4月8日。
PM12:20 念珠屋さん。
念珠屋さんのご主人。

ももこちゃん。

駐車場脇に念珠を作ったり売っているお店があった。
交代でトイレに行き、お店で一休み。
お店に入ると大きなGRワンちゃんが横になって寝転んでいた。
可愛い〜。なんて名前ですか?
「ももこです。大人しいコですよ。どうぞ休んでいってください。コーヒーどうぞ。お菓子もあるしパンもよかったら食べてください。」
お店のご主人がニコニコ笑いながら奥の冷蔵庫から缶コーヒーを出して渡してくれた。
ありがとうございます。頂きます。
のりこさんが念珠を作ってもらうことにした。
ご主人をと相談している間、私はももこちゃんと遊んでいた。
大きなおテテを差し出したり、お腹を見せてくれる。
良いコだね〜。ナデナデしてると、もっと撫でて〜と甘えてきた。
甘える仕草、大きな体。バディ君に似ている。。。
バディ君がももこちゃんの体を借りて、私がここに来るのを待っていたのだろうか。
姿を変えて、私に会いに来てくれたのかもしれない…
バディ君なの。。。
のりこさんは念珠をとても気に入り、自分用とお友達の分も作ってもらいことにした。
生まれ年によってその人の守り本尊があるそうだ。
その本尊を親玉に入れて作ってくれる。
「え〜と、私は○○生まれなんですけど。」
「それなら普賢菩薩が本尊ですね。どれにしますか?」
「 (ー”ー;)うーん。。ねぇharuさん、どれが良いと思う?」
ももこちゃんとちょっと離れて念珠を見せてもらう。
「haruさんのお数珠、素敵なんだよね。」
琥珀の念珠をのりこさんが選んだ。
綺麗な色だね。
私も作ってもらおうかな。
「記念にお揃いで作ろうよ。」
のりこさんと出会った記念、私も作ってもらうことにした。

石の種類と玉の数でお値段が違う。
のりこさんとお揃い、魔除け・災難除け琥珀の念珠、¥5,000−。
私の守り本尊、虚空蔵菩薩。
のりこさんの守り本尊は普賢菩薩。
お土産の念珠を作ってもらうのに、お友達の生年月日を手帳を見ながらこれはこの人、こっちはこの人。
紫、黄色、ピンク、黒、グリーンと色とりどりの玉を選び、ご主人に説明していた。
水晶、紫水晶、紅水晶、オニキス、翡翠。
支払いを済ませ、作った念珠は奥の院から戻るまで預かってもらうことにした。
テーブルの上の籠に入っているおにぎりやお菓子、パンをご主人が持たせてくれた。
お遍路さんへのお接待にと、おにぎり、パン、お茶、お菓子をご主人が毎朝お店に持ってきているそうだ。
パンとおにぎり戴いていきます。
それでは、行って来ます。
ももこちゃん、後でまたね。帰って来るまで良いコでいてね。

PM12:20 念珠屋さん。
念珠屋さんのご主人。

ももこちゃん。

駐車場脇に念珠を作ったり売っているお店があった。
交代でトイレに行き、お店で一休み。
お店に入ると大きなGRワンちゃんが横になって寝転んでいた。
可愛い〜。なんて名前ですか?
「ももこです。大人しいコですよ。どうぞ休んでいってください。コーヒーどうぞ。お菓子もあるしパンもよかったら食べてください。」
お店のご主人がニコニコ笑いながら奥の冷蔵庫から缶コーヒーを出して渡してくれた。
ありがとうございます。頂きます。
のりこさんが念珠を作ってもらうことにした。
ご主人をと相談している間、私はももこちゃんと遊んでいた。
大きなおテテを差し出したり、お腹を見せてくれる。
良いコだね〜。ナデナデしてると、もっと撫でて〜と甘えてきた。
甘える仕草、大きな体。バディ君に似ている。。。
バディ君がももこちゃんの体を借りて、私がここに来るのを待っていたのだろうか。
姿を変えて、私に会いに来てくれたのかもしれない…
バディ君なの。。。
のりこさんは念珠をとても気に入り、自分用とお友達の分も作ってもらいことにした。
生まれ年によってその人の守り本尊があるそうだ。
その本尊を親玉に入れて作ってくれる。
「え〜と、私は○○生まれなんですけど。」
「それなら普賢菩薩が本尊ですね。どれにしますか?」
「 (ー”ー;)うーん。。ねぇharuさん、どれが良いと思う?」
ももこちゃんとちょっと離れて念珠を見せてもらう。
「haruさんのお数珠、素敵なんだよね。」
琥珀の念珠をのりこさんが選んだ。
綺麗な色だね。
私も作ってもらおうかな。
「記念にお揃いで作ろうよ。」
のりこさんと出会った記念、私も作ってもらうことにした。

石の種類と玉の数でお値段が違う。
のりこさんとお揃い、魔除け・災難除け琥珀の念珠、¥5,000−。
私の守り本尊、虚空蔵菩薩。
のりこさんの守り本尊は普賢菩薩。
お土産の念珠を作ってもらうのに、お友達の生年月日を手帳を見ながらこれはこの人、こっちはこの人。
紫、黄色、ピンク、黒、グリーンと色とりどりの玉を選び、ご主人に説明していた。
水晶、紫水晶、紅水晶、オニキス、翡翠。
支払いを済ませ、作った念珠は奥の院から戻るまで預かってもらうことにした。
テーブルの上の籠に入っているおにぎりやお菓子、パンをご主人が持たせてくれた。
お遍路さんへのお接待にと、おにぎり、パン、お茶、お菓子をご主人が毎朝お店に持ってきているそうだ。
パンとおにぎり戴いていきます。
それでは、行って来ます。
ももこちゃん、後でまたね。帰って来るまで良いコでいてね。

4月8日。
宇佐大橋(出)AM11:10→粋竜→36番青龍寺(着)AM11:50
宇佐大橋→青龍寺
2.2km。 40分。
AM11:15。青龍寺まで2.2km。

竜の浜。

AM11:43。
道沿いに四国八十八ヶ寺の本尊の石仏。

AM11:50。36番青龍寺仁王門。

仁王門。

仁王門にてのりこさん。

三重塔。

AM11:55。

ラマ僧とのりこさん。

本堂。

本堂。

大師堂。

大師堂。

170段の石段。

納経所。

宇佐大橋を渡り少し行くとバス停があり、その前に立派な建物の三陽荘があった。
広い駐車場に大型バスやマイクロバスが止まっている。
街中のホテルと同じような建物。
これじゃ高そうだね。
のりこさん、三陽荘を眺めながら言っていた。
三陽荘から直ぐに粋竜の建物。
三陽荘を見た後では見劣りがするが、鉄筋コンクリート2階建てのビジネスホテルのような宿。
道路沿いの入り口らしきところ、シャッターが閉まっていた。
喫茶店からこれから宇佐大橋を渡る、と連絡を入れていたのに誰もいないのだろうか。
他に出入り口はないかと二人でウロチョロ探してみたがわからない。
携帯から電話を入れてみた。
すみません。予約したものですが今、表にいるんですけどぉ。。。
しばらくすると中からシャッターが開いた。
ガラスドアを開けて女の人が、どうぞと中へ入れてくれた。
入るとレストランのようになっていて、左の方が座敷になっている。
右側はテーブル席。
道路側は広いガラス窓で食事をしながら道路の先の海が見える。
遍路カバンに納経帖や財布を入れ、ザックは置かせて貰う。
お風呂は4時からだから、それまでゆっくりしてきてくれと言われた。
それでは荷物をお願いします、と出発。
私たちが出ると直ぐに中から又、シャッターを降ろされた。
「レストランになっているのだから開けておけばお客さんも入るだろうし、歩き遍路さんは助かるのにね。商売っ気がないのね。だからお客さんは隣の三陽荘に行くんじゃないの。」
のりこさんは手厳しい。
荷物がないと体も足も軽い。
左手の海岸沿いは、砂浜も海も綺麗だった。
竜の浜を過ぎると狭くなった道沿いに、石仏が並んでいた。
四国八十八ヶ所の1番から88番の本尊の石仏。
石仏を見ながら歩いていくと36番の駐車場。
狭い駐車場に車や人が大勢入っていた。
仁王門を潜ると170段の石段。
昨年春、36番に到着したとき、仁王門からの石段を見てウヒャーとWちゃんが叫んだことを思い出す。
そしてOさんが、明徳高校と青龍寺の説明してくれた。
【ここから直ぐ近くの明徳高校にモンゴルから相撲留学していた頃の朝青龍関が青龍寺のこの石段でトレーニングをしていた。
角界に入り青龍寺より許可を得て四股名とした。
明徳「めいとく」を「あきのり」と読む名前は、母校の名からつけられた。】
相撲は見たことはないが、テレビで朝青龍関の名前が出るとOさんから聞いた話を思い出していた。
この石段を毎日登って練習したら、確かに足腰は丈夫になるだろう。
石段の上から濃いエンジ色の法衣を着た、若いラマ僧が降りてこられた。
驚くほどの荷物を背負った若いラマ僧、澄んだ目と綺麗なお顔をしていた。
写真撮らせてください。とても綺麗な姿に、思わず声を掛けていた。
カメラを向けるとニッコリ笑ってくれた。
のりこさんと並んで記念撮影。
素敵なお坊さんだったね。
凄い荷物を背負っていたね。
綺麗なお顔だったよね。
とっても綺麗な目をしていたね。
石段を上りながらラマ僧の話をしまくっていた。
なんで私も一緒に撮らなかったんだろう、後で思い出しても悔しくて仕方がない。
本堂、大師堂へ参拝、お札を納めて、又石段を降りる。
納経所は石段の下にある。
御朱印を戴いて、打ち止めの記念にお守りを買った。
宇佐大橋(出)AM11:10→粋竜→36番青龍寺(着)AM11:50
宇佐大橋→青龍寺
2.2km。 40分。
AM11:15。青龍寺まで2.2km。

