5:00
休日
12月29日~31日
観覧料
大人 500円 子人 200円




足湯休憩
3月27日

       
        鳥坂峠日天社から大洲・臥龍の湯

             7.5km 1時間30分



鳥坂峠頂上、日天社で1時間近く昼休憩を取り11時15分出発。

日天社から急坂を下り遍路道は林道と合流。
林道の脇にはシイタケ栽培用の切り出された原木が積まれていた。

11:58
札掛大師堂。
無人で庭も堂宇も荒れていた。
11:58 札掛大師堂

札掛大師堂。
札掛大師堂

札掛大師堂。
札掛大師堂

12:22
札掛大師堂を過ぎて畑の中の急な遍路道をそのまま下る。
下りきると広い車道に出た。
地図に載っている遍路道を探したが見つからない。
そのまま舗装されたアスファルトの車道を進み松山自動車道路の下を潜り国道に出た。
広い駐車場とトイレ、東屋があった。
トイレに行き15分休憩。
12:22 R56休憩所

13:03
R56号、松山・内子方面へ進む。
13:03 R56

13:12
前方に松山自動車道路。
13:12 R56

西予市から大洲市に入った。

13:14
大洲北只局。
13:14 大洲北只局

国道56号と別れ、北只郵便局辺りから大洲市内に入る県道441号線を行く。

13:30
R441大洲市柚木。
国道は川に沿って走っているが裏道みたいな存在で交通量も少ない。
13:30 R441柚木

道は大きな川にぶつかり二又になる。
「梁瀬橋」を渡り道なりに行く。

少し行くと右側にトイレやベンチのある「亀山公園」。
桜の木の向こうに『おはなはん通り』 の道路案内標識。
13:38

うかいレストプラザ(乗船乗り場)の案内標識。

後で知ったけど大洲は鵜飼いでも知られていて期間中(6月1日~9月20日)たくさんの人が訪れるそうです。
大洲の鵜飼いは、昭和32年(1957年)に肱川で観光鵜飼が始まり屋形船に乗って川魚料理を味わいながら鵜飼いの様子を見学できる。
屋形船と併走する、かがり火に彩られた鵜船に乗った黒装束の鵜匠が数羽の鵜を巧みにあやつる手さばきを楽しめます。
大洲市は、城下町のたたずまいがそこかしこに残っており、「伊予の小京都」と呼ばれています。

貰ったパンフに書かれていた。
13:40

工事中の立て看板のところにいた誘導員のおじさんに
大洲城は此処からどのくらいですか?尋ねると
後ろの山を指差して丁度この裏手になるよと教えてくれた。
「あの角を曲がって坂を登って行くけど車でしか行ったことがないから歩いてどのくらい掛かるかわからないなぁ。。車で20分くらいだね。」
車で20分掛かるならかなりの距離だ。

車で20分と言われたらなんだか億劫になってきた。。。
誘導員のおじさんが、あそこに足湯があるから休んでいけば。と教えてくれた。
お城より足湯の方が魅力的。
誰でも入って良いのか尋ねると、中は温泉施設で有料だけど外の足湯はタダとのこと。
さっそく足湯に浸かりに行く。
13:42 臥龍

足湯のところに看板が立っている。
【足湯・おへんろ
ようこそ少彦名温泉大洲「臥龍の湯」へおこしくださいました。
このお湯は地元柚木が源泉の天然温泉です。
泉質は低張アルカリ性冷鉱泉です。
神経痛・筋肉痛・関節痛・皮膚病・婦人病・疲労回復等に適応すると言われております。
この風光明媚な大洲肱川沿いの「臥龍の湯」を存分におたのしみください】
足湯

とっても気持ちのいい足湯。
haruさんの足、パンパンになってます(^_^;)
足湯

足湯に使っているとタオルを肩に掛けたおじさん二人が浸かりに来られた。
「お遍路さんたち何処から?」

話の流れでおじさんたちが大洲城まで車で送ってくれることになった。
おじさんたち、宇和島の人で不動産関係の仕事をしていると名刺を頂いた。
「良い物件があったらいつでも電話頂戴。何処へでも飛んで行きますよ(笑)」

足湯から上がったら足がポカポカになってすっかり疲れも筋肉痛も取れた感じがした。

おじさん、後ろの座席を片付けお遍路二人さんを大洲城まで連れて行ってくれました。

14:00
14:00




鳥坂峠
3月27日

       鳥坂峠登り口から頂上日天社まで

          1.5km 50分



R56から下道に降り、畑にいたおばさんに聞いてようやく遍路道に入った。

R56、鳥坂トンネル。
9:35
9:35

9:45
9:45

9:48
9:48

10:55
薄暗い山林の中に入り、少しずつ爪先上がりになる。
9:55

10:00
10:00

10:05
10:05

10:13
10:13

10:15
10:15

鳥坂峠頂上。標高470m。
10:25

日天社

山林の中に東屋が見える。
中は蜘蛛の巣が掛かり埃まみれ不気味な雰囲気で側へも近寄れなかった。。
日天社

日天様、月天様は日本で一番古い神様。
日天社

ザックを降ろし、丁度いい感じの草むらにビニール袋を広げ靴を脱ぎ裸足になった。
少し早いが昼休憩。
おにぎりのラップを取ると佃煮やプチトマトも入っていた。





鳥坂峠手前
3月27日
      
          瀬戸集落から鳥坂峠手前

            3km 1時間



8:38
喫茶店から少し行くと庭先の池にアヒルが泳いでいた。
立ち止まってアヒルを眺め写真を撮っているとお家の中からおじいさんが出てこられた。

おはようございます。
可愛いアヒルですね。飛んで行ってしまわないんですか?
「おはよう。アヒルは飛ばないよ。前にカモもいたんだけど逃げて行ってしまった。これはわしにすっかり懐いて中々可愛いものだ。
お遍路さんは一人で歩いているのかね?何処からきんさったんだね?」
あ~カモは逃げちゃったんですか。。。
私、一人旅です。新潟から来ました。
「ほぉ、新潟とは遠くからご苦労さまだね。わしも若い頃、3回歩いて廻ったよ。ちょっと待っていなさい。」
8:38

