アランと一緒に四国遍路。

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観自在寺から山代屋旅館
10月21日


   観自在寺から山代屋旅館



参拝納経を済ませ境内を回り写真を撮った後、冷たい水を飲みながらベンチで一休み。
時計を見ると寺に着いてから1時間近く経っていた。

PM2:30
山門に一礼し石段を降りると団体のお遍路さんが駐車場の方から歩いてきた。
邪魔にならないよう脇に避けて拍子に立ち止まって地図を見ていたおじさんにぶつかりそうになった。
済みません。
。。。地図を見ていたおじさんの顔に見覚えがある!

自分の顔を見ている私に気づき、おじさんもどこかで会ってるという表情になった。
お互いに見覚えがあるのに思い出せない。。。
二人で何処で会った人だろうと考えていた。
ハッと気が着いた!思い出したのは私の方が先。
そうだ!
あの時のおじさんだ!
去年の秋、KさんMさんと一緒に日和佐へ向かう雨の中を後になり先なり歩いていた、あの時のおじさんだった。

昨年秋に太龍荘に泊まられ次の日、薬王寺に向かわれましたよね。
「そうだけど。。。去年の秋は太龍荘に泊まって薬王寺に向かって。。。」
しばらく考えていたおじさん、
「あ~。。。3人で歩いていた?メガネを掛けた女の人と色の黒い大阪の女の子と一緒だった、あんた一番最初に帰った人だね。」
そうです。1番最初に帰った人です(笑)
私、区切りであの時は23番まで行って日和佐で帰ったんです。
おじさんはあの後、彼女たちと一緒だったんですか?

「彼女たちとしばらく一緒に歩いたけど、わたしは用が出来て須崎で帰った。その後、須崎から高野山まで行って今は2廻り目なんだ。」
2廻り目なんですか!?
私は春と秋に歩いてるんです。ようやく此処まで来ました。
「何番まで行くの?」
今回は宇和島まで行きます。来年の春に宇和島から歩きます。
「わたしは松山まで行って道後の温泉に入って帰ろうと思ってる。昨日はどこに泊まったの?」
宿毛市内の宿です。今日、松尾峠を越えて来ました。
「松尾峠かぁ。。わたしは国道を歩いてきたよ。宿毛からけっこう掛かっただろう?」
私、足摺から西コースで歩いてきたんですよ。
「西コース?」
この道です。

広げていたおじさんの地図の頁をめくった。
おじさんの地図のあちこちに黒い×印が一杯着いている。
「あ~。。これは通っていない道の印。通らない道にはバッテン印を着けておくんだ。じゃ三原は通らないで此処に来たのかい?」
そうです。こっちから来たからここは通ってません。この道から宿毛市内に入って宿に荷物を置いて延光寺へ行ったんです。おじさんは昨日はへんくつ屋さんに泊まったんですか?
「へんくつ屋は前に泊まった時に懲りた。」
今回は嶋屋さん?良かったですか?
「ふん、似たようなものだったけど少しは嶋屋の方がましだった。布団は湿っぽく部屋も綺麗じゃないよ。三原からだと此処しか泊まるところがないんだよなぁ。。。そうか西コースだったらこっちへ行くのか。。でも距離が多いなぁ。。。」
私の歩いて来た足摺からの道にも×印が着いていた。

おじさんとは去年の秋、話はしなかったが金子屋さんの夕食の時に一緒になっている。
翌日、私とKさんが太龍寺を出るとき山門のところで佇んでいるMさんの姿があった。
その後、山道を上って来るおじさんとすれ違っている。

太龍荘で夕食の後、日和佐の宿をご主人に相談し私たちは薬王寺会館、おじさんは宿坊は嫌だから近くにホテルがないか尋ねていた。
日和佐のホテル、もしかして私が春に泊まった千羽ホテルかもしれない。
Kさん、Mさんと須崎まで一緒、私も須崎多ノ郷で土佐前半で帰っている。
1年前に出会ったおじさんと、また四国で会えた。
日和佐まで一緒に歩いた2006年秋遍路、最終日のことが懐かしく思い出された。

お札を交換することなく観自在寺山門の下でおじさんと別れた。
またいつかお会いしましょうね。
お元気で!
PM2:30

観自在寺から右に曲がると直ぐのところに山代旅館。
PM2:50

PM2:50
山代屋旅館到着。
山代旅館

おばさんが道路側の2階の部屋に案内してくれた。
洗濯をお接待させてもらうからこの籠に入れてお風呂に入る前に出して置いてくださいと籠を渡してくれた。

お風呂に入れますと3時頃、ご主人が部屋まで来てくれた。
「明日の宿は決まってますか?その案内にも書いてありますが、次の宿まで荷物を送ることが出来ますよ。有料ですけどね(笑)」
テーブルの上に載っている「案内」に次の宿まで荷物を運んでくれるサービスや早立ちのお客遍路さんにおにぎりのメニューと値段、津島町の宿数軒の名前と電話番号が載っていた。

明日の宿、まだ決めてないんです。よしの旅館にしょうかと。。。
「よしの旅館より三好旅館の方が落ち着いた良い宿ですよ。」
56号沿いにあるよしの旅館が地図では近そうに見えるが、宿のことは同業者からの情報の方が正解だ。
三好旅館さんにします。これから予約入れます。
「私から連絡しておきましょうか?名前と住所、こちらにお願いします。私の方から三好旅館には連絡しますね。荷物はどうしますか?」
住所と名前を書きながら、予約をご主人にお願いした。
荷物は自分で担いで行きます。大丈夫です。
柏峠ってきついですか?
「登リ口から国道へ出る畑地までおよそ10km、頂上は標高460mほどで柳水大師までの登りがきついけど下りは楽ですよ。後で地図をあげますよ。それじゃお風呂へ案内します。」

お風呂は階下の奥、手前の廊下を曲がったところの部屋で夕食ですと教えてくれた。
洗面所と男子、女子トイレがお風呂場の隣にあった。

お風呂から上がり洗面所にあったドライヤーを借りて髪を乾かしてるとご主人に声を掛けられた。
「三好旅館に連絡しておきましたよ。洗濯物は籠に入れて部屋の前に置いてあるからね。夕食は5時にあの部屋に来てください。」
はーい。ありがとうございました。

部屋の前に置かれた籠の中に洗濯物が綺麗に畳まれていた。
テーブルを脇にどけ、入り口側に布団を敷き荷物の整理。
白衣と輪袈裟、洗ってもらった白ズボンTシャツをハンガーに掛けた。
畳まれたタオル、手ぬぐいを座布団の上に置き、目覚ましを5時にセット。
本家とあーちゃんpapaに伊予に入って最初の40番を打ち宿に着いたと報告、その後Yさんに電話を入れた。
haruです。
3時頃、宿に着きました。お風呂も済んで後は夕ご飯食べて寝るだけです(笑)
「足は痛くない?お宿はどんなところ?綺麗なお宿なの?一杯ご飯を食べなきゃダメよ。」

宿は観自在寺から直ぐの山代屋旅館で洗濯までしてくれたこと、明日は柏坂峠を越えて津島町まで行き山代屋旅館のご主人が三好旅館を予約してくれたこと、そして観自在寺にお参りした帰り、去年の秋に日和佐まで一緒になったお遍路さんに会ったことをYさんに話した。
話を聞いてそんな偶然もあるのね、とYさんは驚いていた。
それから30分もおしゃべりをして電話を切った。

夕食は5時、1階の広間にお膳が3人分並んでいた。
左右のお膳には年配のおじさんが座りお酒を飲んでいた。
お疲れさまでした、と挨拶をして空いてる真ん中のお膳の前に座った。

ご主人が、
「今日はマツタケが入ったのでマツタケご飯です。」と大きなお茶碗にマツタケご飯をよそってくれた。
初物のマツタケご飯、とっても美味しかった。

左のおじさんは千葉からバスや電車を乗りながら、右のおじさんは大分から。
お歳を聞いてビックリ、お二人とも80歳と81歳のとってもお元気なお遍路さんでした。

食事を済ませ、明日は6時に出るので朝食は断って清算してもらった。
夕食の後、柏坂峠の距離と道順が書かれた地図を頂いた。

歯磨きをして部屋に戻りテレビをつけて布団に入った。
テレビを見ているうちにいつの間にか眠っていた。
腕と額が痒くて目が覚めた。おでこに触るとタンコブが出来たように膨らんでいる。
布団から出してた腕も蚊に2箇所も刺されていた。
ボリボリ掻きながら虫刺されの薬を塗った。。。
布団に潜って朝まで我慢するか…また刺され顔中ボコボコになるかもしれない。。。(;一_一)
浴衣を着なおし階下へ行った。
丁度宿のお兄さんがいたので、蚊取り線香か電気香取りがないか聞いたらちょっと待っててと奥の部屋に行き、これを使ってと電気香取りを持ってきてくれた。

お兄さん、蚊に刺された私のおでこのタンコブを見て笑っていた…



山代旅館さん。
   1泊夕食付き ¥7,000-

      20.6km 37,827歩



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40番 観自在寺
     40番 観自在寺

伊予国で打ち始めの40番観自在寺は1番霊山寺から直線距離でもっとも遠く離れた札所で「四国霊場裏関所」と呼ばれている。
「修行の道場」とされる土佐国を巡拝し終えたお遍路は、この寺から次なる「菩提の道場」の札所巡り始める。
菩提とは、目覚める、悟りを開く、という意味。