竜の浜。

AM11:43。
道沿いに四国八十八ヶ寺の本尊の石仏。

AM11:50。36番青龍寺仁王門。

仁王門。

仁王門にてのりこさん。

三重塔。

AM11:55。

ラマ僧とのりこさん。

本堂。

本堂。

大師堂。

大師堂。

170段の石段。

納経所。

宇佐大橋を渡り少し行くとバス停があり、その前に立派な建物の三陽荘があった。
広い駐車場に大型バスやマイクロバスが止まっている。
街中のホテルと同じような建物。
これじゃ高そうだね。
のりこさん、三陽荘を眺めながら言っていた。
三陽荘から直ぐに粋竜の建物。
三陽荘を見た後では見劣りがするが、鉄筋コンクリート2階建てのビジネスホテルのような宿。
道路沿いの入り口らしきところ、シャッターが閉まっていた。
喫茶店からこれから宇佐大橋を渡る、と連絡を入れていたのに誰もいないのだろうか。
他に出入り口はないかと二人でウロチョロ探してみたがわからない。
携帯から電話を入れてみた。
すみません。予約したものですが今、表にいるんですけどぉ。。。
しばらくすると中からシャッターが開いた。
ガラスドアを開けて女の人が、どうぞと中へ入れてくれた。
入るとレストランのようになっていて、左の方が座敷になっている。
右側はテーブル席。
道路側は広いガラス窓で食事をしながら道路の先の海が見える。
遍路カバンに納経帖や財布を入れ、ザックは置かせて貰う。
お風呂は4時からだから、それまでゆっくりしてきてくれと言われた。
それでは荷物をお願いします、と出発。
私たちが出ると直ぐに中から又、シャッターを降ろされた。
「レストランになっているのだから開けておけばお客さんも入るだろうし、歩き遍路さんは助かるのにね。商売っ気がないのね。だからお客さんは隣の三陽荘に行くんじゃないの。」
のりこさんは手厳しい。
荷物がないと体も足も軽い。
左手の海岸沿いは、砂浜も海も綺麗だった。
竜の浜を過ぎると狭くなった道沿いに、石仏が並んでいた。
四国八十八ヶ所の1番から88番の本尊の石仏。
石仏を見ながら歩いていくと36番の駐車場。
狭い駐車場に車や人が大勢入っていた。
仁王門を潜ると170段の石段。
昨年春、36番に到着したとき、仁王門からの石段を見てウヒャーとWちゃんが叫んだことを思い出す。
そしてOさんが、明徳高校と青龍寺の説明してくれた。
【ここから直ぐ近くの明徳高校にモンゴルから相撲留学していた頃の朝青龍関が青龍寺のこの石段でトレーニングをしていた。
角界に入り青龍寺より許可を得て四股名とした。
明徳「めいとく」を「あきのり」と読む名前は、母校の名からつけられた。】
相撲は見たことはないが、テレビで朝青龍関の名前が出るとOさんから聞いた話を思い出していた。
この石段を毎日登って練習したら、確かに足腰は丈夫になるだろう。
石段の上から濃いエンジ色の法衣を着た、若いラマ僧が降りてこられた。
驚くほどの荷物を背負った若いラマ僧、澄んだ目と綺麗なお顔をしていた。
写真撮らせてください。とても綺麗な姿に、思わず声を掛けていた。
カメラを向けるとニッコリ笑ってくれた。
のりこさんと並んで記念撮影。
素敵なお坊さんだったね。
凄い荷物を背負っていたね。
綺麗なお顔だったよね。
とっても綺麗な目をしていたね。
石段を上りながらラマ僧の話をしまくっていた。
なんで私も一緒に撮らなかったんだろう、後で思い出しても悔しくて仕方がない。
本堂、大師堂へ参拝、お札を納めて、又石段を降りる。
納経所は石段の下にある。
御朱印を戴いて、打ち止めの記念にお守りを買った。
4月8日。
塚地峠休憩(出)AM9:40→喫茶店(着)AM10:05→(出)AM10:55→宇佐大橋AM11:10
塚地峠休憩→宇佐大橋
2.7km。1時間30分。休憩45分。
AM9:52。
R23号。

AM9:55。

←黒潮ラインR47。青龍寺。↑須崎R23。
左手に宇佐大橋が見える。

AM10:05。喫茶店休憩。
喫茶店の美人ママさん。

AM10:58。
横浪。宇佐大橋手前。

AM11:00。宇佐大橋。

AM11:10。
渡ってきた宇佐大橋を振り返る。

宇佐大橋と桜。

国道23号へ出ると左前方に綺麗にカーブした宇佐大橋が見えてきた。
高さのある長い橋。
喜久屋の女将さんが言っていたスーパーが見当たらない。
国道沿い、橋の手前に喫茶店の看板。
お弁当を買うより、食べて行けば持って歩かなくても済むね。
少し早いけど昼休憩にしょう。
意見が一致しおじさん遍路さんと別れ、2階の喫茶店へ入った。
窓から宇佐大橋や宇佐湾が見下ろせ、海岸の砂浜で遊んでいる子供たちが見える。
「こんなところでのんびり過ごし、ずーっと暮らしていきたいなぁ。」
のりこさんがつぶやいた。
そうだね。こんな綺麗な風景のところで暮らせたらいいよね。
モーニングを運んでくれたママさんが隣の席に座り話しかけた。
「今日はお天気がよくっていいわね。昨日は雨で大変だったでしょう。どちらから来られたの?」
「私は東京、こちらは新潟から。今日はとってもいいお天気ですね。歩いてるときは暑くて汗が流れてたけどそれも気持ちいいよね。」
「東京のお遍路さんは多いけど、新潟のお遍路さんはうちでは始めてよ。中にいたら涼しいけど歩いてると暑いでしょうね。」
「暑かったぁ〜。。でも、雨よりはいいよね。私は日頃の行いがいいから雨も上がって清瀧寺のお参りだったのよ。この人は雨の中歩いてたんだよね。」
「それは大変でしたね。あら、こちらは行いが悪いの?」
のりこさんとママさん、前からの知り合いのようにおしゃべりしている。
のりこさんはとってもフレンドリーな性格。
その場に直ぐ溶け込める。明るく聡明でとても優しい人。
私は笑いながら二人の話を聞いていた。
冷たいお水をお代わりしてトイレを借り、45分休憩。
10時55分出発。
出る前に粋竜さんにこれから宇佐大橋を渡ります、と連絡を入れた。
アイスコーヒー、トースト2枚、サラダ、ゆで卵付き¥450−。
ゆで卵を残した私に、持って行きなさい、後で食べたらいいから。とラップに包んで渡してくれた。
「気をつけてね。善いお参りを。」
ごちそうさまでした。ありがとうございます。
国道を渡り、いよいよ宇佐大橋を渡る。
「haruさん〜、海がとっても綺麗だよ〜。」
だめ…恐いよぉ。。。
車が通る度、橋が揺れる。
ひたすらのりこさんの後姿だけを見ながら宇佐大橋を渡った。
長く感じたけれど渡りきるのに10分くらいだった。
橋の袂に桜が咲いていた。
宇佐大橋からの絶景の風景写真は1枚もなく、渡る前と渡りきった橋の写真だけでした。。。残念…
塚地峠休憩(出)AM9:40→喫茶店(着)AM10:05→(出)AM10:55→宇佐大橋AM11:10
塚地峠休憩→宇佐大橋
2.7km。1時間30分。休憩45分。
AM9:52。
R23号。

AM9:55。

←黒潮ラインR47。青龍寺。↑須崎R23。
左手に宇佐大橋が見える。

AM10:05。喫茶店休憩。
喫茶店の美人ママさん。

AM10:58。
横浪。宇佐大橋手前。

AM11:00。宇佐大橋。

AM11:10。
渡ってきた宇佐大橋を振り返る。

宇佐大橋と桜。

国道23号へ出ると左前方に綺麗にカーブした宇佐大橋が見えてきた。
高さのある長い橋。
喜久屋の女将さんが言っていたスーパーが見当たらない。
国道沿い、橋の手前に喫茶店の看板。
お弁当を買うより、食べて行けば持って歩かなくても済むね。
少し早いけど昼休憩にしょう。
意見が一致しおじさん遍路さんと別れ、2階の喫茶店へ入った。
窓から宇佐大橋や宇佐湾が見下ろせ、海岸の砂浜で遊んでいる子供たちが見える。
「こんなところでのんびり過ごし、ずーっと暮らしていきたいなぁ。」
のりこさんがつぶやいた。
そうだね。こんな綺麗な風景のところで暮らせたらいいよね。
モーニングを運んでくれたママさんが隣の席に座り話しかけた。
「今日はお天気がよくっていいわね。昨日は雨で大変だったでしょう。どちらから来られたの?」
「私は東京、こちらは新潟から。今日はとってもいいお天気ですね。歩いてるときは暑くて汗が流れてたけどそれも気持ちいいよね。」
「東京のお遍路さんは多いけど、新潟のお遍路さんはうちでは始めてよ。中にいたら涼しいけど歩いてると暑いでしょうね。」
「暑かったぁ〜。。でも、雨よりはいいよね。私は日頃の行いがいいから雨も上がって清瀧寺のお参りだったのよ。この人は雨の中歩いてたんだよね。」
「それは大変でしたね。あら、こちらは行いが悪いの?」
のりこさんとママさん、前からの知り合いのようにおしゃべりしている。
のりこさんはとってもフレンドリーな性格。
その場に直ぐ溶け込める。明るく聡明でとても優しい人。
私は笑いながら二人の話を聞いていた。
冷たいお水をお代わりしてトイレを借り、45分休憩。
10時55分出発。
出る前に粋竜さんにこれから宇佐大橋を渡ります、と連絡を入れた。
アイスコーヒー、トースト2枚、サラダ、ゆで卵付き¥450−。
ゆで卵を残した私に、持って行きなさい、後で食べたらいいから。とラップに包んで渡してくれた。
「気をつけてね。善いお参りを。」
ごちそうさまでした。ありがとうございます。
国道を渡り、いよいよ宇佐大橋を渡る。
「haruさん〜、海がとっても綺麗だよ〜。」
だめ…恐いよぉ。。。
車が通る度、橋が揺れる。
ひたすらのりこさんの後姿だけを見ながら宇佐大橋を渡った。
長く感じたけれど渡りきるのに10分くらいだった。
橋の袂に桜が咲いていた。
宇佐大橋からの絶景の風景写真は1枚もなく、渡る前と渡りきった橋の写真だけでした。。。残念…
4月8日。
塚地峠越え
登り口(出)AM8:25→峠越えAM9:20
3.1km。55分。
塚地峠越え、出発8時25分。