納め札とビニール袋を持ってこられておじいさんが「お接待だよ」と渡してくれた。
納め札に住所と名前、年齢93歳と書かれていた。
ありがとうございます。私、○○です。
遍路カバンから納め札を取り出しおじいさいさんに渡した。
ビニール袋の中にタマゴボーロの小袋が一杯入っていた。

ありがとうございます。頂きます。
「今日は何処まで行くのかね?」
大洲です。今日は大洲に泊まり明日は内子です。
「そうか、今日は大洲までなのかね。一人では心細いときもあるだろうがいつもお大師様が見守っていてくださる。長い道中、気をつけて行きなさいよ。」
ありがとうございます。
おじいさんもお身体に気をつけお元気で。
8:40 93歳宇都宮さん

8:45
8:45

9:00
9:00

9:10
43番明石寺から10km地点。
9:10

地図に載っている喫茶信里村。
喫茶信里村

9:30
しばらく行くと犬の鳴き声が聞こえてきた。
車道から脇道に入ると犬舎の中に沢山の子犬がいた。
ブリーダーの犬舎なのだろうか。。。人気のないこんなところに沢山の子犬たち。。。
9:30

ワンコたち

しばらく犬舎の中の子犬を覗き写真を撮って犬舎から離れ車道に出た。

車道の先にトンネルが見える。
左に入る遍路道があったはずなのに見落としてきたようだ。



朝食休憩
3月27日

         卯之町町並み保存地区から瀬戸集落

             7km 1時間45分



6:38
上宇和駅を左に見て遍路道に入る。
R56沿いに宇和パークホテルの看板が見えた。
6:38

7:00
肩が痛くなってきた頃、閉まっているお店の前にベンチがあった。
ザックをベンチに降ろしビニール袋を敷いて靴を脱ぐ。
ベンチの側のポストを見ると坂戸の番地が書かれてた。
地図の坂戸集落のところに【休】マークを入れる
7:00 坂戸

いけださんから頂いた袋の中。
小豆赤飯のおにぎり、みかん、リポD、飴の小袋。

リポDを飲んでみかんを食べてるとお店の中からおじさんが出てきた。
おはようございます。休ませて貰っています。
「どうぞ、ゆっくり休んでいってください。」
おじさんがまたお店に戻り、ラップに何か包んで持って来てくれた。
「よかったら食べてください。」
ラップに包まれたおはぎが2個入っていた。
ありがとうございます。頂きます。

朝食はリポDとみかんとおはぎ2個。
おじさん、ご馳走さまでした。

25分休んで出発。
おにぎり

7:35
遍路道と国道が合流する加茂局の交差点。
国道沿いに看板が見えた宇和パークホテルに泊まったウォーキング会の人たち。

そのまま真っ直ぐ進もうとしている私に”こっち、こっちの道”と手を振って教えてくれた。
慌てて歩道を渡りウォーキング会の人たちの後を追う。
7:35 宇和加茂局

宇和加茂局。
宇和加茂局

7:48
7:48 R56

7:51
7:51

7:55
7:55

8:02
瀬戸集落から右へ遍路道。
国道と遍路道の交差点に営業中の喫茶店があった。
8:02 瀬戸

8:05
宿を出てから2回目の休憩。
8:05

喫茶店にてコーヒータイム。
休憩

喫茶店で30分休憩。
8:30出発。



朝の西予市卯之町の町並み保存地区
3月27日


        松屋旅館から朝の西予市卯之町の町並み保存地区風景。



6:07
6代目女将さんに見送られ松屋旅館出発。
6:07 松屋旅館6代目女将さん

松屋旅館。
松屋旅館表玄関

1軒1軒の表に花器や看板を町並みの美観を損なわないよう個性的な工夫を施されています。
西予市卯之町の町並み保存地区

喫茶店。
西予市卯之町の町並み保存地区

西予市卯之町の町並み保存地区

西予市卯之町の町並み保存地区

西予市卯之町の町並み保存地区

西予市卯之町の町並み保存地区

西予市卯之町の町並み保存地区

6:17
西予市卯之町の町並み保存地区

5時に目覚まし。
洗面トイレに部屋を出ると入り口に袋が置かれメモ紙が着いていた。

【昨夜、11時頃いけださんから○○さんに渡してくださいとお預かりしました。
お声を掛けたのですがお休みのようでしたのでこちらに置いておきます。松屋】

そう言えば昨夜、声を掛けられ寝ぼけながら返事をしてそこに置いてください、と言った覚えがある。
お店を閉めてからわざわざ届けてくださった。。。
中を見るとお赤飯のおにぎりとみかん、飴の小袋、リポDが入っていた。
また々お世話になってしまった。。。

身支度をして玄関に行くと女将さんが見送ってくださった。




巡り会い
卯之町で私は大事な用があった。
2006年の春、始めてのお遍路のとき卯之町にある 【めん処・いけだ】 さんに寄ったときのこと。

女将さんからコーヒーお菓子のお接待を受け、会長さんから別室に飾ってあるジャイアント馬場さんのチャンピオンベルトや着ていた洋服を見せて頂いた。
そのときの写真とお店に飾ってある雛人形、女将さんと一緒の写真を届けようと持ってきていた。