工事中の門前を進むと石段の上に総欅造の仁王門。
約200年前に建立された御荘町の文化財、方位盤が天井にある。
PM1:47 40番観自在寺

仁王門から正面に本堂。
40番 観自在寺

境内と本堂。右に大師堂。
境内と本堂

本堂。
本堂

大師堂。
弘法大師尊像・脇侍に不動・愛染明王を祀り、回廊には四国八十八ヶ所の御土砂が敷き詰められお砂巡りができる。
少し開いた扉からお大師様のお姿が見え、前には五鈷杵(ごこしょ)が置かれている。
大師堂

五鈷杵。
独鈷杵の四方に鈷(こく)をだしたもので、三鈷杵もあり独鈷杵は武器でもある。
密教では五の数にちなんだものが多く、五鈷は五智に通ずるといわれている。
弘法大師像は右手に五鈷杵を斜めに経り、左手に数珠を持つ姿につくられているお姿が多い。
大師堂

大師堂

大師堂

篠山大権現。
篠山大権現

観自在菩薩像。
寺名にちなんだ菩薩像、大慈悲心を以って人々の苦しみを除く仏。
観自在菩薩像

心経宝塔。
弘法大師が平城天皇の御病気平癒のために般若心経の御祈祷をなされた古事により、全国の大師信者の写経奉納により昭和53年に建立された。
地下室には順拝者の写経が奉納され内部には般若菩薩を奉安している。
心経宝塔

八体仏十二支守り本尊にお水を掛け願い事をすると成就するといわれている。
八体仏十二支守り本尊

宝聚殿八角堂。
寺に伝わる宝物を収納展示し、学業成就・受験祈願の文殊菩薩を祭祀されている。
宝聚殿八角堂

栄かえる。
親子孫と三かえる
お金がかえる
福がかえる
病気が引きかえる
栄かえる




城辺トンネルから観自在寺門前
10月21日

  
      城辺トンネルから観自在寺門前

        4km 40分



今夜の宿を40番から近くの山代旅館に予約した。
休憩所で30分休み出発。

PM1:05
城辺トンネル。
PM1:05 城辺トンネル

PM1:35
国道56号。
真っ直ぐ↑みしょう道の駅、右→観自在寺の標案内標識。
歩道橋信号から右に曲がる。
PM1:35

PM1:40
僧都川の橋を渡る。
PM1:40 僧都川

PM1:45
真っ直ぐ進む正面に工事中の40番、観自在寺の参道が見えてきた。
PM1:45




1本松から城辺休憩所
10月21日

     
         1本松から城辺休憩所


           7.5km 2時間20分



AM10:05
山○さんの後姿。
AM10:05

AM10:15
観自在寺まで12.4km標識。
AM:10:15

国道56号を渡った先に真っ直ぐ進む遍路道標識が見えた。
遍路道へ入ったら、「1本松で」と言っていたYさんと会えなくなる。
ここで待っていようか。。。
どうしたものかと信号のところで足を止めていると、交番の中にいたおまわりさんが出てこられ国道を指差し、
「観自在寺は此処を真っ直ぐだよ。歩道が途中で向こう側になるから此処から渡って向こう側の歩道を歩いた方がいいよ。」
親切に教えてくれた。

人を待っているんです、とも言えず信号が青になるのを待ってる振りをしたがトイレに行きたくなってきた。
交番の外にトイレと書かれた矢印マークがあった。
済みません、トイレお借りして良いですか?
「あ~どーぞ、どーぞ。荷物中に入れていいですよ。」
ザックは外に置いてトイレをお借りした。
ありがとうございました。

AM10:45
親切な1本松駐在所のおまわりさん。
AM10:45 1本松駐在所

信号が青になり横断歩道を渡った。
ここから歩道が整備されている国道56号と遍路道の県道299号に分かれている。
山○さんは地図を見ながら距離が2キロほど短い国道を行くと言っていた。
遍路道を行ったらYさんに会えなくなる可能性も多くなる。
距離の短い国道56号を行くことにした。

AM11:12
観音橋。
AM11:28

AM11:33
五段地橋。赤木川を渡る。

歩道は整備されていたが木陰も休む所もない。
AM11:33

AM11:47
松山138km 宇和島45km標識。
AM11:47

AM11:58
蓮常寺トンネル。
AM11:58 蓮常寺トンネル

PM12:10
城辺町に入った。
城辺町

PM12:28
道路左側を入った所に休憩所があった。
自販機で冷たい水を買い、国道を渡る。

休憩所一帯が公園のようになっている
【第3号南予レクリェーション 都市公園大森山地区】
城辺大森山休憩所

ザックを降ろし水を飲みながら遍路カバンから携帯を出してみる。
着信に何度もYさんから電話が入っていた。
あ。。。やっぱり…と思いながらYさんに電話した。
PM12:30

Yさん、haruです。。。
「haruさん今どこにいるの?」
何度も電話をしてくれたんですね、済みませんでした。
今、城辺の町に入って大森山って書かれた休憩所に着いたところです。
「城辺なのー!?朝、こっちを出て1本松でしばらく待っていたのよ。haruさんの姿がないので城辺まで行ったんだけど会えなくって私たちも今こっちに戻ってきたところなのよ。。。」
済みません。。
「haruさん何処を通ってきたの?私たち車の中からずっと探してたけど見つけられなかったわ。」
車では松尾峠を走ることはできないですよね。。。
私、松尾峠を越えて1本松の国道に出たのが11時ちょっと前だったんです。
「え~。。松尾峠ってどこ?松尾峠って言ってるんだけど通ってきた国道じゃないの?11時頃1本松に着いたそうよ。。」
Yさんが側にいる友達かご主人に聞いていた。
「haruさんが歩いてるところ私たちが通った道じゃないみたいね。今日はね、お店が休みだから1日ゆっくりお話をしたり美味しいものを一緒に食べようって楽しみにしてたのよ。」
折角のお休みの日に遠い所まで来て下さったのに本当にごめんなさい。

申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
もっと早くに電話をしていたら。。。
言い訳になるけれど、遍路カバンに入れてある携帯の着信音は殆ど気付かないし、電話やメールは休憩の時くらいしかできないんです。。。

「今日は城辺に泊まるの?会えなくて残念だったけど私が勝手に押しかけたたのだから仕方がないわよね。」
これから観自在寺へ行って近くの宿に泊まります。
宿に着いたら連絡します。
今回は宇和島で帰りますがいつか必ずYさんに会いに行きます。
本当にお世話になりました。
Yさんのご親切、忘れません。Yさんにお会いできて本当に嬉しかったです。
「私の方こそharuさんの迷惑も考えずに勝手に押しかけたり電話したりごめんなさいね。私も貴方のようなお遍路さんに会えてとっても嬉しかったわ。帰る前に絶対に電話頂戴ね。約束よ。」

Yさん
いつか必ず会いに行きます。土佐清水にいつかきっと行きます。
ご主人と仲良くお元気でいらしてください。



松尾峠から1本松
10月21日

  
         松尾峠から1本松へ。
 
            3km 1時間



松尾峠大師堂で30分休憩し出発。

ようこそ伊予へ。
「四国のみちをお歩きの皆さま、お疲れさまです。ここは愛媛県ルートの起点であり、ここから川之江市の終点(徳島香川県境)までの道のりでは465kmに及び、四国のみち全体の約30%となっております。これから愛媛の風土をゆっくり楽しみながら歩を進めてください。」  
ようこそ伊予へ

四国のみち・四国自然歩道の案内板の隣に東屋があり外にテーブルとベンチの置かれた休憩所。
AM8:37

休憩所 東屋

休憩所 

遍路道に手摺が着いている!
今までの山道とは全々違うのに驚いた。
下り坂のせいもあるが遍路道に木の柵があり傾斜も緩く山道はなだらかに感じた。
AM8:46

AM8:48
AM8:48

AM9:02
坂道を走るように一気に下る。
AM9:02

AM9:07
30分ほど山道を下りると平坦な道に出た。
観自在寺まで14.5km標識。
AM9:07

AM9:10
山を降りて集落に入る。
AM9:10

AM9:17
↑真っ直ぐ、1本松町役場の案内標識。
AM9:17

AM9:23
一本松の最初の集落、小山の「史蹟小山御番所井戸」の説明板。
AM9:23 史跡 小山御番所井戸

AM9:30
舗装された広い車道に出ると神社の隣にトイレとベンチがあった。
此処で休憩。
ベンチに荷物を降ろし、まずはトイレ。
男子と女子トイレに別れていて洗面所もトイレも綺麗に掃除されていた。