久しぶりの山道。H190の上り坂。


歩幅の広い丸太の階段。



手やり石:青龍寺までの道しるべとして路傍に建てられたもので、多くの人々が利用した。

西に進むと大峠展望所。

ヤマツツジ。

AM8:50。
36番青龍寺は宇佐湾の向こうに霞んで見えるお山。

下り坂。

峠を流れる川にある、小さなダム。

慎重に一歩づつ。

のりこさん、塚地峠越えの記念撮影。

安政地震・津波の碑。
休憩。

久しぶりの山道。のりこさんの後ろから上っていく。
足も痛まず楽に登れた。
ヤマツツジが綺麗に咲いて、南側が開けた場所があり宇佐の海が見えた。
宇佐湾一望のビューポイント。
ここから霞んで見えるお山、青龍寺へ向かう。
上りきると下り坂。
峠越えは1時間掛からなかった。
塚地峠から下りてきたら、田の中に「安政地震・津波の碑」が立っていた。
説明文:安政元年(1854年)の地震後、安政5年(1858年)に立てられた碑であり、この教訓が生かされ、南海地震の時には死者は僅か1名で済んだ。
峠の登り口の東屋にいたおじさん遍路さんが休憩していた。
おじさんの隣に私たちも休憩。
安政地震の碑の前でビニール袋を敷き、ザックを降ろし靴を脱いだ。
おじさんが声を掛けた。
「早いねー。慣れた歩き方だね。山歩きをしてるの?」
私に尋ねていた。
いえいえ、山歩きは四国だけです。のりこさんの方が山歩きのベテランなんですよ。
おじさん遍路さん、3年ぶりの四国遍路だそうだ。
この辺り、風景が変わったと言っていた。
10分休憩。
9時40分、おじさん遍路さんと一緒に出発。
塚地峠越え
登り口(出)AM8:25→峠越えAM9:20
3.1km。55分。
塚地峠越え、出発8時25分。

久しぶりの山道。H190の上り坂。


歩幅の広い丸太の階段。



手やり石:青龍寺までの道しるべとして路傍に建てられたもので、多くの人々が利用した。

西に進むと大峠展望所。

ヤマツツジ。

AM8:50。
36番青龍寺は宇佐湾の向こうに霞んで見えるお山。

下り坂。

峠を流れる川にある、小さなダム。

慎重に一歩づつ。

のりこさん、塚地峠越えの記念撮影。

安政地震・津波の碑。
休憩。

久しぶりの山道。のりこさんの後ろから上っていく。
足も痛まず楽に登れた。
ヤマツツジが綺麗に咲いて、南側が開けた場所があり宇佐の海が見えた。
宇佐湾一望のビューポイント。
ここから霞んで見えるお山、青龍寺へ向かう。
上りきると下り坂。
峠越えは1時間掛からなかった。
塚地峠から下りてきたら、田の中に「安政地震・津波の碑」が立っていた。
説明文:安政元年(1854年)の地震後、安政5年(1858年)に立てられた碑であり、この教訓が生かされ、南海地震の時には死者は僅か1名で済んだ。
峠の登り口の東屋にいたおじさん遍路さんが休憩していた。
おじさんの隣に私たちも休憩。
安政地震の碑の前でビニール袋を敷き、ザックを降ろし靴を脱いだ。
おじさんが声を掛けた。
「早いねー。慣れた歩き方だね。山歩きをしてるの?」
私に尋ねていた。
いえいえ、山歩きは四国だけです。のりこさんの方が山歩きのベテランなんですよ。
おじさん遍路さん、3年ぶりの四国遍路だそうだ。
この辺り、風景が変わったと言っていた。
10分休憩。
9時40分、おじさん遍路さんと一緒に出発。
4月8日。
喜久屋(出)AM7:10→塚地峠(着)AM8:10
喜久屋→塚地峠
3.1km。1時間
旅館喜久屋料金。1泊夕食付き¥6,000−
AM7:00。旅館喜久屋の前にて。
のりこさんと女将さん。

女将さんが見送ってくださった

AM8:10。

AM7:35。波介川。

AM8:00。R39。
桂浜17km。宇佐2km。

AM8:05。塚地峠登り口。

東屋。

東屋。
おじさんお遍路さんが出発。

大師の泉。

AM8:25。塚地峠。
←峠(遍路道)→駐車場、トイレ。

身支度をして女将さんと表で待っているとのりこさんが迎えに来てくれた。
女将さんが36番への手書きの地図をのりこさんと私に1枚づつ渡し、丁寧に説明してくれた。
「橋を渡って(宇佐大橋)国民宿舎へ行けばレストランがあるけどそれまで何もないから、橋の手前のスーパーでお弁当を買うのよ。
甘い言葉や誘いにはくれぐれも気をつけるのよ。女の人は自分で身を守らなくてはいけない。無事にお参りができるよう、あなたたちのことを毎日お大師さまにお願いしているからね。気をつけて行くのよ。」
お世話になりました。ありがとうございました。
おばさんもいつまでもお元気でいらしてください。
いつかきっと、又来ます。おばさんに会いに来ますから。
喜久屋、8時10分出発。
振り向くと女将さんが表に立って手を振ってくれていた。
「良いおばさんだったね。白石屋さんも良い人たちだったよ。お客は私一人。」
喜久屋さんに泊まっていたおじさん二人、一人は朝5時に出発、もう一人の人は6時半頃出発で35番清瀧寺へ行ったと女将さんが言っていた。
喜久屋さんの手書きの地図はとてもわかり易い。
親切だねぇとのりこさんが喜久屋さんの女将さんを褒めていた。
ふと、のりこさんの足元を見ると、靴が変わっていた。
あれ。。のりこさん、あのサンダル靴はどうしたんですか?
「あれはダメだった。竹林寺の山道、大変だったよ。あれから靴を探して昨日これを見つけて買ったの。今度はいいわよ。それで昨日あのサンダル靴や傘とか本とか荷造りして送り返したの。荷物軽くなったよ〜。」
え〜、傘に本までですかぁ!?
「傘は雨が降ったらいるし、本も読みたくなるときがあるかなって持ってきたたんだけど要らないことにしたの。」
1グラムでも荷物なんか減らしたいのに、のりこさんはやっぱり変わってますね。
「そうかなー?旅に出るときは必ず本は持っていくよ。」
私も本が好きだけど、旅と言ってもお遍路さんですよ。。。(^_^;)
30分ほど用水路沿いを歩いて波介川。
橋を渡ると国道39号。
「朝早いと歩きやすいね。」
そうですよね。午後からペースが落ちるし私は揺る足だから朝早くの出発で丁度いいですよ。
「私はこんな早い時間の出発は始めてかな。早くて8時位だったし高須では10時頃、昨日は9時頃で私が一番遅かった。」
昨日はどちらのお宿だったんですか?
「昨日は英光さん。haruさんは?」
私は高知屋さん。渡し船は何時でした?
「種崎の渡船は4時10分かな。高知屋さんは満員でだめだった。haruさんは何時の船?」
2時10分でしたよ。
「早い〜。」
お昼休憩1時間も休んでいたんですよ。のりこさんは出発が遅いから。。
「いいの、いいの。着けばいいんだから。でも、朝早い方が歩き易いんだね。明日から早い出発にするわ。」
8時、「→塚地峠」の標識が見えてきた。
国道真っ直ぐ進んでも行けるが塚地峠が遍路道。
峠越えの距離は3.1km。国道を行くと2.6km。距離は短いが塚地トンネルがあるし車道でアスファルト道。
少しくらいきつくても峠越えの遍路道を迷わず選ぶ。
駐車場の右手にトイレ、左手に東屋。
喜久屋さんを出て丁度1時間、東屋で休憩。
トイレも綺麗に掃除され、東屋は野宿遍路さんが泊まれるようになっている。
東屋の前に大師の泉、綺麗なせせらぎに水車がある。
のりこさんと交代でトイレに行き、自販機で冷たいお茶を買った。
ザックの中から朝食用のカロリーメイトを出してると、のりこさんが昨日こんなこともあろうかとパンを買っていたとザックの中から袋を取り出した。
カロリーメイト半分とのりこさんのクルミパン半分コにして朝食。
東屋で20分休憩。
綺麗な空気の中で食べたクルミパンはとっても美味しかった。
喜久屋(出)AM7:10→塚地峠(着)AM8:10
喜久屋→塚地峠
3.1km。1時間
旅館喜久屋料金。1泊夕食付き¥6,000−
AM7:00。旅館喜久屋の前にて。
のりこさんと女将さん。