2年前の約束。
めん処・いけださんの女将さんと、
「いつか必ずいけださんに来ます。この次、私は一人で歩いて廻ります。」

出発前、いけださんの場所を地図で調べると国道29号線沿い、宇和署近くに載っている。
宿に着いたら写真を届けようと思っていたのだが腰を降ろしてしまったら…

中村さんにめん処いけださんまで歩いてどのくらいですか?と尋ねると「20分くらい」とのこと。
腰を降ろしてしまったらその「20分」が1時間の距離に感じてしまった…
これからお風呂に入り洗濯をし夕食が6時から。。
夕食を済ませてからではまた遅くなる。。。

困った顔をしている私に中村さんが訳を聞いてくれた。
実は。。。
私の話を聞き、
「私、帰り道にいけださんの前を通るのですよ。もし良かったらそのお写真、私がお届けしてきましょうか?」
と言ってくれた。
写真を送れば済むことなんですが私、女将さんにお会いして2年前のお礼が言いたかったんです。。
なのに此処まできて行けないなんて悔しいけど。。。
「そのお気持ちだけでいけださん、嬉しいと思いますよ。こうやってわざわざお写真を持ってきてくれて。そういうことが私たちには何よりの喜びで励みになるんですよ。」
中村さんにそう言って頂ければ私も気持ちが少し楽になります。
2年も過ぎてしまったけど、いけださんの近くまで来れて私も嬉しいです。
中村さんのお写真もまた2年後くらいにお届けに来ますね(笑)
「わぁ~嬉しいですね!何年でも待っています。きっとまたいらしてくださいね。」

此処まで来ていけださんにお会いしないのは本当に申し訳ないし悔しかったが20分を歩く気力がなくなってしまった今、中村さんに届けてもらうことにした。
納め札に住所、名前、携帯の番号を書き写真と一緒に封筒に入れ中村さんに渡した。
「確かにお預かりいたしました。」


寝る前に土佐清水のYさんに電話を入れた。
「haruさん~!何時こちらにいらしたの!?春のお遍路にそろそろいらっしゃる頃だと思っていたのよ。今はどちらなの?」
卯之町です。昨日、宇和島に入って今日から歩いています。
「え~昨日宇和島に入っていたの!それなら電話くだされば迎えに行ったのに。。」
宇和島に着いたのが遅かったんです。
「遅い時間だって構わないのに。それで今日からお遍路で廻っておられるのね。もうこっちには来れないの?」
明日は大洲へ向かいその次は内子へ入ります。
「だん々土佐清水から遠くになるのねぇ。。。内子はとてもいい町よ。町を散策など出来る時間はあるの?」
内子の町、私もゆっくり見てきたいと思ってます。急ぐ旅ではないからゆっくりのんびり歩いていきます。
「ゆっくりできるならこっちにも来てくれたら良いのに・・・でもharuさんには大事なお勤めがあるんですもの無理は言えないわよね。。。
それで何日くらいまでいられるの?帰る前にこっちには来れないのよね?」
新居浜辺りまでと予定してるんです。本当に土佐清水からどん々遠くなりますね (^_^;)
「ほんとに・・・どん々遠くなっていくわねぇ。。この前お遍路さんのテレビがあったのよ。もの凄い岩のあるお寺さんが出てたんだけど。。え~っと岩屋寺と言ったからし?」
そうです、岩屋寺です。内子の次の日に峠を越えて向かうんですよ。
「岩だらけのところにあるお寺でとても長い石段を登って行くんでしょう。危なくないの?気をつけてねharuさん。」
ありがとうございます。前にも行ってるし大丈夫ですよ。
「今回は新居浜まで行ってそれで帰ってしまうの?」
多分。。。来年の春、その後になるかもしれませんが必ずYさんに会いに行きます。お遍路抜きにして土佐清水に必ず行きます。
「本当に!?絶対よ。来年の春まで会えないなんて淋しいけど仕方がないわよね。必ずよ。約束よ。
何か困ったことがあったら何時でも連絡してね。何処へでも迎えに行くから。」
本当にありがとうございます。また連絡しますね。
「私もまた電話してもいい?声だけでも聞きたいの。」
Yさんのおられる四国にいると思うと元気百倍!Yさんと同じ四国にいると思っただけで勇気が沸いてくるんですよ。

いつか必ず土佐清水に行くと約束して電話を切った。
Yさんは、いつかじゃなくて来年の春よ。と笑ってくれた。

電話を切ると待っていたように携帯が鳴った。

「○○さんですか?私、いけだですけど。。先ほど松屋旅館さんの人からお写真届けていただきました。」
あ~!いけださん!!
新潟の○○です。2年前、いけださんにとても親切にして頂いてありがとうございました。
会長さんにも大切な品々を見せて頂きました。あのときのお写真、届けるつもりで持ってきたんですが松屋さんに着いたら動けなくなっちゃって。。。
松屋さんの方が帰りに届けてくださると言ってくれたのでお願いしたんです。
お会いしてお礼を言いたかったのですが行けなくて本当にすみません。
「いえいえ、とんでもない。お礼だなんて何もしていません。こちらこそご丁寧にお写真をありがとうございました。
お礼を言うのはこちらの方です。お写真とっても嬉しかったです。ありがとうございました。」
本当にお届けできなくてすみません。
いけださんとのお約束、2年掛かりました。
「約束?」
はい。2年前、いけださんにこの次は歩き遍路でって約束しました。
2006年の秋に徳島の1番から毎年春と秋に四国に入り2年掛かって此処まで来ました。
会長さんはお変わりありませんか?お元気ですか?