松尾峠で茶を飲み干し、喉はカラカラになっていた。
洗面所で口をすすいで鏡を見ると、汗で化粧はすっかり取れていた。。。
AM9:30

トイレから出てくるとベンチに山○さんが休んでいた。
あ~、お疲れさまでした。
「やっぱり○○さんだったね。こんなところに荷物を置きっ放しで大丈夫かねって思ったよ (笑)」
大丈夫ですよ、こんな重い荷物、誰も持って行きませんよ。
それにお遍路さんの荷物など持っていく罰当たりな人がいるわけもありませんよ。
「いやいや、それがそうでもないらしいよ。バイクで走ってる人を見なかったかい?お寺の境内や道の駅で休憩しているお遍路さんの荷物をさらっていく人がいるそうだよ。特に納経帖やお軸などは狙われているそうだ。荷物だって遍路用品なのだからそっくり欲しい人もいるんだそうだよ。悪い人はいないと思いたいけど、気をつけないといけないよ。ボクもトイレに行ってくるから荷物を見ててね (笑)」
足摺から土佐清水への国道321号で白衣を着たバイクお遍路さんを数人見かけた。
大事な納経帖、お軸、遍路用品や愛着のある品物もあるだろう。
それを持ち去り売ったり買ったりする人がいるんだね。

山○さんが手を拭きながらトイレから戻ってきた。
「○○さん、何時頃岡本旅館を出たの?」
6時です。
「早いねぇ。朝食は食べないで?」
はい、大抵朝は食べずに出発するんです。朝早いほうが歩き易いし体も軽く感じるから。
山○さんは何時に出られたんですか?
「ボクは朝食を済ませて7時半頃だったかな。峠はきつくなかったかい?後にも先にも誰もいなかったね。」
私も此処に来るまで誰にも会いませんでした。山○さんより1時間半も早く出たのにやっぱり追いつかれました。本当に足が早いですね。
上りはきつかったですよね。上って1時間くらいの所にベンチがあったでしょう。大師堂まで上れなくって休んでました。
「登りはきつかったよね。ボクは大師堂まで頑張って県境の東屋で一休みしたよ。下りは一気だったね。」
そそー、伊予に入った途端、坂道山道が緩くなるんですよね(笑)
「そうだよね。今までの山道とは全々違うね。やっぱり土佐は修行の地だったね。今日はどこまで行くの?」
40番へ行って、近くの宿に泊まります。山○さんは?
「40番なんて直ぐだよ。ボクはもう少し先まで行くよ。まだ宿は決めてないんだけどね。」

のりこさんが泊まった旭屋さんを思い出した。
料理が良くお薦めの宿と言っていた。

山○さんの足なら、此処まで行けるんじゃないですか?
地図を広げ、頁をめくった。
ここ、この宿とっても良いそうですよ。お料理も良いって聞いてます。

40番まで1本松から約12km、40番から内海の旭屋さんまで10kmちょっと。
山○さんなら後20kmくらい平気のはず。
一緒に地図を見ながら、山○さんは自分の地図の旭屋に丸印を着け、よーし、今日は此処まで歩くぞ!と言って荷物を背負い始めた。

山○さん。。。お願いがあるんです。
「何?」
お水、持ってますか?有ったら少し分けて貰いたいんです。。。
「○○さん、水も持たずに峠を越えて来たの?!岡本旅館の女将さんに言われただろう。ローソンで食料と水を調達して行けって。」
ペットボトル1本ローソンで買ったんですがもう飲み干したんですよ。。(^_^;)
「ボクは2本買ったし、他に宿で水をペットボトルに詰めてきたよ。未だ手を着けてないこれをあげるよ。」
ザックのポケットからペットボトルを取り出し渡してくれた。

山○さんは私の命の恩人ですね。此処で脱水症状を起し行き倒れになってたかもしれないのだから(笑)このご恩は忘れません。
帰ったら、お礼に新潟の地酒、寒梅を送りますよ。
「命の恩人とは大袈裟な(笑)お礼なんて良いのだけど寒梅は嬉しいねぇ。楽しみにしてていいのかな?」
大袈裟だったら、結願祝いですね。
いつ頃結願の予定ですか?
「11月中旬頃になると思うよ。ボクの母が信州で一人で暮らしているから様子を見に信州と千葉を行ったり来たりしてるんだ。結願したら高野山へお礼参りに行きそれから信州の母のところに寄って、千葉に帰るのは12月に入ってからかな。」
それじゃ、その頃に寒梅を送ります。楽しみにしててください。
「新潟の人は優しいね。新潟の人と結婚したら良かったなぁって思ったよ。」
そんなことを言っていいんですか~?奥様が怒ってらっしゃいますよ(笑)
それでは、山○さんとは此処でお別れですね。
お元気で!ご無事に結願なさってください。
「ありがとう。○○さんもお元気で。いつかまたどこかで会えるといいね。」
いつかどこかで会える日を、私も楽しみにしています。
それじゃお気をつけて。
山○さん

山○さんは11月5日、ご無事に結願されお礼参りに高野山へ行きそれからお遍路報告を兼ね信州のお母様のところで一月ほど過ごされ、12月中旬に千葉のご自宅に帰られたそうです。
千葉にお帰りになった山○さんから電話とお手紙を頂きました。
遍路中の楽しかったことや出会った人たちのこと、いろいろな出来事とこれからの参考にと宿情報等が書かれてあり、その後に1日40キロペースで歩き続け多い日で50キロ近くも歩いたこともあり、そのツケがきて帰ってから足腰を傷め、靴も履けない状態になり今でも病院通いをしていると。
無理をしたわけでもないと思っていたが体は正直で今になって○○さんのようにゆっくり歩けば良かった、またいつか四国で会えたら良いね、と最後に書かれていました。



松尾峠予土国境
10月21日


     松尾峠予土国境

       1.3km 30分



AM8:10
小休憩から最後の急坂を上る。
H300mの頂上、松尾峠大師堂に着いた。
大師堂でお参りをしてベンチに腰を下ろす。

茶屋跡。
昔は2軒の茶屋があり、昭和4年(1929)に下の道路が開通するまで、この峠道は伊予と土佐を結ぶただ一つの街道だった。

山間から宿毛湾が見渡せるベンチに座りローソンで買ってきたおにぎりを食べる。
ここに今でも茶屋があったらどんなに良いだろう。
お遍路さんも随分助かるだろうに等と昭和初期のお遍路さんを思いながら朝食休憩。
AM8:10 茶屋跡

AM8:30

大師堂。
AM8:35 大師堂跡

松尾大師堂

標高300mの伊予と土佐の国境にある松尾峠。
松尾峠

松尾峠

予土国境松尾峠。
予土国境松尾峠

「従是西伊豫國宇和島藩支配地」の石標。
従是西伊豫國宇和島藩支配地

松尾峠

松尾峠の境界石標。
松尾峠の境界石標

春から歩いてきた土佐路を思い出していた。
沢山の人たちとの出会いがあった。

日和佐から海を見ながら歩いた国道55号。
阿波から土佐に入り、室戸へ向かう途中の東洋町で足を傷めバスに乗った時…。
神戸さんや追い越して行ったお遍路さんの歩いてる姿をバスの窓から涙を堪え見ていた。
津照寺山門の下の酒屋さんのおばさん。
「早く着いても遅く着いてもお大師さまは待っててくださるよ。」
この言葉がいつも私を励ましてくれた。

金剛頂寺宿坊で神戸さんに再会できた。
先達おじさんと何度もすれ違った。
高知市内を歩き、国道32号線沿いのビジネスホテル高須で再会したのりこさんと夜遅くまで語り明かした。
翌朝早くに上った五台山竹林寺。牧野植物園の中も見ることが出来た。
禅師峰寺境内の山頂から見た桂浜。
京都さんたちと渡船に乗って雪蹊時。
あの夜はOさんが会いに来てくれたっけ。
翌朝、心臓の大手術をしたと言ってた仙台のおじさんと雨の中、種間寺まで同行。
それから一人旅なって土砂降りの雨の中で渡った仁淀川。

清瀧寺からの帰りに寄った、たこ焼き屋さんでお札を交わしたイケメンお遍路さん武内さん。
あの日お世話になった喜久屋のおばさんは元気でおられるだろうか。
喜久屋さんからのりこさんと一緒に青龍寺へ向かった道中は本当に楽しかった。
多ノ郷での別れは切なく、のりこさんと出来ることならいつまでも一緒に旅を続けていたかった。。。

秋になり高知竜馬空港へ降り立った時、私は感動で胸が震えた。
空港からバスに乗り、高知市内を通り歩いてきた懐かしい道を目で追っていた。
五台山が見えた時、ここで降りてもう一度上ろうかとさえ思ったりした。

のりこさんと別れた多ノ郷から秋遍路。
10月13日に土佐に入って9日目に県境の松尾峠にたどり着いた。

阿波から土佐を歩き終え、1300キロも残り半分。
いろんな人と出会い、沢山の優しさに感謝しながら歩いてきた長い道のり。
これから出会う人たちと風景に思いをはせながら、伊予から讃岐へ続く私の巡礼の旅。
別れた大切な人たちとアランにいつか巡り会える刻を祈りながら願いながら。。。



松尾峠
10月21日


   番所跡から1.3km小休憩

      1.3km 40分 



AM7:13
大深浦の集落を抜ける。
AM7:13

AM7:15
松尾峠まで1.7km。
AM7:15

M7:18
急坂へ上る手間に「→地蔵堂。へんろさんひとやすみしませんか。」と書かれた立て札。
休憩には未だ早い。もう少し頑張ろう。
AM7:18

AM7:20
AM7:20

松並木の跡の立て札。
松尾峠の街道全体に松並木があったが戦時中、軍部の指導により船の用材にするためすべての並木松が伐採され、その根は掘られて松根油(しょうこんゆ)の原料とされた。
その堀跡が街道の各所に残っている。
松並木の跡