女将さんが見送ってくださった

AM8:10。

AM7:35。波介川。

AM8:00。R39。
桂浜17km。宇佐2km。

AM8:05。塚地峠登り口。

東屋。

東屋。
おじさんお遍路さんが出発。

大師の泉。

AM8:25。塚地峠。
←峠(遍路道)→駐車場、トイレ。

身支度をして女将さんと表で待っているとのりこさんが迎えに来てくれた。
女将さんが36番への手書きの地図をのりこさんと私に1枚づつ渡し、丁寧に説明してくれた。
「橋を渡って(宇佐大橋)国民宿舎へ行けばレストランがあるけどそれまで何もないから、橋の手前のスーパーでお弁当を買うのよ。
甘い言葉や誘いにはくれぐれも気をつけるのよ。女の人は自分で身を守らなくてはいけない。無事にお参りができるよう、あなたたちのことを毎日お大師さまにお願いしているからね。気をつけて行くのよ。」
お世話になりました。ありがとうございました。
おばさんもいつまでもお元気でいらしてください。
いつかきっと、又来ます。おばさんに会いに来ますから。
喜久屋、8時10分出発。
振り向くと女将さんが表に立って手を振ってくれていた。
「良いおばさんだったね。白石屋さんも良い人たちだったよ。お客は私一人。」
喜久屋さんに泊まっていたおじさん二人、一人は朝5時に出発、もう一人の人は6時半頃出発で35番清瀧寺へ行ったと女将さんが言っていた。
喜久屋さんの手書きの地図はとてもわかり易い。
親切だねぇとのりこさんが喜久屋さんの女将さんを褒めていた。
ふと、のりこさんの足元を見ると、靴が変わっていた。
あれ。。のりこさん、あのサンダル靴はどうしたんですか?
「あれはダメだった。竹林寺の山道、大変だったよ。あれから靴を探して昨日これを見つけて買ったの。今度はいいわよ。それで昨日あのサンダル靴や傘とか本とか荷造りして送り返したの。荷物軽くなったよ〜。」
え〜、傘に本までですかぁ!?
「傘は雨が降ったらいるし、本も読みたくなるときがあるかなって持ってきたたんだけど要らないことにしたの。」
1グラムでも荷物なんか減らしたいのに、のりこさんはやっぱり変わってますね。
「そうかなー?旅に出るときは必ず本は持っていくよ。」
私も本が好きだけど、旅と言ってもお遍路さんですよ。。。(^_^;)
30分ほど用水路沿いを歩いて波介川。
橋を渡ると国道39号。
「朝早いと歩きやすいね。」
そうですよね。午後からペースが落ちるし私は揺る足だから朝早くの出発で丁度いいですよ。
「私はこんな早い時間の出発は始めてかな。早くて8時位だったし高須では10時頃、昨日は9時頃で私が一番遅かった。」
昨日はどちらのお宿だったんですか?
「昨日は英光さん。haruさんは?」
私は高知屋さん。渡し船は何時でした?
「種崎の渡船は4時10分かな。高知屋さんは満員でだめだった。haruさんは何時の船?」
2時10分でしたよ。
「早い〜。」
お昼休憩1時間も休んでいたんですよ。のりこさんは出発が遅いから。。
「いいの、いいの。着けばいいんだから。でも、朝早い方が歩き易いんだね。明日から早い出発にするわ。」
8時、「→塚地峠」の標識が見えてきた。
国道真っ直ぐ進んでも行けるが塚地峠が遍路道。
峠越えの距離は3.1km。国道を行くと2.6km。距離は短いが塚地トンネルがあるし車道でアスファルト道。
少しくらいきつくても峠越えの遍路道を迷わず選ぶ。
駐車場の右手にトイレ、左手に東屋。
喜久屋さんを出て丁度1時間、東屋で休憩。
トイレも綺麗に掃除され、東屋は野宿遍路さんが泊まれるようになっている。
東屋の前に大師の泉、綺麗なせせらぎに水車がある。
のりこさんと交代でトイレに行き、自販機で冷たいお茶を買った。
ザックの中から朝食用のカロリーメイトを出してると、のりこさんが昨日こんなこともあろうかとパンを買っていたとザックの中から袋を取り出した。
カロリーメイト半分とのりこさんのクルミパン半分コにして朝食。
東屋で20分休憩。
綺麗な空気の中で食べたクルミパンはとっても美味しかった。
4月7日。
旅館 喜久屋
喜久屋さんの玄関の板場、ザックの脇で腰を下ろして休んでいると女将さんが戻ってこられた。
「ご苦労さま。お参りに行ってきましたか?」
はい、今戻ったところです。お世話になります。
「これからお風呂を沸かすからもう少し待ってね。4時頃には入れるよ。昨日、あなたの他にも泊めてほしいって電話があったんだけど、おばさん一人だから大勢のお遍路さんのお世話は出来ないのよ。お断りするのは申し訳ないんだけどこの年だし、体もきつくなってるしね。部屋はこっちよ。お風呂が沸いたら呼ぶからそれまでゆっくり休んでてね。」
女将さんの後に着いて行く。
玄関から真っ直ぐ進み右手の広間、夕食はここでと言われた。
左手のガラス戸の向こうがが女将さんの住居のようだけど人の気配はなかった。
広間を通って一旦外へ出て別棟の玄関へ入る。
玄関を入る前の右手に洗濯機と乾燥機が置いてある。
洗剤はここにあるから使ってと言ってくれた。洗剤、洗濯機は無料、乾燥機¥200−。
別棟の玄関を入ると廊下の左に男子用と女子用のトイレと腰掛ウォッシュレット付きのトイレが並び反対側に洗面所。
廊下の右側に部屋が並んでいる。
廊下の突き当たりを左に曲がって2階への階段。
2階はコの字型の廊下になっていて部屋が並んでいる。
階段の突き当たりの部屋に通された。
部屋は8畳くらいの広さ。壁際に布団が3組たたまれ窓が2箇所。
小さなテレビと壁に新しいクーラーが着いてテーブルの上に茶道具が置かれている。
最初に入ってきた道路側の玄関の右側からも2階に通じる階段があった。
大勢のお遍路さんが泊まれる造りになっている。
「旅館 喜久屋」繁盛していた様子が窺える。
電話が鳴った。
のりこさんからだった。
もしもーし。のりこさん〜、いまどちらですかぁ。
「haruさん〜、元気ですかぁ。これから35番へ向かいま〜す。」
私はもう宿でくつろいでますよぉ。
「ぎぇ、もう、お宿なのぉ!どこよ?」
喜久屋さんですよ、のりこさんは?
「ずっと、喜久屋さんに電話してたのに連絡取れなくって白石屋さんにお願いしたよ。」
白石屋さんは喜久屋さんの向かい。
明日、36番は一緒に行きますか?
「いいよ、明日一緒に行こう。明日の宿はどうする?」
汐浜荘さんに取れるといいですよね。私、電話してみます。取れたらのりこさんの部屋も予約入れておきましょうか?
「そうしてくれる?4時頃までには宿に入れると思うから後でまた連絡入れるよ。着いたら電話するね。」
はーい、予約が取れたら入れておきます。
明日のコース、宇佐大橋を渡り横浪スカイラインから36番青龍寺を打ち、また同じルートを引き返し宇佐大橋から仏坂峠を越えの道が距離が一番短い。
宇佐大橋手前の汐浜荘に宿が取れたら、荷物を預け36番を打って宇佐大橋から汐浜荘へ。
その翌日、汐浜荘から37番に向かう途中、須崎駅辺りまでのりこさんと同行できる。
地図を見ながら予定を立て、汐浜荘に電話を入れた。が、満員と断れてしまった。。。
36番から更に上ると仙台のおじさんが泊まると言っていた国民宿舎土佐がある。
「展望風呂があり、インターネットが使え国民宿舎と言うより1流ホテルのような施設とサービス」遍路サイトに賛辞が載っている。
電話を入れたが残念ながらここも満員。
36番手前の三陽荘はツアー団体専用のようなホテルと遍路サイトに載っていた。
粋竜に電話。
今夜はどこの宿かと聞かれた。喜久屋さんです、と言うと
「喜久屋さんからでは早く着き過ぎる」と言われた。
お風呂が沸いたから降りてきて、女将さんからの電話が入った。
洗濯物を持って下へ行く。
おばさん、国民宿舎も汐浜荘も満員で断られたので、粋竜さんに電話したら早く着き過ぎるって言われたんですよ。。
「明日は何時に出発するの?」
同行になったお遍路さんがおばさんのところ、連絡が取れなくてお向かいの白石屋さんに今夜泊まるんですよ。
明日一緒に行くんですが、遅くても7時前には出かけたいんです。
「7時前に出たら10時には着くね。それじゃ、奥の院へ行ってゆっくりお参りするって言いなさい。この前も一人歩きの女のお遍路さんが粋竜さんにそう言われたけど、奥の院へ行ってからと言って泊めてもらったのよ。あなたもそう言いなさい。私から粋竜さんに言ってあげようか?」