「おかげさまで元気にしています。相変わらずお遍路さんにガラクタを見せては喜んでますよ(笑)
お店にね、2年前と同じ雛人形を飾ってるんですよ。
父にお写真を見せたらとっても喜んでいました。そうですか。。○○さん、あれからお一人で廻っておられるんですねぇ。
お体は辛くありませんか?足は大丈夫ですか?
私たちの代わりにお参りしてくださってるお遍路さんにいつも感謝しているんです。
ほんの少し、お遍路さんのお手伝いやお世話をさせて頂くことが私たちの感謝の気持ちなんです。
○○さんが2年も前のお写真を持ってきてくださったこと、本当に嬉かったです。
もうお休みだったんでしょう?お疲れなのに起してしまってごめんなさいね。
どうぞ、お身体に気をつけ善いお遍路をなさってください。
またこちらにいらっしゃるとき、お時間があったら寄ってくださいね。またお会いできることを楽しみにしています。」



本当に嬉しかった。
いけださんに会いに行きお話しをしていたらきっと私は泣いていただろう。

出会いの縁。
いけださんに会った2006年春、あの時にお遍路に出るきっかけの一つを頂いた。
一つ一つの出会い、それには大きな意味があり理があるということ。
出会いの縁に巡り会うために決められたいた四国遍路。
目には見えない大きな力、天の采配によってこの地に導かれ、大切な人と巡り会うために。


2年前、Oさんが語ってくれた言葉を思い出していた。。

いつもね、私たちは誰かに守られているんよ。
ここではね、会いたい人を想っていると、それがちゃんと通じるき。
心が会いたい人の元へ行くきに。


松屋旅館
3月26日

        
             卯之町 松屋旅館

西予市卯之町の閑静な中町にある「松屋旅館」は江戸時代末期から約240年、6代目を数え犬養毅を始めとして数多くの政治家・文人が投宿した由緒ある老舗旅館。



卯之町のしっとりと落ち着いた町並を散策後、松屋旅館に到着。
入ったところは裏玄関。
荷物を表玄関脇のロビーに置いて表玄関、中庭を見せてもらう。

16:30
松屋旅館裏玄関。
16:30 松屋旅館裏玄関

松屋旅館の表通り。
松屋旅館表通り

松屋旅館表通り

表玄関脇に松屋旅館名物、江戸末期より約250年近く先祖代々受け継がれてきたという「ぬか床」で作った漬物の看板。
この漬物を目当てに遠方からわざわざ訪れる人も多いそうです。
漬物はオプションで事前に要予約。
松屋旅館漬物の看板

江戸時代から続くという老舗旅館(本館・別館は玄関が違います。)
(お遍路さんたちが泊まる部屋は普通は料金の安い別館。)

幕末から明治時代にかけては政治家など多くの有名人が泊まったという由緒ある旅館。
犬養毅、尾崎行雄の書や多くの俳人の書いた色紙、掛け物などが今も残っています。
本館の各部屋には訪れた偉人の書画俳句などが飾られ結婚式場や結婚披露宴場・会議場もあります。

伊達宇和島藩の駅路として栄えた卯之町中ノ町に旗亭(きてい)として始まった「松屋旅館」、当時そのままの姿の門構え。
長い歴史の間には多くの政治家・文人たちが投宿している。
松屋旅館正面

松屋旅館正面

中町に多い商家とは造りを異にし、緑の庭園が造られている。
宿の入り口に続く石畳の途中には苔むした灯籠(とうろう)や句碑が並び、しっとりとした雰囲気が漂う。
松屋旅館表玄関

松屋旅館中庭

松屋旅館中庭

松屋旅館中庭の井戸

松屋旅館中庭の井戸

玄関内に飾られている人力車。
結婚式の後、花婿花嫁さんは人力車に乗って。
観光客の人も規定の料金を払って人力車に乗ることも出来るそうです。
松屋旅館表玄関

泊まったお部屋。
松屋旅館

お部屋係りの美人で素敵な中村さん。
とても親切にしていただきました。
お世話になりました。
中村さん、ありがとうございました!
松屋旅館 中村さん

一緒に松屋旅館さんに着いた名古屋さんたちはお風呂に入ったので空いたら次に入ることにして先に洗濯。
一人旅の元気のいい女の人、何時頃着いたんですか?と聞くと
「あの人お友達だったんですね。3時頃着きましたよ。足を怪我してるので薬局の場所を聞いて帰りに町並を見学してきたと言ってましたよ。本当にお元気な人ですね(笑)夕食はみなさん一緒で良いですね。○○さんとご一緒に着かれたお二人と4人様で広間で6時に夕食です。」

名古屋さんたちの後、お風呂に入り髪を洗う。

部屋に戻り、本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡。
その後、明日の宿、M先達さんの言っていた大洲プラザホテルに予約を入れた。
ホテルから十夜ヶ橋まで5分くらいとのこと。

29日は久万高原のガーデンタイムが取れてるので28日予定の民宿喜樂苦に電話を入れた。
問題なく取れると思っていたのに、その日は満員と断られた・・・
地図で他はないか探す。。
喜樂苦に取れなければその先、久万高原までどうやって行くか・・・
大洲から45番まで約47km。歩けるわけがない・・・
仕方がない・・・ここしかない。。。
鴇田峠手前、徳岡旅館。ここだけは泊まりたくないと思っていたがどうしょうもない。
電話を入れた。
前の日はどこに泊まるか聞かれた。
大洲プラザホテルと答える。28日徳岡旅館に予約。

6時から夕食。
団体さんの他に2人、2人のおじさんグループが一緒だった。
名古屋さん、足の早い彼女、私の4人で同じテーブル。

食事が終わる頃、中村さんがこれからお届けしてきますねと言ってくれた。

夕食を済ませ乾燥機に入れた洗濯物を取りに行き部屋に戻る。
部屋には布団が敷かれていた。
洗濯物をたたみ明日の準備をして布団に入った。


松屋旅館
 1泊夕食付き。  ¥8,500-
 乾燥機使用    ¥100-

            宇和島オリエンタルホテル→卯之町 松屋旅館  42,435歩




卯之町
3月26日

          卯之町
           西予市卯之町の町並み保存地区

  1549(天文18)年、領主西園寺実充が移転した城下町が起源。
  画一的な地割りと白壁などが残っている。

宇和島と大洲を結ぶ宇和島街道の宿場町として栄えた当時の町並みが残り白壁の商家などが200mほど続く。
間口4間半(約8m)に整然と仕切られた町屋は奥に細長く、奥行きは約50m。
白壁や卯建(うだつ)、出格子、半蔀(はじとみ)のある家などが幕末から明治の面影を伝える。
一階から二階までがつながったような縦長の卯建が独特。
中町の宇和島街道沿いに町並みが残る妻入の民家が連なる風景が特に見事。
 