AM7:33
AM7:33

街道の石畳の立て札。
街道の石畳

AM7:40
AM7:40

松尾峠まで0.6km。
松尾峠まで0.6km標識

AM7:50
急坂を上り息が上がっていた。
木のイスが置かれている平場で小休憩。
ザックを降ろしペットボトルの茶をカラカラに乾いた喉に流し込む。
AM7:50

10分休んで出発。
休憩

AM8:00
AM8:00




岡本旅館から番所跡
10月21日

  
      岡本旅館から松尾坂番所跡

         3.5km 1時間10分



AM5:55
岡本旅館出発。
「気をつけてね」
女将さんが表まで見送ってくれた。
お世話になりました。ありがとうございました。
AM5:55

宿を出て人も車も通っていない町並みを手書きの地図を見ながら松尾峠に向かう。
信号を一つ、二つ目の信号から右の道路へ渡る。
角にローソンがあった。ローソンの脇、渡ってきた広い道路が国道56号。
ローソンでおにぎり1個とペットボトルのお茶を買った。
AM6:15

AM6:20
住宅地の一角に、国史跡宿毛貝塚跡。
縄文中後期のもので、四国で最大規模のもの。
AM6:20 貝塚

AM6:20
住宅地を通る。
AM6:20

住宅地の外れから坂道を上って行く。
AM6:28

AM6:30
AM6:30

薄暗い山道。
AM6:33

山間からの宿毛湾や宿毛の市街地。
AM6:35

AM6:37
道脇に未だ青い色をした文旦が実をつけていた。
AM6:37

AM6:44
舗装が途切れた道から錦集落へ。
AM6:44

AM6:55
山道を上り下りして両側に池のある小深浦集落。
集落の間を抜けて車道に出る。
AM6:55

AM6:58
朝陽を浴びながらまた山道へ入る。
AM6:58

AM7:05
遍路標識脇に竹の変わった飾り物(?)が置かれていた。
AM7:05

AM7:07
大深浦、松尾坂口番所跡。
東の番所、甲浦とともに土佐への出入りの監視所で当時は1日に2~300人の旅人で賑わったという。

番所跡の説明板。
松尾坂は伊予と土佐を結ぶ重要な街道であったため、その麓にあったこの番所(関所のこと)はすでに長宗我部の戦国末期から設置されていた。
慶長六年(1601年)山内氏入国後もこの場所は特別に重視され、四国遍路もここと甲浦以外の土佐への出入りは許されなかった。
そのため多くの旅人でにぎわい多い日で三百人、普通の日で二百人の旅人があったと古書に記録されている。
この旅人を調べ、不法な出入国者を取り締まったのが番所で関守は長田氏であり子孫は今も此処に居住している。
AM7:07

延光寺から岡本旅館
10月20日

     
       延光寺から岡本旅館

          7km 2時間10分



PM12:35
延光寺を後に来た道を引き返す。 
PM12:35

左に入る道に赤いペイントの矢印が描かれ、民宿へんくつ屋さんが見えた。
道路を挟んで右手に民宿嶋屋さん。

へんくつ屋さんの開け放された窓から屋根に布団や毛布が干されてる。
宿の周りに廃物や拾得物などを利用した手作りのいろいろ造形物を配置した一風変わった雰囲気の民宿で風呂も名物の手作りの石風呂だと聞いている。
宿の名前からもご主人の気性を容易に想像できる。
PM12:38

PM1:30
国道56号へ出て少し行き遍路道へ入る。
遍路道と国道が平行に並んでいる。
国道沿いのドライブインの看板が見えてきたので脇道から国道へ出る。
ドライブイン鶴亀で昼休憩。
広いテーブル席に着き新聞紙を借りて靴を脱ぎ裸足になる。
カキフライ定食とアイスコーヒー。¥950-
PM1:30

PM2:10
40分休んで出発。
PM2:10

PM2:37
新宿毛大橋を渡る。
PM2:30 新宿毛大橋

宿毛歴史館を見てこようと思っていたが暑さのせいでバテていたし早く宿で休みたかったので止めた。
PM2:37 宿毛歴史館

宿の手前のお饅頭屋さんの看板。
なんじゃこれ~。。。思わず笑ってしまった。
PM2:39

PM2:43

PM2:45
岡本旅館到着。
品の良い女将さんがご苦労さまと出迎えてくれた。
ここにお名前と住所をと宿泊者カードを渡された。
「夕食は何時にしますか?」
6時半頃にお願いします。
「それじゃ6時半にこちらにいらしてください。食事はここです。お風呂とトイレは今案内しますね。お風呂は3時過ぎになったら入れます。」
女将さんの後に着いて2階へ上がると左側に部屋が並んでいる。
階段を上がって2つ目の部屋に案内された。
廊下を伝って反対側に回ると男子トイレと女子トイレ、その隣に洗面所。
お風呂は階段を下りた先。
私の部屋の一部屋隣のドアの前に揃えたスリッパがあった。
山○さんの部屋かなー?
PM2:45 岡本旅館

部屋の中にザックが置かれていた。
金剛杖を床の間に置いて靴下を脱ぐ。足が火照っていた。
Tシャッツは汗ビッショリ。
洗濯物を纏め浴衣に着替える。
明日着るTシャッツや白衣、輪袈裟をハンガーに掛け荷物の整理。
テーブルの上を片付け今日のメモ。

本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡を入れる。
カメラと携帯の電池の充電をして押入れから布団を出し、テーブルを脇にどけ布団を部屋の真ん中に敷き横になる。
テレビを見てると睡魔に襲われてきた。

お風呂ですよ、と部屋のドアをノックされるまで眠っていた。
3時半、洗濯物を持ってお風呂。
脱衣所の洗濯機を借りて洗濯物を入れる。乾燥機が隣に置いてあった。
髪を洗って湯船に入り手足を伸ばす。

部屋に戻りテレビを見ながら1時間くらい又布団の上で横になっていた。
6時半になったので下の食堂へ行く。
玄関ホールの右奥が食堂。

6人くらい座れるカウンターになっていて、浴衣を着たおじさんが一人座っていた。
女将さんが奥の厨房とカウンターの中を行ったり来たりしながら食事を運んでくれた。
夕食は握り寿司だった。
この魚は○○で此処の名物、これは□□です、と女将さんが魚や煮物の説明をしてくれた。
隣のおじさんは女将さんお薦めの地酒を飲んでいた。

女将さんに明日は6時に出ますので朝食抜きで清算してくださいとお願いした。
松尾峠の道を尋ねると、宿から松尾峠の道が詳しく書かれた手書きの地図を持って来てくれた。
手書きの地図に道順がマーカーで記されている。
宿を出て真っ直ぐ→二つ目の信号から右→右に曲がって一つ目の信号のところにローソンがあるからそこで水や食べ物を買わないと1本松まで自販機も店もないからと説明してくれた。

食事を済ませ部屋に戻る。
階段を上がった直ぐの右隣の部屋のドアの前に4,5足のスリッパが脱ぎ散らかっていた。
中から子供たちの甲高い声が聞こえてくる。
家族連れの宿泊客のようだ。

携帯を見ると土佐清水のYさんから着信が入っていた。
食事に言ってるとき何度も電話をくれたようだ。
急いでYさんに電話をする。

「あ~haruさん、無事ですか?」
ごめんなさい、何度もお電話頂いたんですね。
無事宿毛の宿に着いて今夕食を済ませてきたところです。
連絡もしないで済みませんでした。
「そんなことは良いのよ。私が勝手に心配してたんだから (笑) 延光寺さんへ行ってきましたか?私、宿毛に知り合いもいるので良い宿を紹介しょうかなって思ってたのよ。」
今日10時頃に宿毛の町中の岡本旅館に着いたんです。宿に荷物を置かせてもらって軽々と延光寺に行ってきました。
「良いお宿なの?」
はい、親切な女将さんで良いお宿です。
「それなら良かった。明日はどうするの?」
明日は早めに宿を出て松尾峠を越えて伊予に入ります。松尾峠から1本松を通って城辺の先かな?40番の観自在寺まで行き近くの宿に泊まろうと思ってます。
「宿毛から1本松、城辺を通るのね。」
あ~ちょっと待って下さい、今地図を見ます。
地図を出し明日のコースの頁を開いた。
そうです、松尾峠を越えると1本松に出ますね、それから城辺です。

観自在寺へは松尾峠から1本松→右と左に国道56号と遍路道が分かれている。

「あのね、明日はお店が休みだから私、お弁当を作ってharuさんに会いに行こうと思ってるの。城辺にいる知り合いにharuさんのことを話したら是非お会いしたいって言ってるよ。それから車で送るから明日は家に泊まってharuさんの行きたいところまで後で送るってことにしない?」
ありがとうございます。
今回は宇和島まで行くつもりなんです。Yさんにはいつか必ず会いに行きます。
「そうなの。。。宇和島まで行かれるのね。宇和島まで車で送っても良いのに。。。haruさんの予定も考えずにごめんなさいね。明日、1本松か城辺でお昼を一緒に食べましょうね。」
あ。。でも何時頃1本松に着けるかわからないし。。。
「大丈夫よ、私たち早めに出て1本松で待ってるから。」
電話、荷物の中に入れてるので連絡は休憩の時しか出来ないんですよ。。。
「いいわよ、私が勝手に押しかけて行くのだからharuさんは気にしないでね。」