いえ、粋竜さんにもう一度電話してみます。
お風呂へ入る前、女将さんに言われたように粋竜へ電話を入れた。
36番奥の院へお参りし、ゆっくりしてきます。荷物を置かせてください。
「それじゃ、早い時間は人がいないので着く時間がわかったら電話を入れてください。誰かをやって、開けますから。」
宿には誰も住んでいない?とりあえず、のりこさんの分も予約を入れた。
「2部屋ですね。山側と海側の部屋があるけど、どちらにしますか?海側だと¥6,500−、山側の部屋は¥6,000−だけど。」
山より海がいい。海側のいお部屋でお願いします。
女将さんに報告。粋竜さんに予約が取れました。ありがとうございます。
明日一緒の人から連絡が入ってから出発の時間を決めます。私は早い方がいいけど。。。
「7時頃でいいんじゃない?ゆっくり歩いても10時には着くよ。朝の食事は?」
朝食はいいかな。後で出発の時間は決めます。洗濯機お借りします。
「朝食、そうしてもらうとおばさんも助かるわ。洗剤使ってね。あ〜、ちょっと来て。」
女将さん、洗濯機のところへ行き、
「乾燥機、使ったけど未だお金が残ってるから、これで止めてあるの。後100円入れたら、綺麗に乾くよ。」
乾燥機の扉を洗濯ハサミで止めてある。
外して扉を閉めると残っているお金の分があるので未だ使えると教えてくれた。
ありがとうございます。使わせてもらいます。
お風呂、頂きます。
お風呂場の入り口に鍵を掛け、4時に一番風呂を戴いた。
家庭のお風呂より広く、流しの蛇口も2箇所着いていた。
髪を洗ってゆっくり手足を伸ばす。
お風呂から上がり、洗濯の終わっていた洗濯物を乾燥機に入れ、100円足して洗濯ハサミを外した。
食事が済んでから取り込めばいい。
浴衣に着替え部屋に戻り、携帯とカメラの充電。
お風呂に入る前に宿に着いたと本家に連絡を入れた。
布団を部屋の真ん中に敷き、寝転んで1日のメモをつけてると携帯が鳴った。
のりこさん。
「着いたよ〜。これからお風呂に入るから夜、電話するね。」
お疲れさまでした。ゆっくりお風呂に入ってください〜。
6時、夕食が出来てるから広間へ来てと女将さんから電話。
広間へ行くと、おじさんが二人テーブルに並んでビールを飲んでいた。
蒸した鯛とお刺身、サラダ、煮物、漬物が並んでいた。
女将さんが何か飲む?と聞いたが冷たいお水が飲みたかった。
お水を下さいと頼んでご飯を戴いた。
女将さんが氷を入れたお水と味噌汁を運んでくれ、ご飯は自分でよそってねと言いながら、私の耳元に口を寄せ小さな声で
「あなたの鯛が一番大きいのよ。」と笑って言ってくれた。
おじさんたちは女将さんの声が聞こえない。
今日は雨で大変だったとお酒を飲みながら話していた。
どちらからですか?
女将さんにビールと熱燗の追加を頼んだおじさんが私に聞いた。
新潟からです。
「私は大阪からです。今日は雨で大変でしたよね。」
「明日、私は5時に出発します。おにぎりを頼んでおこうかなー。」
もう一人のおじさんが熱燗を飲みながらひとり言のようにつぶやいていた。
二人のおじさん、連れではないようだ。
どの位の時間でどこまで歩けたと、それぞれ自慢するような会話をしていた。
食事を済ませ、お先にと部屋を出た。
乾燥機が終わっていた。
洗濯物をビニール袋に詰めてると、女将さんが側に来て、
「あのおじさんたちは、向こうの部屋でこっちはあなた一人。玄関は中から鍵を掛けられるし誰もこっちへは来ないからね。」
おじさんたちは表の方の部屋だそうだ。
別棟の広い一軒家、私一人で貸切。
部屋に戻って洗濯物や雨具をたたみ、ザックの中に詰めた。
歯磨きとトイレを済ませ、玄関の鍵を掛け部屋に戻った。
布団に入ってテレビを見てると、のりこさんから電話。
「遅くなってごめんね。こっちの宿、私一人よ。」
私も貸し切り状態、他におじさんが二人泊まってる。
あのね、汐浜荘も国民宿舎も満員でだめだったから、粋竜さんに予約しましたよ。のりこさんの分も予約を入れました。山側と海側の部屋があって海側の方は¥6,500で山側は¥6,000−なんだって。海側で取ったけどいいよね?
「そっか、汐浜荘だめだったんだね。オッケー、オッケー!海側の方がいいよね。山は昼間いっぱい見てきてる。」
明日、何時頃に出ますか?7時頃でいい?
「いいよ、7時で。朝食どうする?haruさんは頼んだの?」
ううん、頼んでない。おばさんにおにぎりでも頼んでおきましょうか?
「う〜ん。。朝食パスしょうか?お接待でいろいろ戴いたのがあるし、コンビニかお店があったら食べるのを買おうよ。朝から食べてると体が重くなるよね。」
のりこさん、電話の向こうでケラケラ笑っていた。
じゃ、明日7時にね。私、のりこさんを迎えにいきますよ。
「大丈夫よ。私が7時にそっちへ行くからね。じゃ〜ね。おやすみなさい〜。」
のりこさんと明日の出発の打ち合わせをして女将さんに電話を入れた。
明日、7時に出発します。朝食は途中で食べることにしました。
天気予報、明日は晴れ。
27番下の”ドライブイン27”もそうだったけど、女将さんが一人で切り盛りしたり夫婦でお遍路さんのお世話をしている宿が多い。
家庭的な雰囲気、歩き遍路さんには嬉しいが、車で回るお遍路さんや団体さんは綺麗で大きなホテルや宿坊に行ってしまう。
綺麗に改装増築し本格的な宿にして商売を続けるか、こじんまりと1日数人の歩き遍路さんのお世話をやっていくか。。。
遍路協会さんの”四国ひとり歩き”本に載っている宿が廃業しているところもある。
低料金で高級ホテル並みのサービスを求めるお遍路さんたちにも問題がある。
お接待を期待したり、お遍路だから当然というような言動の人も多い。
老齢化の問題もある。後継ぎがいなくなればお世話したくとも出来なくなっていく。
商売抜きでお世話をしてくださる宿の人たち。
四国と言う人情と風土。昔ながらの遍路宿。
そういうことがだん々少なくなっていくのだろうか。
親切な喜久屋さんの女将さんとの会話、今までにお世話になった宿の女将さんや出会った人たちのことを思いだしているうち睡魔が襲ってきた。
旅館 喜久屋
喜久屋さんの玄関の板場、ザックの脇で腰を下ろして休んでいると女将さんが戻ってこられた。
「ご苦労さま。お参りに行ってきましたか?」
はい、今戻ったところです。お世話になります。
「これからお風呂を沸かすからもう少し待ってね。4時頃には入れるよ。昨日、あなたの他にも泊めてほしいって電話があったんだけど、おばさん一人だから大勢のお遍路さんのお世話は出来ないのよ。お断りするのは申し訳ないんだけどこの年だし、体もきつくなってるしね。部屋はこっちよ。お風呂が沸いたら呼ぶからそれまでゆっくり休んでてね。」
女将さんの後に着いて行く。
玄関から真っ直ぐ進み右手の広間、夕食はここでと言われた。
左手のガラス戸の向こうがが女将さんの住居のようだけど人の気配はなかった。
広間を通って一旦外へ出て別棟の玄関へ入る。
玄関を入る前の右手に洗濯機と乾燥機が置いてある。
洗剤はここにあるから使ってと言ってくれた。洗剤、洗濯機は無料、乾燥機¥200−。
別棟の玄関を入ると廊下の左に男子用と女子用のトイレと腰掛ウォッシュレット付きのトイレが並び反対側に洗面所。
廊下の右側に部屋が並んでいる。
廊下の突き当たりを左に曲がって2階への階段。
2階はコの字型の廊下になっていて部屋が並んでいる。
階段の突き当たりの部屋に通された。
部屋は8畳くらいの広さ。壁際に布団が3組たたまれ窓が2箇所。
小さなテレビと壁に新しいクーラーが着いてテーブルの上に茶道具が置かれている。
最初に入ってきた道路側の玄関の右側からも2階に通じる階段があった。
大勢のお遍路さんが泊まれる造りになっている。
「旅館 喜久屋」繁盛していた様子が窺える。
電話が鳴った。
のりこさんからだった。
もしもーし。のりこさん〜、いまどちらですかぁ。
「haruさん〜、元気ですかぁ。これから35番へ向かいま〜す。」
私はもう宿でくつろいでますよぉ。
「ぎぇ、もう、お宿なのぉ!どこよ?」
喜久屋さんですよ、のりこさんは?
「ずっと、喜久屋さんに電話してたのに連絡取れなくって白石屋さんにお願いしたよ。」
白石屋さんは喜久屋さんの向かい。
明日、36番は一緒に行きますか?
「いいよ、明日一緒に行こう。明日の宿はどうする?」