16:00 卯之町

宇和先哲記念館。
卯之町

卯之町

卯之町

卯之町

卯之町

卯之町

二宮敬作の住居跡と女医イネ発祥の地。

説明書
文政10年(1827)父ドイツ人シーボルト、母其扇(本名滝)の間に長崎で出生、天保11年(1840)14歳から5年間卯之町で二宮敬作の指導により日本初の女医が誕生した。
安政元年(1854)同3年再度来卯。
敬作から一般医学、宇和島藩出仕の村田蔵六から蘭学を学び、産科医に成長した。
後、上京し宮内省御用掛など大きな足跡を残し、明治36年(1903)76歳で世を去った。
卯之町

卯之町

高野長英の隠れ家。
開国主義を唱えて投獄された後、逃亡した高野長英が1849(嘉永2)年に身を潜めていた建物で、県指定の史跡。
長英が潜伏していた2階部分のみが残っている。
卯之町

卯之町

卯之町




43番 明石寺
3月26日

        
           43番 明石寺(めいせきじ)



仁王門。
左右が反り中央が膨らんだ唐破風造りの屋根。
明石寺仁王門

明石寺仁王門

明石寺仁王門

本堂・大師堂への石段。
本堂・大師堂への石段

鐘楼。
鐘楼

本堂。
本堂

大師堂。
大師堂

夫婦杉。
夫婦杉

延命地蔵堂。
延命地蔵堂

納経所。
納経所

参拝納経を済ませ宿へ向かう。
納経所から裏手の山へ登って行く。
15:40 遍路道

山の上には宇和文化の里・愛媛県歴史文化博物館がある。
遍路道

15:44
15:44

15:47
15:47




43番 明石寺へ
3月26日
       
           歯長地蔵堂休憩所から43番明石寺

             5.7km 1時間50分



13:20
肱川を渡ると遍路道標識。R29号と平行した遍路道へ進む。
13:20 

13:33
下川集落の道沿いに道引大師の堂。
13:33 道引大師

道引大師堂

後ろにも前にも人の姿がなかったのに突然横合いの道から随分先に歩いていたはずの名古屋さんたちが現れ驚いた。
「お昼食べてなかったでしょう。お腹が空いて国道に出て食事をしてきたんですよ。」
左手に見えてるR29号にはお店やコンビニの看板が立ち並んでいる。

私もお昼食べてないんですよ。。。
この先に食堂を兼ねてる民宿があるからそこで食べようと思ってるんです。
「あ~食堂があるんですか。こっちの道、何もないでしょう。トイレも行きたかったし国道へ出てきましたよ。ウナギを食べてきたんだけど何だか脂っこくてお腹の調子がおかしいの。その食堂でまたトイレを借りなくちゃ。。(笑)」

皆川集落に入ると駐在所の横が接待所になっており、お茶や菓子が置かれていた。
ベンチに地元のおじさんたち数人がタバコを吸いながら休んでいる。
お遍路さん休んでいきませんか~。
おじさんが声を掛けてくれたが前を歩く名古屋さんはスタスタ歩いて行く。
ありがとうございます。お礼を言って寄らずに行く。

皆川の集落を抜け、遍路道に合流し少し行くと民宿みやこの建物があった。
ようやく食事と思ったのもつかの間。。。閉まったシャッターに張紙。

【営業時間 4:00~
ご用の方は○○○に電話してください】
あちゃー。。。食事もトイレもありつけなかった・・・

後は明石寺に着くまで歩くしかなかった。

14:36
四十三番奥之院 番外霊場 白王権現 (はくおうごんげん)。
林の中、少し入ったところに壊れかかったような小さな祠が見えた。
14:36 第四十三番奥之院 白王権現

14:43
43番明石寺駐車場。
14:43 43番明石寺駐車場

15:08 遍路用品 常楽苑。
どうぞ休んでいってください、とお店の人がお茶とお饅頭をお接待してくれた。
名古屋さんたちと奥の小上がりに荷物を置かせてもらいトイレを借りる。
ろうそくと納め札が少なくなっているので補充。
15:10 常楽苑

3人揃って抹茶ソフトクリームを注文。
「お参りの前にアイスを食べたり休憩なんて罰が当たりますよね (笑)」
笑いながら名古屋さんが言っていたけど今は食べる方が先ですわ。。。(^_^;)



歯長峠
3月26日
    
        42番仏木寺から歯長峠地蔵休憩所

          4.9km 2時間40分



10:30
R31を西に進む。   
10:30 R31

10:40
仏木寺から1キロ弱、R31号から歯長峠への遍路道に入る標識があった。
10:40 歯長峠登り口

11:30
山道を登りつめると先ほど別れた県道に合流し車道をしばらく進む。

先に歩いて行った名古屋さんたちの姿が見え直ぐに追いついた。
「早いですね。。私たちが遅いのか(笑)」
さっきのお遍路さんと一緒だったんじゃないんですか?
「私たちが遅いからもう随分前に行きました。峠に入るところまで一緒に歩いてもらったんです。後から登ってきた男の人と女の人、足の早い人たちですよね。あっと言う間に追い越して行きましたよ。」
そうそう、あの二人でしょう。
すーごく足の早い人たちですよね。
いつの間にか後ろから登ってきたと思ったら本当にあっと言う間に追い越して行かれましたね。