電話を切って地図を見直した。
土佐清水から321号→大月→宿毛から国道56号へ出て1本松→城辺なのだろうかー?
土佐清水から56号へ出る別の道もあるのかもしれないが、どのくらいの時間が掛かるか見当もつかない。
どの道を走ってもも56号に出れば1本松を通るが、Yさんとどこで会うのか場所も時間も決めてない。
ふぅー。。。なんとかなるか…

甲高い子供の声と騒ぐ音が壁伝いに夜遅くまで聞こえていた。

 
岡本旅館さん。
  1泊夕食付き  ¥6,500-
  
          27km 43,517歩

      

39番 延光寺
10月20日

      
       39番 延光寺

           38番金剛福寺から約74km。


足摺岬38番金剛福寺から3日目に土佐最後の寺、延光寺にたどり着いた。

仁王門。
仁王門

仁王門。
仁王門

仁王門を潜ると正面に大師堂、右に本堂がある。

境内と本堂。
境内と本堂

まずは本堂にお参り。
本堂

本堂。
本堂

次に大師堂にお参り。
境内と大師堂

大師堂。
大師堂

宿坊。
延光寺の宿坊は団体さんのみ。
方丈 宿坊

納経所。
納経所

境内と本堂。
境内と本堂

鯉が沢山泳いでいる池に石の赤亀。
境内の池

境内。
境内

梵鐘を背負う赤亀。
山号の「赤亀山」は梵鐘を背負って寺に現れたという伝説から。
延喜11年(911)の銘のある四国最古のもので国の重要文化財に指定されている。
梵鐘を背負う赤亀

梵鐘を背負う赤亀

参拝納経を済ませ大師堂脇のベンチに腰を降ろし。
隣のベンチに小柄な若い男のお遍路さんが地図を見ていた。
足元に大きなの荷物が置いてある。

ベンチの所は木陰になっていて涼しい風が通る。
汗がスーッと引いていく。
本堂で参拝をしてる時、山○さんがベンチで休んでいたがいつの間にか姿が見えなくなっていた。
あーちゃんpapaと友達に延光寺に着いたとメールを送る。

メールを打ち終えるのを待っていたように隣のベンチのお遍路さんが地図を持って側に来た。
「こんにちは。あのぉ、ちょっといいですか?」
こんにちは。

「え~と、これから40番へ行くんですがこの道でいいんでしょうか?」
広げた地図を見た。
延光寺から約30kmとなっている。
これから40番ですか?!
いくら若い男の足でもこれから30kmは無理でしょう。。。

「今日中に40番までは無理ですか。。。あ~ボク、野宿しながら歩いてるんです。良い場所があったらテントを張ります。ここから道が分かれてるでしょう。この松尾峠ってところきついんでしょうか?国道を行った方が良いのか迷ってるんです。」
国道の方が道は良いよね。
置いてる荷物をみれば国道を行った方が良いのかもしれない。。。

野宿するにも峠を越えないと危ないでしょう。1本松まで行けば野宿出来そうなところがあるかもしれないよね。ここまで17kmとちょっとだし、このくらいだったら大丈夫そうな気もするけど。。。
「先、納経所の人に聞いたら国道を行った方が良いって言われたんです。峠はきついからって。やっぱり国道を行った方がいいですよね?」
そう言われても答えようがない。。。
道がわからないなら答えられるが、どの道を歩くかは自分で決めめること。
こうしなさい、こっちへ行きなさいとは言えないよ。。。

困った顔をしてると、
「僕、やっぱり国道を行きます。ありがとうございました。あれぇ。。。おねえさん、荷物はどうしたんですか?」
私は今日宿毛に着いて宿に荷物を置いてきたの。こっちのここを歩いてきたの。
「あ~!西コースを歩いたんですか。僕も行きたかったなぁ。良い所でしたか?」
よかったよ。今日のようなお天気だったらもっと良かったけどね(笑)
高校生ですか?

「高校1年だけど、6月から学校は行ってないだ。僕、チビで頭も悪いしのろまだからみんなに学校へ来るなって言われてるんです。」
そんなぁ。。。そんなことを言う子の方が頭が悪いのよ。地図を見ながら一人で歩いてるなんて他の子には出来ないことじゃない。
「本当に僕、頭が悪いバカなんですよ。試験なんていつも酷い点数だし。。。親が遍路に行ったら体も丈夫になるし少しは頭も良くなるって言うので頑張ってるんです。」

高校生のお遍路さんとお昼を一緒に食べようと思った。
ね、お昼は未だでしょう?これから一緒に食事に行かない?
「僕、此処に来る前コンビニでお湯を貰ってカップラーメン食べたんです。おねぇさんはお昼ご飯は未だ食べてないんですか?ちゃんと食べないとダメですよ。」
そうだね。ご飯はちゃんと食べないといけないよね。
「じゃ、僕行きます。ご飯を食べておねぇさんも頑張ってください!」
ありがとう。
気をつけて、あなたも頑張ってね。
「はい!」

前途ある若者、この先辛いことや悲しいこといろんなことがあるだろうけど君には若さがある!素晴らしい未来が待っている!人の言葉などに負けず、がんばれぇ~!

体の半分もあるような大きな荷物を背負った高校生お遍路さんを見送った。



岡本旅館から延光寺
10月20日

   
     岡本旅館から延光寺

         7km 1時間30分



岡本旅館に着くと品の良い女将さんが出迎えてくれた。
「ご苦労さま。ここに荷物を置いて延光寺へ行ってらっしゃい。後で2階のお部屋へ荷物を運んでおきます。身の回りのものを持ちましたか?忘れ物がないようにね。」
ありがとうございます。
帰りにお昼を食べてゆっくりしてきます。
「それが良いわ。大分前に着いて延光寺に向かわれた方もお昼を済ませてくるっておっしゃってたましたよ。それじゃ気をつけて行ってらっしゃい。」
山○さん、もう延光寺に着いてる頃かも。。。

延光寺まで行って帰るだけ。
片道約7キロ。往復14キロ、約3時間。
あまり早く帰っても何もすることがない、延光寺で時間を潰しお昼を食べてゆっくりしてこよう。

AM10:05
宿から少し行くと左手に宿毛歴史館があった。 
帰りに此処に寄ってもいいね。。  
AM10:05 宿毛歴史館

歴史館から右に曲がりしばらく町中を歩くと延光寺への標識。
左へ曲がり広い道へ。
AM10:10

AM10:10
右手に国道56号が見ながら新宿毛大橋を渡る。
進路方向から荷物を背負ったお遍路さんが何人も歩いてくる。
三原から延光寺を打ち宿毛へ抜けて次の札所、40番観自在寺へ向かうお遍路さんたち。

三原から山越えをしてきたお遍路さんたちは延光寺近くの、へんくつ屋か嶋屋に1泊。
次の日、延光寺を打ち宿毛市内、国道56号を通るか松尾峠を越えて1本松の大盛屋か札掛宿に宿を取るコースや三原の清水川荘で1泊→39番延光寺→宿毛→国道56号or松尾峠→1本松1泊、等。

大きなザックを背負い汗を流しながら歩いてるお遍路さんたちと、こんにちは~ご苦労さまと挨拶を交わす。
つくづく荷物がないのは楽だと実感。
新宿毛大橋

大きなレストランの手前からショートカットの遍路道があったのに見落として国道を歩いていた(;一_一)
1時間以上歩くと国道から左へ入る遍路道があった。
今度は見落とさず左へ曲がる。

AM11:15
延光寺まで1km標識
AM11:15

AM11:30
やがて延光寺の仁王門が見えてきた。
AM11:30 延光寺




道の駅すくもから岡本旅館
10月20日

     道の駅すくもから岡本旅館

       3.5km 1時間30分



AM8:31
道の駅すくも
すくもサニーサイドパーク。
AM8:31

ヘンロ小屋宿毛第十号。
宿毛道の駅茶屋。
ヘンロ小屋 宿毛第十号

「宿毛湾を彩るダルマ夕陽」
日本の夕陽百選に選ばれたダルマ夕陽のポスター。
ようこそ幡多路へ

道の駅のお店はまだ開店前。
お店の脇やゴミ箱の辺りに野良猫が沢山遊んでいた。

自販機で冷たい水を買い、屋根付きの休憩所のベンチに腰を降ろした。
水を飲みながら集まってきたノラニャンと遊んでいたらおはよう、と声が聞こえた。
振り向くと足の早いおじさんお遍路さん。

おはようございます。
「早いね。何時に宿を出たの?宿はどこだった?」
安岡旅館さんです。朝6時に出発でした。
「安岡旅館さんだったんだ。ボクはなかただったよ。朝食を食べて7時に出発。君は早くに出てきたんだね。」
私は宿から1時間くらいの山崎パンで朝食休憩でした。