汐浜荘さんに取れるといいですよね。私、電話してみます。取れたらのりこさんの部屋も予約入れておきましょうか?
「そうしてくれる?4時頃までには宿に入れると思うから後でまた連絡入れるよ。着いたら電話するね。」
はーい、予約が取れたら入れておきます。
明日のコース、宇佐大橋を渡り横浪スカイラインから36番青龍寺を打ち、また同じルートを引き返し宇佐大橋から仏坂峠を越えの道が距離が一番短い。
宇佐大橋手前の汐浜荘に宿が取れたら、荷物を預け36番を打って宇佐大橋から汐浜荘へ。
その翌日、汐浜荘から37番に向かう途中、須崎駅辺りまでのりこさんと同行できる。
地図を見ながら予定を立て、汐浜荘に電話を入れた。が、満員と断れてしまった。。。
36番から更に上ると仙台のおじさんが泊まると言っていた国民宿舎土佐がある。
「展望風呂があり、インターネットが使え国民宿舎と言うより1流ホテルのような施設とサービス」遍路サイトに賛辞が載っている。
電話を入れたが残念ながらここも満員。
36番手前の三陽荘はツアー団体専用のようなホテルと遍路サイトに載っていた。
粋竜に電話。
今夜はどこの宿かと聞かれた。喜久屋さんです、と言うと
「喜久屋さんからでは早く着き過ぎる」と言われた。
お風呂が沸いたから降りてきて、女将さんからの電話が入った。
洗濯物を持って下へ行く。
おばさん、国民宿舎も汐浜荘も満員で断られたので、粋竜さんに電話したら早く着き過ぎるって言われたんですよ。。
「明日は何時に出発するの?」
同行になったお遍路さんがおばさんのところ、連絡が取れなくてお向かいの白石屋さんに今夜泊まるんですよ。
明日一緒に行くんですが、遅くても7時前には出かけたいんです。
「7時前に出たら10時には着くね。それじゃ、奥の院へ行ってゆっくりお参りするって言いなさい。この前も一人歩きの女のお遍路さんが粋竜さんにそう言われたけど、奥の院へ行ってからと言って泊めてもらったのよ。あなたもそう言いなさい。私から粋竜さんに言ってあげようか?」
いえ、粋竜さんにもう一度電話してみます。
お風呂へ入る前、女将さんに言われたように粋竜へ電話を入れた。
36番奥の院へお参りし、ゆっくりしてきます。荷物を置かせてください。
「それじゃ、早い時間は人がいないので着く時間がわかったら電話を入れてください。誰かをやって、開けますから。」
宿には誰も住んでいない?とりあえず、のりこさんの分も予約を入れた。
「2部屋ですね。山側と海側の部屋があるけど、どちらにしますか?海側だと¥6,500−、山側の部屋は¥6,000−だけど。」
山より海がいい。海側のいお部屋でお願いします。
女将さんに報告。粋竜さんに予約が取れました。ありがとうございます。
明日一緒の人から連絡が入ってから出発の時間を決めます。私は早い方がいいけど。。。
「7時頃でいいんじゃない?ゆっくり歩いても10時には着くよ。朝の食事は?」
朝食はいいかな。後で出発の時間は決めます。洗濯機お借りします。
「朝食、そうしてもらうとおばさんも助かるわ。洗剤使ってね。あ〜、ちょっと来て。」
女将さん、洗濯機のところへ行き、
「乾燥機、使ったけど未だお金が残ってるから、これで止めてあるの。後100円入れたら、綺麗に乾くよ。」
乾燥機の扉を洗濯ハサミで止めてある。
外して扉を閉めると残っているお金の分があるので未だ使えると教えてくれた。
ありがとうございます。使わせてもらいます。
お風呂、頂きます。
お風呂場の入り口に鍵を掛け、4時に一番風呂を戴いた。
家庭のお風呂より広く、流しの蛇口も2箇所着いていた。
髪を洗ってゆっくり手足を伸ばす。
お風呂から上がり、洗濯の終わっていた洗濯物を乾燥機に入れ、100円足して洗濯ハサミを外した。
食事が済んでから取り込めばいい。
浴衣に着替え部屋に戻り、携帯とカメラの充電。
お風呂に入る前に宿に着いたと本家に連絡を入れた。
布団を部屋の真ん中に敷き、寝転んで1日のメモをつけてると携帯が鳴った。
のりこさん。
「着いたよ〜。これからお風呂に入るから夜、電話するね。」
お疲れさまでした。ゆっくりお風呂に入ってください〜。
6時、夕食が出来てるから広間へ来てと女将さんから電話。
広間へ行くと、おじさんが二人テーブルに並んでビールを飲んでいた。
蒸した鯛とお刺身、サラダ、煮物、漬物が並んでいた。
女将さんが何か飲む?と聞いたが冷たいお水が飲みたかった。
お水を下さいと頼んでご飯を戴いた。
女将さんが氷を入れたお水と味噌汁を運んでくれ、ご飯は自分でよそってねと言いながら、私の耳元に口を寄せ小さな声で
「あなたの鯛が一番大きいのよ。」と笑って言ってくれた。
おじさんたちは女将さんの声が聞こえない。
今日は雨で大変だったとお酒を飲みながら話していた。
どちらからですか?
女将さんにビールと熱燗の追加を頼んだおじさんが私に聞いた。
新潟からです。
「私は大阪からです。今日は雨で大変でしたよね。」
「明日、私は5時に出発します。おにぎりを頼んでおこうかなー。」
もう一人のおじさんが熱燗を飲みながらひとり言のようにつぶやいていた。
二人のおじさん、連れではないようだ。
どの位の時間でどこまで歩けたと、それぞれ自慢するような会話をしていた。
食事を済ませ、お先にと部屋を出た。
乾燥機が終わっていた。
洗濯物をビニール袋に詰めてると、女将さんが側に来て、
「あのおじさんたちは、向こうの部屋でこっちはあなた一人。玄関は中から鍵を掛けられるし誰もこっちへは来ないからね。」
おじさんたちは表の方の部屋だそうだ。
別棟の広い一軒家、私一人で貸切。
部屋に戻って洗濯物や雨具をたたみ、ザックの中に詰めた。
歯磨きとトイレを済ませ、玄関の鍵を掛け部屋に戻った。
布団に入ってテレビを見てると、のりこさんから電話。
「遅くなってごめんね。こっちの宿、私一人よ。」
私も貸し切り状態、他におじさんが二人泊まってる。
あのね、汐浜荘も国民宿舎も満員でだめだったから、粋竜さんに予約しましたよ。のりこさんの分も予約を入れました。山側と海側の部屋があって海側の方は¥6,500で山側は¥6,000−なんだって。海側で取ったけどいいよね?
「そっか、汐浜荘だめだったんだね。オッケー、オッケー!海側の方がいいよね。山は昼間いっぱい見てきてる。」
明日、何時頃に出ますか?7時頃でいい?
「いいよ、7時で。朝食どうする?haruさんは頼んだの?」
ううん、頼んでない。おばさんにおにぎりでも頼んでおきましょうか?
「う〜ん。。朝食パスしょうか?お接待でいろいろ戴いたのがあるし、コンビニかお店があったら食べるのを買おうよ。朝から食べてると体が重くなるよね。」
のりこさん、電話の向こうでケラケラ笑っていた。
じゃ、明日7時にね。私、のりこさんを迎えにいきますよ。
「大丈夫よ。私が7時にそっちへ行くからね。じゃ〜ね。おやすみなさい〜。」
のりこさんと明日の出発の打ち合わせをして女将さんに電話を入れた。
明日、7時に出発します。朝食は途中で食べることにしました。
天気予報、明日は晴れ。
27番下の”ドライブイン27”もそうだったけど、女将さんが一人で切り盛りしたり夫婦でお遍路さんのお世話をしている宿が多い。
家庭的な雰囲気、歩き遍路さんには嬉しいが、車で回るお遍路さんや団体さんは綺麗で大きなホテルや宿坊に行ってしまう。
綺麗に改装増築し本格的な宿にして商売を続けるか、こじんまりと1日数人の歩き遍路さんのお世話をやっていくか。。。
遍路協会さんの”四国ひとり歩き”本に載っている宿が廃業しているところもある。
低料金で高級ホテル並みのサービスを求めるお遍路さんたちにも問題がある。
お接待を期待したり、お遍路だから当然というような言動の人も多い。
老齢化の問題もある。後継ぎがいなくなればお世話したくとも出来なくなっていく。
商売抜きでお世話をしてくださる宿の人たち。
四国と言う人情と風土。昔ながらの遍路宿。
そういうことがだん々少なくなっていくのだろうか。
親切な喜久屋さんの女将さんとの会話、今までにお世話になった宿の女将さんや出会った人たちのことを思いだしているうち睡魔が襲ってきた。
4月7日。
35番 清瀧寺(出)PM12:55→喜久屋さん(着)PM2:40
35番清瀧寺→喜久屋
3.7km。1時間45分。
PM12:55。35番 清瀧寺仁王門。