やがて右手に石造りの階段があり、その上に休憩所があった。
階段を登ったところに休憩所。
「あ~休憩所ですよ。休んでいきましょう!」

石段を上って休憩所に行くと大勢の人たちが昼食をとりながら休憩中。
背負ったザックに県と名前が書かれている。
側に【全国ウォーキンググループ・空海の道を歩く】と書かれた幟がある。
ベンチに座っていた人がここ空きますよ~、と私たち3人のために席を空けてくれた。
名古屋さんたちと空けてくれたベンチに荷物と腰を降ろす。
急坂をグングン登ってあっと言う間に追いこして行った男女二人もベンチに休んでいた。

ウォーキンググループのリーダーの人が説明している。
「ここからが歯長峠への一番厳しい登り道となります。トイレに行く人は早めに行ってきてください。後5分で出発します~。」

どちらからですか?
ウォーキンググループの人が名古屋さんたちに聞いている。
私を一緒の連れだと思っている様子。
「私とこの人は名古屋です。こちらは新潟から。」
「新潟ですか?お一人で?」
はい。。
「私たち全国から現地集合で集まって一緒に歩いてるんです。一人で歩いてるなんて偉いですねぇ。」
それでザックに県と名前が書かれたゼッケンを着けているのか。
佐賀。京都。岡山。東京。熊本。。。いろいろな県の名前が書かれている。
「1日どのくらいの距離を歩くんですか?」
名古屋さんが一人の人に聞いている。
「1日30キロ。大体こんな距離ですね。」
「すごい~。。1日30キロなんて私たちには絶対無理ね(笑)」

「今、久万高原でラグビーの全国大会があって宿が何処も一杯なんですって。今日会ったお遍路さん、どこも満員でダメだったとか言ってたわ。あの人どうしたかしらねぇ。。」
ウォーキング会の人たちの話が聞こえた。

昼食の後片付けやトイレへ行ったりしてた人も集まりウォーキング会の人たちが支度を始めた。
名古屋さんが
「この先が厳しいんですよね。私たち、途中まででも着いていきます。」
そう言ってザックを背負い始め私に一緒に行かないか聞いた。
私、もう少し休んでゆっくり行きます。
「それじゃお先に行きますね。」

ウォーキング会の人たちの一番後ろに着いて名古屋さんたちが出発した。

ウォーキング会の人たちが言っていた久万高原の宿のことが気になった。
休憩所に残っていた男の人に尋ねた。
先、久万高原でラグビー大会で宿が取れないとか言ってましたよね?
「そうそう、毎年この時期にラグビーの全国大会が久万高原であるんですよ。知ってるお遍路さんたちはこの時期は外しますよ。たしか29日辺りだったんじゃないかな。」

。。。予定では29日に久万高原。。。そう言えばそんな話、お遍路サイトに載っていたのを見た覚えがある。
明日の宿より、29日久万高原の宿を確保しなければ。

メモってある久万高原の宿に電話を入れた。
ガーデンタイム。
運良く29日、予約が取れた。

11:52 休憩所出発。
11:52休憩所

11:58
急坂に鎖が設置されていた。
何度も立ち止まり息を整いては鎖を握り登っていく。
11:58 鎖場

12:12
番外霊場 送迎庵 見送り大師 (そうげいあん みおくりだいし)。
お堂のなかの石仏 。
12:12 送迎庵 見送り大師

12:16
H480.歯長峠頂上。
頂上に先に登って行った男女二人が荷物を降ろし休んで待っていてくれた。
私、足が遅いから先に行ってくださいね。
12:16 歯長峠頂上

歯長峠

12:27
ここから下り道。
12:27 

急坂を転がるように降りた。
12:40

13:00
R31号線との再合流点。

下り坂でなんとか二人の後姿が見えるところまで追いついたが気力も体力もここまで。
私、此処で休んでいきます。。。
先に行ってください。
「それじゃお先に行きます。」
13:00

13:05
歯長地蔵堂と休憩所が並んでいる。
13:05 歯長地蔵

ベンチに荷物を下し靴を脱いで休憩。
それにしてもお腹が空いた。。。
朝から口に入れたのは仏木寺でお接待で頂いたみかんと水だけ。
途中で昼食の調達をと思っていたのにコンビニもパン屋もなかった。
靴を履いて休憩所の道路を渡った向いにある自販機に行った。
リポDを買って一気飲み。
又休憩所の東屋に戻り地図を見る。
もう少し行くと食堂を兼ねた民宿みやこがある。
昨年春、此処に泊まったのりこさんが料理は美味しく親切な民宿だったと言っていた。
ここに行けば食事にありつくはず。

15分休み13:20休憩所出発。
休憩所




42番 仏木寺
3月26日
        
         42番 仏木寺

            3km 35分。



8:46
石段を降り駐車場脇のトイレに寄る。
トイレ、駐車場の脇を通り抜け龍光寺の裏山を越え墓地を抜けて行く遍路道。
鬱蒼とした山林の中を登る。

トイレから出てきた二人連れの女性がそのまま駐車場を出てまた仁王門の方へ行こうとしていた。
あのぉ。。遍路道、あの道へ行きますよ。
山の方へ続く道を指差して教えてあげる。
「あ~。。こんなところに遍路道があるんですね。全々気が着きませんでした。ありがとうございます。それではお先に。」
仁王門から出てそのまま県道の道を行くと少し遠回りなる。
遍路道に気が着かずR31号を行く人が多いのかもしれない。
8:46 42番への遍路道

9:26
10分ちょっとで山を越え国道31号に下り着く。この車道を3kmほど行くと42番佛木寺。
駐車場で遍路道を教えた女性の二人連れが歩いていた。
前を歩く人は元気な足取りなのだがもう一人の人は疲れた歩き方で前に歩いてる人からだん々遅くなっている。
追い越そうかどうしょうかしばらく迷ったがあまりにも遅い歩きなのでお先に、と声を掛け追い越し先に出る。