あのぉ、昨日月山神社に寄られました?
「うん、行ったけど誰もいなかったから寄らなかった。」
私、寄ったんですが宮司さんがおられなくて御朱印頂いてこなかったんです。
「何にもなかったね。宮司さんもいないのだから御朱印はしょうがないよ。」

地図を広げ、この道を歩きました?
月山神社からの遍路道を指でなぞった。
「そう、この遍路道を歩いたよ。酷い道だった。君は?」
ここから遍路道に入ったけど下草は刈ってないし木の枝に蜘蛛の巣が掛かっていて少し行って引き返しこの道を通ってきたんです。
「それは正解だったよ。下草もあったし道は悪かったし景色なんて全々良くないんだ。」
展望台は寄ったんですか?
「展望台なんていう物じゃなかったよ。引き返すのもシャクだから進んで行ったよ。」
姫ノ井郵便局に寄ったでしょう?
「そうそう、郵便局に寄ってお茶をご馳走になったよ。」
山からどこら辺に出ました?
「小学校の脇に出たよ。」
あ~やっぱり小学校の脇に出る道があったんですね。どこで間違えたのかずっと手前で国道に出たんですよ。あの山の頂上のようなところに広場がありましたよね?私、電線が見えたからその電線を目印にして降りてきたんです。
「それは良い方法だね。あの広場みたいな所から降りていく道があっただろう?あの道を降りてきたら小学校の脇に出たんだよ。」

郵便局で休ませて貰ったら40分前くらいにお遍路さんが休んで行ったって言ってました。
私が着いたのは3時10分頃だったから随分早かったんですね。
「ボクは2時半頃だったね。早く宿に着いて昨日はゆっくりだったよ。郵便局でお茶を出してくれただろう?あれは太龍寺と同じお茶だそうだよ。」
そうなんですか。
お茶とお餅も頂きましたよ。祭りだって言ってました。
「え~っ、お餅も出してくれたの?ボクはお茶だけだったよ。女の人だけサービスなのかな。あ、ボクは千葉のこういうものです。」
住所名前の書かれたお札を頂いた。
私も遍路カバンの中からお札を出して山○さんに渡した。

「富山の人には会ったけど新潟の人は始めて会ったよ。」
新潟から移動に1日掛かるんですよ。
山○さん、随分足が早いですね。
「そうなんだよ、それでみんなに嫌われているんだ。西コースを歩くのは最初から予定だったしこっちは1日分距離が多いから足摺岬で別れた人たちと延光寺で一緒になるだろうね。みんなボクと歩くを嫌がっていたよ。君はなんでこっちのコースを取ったの?」
叶崎と月山神社に行きたくて。
「晴れていたらよかったね。」
あ~あの日も雨が酷かったですよね。山○さん、ずぶ濡れになったでしょう?
「そうそう竜串からのところね。一山越えたら雨は止んだしそのまま歩いてたら乾いちゃったよ 笑)
それにしても本当に足が早いですね。

「トンネルのところでしばらく君のことを待っていたんだよ。」
私は揺る足だし、休憩ばかりしてますから 笑。
「本当は1時間に1回休憩を取るのが良いそうだけど何故か足も体も絶好調なんだよね。今夜の宿は?」
岡本旅館です。
「ボクも岡本旅館だよ。荷物は置いていって良いそうだ。」
荷物がないと楽ですよね。山○さんは通しですか?
「そう、通し。○○さんは区切りなの?」
はい、昨年から春と秋に歩かせてもらっています。ちょうど体と足が出来た頃に帰らなくちゃいけないんですが何回も四国に来れるし普通の主婦は何日も家を空けるのは中々大変なんです。
「そうだね。普通の足で60日と言われているよね。女の人が何日も家を空けるのは大変なことだね。○○さんの家族は理解があって幸せだね。」
そうなんですよ。我が家の主人は理解があるんです 笑。
山○さんの奥様だって理解があるじゃないですか。こうやってお遍路さんに出してくれるんだから。
「ボクは家内と一緒なんだ。」
山○さん、遍路カバンの中から奥さんの写真を出して見せてくれた。

「ボクの妻は一昨年、向こうへ逝っちゃったんだ。昨年1年何も出来ず腑抜けのようになっていたよ。男は妻がいなくなるとまるでダメになるんだね。しっかりしてる人もいるのだろうけどボクはダメだった。1年泣いて暮らし今で言う引きこもりになって外へ出ることも出来なかった。後追い自殺でもしそうな顔をしていたんだろうね友人が見かねてお遍路に出ることを薦めてくれたんだ。それで思い切ってね。此処に来て本当に良かったと思っている。最初は何でこんなことをしているんだろうと思っていたけどだん々心が落ち着いてくるのが自分でもわかるんだ。いろんな人に励ましてもらったよ。友達も沢山出来たし○○さんにも会えた。家内もきっと喜んでいるだろうね。」

思い出を吹っ切るように、さて、そろそろ出発しょうか、と山○さんが言った。
交代でトイレに行き足の早い山○さんに着いていけないのはわかっているので先に出発してもらった。
「それじゃ、先に行くよ。また後で会おうね。」
気をつけて。
「○○さんも気をつけて。ゆっくりおいで。」
AM9:00 山○さん

45分近く休んで道の駅すくもを出発。
AM9:12
AM9:12

AM9:26
AM9:26

AM9:30
←片島フェリー。右→宇和島。
←片島フェリー乗り場

右に曲がると松田川大橋。
山○さんの姿はとうに見えなくなっていた。
AM9:31 松田川大橋

松田川を渡る。
AM9:34

AM9:35
橋を渡り右へ曲がる。
AM9:35

AM9:40
AM9:40 宿毛市街

AM9:40
岡本旅館の看板。
M9:54 

AM9:55
岡本旅館到着。
AM9:55 岡本旅館




ヤマザキストアーから道の駅すくも
10月20日


    ヤマザキストアーから道の駅すくも

        5km 1時間10分



陽が昇ると真っ青の空が広がっている。

AM7:37
右→三原20km。
AM7:37

AM7:48
AM7:48

AM8:04
AM8:04

AM8:11
「道の駅すくも」まで1.5km標識。
AM8:11

AM8:18
左←田ノ浦漁港標識。
AM8:18

AM8:30
道の駅すくも
AM8:30



安岡旅館から小築紫ヤマザキストアー
10月20日


    安岡旅館から小築紫ヤマザキストアー

      4.5km 1時間



AM6:00
安岡旅館

お世話になりました。
またいつかきっとおばさんに会いに来ます。
おじさんもおばさんもお元気で。

外はまだ薄暗く空気はヒンヤリとしていた。
AM6:00 安岡旅館

昨夜はビールをコップに2,3杯飲んで7時頃バタンキュー。
何時頃か戸が開く音を聞いたような気がしたがそのまま眠っていた。
早くに寝てしまったので夜中に目が覚めた。
時計は見なかったけど多分10時頃。

トイレに行きたくなりそっと階段を降りトイレに行った。
テレビを見ててもおかしくない時間だけど階下の部屋から物音一つ聞こえない。
土間を見ると私の靴と下駄が並んでいるがおばさんたちの履物がない。
戸を開ける音を聞いたのは空耳じゃなかったようだ。
いったいおばさんたち、何処へ行ったんだろう。。?
トイレを済ませ2階に上がり窓の外を見たけど明かりも見えず真っ暗闇。
はてなと思ったけど布団の中へ潜りこんだ。

朝、洗面にトイレに行くと土間におばさんとおじいさんの履物が並んでいた。
ゴソゴソ顔を洗っているとおばさんが部屋から顔を出した。
あ~起してしまって済みません。
5時少し過ぎだったのにおばさんはきちんと身支度をして薄化粧をしていた。

昨夜はお出かけだったんですか?
何時頃お帰りでした?
どちら行って来られたんですか?