PM12:56。

PM1:00。

PM1:10。

PM2:05。国道56号。
「四万十市97km。須崎20km。」標識。

PM2:10。
たこ焼き屋さんの笑顔の可愛いママさん。

香南町野市のイケメンお遍路さん、武内さん34才。

12時55分、清滝寺から来た道を引き返す。。
山道を降り集落に入ると雨は小降りになってきた。
田圃道を通り農家の庭先の道を抜け、細い道を曲がってるうちにいつの間にか見覚えのない道に入っていた。
またどこかで道を間違えたようだ。
喜久屋さんから持ってきた地図を逆さにして照らし合わせる。
通ってきた道、逆戻りになると目印にしていた電柱や畑が反対になる。
遠くに車が走っているのが見える。
国道56号のはず、その方向へ行けばいい。
集落を抜け、畑の脇を通って行くとようやく目印の神社に出た。
神社から右に曲がるとその先に国道56号が見えた。
国道から右に入った道とは違っていたし、親切なタクシー会社にはとうとうたどり着けなかった。
国道に出ると遠くにドラッグストアの看板が見える。
私はやっぱり方向音痴…その以前の問題のようだ。。。
雨は上がり、薄日が差してきた。
道路を渡りドラッグストアの方向へ向かって歩いていると、たこ焼き屋さん。
「お持ち帰りできます。」表に張紙。
小腹が空いた。持ち帰りにして宿で食べようか。
お店の中へ入ると、美人ママさんの元気な声。
「いらっしゃいませ!あ〜、お疲れさまでした。中で食べますか?」
持ち帰りでお願いします。
「は〜い。こちらでお掛けしてお待ちください。一人前で良いですね?」
イスを勧められ、冷たいお水を戴いた。
お店の中、テーブル席にサラリーマンさんがたこ焼きを食べながらテレビを見ている。
カウンターの前のイスに座り、奥の方に目をやると藤棚の下にもテーブルとイスがある。
ここで食べていこう。
すみません、持ち帰りを止めてあちらで食べてもいいですか?
「どうぞ。たこ焼きとお水そちらへお持ちします〜。マヨネーズ掛けますか?」
あ〜、私、自分で持っていきます。マヨネーズ掛けてください。
入ってきた入り口とは別に藤棚の下の方にも出入り口があった。
イケメンのお遍路さんがたこ焼きを食べていた。
こんにちわ。
「こんにちわ。お疲れさまでした。」
35番はこれからですか?
「これからなんですよ。今日はどちらまでですか?」
喜久屋さんです。今日はここまでなんです。
「雨で大変だったでしょう。オレ地元なんですよ。どちらですか?」
新潟です。
「え〜!ホントですかぁ。オレの親が昨日から新潟へ行ってるんですよ。ツノダヤマって知ってますか?雪割草、カタクリの花が有名だそうなんですね。山野草ツアーで新潟へ行ってるんですよ。」
ツノダヤマ?あ〜角田山(かくだやま)ですね。雪割草やカタクリの花を見に新潟へですか!?
たこ焼き屋さんに寄らなければ、出会えなかった偶然。
新潟から四国へ来てる私が、ご両親が四国から新潟へ行ってるお遍路さんに出会う。こんな偶然もあるんだね。
「オレ、この前まで新潟の隣、群馬にいたんですよ。スキーで十日町や上越に何度も行きましたよ。勤めていた会社を辞めてこっちに帰ってきたけど仕事は未だないし、この際だから野宿しながらお遍路に回っているんです。通しですか?」
群馬におられたんですかー。。お隣でしたね。私はスキーは出来ないから十日町は行ったことはないんです。新潟市内に住んでます。角田山は市内から車で40分くらいかな。
晴れていたら、山頂から日本海や越後平野が綺麗に見えますよ。
昨年秋から区切りで回っているんです。明日、36番を打って須崎まで行き、それから大阪へ出て帰ります。
「新潟はスキーや泳ぎに何度も遊びに行ってるけど市内までは未だ行ったことはないんですよ。日本海は綺麗ですよね、魚も旨かったしいい酒もある。」
今度は新潟市内へもいらしてください。見るところもない田舎ですけど。
「いや〜、新潟は大きな街でしょう。こっちはもっと田舎ですよ。」
須崎は大きな町でしょう?駅前のホテルに泊まろうと思ってるんですが予約は早めにした方がいいのかなー?
「須崎ですか?駅前へ行ってもホテルなんかないですよ。ちっとも大きな町なんかじゃないし、ここと変わらないくらいの街並みですよ。」
え〜!ホテルはないんですか?!須崎は地図にも大きく載ってるし大きな街じゃないんですか?
「高速道路が通ってICがあるから大きく載ってるだけですよ。国道56沿いへ出れば宿があるけど須崎より多ノ郷の方にホテルがありますよ。」
あれれ。。須崎駅まで行くつもりだけど駅前にホテルがないと聞いて不安になってきた。
「そろそろ行きます。それじゃ、気をつけて。あ〜、お札を交換して頂けますか。」
感じのいい好青年、イケメンお遍路さんとお札を交換してもらった。
お兄さんもお気をつけて。
たこ焼き、¥450−。
ご馳走さまでした。お金を支払い美人ママさんに写真をお願いすると、
「わぁ〜嬉しい〜。写真撮ってくれるんですか。それじゃここでお願いします〜。」
イケメンお遍路さんが座っていたイス、藤の花の下で笑ってくれた。
ありがとうございました。たこ焼き美味しかったです。
美人ママさん、イケメンお遍路さんに出会え、清瀧寺の納経所での少し嫌な気分が吹き飛んでいた。
喜久屋さんに戻る途中、のりこさんを思い出し携帯を鳴らすが繋がらない。
宿に戻ってから電話しょう。
喜久屋さんへの曲がり角、飼い主さんとイエローラブワン散歩中。
イエローラブワン、自分でリードを咥えて歩いてる。
とってもお利口なワンコさん、頭を撫でると尻尾をブンブン振ってくれた。
2時40分、喜久屋さんに戻った。
35番 清瀧寺(出)PM12:55→喜久屋さん(着)PM2:40
35番清瀧寺→喜久屋
3.7km。1時間45分。
PM12:55。35番 清瀧寺仁王門。

PM12:56。

PM1:00。

PM1:10。

PM2:05。国道56号。
「四万十市97km。須崎20km。」標識。

PM2:10。
たこ焼き屋さんの笑顔の可愛いママさん。

香南町野市のイケメンお遍路さん、武内さん34才。

12時55分、清滝寺から来た道を引き返す。。
山道を降り集落に入ると雨は小降りになってきた。
田圃道を通り農家の庭先の道を抜け、細い道を曲がってるうちにいつの間にか見覚えのない道に入っていた。
またどこかで道を間違えたようだ。
喜久屋さんから持ってきた地図を逆さにして照らし合わせる。
通ってきた道、逆戻りになると目印にしていた電柱や畑が反対になる。
遠くに車が走っているのが見える。
国道56号のはず、その方向へ行けばいい。
集落を抜け、畑の脇を通って行くとようやく目印の神社に出た。
神社から右に曲がるとその先に国道56号が見えた。
国道から右に入った道とは違っていたし、親切なタクシー会社にはとうとうたどり着けなかった。
国道に出ると遠くにドラッグストアの看板が見える。
私はやっぱり方向音痴…その以前の問題のようだ。。。
雨は上がり、薄日が差してきた。
道路を渡りドラッグストアの方向へ向かって歩いていると、たこ焼き屋さん。
「お持ち帰りできます。」表に張紙。
小腹が空いた。持ち帰りにして宿で食べようか。
お店の中へ入ると、美人ママさんの元気な声。
「いらっしゃいませ!あ〜、お疲れさまでした。中で食べますか?」
持ち帰りでお願いします。
「は〜い。こちらでお掛けしてお待ちください。一人前で良いですね?」
イスを勧められ、冷たいお水を戴いた。
お店の中、テーブル席にサラリーマンさんがたこ焼きを食べながらテレビを見ている。
カウンターの前のイスに座り、奥の方に目をやると藤棚の下にもテーブルとイスがある。
ここで食べていこう。
すみません、持ち帰りを止めてあちらで食べてもいいですか?
「どうぞ。たこ焼きとお水そちらへお持ちします〜。マヨネーズ掛けますか?」
あ〜、私、自分で持っていきます。マヨネーズ掛けてください。
入ってきた入り口とは別に藤棚の下の方にも出入り口があった。
イケメンのお遍路さんがたこ焼きを食べていた。
こんにちわ。
「こんにちわ。お疲れさまでした。」
35番はこれからですか?
「これからなんですよ。今日はどちらまでですか?」
喜久屋さんです。今日はここまでなんです。
「雨で大変だったでしょう。オレ地元なんですよ。どちらですか?」
新潟です。
「え〜!ホントですかぁ。オレの親が昨日から新潟へ行ってるんですよ。ツノダヤマって知ってますか?雪割草、カタクリの花が有名だそうなんですね。山野草ツアーで新潟へ行ってるんですよ。」
ツノダヤマ?あ〜角田山(かくだやま)ですね。雪割草やカタクリの花を見に新潟へですか!?
たこ焼き屋さんに寄らなければ、出会えなかった偶然。
新潟から四国へ来てる私が、ご両親が四国から新潟へ行ってるお遍路さんに出会う。こんな偶然もあるんだね。
「オレ、この前まで新潟の隣、群馬にいたんですよ。スキーで十日町や上越に何度も行きましたよ。勤めていた会社を辞めてこっちに帰ってきたけど仕事は未だないし、この際だから野宿しながらお遍路に回っているんです。通しですか?」
群馬におられたんですかー。。お隣でしたね。私はスキーは出来ないから十日町は行ったことはないんです。新潟市内に住んでます。角田山は市内から車で40分くらいかな。
晴れていたら、山頂から日本海や越後平野が綺麗に見えますよ。
昨年秋から区切りで回っているんです。明日、36番を打って須崎まで行き、それから大阪へ出て帰ります。
「新潟はスキーや泳ぎに何度も遊びに行ってるけど市内までは未だ行ったことはないんですよ。日本海は綺麗ですよね、魚も旨かったしいい酒もある。」
今度は新潟市内へもいらしてください。見るところもない田舎ですけど。
「いや〜、新潟は大きな街でしょう。こっちはもっと田舎ですよ。」
須崎は大きな町でしょう?駅前のホテルに泊まろうと思ってるんですが予約は早めにした方がいいのかなー?
「須崎ですか?駅前へ行ってもホテルなんかないですよ。ちっとも大きな町なんかじゃないし、ここと変わらないくらいの街並みですよ。」
え〜!ホテルはないんですか?!須崎は地図にも大きく載ってるし大きな街じゃないんですか?
「高速道路が通ってICがあるから大きく載ってるだけですよ。国道56沿いへ出れば宿があるけど須崎より多ノ郷の方にホテルがありますよ。」
あれれ。。須崎駅まで行くつもりだけど駅前にホテルがないと聞いて不安になってきた。
「そろそろ行きます。それじゃ、気をつけて。あ〜、お札を交換して頂けますか。」
感じのいい好青年、イケメンお遍路さんとお札を交換してもらった。
お兄さんもお気をつけて。
たこ焼き、¥450−。
ご馳走さまでした。お金を支払い美人ママさんに写真をお願いすると、
「わぁ〜嬉しい〜。写真撮ってくれるんですか。それじゃここでお願いします〜。」
イケメンお遍路さんが座っていたイス、藤の花の下で笑ってくれた。
ありがとうございました。たこ焼き美味しかったです。
美人ママさん、イケメンお遍路さんに出会え、清瀧寺の納経所での少し嫌な気分が吹き飛んでいた。
喜久屋さんに戻る途中、のりこさんを思い出し携帯を鳴らすが繋がらない。
宿に戻ってから電話しょう。
喜久屋さんへの曲がり角、飼い主さんとイエローラブワン散歩中。
イエローラブワン、自分でリードを咥えて歩いてる。
とってもお利口なワンコさん、頭を撫でると尻尾をブンブン振ってくれた。
2時40分、喜久屋さんに戻った。
4月7日。
喜久屋(出)AM11:30→35番 清瀧寺(着)PM12:30
喜久屋→35番 清瀧寺
3.7km。1時間。
AM11:40。