先に歩いて人が後ろからゆっくり歩いてくる連れの人を気遣うように何度も立ち止まって待っている。
お先に、と声を掛ける。
「あの人、足が遅いでしょう。時々待っててやらないと中々来ないのよ。」
と笑いながら言っていた。

昨年春、雪渓寺で別れた京都の二人連れさんを思い出す。
同級生で未亡人、仲の良い二人連れさんに重なる。
9:26 R31

9:27
仏木寺仁王門。
9:27 42番仏木寺仁王門

仁王門

仁王門

水屋。
水屋

境内と本堂。
境内と本堂

本堂。
本堂

大師堂。
大師堂

家畜堂。
角の折れた牛の置物や犬、猫、鶏などの置物ぬいぐるみが沢山奉納されている。
家畜堂

家畜堂

家畜慰霊碑。
家畜慰霊碑

参拝納経を済ませ納経所前のベンチで荷物を降ろし休んでいると遅れて着いた二人連れさんが隣に座った。
そのうちバスツアーの団体さんが到着し境内は混んできた。

「混んできましたね。下に休憩所がありましたよね。そこでちょっと休みませんか?」
お寺からのお接待で頂いたみかんを持ち団体さんに席を譲り二人連れさんと一緒に荷物を担ぎ下の東屋へ移動する。

3人代わりばんこにトイレに行き、みかんを食べながら休憩。
元気な歩きの人が殆ど話掛けもう一人の人は静かに聞いている。

「通しですか?私たちは区切りで廻ってるんです。今日のお宿はどちらですか?」
私も区切りです。毎年春と秋に歩かせてもらっています。
今日は43番まで。卯之町の松屋旅館に予約してます。
宿は昨夜ホテルに着いて直ぐに予約を入れている。

「あ~私たちも松屋旅館ですよ~。毎年春と秋に来られるなんて良いですね。お近くなんですか?」
いえ、近くだったらどんなに良いか。。。
新潟なんです。四国に入るのに1日掛りなんですよ。
「新潟からですか。遠いですよね。私たちは名古屋なんですけど名古屋からも四国に入るのに1日掛かるんですよ。今回は43番を打って明日帰るんです。」
明日、お帰りなんですか。
何日目ですか?
「今日で4日目(笑)いつも3日か4日で帰ってるんです。此処まで来るのに9年掛かりましたよ(笑)」
9年ですか。。。
「春と秋、毎年来られるなんて本当に幸せですね。何日くらい廻られるんですか?」
大体2週間前後。移動で1日潰れるから廻れるのは10日から11日、長くても12日なんです。」
「2週間もですか。羨ましいですね。私たち中々一緒に時間が取れないしこの次は何時になるか全々わからないし決まってもいないの。お金も掛かるしね(笑)でも、それだけ長く四国を楽しめるって思ってます。」

15分ほど休み名古屋さんたちは支度を始めた。
「この人足が遅いからお先に出発しますね。それじゃまた。」
道路を渡ったお店の前に自販機がある。
喉が乾き水が欲しかった。
一緒に道路を渡り自販機の前で左の道へ行く名古屋さんたちを見送った。

10:10 門前の休憩所。
休憩所

名古屋さんたちの後姿を見送っていると元気のいいおじさんお遍路さんに声を掛けられた。
「歯長峠はこっちだけどあの人たち何処か寄って行くのかな?」
お店の角、二股に別れたところに【←歯長峠】の案内標識が出ている。
歯長峠、此処から行くんですよね?
「うーん。。此処からでも行けるんだろうけど遠回りだよ。この道真っ直ぐ行くと左に入る歯長峠の案内が出てるんだけどね。」
え~そうなんですか。

名古屋さんたちを大声で呼ぶ。
こっちの道だそうです~!
声に気が着き立ち止まった名古屋さんたちが戻ってきた。

「歯長峠、こっちに矢印が出てるんですよね。。」
ここからだと遠回りだそうですよ。
途中まで一緒に歩いてもらったら?
「そうしてくれますか?呼んでくれてありがとう。助かりました。」
それじゃ気をつけて。

「この県道を真っ直ぐ進むと左に歯長峠の矢印が出ているから見落とさないで歩いてきなさい。」
東屋に戻り、地図を出して見ると途中でR31から入る遍路道がちゃんと載っていた。

冷たい水を飲みながらあーちゃんpapaに今日の予定をメールで送り10:25休憩所出発。




41番 龍光寺
3月26日
     
         41番 龍光寺



8:08 稲荷神社鳥居。
8:08

石段を登りつめたところに稲荷神社がある。
三間稲荷神社

鐘楼の前のベンチに荷物を降ろす。
鐘楼

神社へ上る石段の下に南予七福神が鎮座している。
南予七福神

神社へ先にお参りに行く。

四国霊場の総鎮守として安置していた稲荷大明神だが明治初期の神仏仏離令により旧本堂は稲荷神社の社殿となり新たに本堂が建てられ十一面観音菩薩が本尊となった。
稲荷大明神は氏神となって本尊とともに本堂内に合祀されている。
神社への石段