興味津々な出来事だったけど何も聞けなかった。
安岡旅館

宿から5分歩いて国道321号。
AM6:05

宇和島77km 宿毛13km
国道321号

AM6:10
AM6:10

M6:32
大月町から宿毛市へ。
AM6:32

AM6:42
宿毛市の標識。
AM6:42 宿毛市

AM6:50
福良川を渡る。
AM6:50 福良川

AM7:00
ヤマザキストアーの看板娘さん。

店の前のベンチに休憩。
AM7:00 ヤマザキストアー

パンと牛乳を買って朝食。
ご主人に写真を撮らせてくださいとお願いしたら、メガネを外して笑ってくれた。
ヤマザキストアー

表のベンチでパンと牛乳を飲んでると地元のおばさんたちがわらわらと集まってきて何処から来たのか、一人で歩いているのかといつもの質問攻めにあった。
「私も阿波一国参りをしたんだよ。延光寺さんで檀家さんを連れて行ってくれるんだ。私たちはバスで行ったよ。やっぱり歩いた方がご利益があるんだろうねぇ。」

お店の中で買い物を済ませたおばさんが100玉2個、私の手に握らせた。
「お接待。延光寺さんへ行ったら私の分もお線香をあげてもらえば嬉しいよ。」
ありがとうございます。おばさんの分もお参りしてお線香をあげてきます。

おばさんたちが引き上げると中学生の男の子たちがやってきた。
菓子パンや飲み物をてんでに買い込み店の前や地べたに座り込んで食べている。
ベンチを独り占めしててごめんね。
ザックを背負って身支度。
お遍路姿をチラチラ見てた男の子におはよう、と声を掛けるとさっと横を向いてしまった。
思春期の男の子たちは恥ずかしがり屋。

7時25分ヤマザキストアー出発。



月山神社から安岡旅館
10月19日

     月山神社から姫ノ井郵便局→(車)→安岡旅館

        7.2km 2時間30分→(車)6km


月山神社から舗装された道をしばらく進むと遍路道の立て札が立っていた。
車道から見える遍路道は下草がボーボーと生えて人の通った足跡も見えない。

「前に通ったときも下草は刈っていなかった。地元の人が草を刈ってくれてるかもしれないが道も悪いし国道を行った方が良い。」
竜串のとさやさんのご主人の言ってたことを思い出す。
地図を出して見ると、展望台とトイレのマークがある。
展望台で休憩とトイレだ。
下草の生え茂る遍路道へ入った。

草を掻き分け進んで行ったら顔に蜘蛛の巣が引っ掛かった。。(;一_一)
金剛杖を振り回しながら進んだが…
人の通った跡もないし蜘蛛の巣が掛かっているということは、誰も通っていないのだ。
草ボーボーのところでもしかしてニョロが潜んでいるかもしれない。
うっかり踏んでしまったら。。。恐ろしい場面が頭を過ぎった(涙)

恐い想像をしたら進むことはできなくなった。
急いで車道に引き返した。

PM1:00
PM1:00

車道に戻り揺る坂を上って行くと小さな集落があった。
人の姿は全々見当たらない。

姫ノ井まで4kmの手書きの立て札。
PM1:10
PM1:10

舗装されたクネクネ山道を上って行く。
肩が痛くなり時計を見ると月山神社から1時間歩いていた。
道端にビニール袋を敷きザックを降ろし休憩。
車1台も通ってこない。

少し休んでザックを背負いクネクネ山道を歩き出す。
聞こえてくるのは鳥の声だけ。
休憩から1時間歩くと山の頂上のような平場に出た。
どっちを向いても山ばかり。

道が枝分かれしている。
左へ降りて行く山道と平場を突っ切って山の中へ進む道があった。
クネクネ道を上って来たら方向感覚がおかしくなっていた。
左へ行く道は今、上って来た山道を戻る方向に感じる。
平場を突っ切って山の中に入る。
人が通った足跡があった。

山道を抜けると右に舗装された車道に出た。
右手の山の中に電柱がある。
電線を目で追って車道を降りて行く。
クネクネ道が下り坂になり遠くで金属音が聞こえた。

坂道を下り切ると田圃の畦道の先に道路が見えた。
畦道を通り広い道へ出た。
バイクが走ってきたので手を上げて止まってもらった。

すみません。ここは国道321号ですよね?
姫ノ井郵便局はここら辺ですか?

「ここは国道だけど、郵便局は知らないねぇ。何処から来たの?あの山を越えてきたの?」
はい、今朝竜串から山を越えて来ました。姫ノ井郵便局を探してるんです。
地図を見てもらった。
今ここの辺りですよね?この道を通ってここに出ると姫ノ井郵便局の所に出るはずなんです。。。
「あぁ。。わかったわかった。この小学校はこの先にあるから郵便局は未だ先だね。この道真っ直ぐだよ。」
ありがとうございました。

山を下りた頃から雨がポツポツ降り出していた。
バイクおばさんにお礼を言って歩き出す。
やがて左手の先に小学校が見えた。
山道、小学校の脇に出る道があったんだ。
随分手前の方で山道を降りてきたのだろう。

小学校を左に見て進むとガソリンスタンドと車の整備工場があった。
喉がカラカラに乾いていたしトイレも行きたかった。

工場の脇に自販機があったので冷たい水を買い入り口のドアを開けトイレを貸してくださいと声を掛けた。
事務所の中のトイレをお借りした。

新聞を読んでいたおばさんに姫ノ井郵便局はここから近くですかと聞くと20分くらい先にあると教えてくれた。
雨が本降りになってきたのでザックからポンチョを出し被った。
自販機で買った水を一気に飲んで空いたペットボトルをゴミ箱に入れ郵便局に向かった。

月山神社から2枚しか写真を撮っていなかった。。。(^_^;)

PM3:10
姫ノ井郵便局。

郵便局の表で安岡旅館に電話した。
優しげな声のおばさんがこれから迎えに行くから郵便局で待ってるように言ってくれた。

ポンチョを脱いで郵便局に入り少し休ませてくださいと女の人に声を掛けた。
ニコニコ笑顔の女子局員さんと若い男の局員さんがどーぞどーぞと言ってくれた。

「お餅、食べませんか?祭りなんですよ。」
若い男の局員さんが温かいお茶と柔らかいお餅を出してくれた。
ありがとうございます。頂きます。

「どちらからですか?40分くらい前にお遍路さんが休んで行かれましたよ。」
40分前に休んでいったお遍路さん、きっとあの足の早いおじさんだ。
あ~新潟から来ました。今朝竜串から月山神社に寄って山越えをしてきました。

「ひぇ。。新潟からですかぁ。随分遠くからご苦労さまです。竜串からどのくらいの距離があるんですか?」
23kmくらいでしょうか。
「23kmもあるんですかぁ。1日どのくらい歩くの?今日はどこまで行くんですか?」
早い人で1日40kmも歩く人もいるしいろいろです。私はせいぜい25kmから30kmが限度です。
今日は安岡旅館さんに泊まるんです。荷物を運んでくれるので先電話しました。ここで待ってるって言ったんです。
「40kmも歩く人がいるんだ。25kmも凄いよね。私なんてとてもそんなに歩けないわ。安岡旅館。。?あぁ弘見の安岡さんね、雨が降ってきたから一緒に乗せてもらったら良いですよ。ここから弘見まで歩いたら2、3時間掛かるんじゃないかな?あ~よかったらこれ使ってください。」
女の人が奥の部屋の段ボールをゴソゴソ開け、中からポケットテッシュを両手にいっぱい持って渡してくれた。
ポケットテッシュはとても助かる。ありがとうございます。

ザックからショウエイ観光の部長さんから頂いた芋けんぴを出した。
封は切っていないし一人では食べきれない。みんなで食べてもらった方が部長さんも喜んでくれるだろう。
これ、お接待で頂いたんですが皆さんで食べてください。
「あらぁ、お遍路さんにお接待していただいて恐縮です。ありがとうございました。これも持って言ってください。」
袋に粗品と書かれたタオルも頂いた。
「民営化になったでしょう、これもう使えない残り物だけど 笑)」
そっか、郵便局は民営化になったんだね。
局員さんの着ているユニフォームも郵便のマークーも変わっているのに気が着いた。

話をしていて荷物だけ運んでもらうつもりだったがこれから3時間近く歩くと聞くと少しうんざりしてきた…
PM3:10 姫ノ井郵便局

局長さんと(民営化になったから局長とは呼ばないのかも。。)一緒に記念撮影。
とても親切にして頂いた姫ノ井郵便局の皆さんです。
姫ノ井郵便局

3時10分過ぎ、表に軽トラが止まっておじいさんがニコニコ笑いながら郵便局に入ってきた。
安岡旅館のご主人だった。

郵便局の人たちにお礼を言って外へ出る。

安岡旅館のご主人、当然私も乗るものと思っていた。
「狭いけど我慢してくださいね。雨で大変だったでしょう。」

荷物だけのつもりだったが。。。私も一緒に乗り込んでいた(^_^;)
おじいさん、凄いスピードでグングン町の中を突っ走る。
軽トラの助手席で足を踏ん張りドアの取っ手にしがみついていた。

歩けば2,3時間と言ってたが20分ほど走ると集落の中に入った。
細い道に入り古い民家の中を通り表に安岡旅館と看板のある庭先に車を入れた。
旅館の看板の隣に「安岡時計」と書かれていた。
曇ったガラス窓の中に古びた柱時計があった。
昔は時計の修理屋さんもをしていたのかもしれない。

薄暗い土間に入ると、板場になっていて奥からおばさんが顔を出した。
おじいさんの奥さん?年の離れたご夫婦のようだった。

「ご苦労さま、お風呂沸いてますよ。食事ももう直ぐ出来るけどお風呂が先だね?」
お世話になります。
あのぉ、洗濯できますか?
雨と汗でTシャッツも白ズボンも湿っている。

「こっちに洗濯機があるから使って。」
おばさんに案内されて土間から外に出ると離れのような物置に新しい全自動洗濯機が置いてあった。
済みません、乾燥機は?
「あぁ、乾燥機は置いてないんだわ。直ぐのところにコインランドリーがあるよ。洗剤はここ。」
洗濯機の側に洗剤の箱があった。

離れの物置の入り口の辺りに流しや下駄箱があり奥へ板場が続いている。
宿として使っていたような造りになっていた。

おばさんと一緒に戻る。
板場から左にトイレ、板場の右の戸を開けてお風呂と洗面所。部屋は2階だった。

2階の階段を上がると2間続きの部屋になっていた。
おばさんが押入れから布団を出してくれた。
白ズボンを洗うと着替えがない。
おばさんにジャージが履くズボンがあったら貸してくださいと頼んだらこれでいい?と黒っぽい体操ズボンを持って来てくれた。
お借りします。