龍光寺本堂。
本堂

本堂。
本堂

大師堂。
大師堂

参拝納経を済まお線香ろうそく納経帖をザックに詰め直しているとM先達さんに今日の宿を聞かれた。
「今日は43番までで宿は松屋旅館かい?」
そうです。松屋旅館さんです。
「松屋旅館は老舗の良い宿だよ。明日は何処まで行くんだい?宿は決まってるのかい?」
明日は大洲までです。歩き始めだからゆっくり行きます。宿は未だ決めてないんですけど名前がいいから”ふるさと旅館"に泊まろうかと思ってるんです。
「ふるさと旅館かぁ。。あそこは女性一人旅の人には薦められないなぁ。前に一度泊まったことがあるけど工事関係の人が多くて食事のとき酒を飲んで騒いでいて閉口したよ。大洲に泊まるなら国道沿いに大きなホテルがある、あそこなら予約しなくても飛び込みでも大丈夫だよ。その方がいいと思うよ。」
そうなんですか。。未だ予約してないからそうします。
Mさんは、どちらまでですか?
「今日は内子までだ。大洲の次は喜樂苦に泊まるのかい?」
その予定です。
「大体の予定が決まってるなら宿は早めに予約しておいた方がいいよ。。私は泊まる宿は殆ど決まってるし毎年同じ宿に泊まってるから少しくらいの無理も利くけど内子を過ぎると宿が少ないからね。」
ありがとうございます。早めに予約入れます。

M先達さんに教えてもらい宿のことが心配になってきた。
松屋旅館に着いたら一番に宿の手配をしなくては。

龍光寺で待っていてくれたM先達さんとここでお別れ。
M先達さん





41番龍光寺へ
3月26日

  
       オリエンタルホテルから41番龍光寺へ

            8.5km  1時間10分     


 
5:53 ホテル出。

5時に目覚まし。身支度を整え2008年春遍路出発。
外の冷たい空気に身が引き締まる。     
5:53 ホテル出発

ホテルから直ぐに和霊神社の前、R56号へ出る。
鳥居の前で春遍路の無事を祈り手を合わせる。
5:55 和霊神社

6:09
和霊神社の前を通り国道を進む。
6:09

6:12
信号から右へ。R57、41番42番への標識。
6:12

ホテルを出て丁度1時間、トイレ付きの休憩所があった。
ベンチに荷物を降ろしフェンス後ろのトイレを借りる。
靴を脱いでベンチに腰を降ろす。
7:00 休憩

自販機で買った熱いお茶を飲んでるとお遍路さんの二人連れ。
おはようございます。声を掛けて顔を見て驚いた。
昨年春、日和佐の千羽ホテルで一緒になった先達Mおじさん!!
先達Mおじさんも私を見て驚いていた。

昨年春にお会いしたときの先達Mおじさん。
2007年3月30日

2007年4月3日
この後、2007年4月6日高知屋さんでも同宿になりました。

「おはよう。久し振りだね。昨夜は宇和島かい?」
はい、市内のホテルで今日から歩き始めです。
お会いするの1年ぶりですね。
「区切りだったね。昨年宇和島までだったのかい?今回はどこまでの予定なんだい?」
昨年の春は須崎まで行き、秋に須崎から40番まで打ち宇和島で帰ったんです。
今回は宇和島から新居浜辺りまで行きたいと思ってるんです。
足次第体調次第ですけど(笑)
「横峰寺辺りまで行けたらいいね。頑張ってよ。それじゃお先にね。」
あ~記念にお写真を一枚お願いします。

先達Mおじさんの手に公認先達の朱塗りの杖!
公認先達さんになっておられたんですね。

Mさんから金と赤い納め札を頂いた。
金札の後ろに達筆な綺麗な文字が並んでいた。

「人生に於ける道は
自分自身で切り開き
造りし道を歩くべき也
他人の造りし道を歩くは容易なれど
何処に危険あるやも知れず
己の造りし道を歩くべし」

7:07 再会

7:15 休憩所出発。
7:15

7:38 三間町。
7:38 三間町

7:40 務田(むでん)。
7:40 務田

7:48 R31左へ。
41番42番への案内標識。
7:48

8:00 龍光寺まで0.8km標識。
8:00

41番龍光寺へ案内石碑。
41番 案内石碑

8:07 龍光寺、三間神社の鳥居が見えてきた。
8:07 41番龍光寺




宇和島へ
3月25日


       宇和島へ



伊丹空港着が予定より遅れた。
伊丹から乗った空港バスもマルビル経由で時間が掛かりハービスに着いたのは12時過ぎ。
ハービス発12:30の高速バスにギリギリ間に合った。
宇和島までのチケットを買いバスに乗ると座席は殆ど塞がっていた。
チケットの座席番号は一番後ろの真ん中の席。

予定ではハービスで昼食を食べても充分なはずだったのに。。。
朝、空港で焼きサンドを食べたっきり。
バス休憩のSAで何か軽いものでも買って食べようかと思ったが両隣に人が座ってる。
隣の人を気にしながら一人パクパク食べるのも気が進まない。
宇和島に着くまでガマンだね。

1回目の休憩、淡路SA。
2回目の休憩は昨年秋と同じ石鎚ハイウェイオアシス。
懐かしい風景。。

宇和島に着いたら美味しいジャコ天を食べよう。
バスセンター到着予定19:53。
ホテルまで8分くらいかな。
冷たい茶を飲みながらアツアツのジャコ天を思い出していた。

16:45 石鎚ハイウェイオアシス。
14:45 石鎚SA

売店の脇、休憩所隣の桜。
石鎚SAの桜

バスセンターに予定より1時間早く到着。
18:55 宇和島バスセンター。
18:55 宇和島バスセンター

バスセンターから橋を渡ると昨年秋に泊まったパークホテルの看板が見えた。
19:05 宇和島きさいやロード。
宇和島きさいやロード

人気のないアーケード商店街を通ってJR宇和島駅前の大通りに出る。
信号を渡り和霊神社方向へ進む。
バスセンターから約10分、裁判所の建物を過ぎると予約しているオリエンタルホテル。

チェックインを済ませ荷物を部屋の置き1階の郷土料理レストランで食事。
ジャコ天と和食定食を注文。

遅い夕食を済ませ部屋に戻り本家とあーちゃんpapaに宇和島に着いたと電話を入れた。



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