4時、お風呂に入って髪を洗う。
風呂を済ませ下着や着替えを洗濯機に入れ、2階に戻って今日のメモ。
本家、あーちゃんpapaに宿に着いたと連絡をしてると洗濯が終わったよ~と声を掛けられた。

ビニール袋と小銭を持って洗濯を取りに行く。
洗濯物をビニール袋に詰め、外にいたおじいさんにコインランドリーへ連れて行ってもらった。
宿の下駄を借りてカランカランと音を鳴らしながらおじさんと並んで歩く。
雨は宿に着いたら止んでいた。

民家の狭い道を通り少し行くと左手の角に民宿なかたの建物があった。
なかたさんの方が綺麗な建物だった。
ジャージを貸してもらった。迎えに来てもらい車に乗せてもらった。
古い宿だけど、おじいさんもおばさんも親切で優しい、これだけで充分。

民宿なかたから右の道へ行くと大きなコインランドリーがあった。
おじいさんが、なかたから真っ直ぐの広い道を指差し、この道を真っ直ぐ行くと宿毛だよと教えてくれた。

明日、6時出発予定。
朝早く出ますので朝食はいりません。明日はここから真っ直ぐ行けば良いんですね。
「国道にはコンビニがあるけど朝ご飯食べずに行くのかね?」
はい、いつも朝食は食べないんです。
コンビニがあるから大丈夫です。おばさんに言っておきます。
「いいよ、わしから言っておくから。明日はどこまで行くんだね?」
宿毛の岡本旅館に泊まろうと思ってます。
荷物を預け延光寺に行きます。
「岡本旅館かね、あそこは早く着けば荷物を置かせてくれる親切な宿だよ。」

月山神社に行ってきましたが誰もいませんでした。
「守口さんはいなかったかね?あの神社の宮司さんだよ。大きな屋敷があっただろう。守口さんは立派なお人だよ。わしも昔は集まりがあるとよく手伝いに行ってたんだけど年を取ってしまって中々思うように仕事が出来なくなったよ。」
そうなんですか。。。
私、一人で帰れますからおじさんは先にお帰りになってください。
「そうかね、1本道だから間違うこともないだろう。それじゃわしは先に戻るよ。」

中に入って洗濯物を乾燥機に入れ、外の自販機でお茶を買ってイスに座った。
車が止まり、大きなビニール袋を持った親子が大きな声を上げながらコインランドリーに入ってきた。
ペットボトルを持って宿に戻る。

PM5:30
夕食。

おばさんが食事を乗せたお膳を2階まで運んでくれた。
鳥の唐揚げはパス。

食べ終えてお膳を持って下に降りた。
お風呂場の隣のお勝手にいたおばさんにご馳走さまでしたとお膳を渡した。
済みません、私お肉が食べれないので。。。
折角揚げた唐揚げに手も着けてなく、おばさんはちょっとガッカリした顔をしていた。
ごめんなさい。
おじさんに話しておきましたが明日は6時に出ます。朝食はいりません。
朝早いので清算しておきます。

「ご飯いらないんだってね。おにぎりでも作っておこうかね?」
あ~大丈夫です。おじさんにコンビニアがあるって教えてもらいました。
お幾らですか?
「それじゃ、4,500円ね。」
え~。。。いくら古くてそんなに綺麗な宿じゃなくても、それって少し安過ぎる…
迎えにまで来てもらったのに。。。
まだ6時、おばさん、ビールありますか?寝酒に飲みたくなりました。
「ビールあるよ。じゃいま持ってくるね。」
ビールを入れて清算してください。
PM5:40 安岡旅館

おばさん、お盆にビールの大瓶とコップ、それから栗を一杯盛ったお皿を乗せて持ってきた。
わぁ、山栗ですね。ごちそうさまです。
「小さいけど山栗は甘いんだよ。昨日山で取ってきたんだ。つまみの代わりしてよね。」

コインランドリーに洗濯物を取りにいきTシャツやタオルをたたみザックに詰める。
明日の準備をして宿毛の岡本旅館に予約の電話した。
早く着いたら荷物を置いていってもいいし嫌いな食べ物があるか聞いてくれたので助かった。



民宿安岡旅館さん。
1泊夕食、ビール(大瓶)山栗付き ¥5,000-


   23.4km 42,574歩 車(姫ノ井郵便局から安岡旅館)6km



月山神社
10月19日


     大月休憩所から月山神社

        2.5km 55分



大月休憩所から集落を通り山へ向かう。
山の中腹、段々になっている墓地が見えた。

手書きの遍路案内板。
「大浦から月山神社まで1丁(約100m)毎に道しるべがあります。その一部が今も残っています。」

AM11:49
AM11:49

AM11:50

AM11:53
AM11:53

山の中にカニがいた。
カニ

AM11:55

PM12:00
PM12:00

AM12:11

PM12:18

PM12:24
PM12:24

坂を下りて泥川を渡る。
PM12:25

雨で水がドロドロになっていた。
PM12:26

対岸へ渡り道標に沿って行くと車道が見えた。
山道が続いていたが転びそうになったので車道に出た。
PM12:28

車道を進むと大きな屋敷がありそこからすぐに月山神社の案内板が立っていた。

月山神社。
当神社は、もとは月山月光院南照寺と称せられ、神仏習合の霊場であったが、明治元年に月山神社と改称され、現在に至っています。
月山の名は、神社のご神体が月形の石であり、月読命が奉納したことにより起こったと伝えられています。
サンゴの名産地として知られた大月一帯の護り神として、また四国八十八ヶ所番外札所として、今も参詣する人が絶えません。

昭和三十三年、大月町有形文化財として指定されました。

PM12:35

PM12:40

本殿背後の急坂上に、三日月の形をした石が置かれていた。
(最初、道路沿いに置いてある三日月の石がご神体だと思っていたが本殿裏にあるのがご神体と書かれていた。)

本殿と大師堂にお札を納めてきたが納経所は閉まっていた。
大師堂の隣にベンチがあったので腰を降ろしたが人気もなく車も通らない。
もっと立派な神社を想像していたが随分寂れた質素な佇まいだった。
後で知ったことだが神社手前にあった「守口」の表札の出ていた立派な屋敷が宮司さんの住まいだった。
PM12:40

「月山の名は、神社の御神体が三日月形の石であり、また月弓大神を祭祀したことによって名付けられたことが起源とされています。大月の海の護り神として、参拝客が絶えません。」

月山神社のサイトや月山神社の案内板に書かれていたが、私の行った時は参拝の人や村人の姿も見なかった。。。



小才角から大月休憩所
10月19日


     小才角から大月休憩所

        2.5km  30分



小才角休憩所で20休憩、10時35分出発。
海岸線を20分ほど歩くと月山神社への案内標識が見えてきた。
右へ行くと国道321号、北へ大月町。
左の遍路道へ行く。
AM10:55
AM10:55

遍路標識。
AM10:56

歩いてきた海岸線を振り返る。
AM11:00
AM11:00

AM11:05
AM11:05

おへんろさん休憩所。ヘンロ小屋大月第14号。
山登りが待っているので少し早いけど昼休憩を取る。
大月休憩所

大月休憩所

大月休憩所

休憩所にザックを降ろし一息入れる。
「ご苦労さん、これから月山神社へ行くのかね」
年配のご夫婦が休憩所に上がってきた。
「お茶でも持ってきてやろうかね。」
あ~ありがとうございます。お茶はけっこうです。
見渡してもトイレがないしこれから山登りになるので水分は取りたくなかった。

「わしらの家はすぐそこやけん遠慮はいらんよ。月山神社はあの山の向こうや。きつい道やけんきぃつけて行きんさい。」
あそこに白っぽく見えてるのはなんですか?
「あ~あれは墓だ。」

見えてる山の向こうに月山神社。
地図に載っている黒い点々はお墓だった。
何処から来たのか尋ねられたりしばらくお話して二人は昼やけん家に帰ると言って休憩所を出て行った。
月山神社への山道

ザックからYさんが作ってくれたお昼のお弁当を出して昼食。
包みを解くと自家製の魚の燻製とミカンが一緒に入っていた。
一人では食べきれない量だった。
Yさん、とっても美味しい栗おこわ、ありがとうございました。
Yさんからのお弁当

お弁当とショウエイ観光の部長さんから頂いた芋けんぴ、地図を入れ直すとザックはパンパンに膨れた。
山登りのときは手には何も持たない方がいい。

Yさんに電話した。
これから月山神社へ向かいます。
山登りなので少し早かったですが休憩所でお弁当頂きました。
とっても美味しかったです!
「足は大丈夫?山登りなのねぇ。雨で道が悪くなってるから気をつけて行くのよ。」
ありがとうございます。
雨は止んだからもう大丈夫です。お腹もいっぱいになったしYさんが作ってくれたご馳走で元気百倍です!
「美味しくもないご飯でごめんなさいね。何かあったら直ぐ電話してね。」

35分休んで11時45分出発。


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