PM12:00。

PM12:06。

PM12:25。

PM12:28。

PM12:30。

清瀧寺 仁王門。
天井に描かれて龍を見ているお遍路さんたち。

清瀧寺。

水屋。

大師堂。

正面、本堂。左、薬師如来像。大師堂。

本堂。

大師堂。

鐘楼と消防車。

納経所。

遍路カバンを担ぎ11時30分、喜久屋さんを出発。
ザックがないだけで体が軽い。
手書きの地図はとてもわかり易く描かれてある。
それに曲がり角には必ず遍路マークがあり、細い道を何度も右へ右へと曲がったが迷うことなく国道56号線に出れた。
国道に出て横断歩道を渡り右へ入る。
集落の田圃道を進んでいくと右手にタクシー会社があった。
タクシー会社の受付のガラス窓に、「荷物、預かります」の張紙。
4人連れのお遍路さんが車から荷物を出したり雨具を装着していた。
女の人に声を掛けられた。
「こんにちわ。歩いて回られているんですか?偉いですねぇ。」
車と荷物をタクシー会社に預かってもらい、ここから歩くのでその身支度の最中。
タクシー会社の受付の人が窓を開け、トイレは奥にあります。良かったら使ってください。と言ってくれた。
車お遍路さんがトイレを済ませた後、私もお借りした。
トイレから戻ると、田圃道の方へ歩いて行く4人連れの姿が見えた。
タクシー会社の男の人が缶コーヒーを渡してくれた。
「一人で?雨の中大変ですね。どちらからですか?」
新潟からです。
「遠くからご苦労様ですね。先の車のお遍路さんたちは広島から来られたそうですよ。私など地元にいても、よう回らんのに感心なことですわ。ゆっくり休んでいってください。中で休みますか?」
私も行きます。コーヒーとトイレありがとうございました。
戴いた温かい缶コーヒーを持って出発。
四国の人はとても優しい。
お客でもない見ず知らずの人にトイレを貸してくれたり、中で休んでと声を掛けてくださる。
手に持った缶コーヒーと同じくらい気持ちが温かくなる。
神社の前を通り集落を抜けると田圃道。
雨で霞んだお山、清瀧寺へ向かう途中、大きな荷物を背負い降りてこられたおじさんお遍路さん。
立ち止まって、あれ〜?と言う顔で私を見た。
「仁淀川の橋からずっとあなたの着ている黄色の雨具を目印に歩いていたんですが途中、国道へ出た辺りで急に見えなくなって道を間違えたのかと歩いている人に聞いたりしたんです。」
そうでしたか。国道へ出たら喫茶店があったんで早々に昼休憩にして休んできました。
「喫茶店でしたか。休むところを見つけられなく休憩なしで歩いて来たんですよ。荷物は?」
荷物は宿に置かせてもらいました。
「36番へは行かれませんか?」
雨で歩きたくないので今日はここまで。明日36番へ行きます。これから36番ですか?
「汐浜荘に宿を取ったので行けたら36番まで、だめだったら明日にします。それじゃ、気をつけて。」
おじさんもお気をつけて。
雨でもなければ私も36番まで歩けるかもしれないが今日はゆっくり休養日。
鬱蒼とした山道を上っていくと、やがて清瀧寺の仁王門が見えてきた。
仁王門天井の龍を見ていたお遍路さんたちに追いついた。
12時半、清瀧寺到着。
仁王門から99段の石段を上ると境内に高さ15m余りの薬師如来像。
正面に本堂、左に大師堂、観音堂、本堂右隣に不動堂が建っている。
鐘楼の脇に消防車が止まっていた。
納経所へ行くと朱印帖、お軸を積み上げてるツアーの添乗員さんのようだ人がいた。
納経所人が、「お先にいいですかとお聞きしなさい。」と私に言っている。
何を言われたのかわからなくて後ろで立っていると、
「そちらの人に、お先にしてもらって良いかお聞きしなさいと言ってるんだよ。」と大きな声で言われた。
団体さんの御朱印が沢山あるから、順番を先にしてもらって良いか私に聞けと言っていたのだ。
すみません。お先に戴いても良いですか?
ニコニコ笑いながら、添乗員さんがどうぞと私を前に出してくれた。
お礼を言って納経所の人に朱印帖を渡すと黙って受け取り御朱印を押すとまた黙って渡してくれた。
重ね印、御朱印を押すだけ。
添乗員さんが、ご苦労様、気をつけて。と言ってくれた。
納経所の人の高飛車の物言いに少し嫌な気分になった。
12時55分、雨の中来た道を引き返す。
喜久屋(出)AM11:30→35番 清瀧寺(着)PM12:30
喜久屋→35番 清瀧寺
3.7km。1時間。
AM11:40。

PM12:00。

PM12:06。

PM12:25。

PM12:28。

PM12:30。

清瀧寺 仁王門。
天井に描かれて龍を見ているお遍路さんたち。

清瀧寺。

水屋。

大師堂。

正面、本堂。左、薬師如来像。大師堂。

本堂。

大師堂。

鐘楼と消防車。

納経所。

遍路カバンを担ぎ11時30分、喜久屋さんを出発。
ザックがないだけで体が軽い。
手書きの地図はとてもわかり易く描かれてある。
それに曲がり角には必ず遍路マークがあり、細い道を何度も右へ右へと曲がったが迷うことなく国道56号線に出れた。
国道に出て横断歩道を渡り右へ入る。
集落の田圃道を進んでいくと右手にタクシー会社があった。
タクシー会社の受付のガラス窓に、「荷物、預かります」の張紙。
4人連れのお遍路さんが車から荷物を出したり雨具を装着していた。
女の人に声を掛けられた。
「こんにちわ。歩いて回られているんですか?偉いですねぇ。」
車と荷物をタクシー会社に預かってもらい、ここから歩くのでその身支度の最中。
タクシー会社の受付の人が窓を開け、トイレは奥にあります。良かったら使ってください。と言ってくれた。
車お遍路さんがトイレを済ませた後、私もお借りした。
トイレから戻ると、田圃道の方へ歩いて行く4人連れの姿が見えた。
タクシー会社の男の人が缶コーヒーを渡してくれた。
「一人で?雨の中大変ですね。どちらからですか?」
新潟からです。
「遠くからご苦労様ですね。先の車のお遍路さんたちは広島から来られたそうですよ。私など地元にいても、よう回らんのに感心なことですわ。ゆっくり休んでいってください。中で休みますか?」
私も行きます。コーヒーとトイレありがとうございました。
戴いた温かい缶コーヒーを持って出発。
四国の人はとても優しい。
お客でもない見ず知らずの人にトイレを貸してくれたり、中で休んでと声を掛けてくださる。
手に持った缶コーヒーと同じくらい気持ちが温かくなる。
神社の前を通り集落を抜けると田圃道。
雨で霞んだお山、清瀧寺へ向かう途中、大きな荷物を背負い降りてこられたおじさんお遍路さん。
立ち止まって、あれ〜?と言う顔で私を見た。
「仁淀川の橋からずっとあなたの着ている黄色の雨具を目印に歩いていたんですが途中、国道へ出た辺りで急に見えなくなって道を間違えたのかと歩いている人に聞いたりしたんです。」
そうでしたか。国道へ出たら喫茶店があったんで早々に昼休憩にして休んできました。
「喫茶店でしたか。休むところを見つけられなく休憩なしで歩いて来たんですよ。荷物は?」
荷物は宿に置かせてもらいました。
「36番へは行かれませんか?」
雨で歩きたくないので今日はここまで。明日36番へ行きます。これから36番ですか?
「汐浜荘に宿を取ったので行けたら36番まで、だめだったら明日にします。それじゃ、気をつけて。」
おじさんもお気をつけて。
雨でもなければ私も36番まで歩けるかもしれないが今日はゆっくり休養日。
鬱蒼とした山道を上っていくと、やがて清瀧寺の仁王門が見えてきた。
仁王門天井の龍を見ていたお遍路さんたちに追いついた。
12時半、清瀧寺到着。
仁王門から99段の石段を上ると境内に高さ15m余りの薬師如来像。
正面に本堂、左に大師堂、観音堂、本堂右隣に不動堂が建っている。
鐘楼の脇に消防車が止まっていた。
納経所へ行くと朱印帖、お軸を積み上げてるツアーの添乗員さんのようだ人がいた。
納経所人が、「お先にいいですかとお聞きしなさい。」と私に言っている。
何を言われたのかわからなくて後ろで立っていると、
「そちらの人に、お先にしてもらって良いかお聞きしなさいと言ってるんだよ。」と大きな声で言われた。
団体さんの御朱印が沢山あるから、順番を先にしてもらって良いか私に聞けと言っていたのだ。
すみません。お先に戴いても良いですか?
ニコニコ笑いながら、添乗員さんがどうぞと私を前に出してくれた。
お礼を言って納経所の人に朱印帖を渡すと黙って受け取り御朱印を押すとまた黙って渡してくれた。
重ね印、御朱印を押すだけ。
添乗員さんが、ご苦労様、気をつけて。と言ってくれた。
納経所の人の高飛車の物言いに少し嫌な気分になった。
12時55分、雨の中来た道を引き返す。
4月7日。
34番種間寺(出)AM8:40→喜久屋(着)AM11:20
34番種間寺→喜久屋
7.5km。2時間40分。
AM9:50。仁淀川(によどがわ)。

仁淀川大橋。


AM10:00。仁淀川土手沿いの遍路道。
左手の住宅の屋根の間から鯨が見えるところが国道56号。

AM10:20。喫茶店休憩。

AM11:20。喜久屋到着。

納経所で喜久屋さんに電話を入れた。
午後から清滝寺に用があって出かけるが玄関は開けておきますと言われた。
34番種間寺出発8時40分。
小降りだった雨がだん々強くなってきた。
県道279号を西に向かう。
県道から細い遍路道に入る。1時間近く歩くと又肩が痛くなってきた。
休憩場所がない。
ザックの下に手を入れて背負い直す。
肩ベルトをずらしたり位置を変えたりするが左肩の痛みが酷くなってくる。
小さな川の手前に神社があった。
ザックを降ろし軒下にビニールを敷き、休憩。
ビニール雨具を着た若い男のお遍路さんが脇目もふらず神社の前を歩いて行った。
10分休憩し出発。
橋を渡ると遍路標識、右へ曲がると国道56号に出た。
大きな川、仁淀川(によどがわ)。
前方にお遍路さんが二人歩いてる。
橋の上は風が強く、差している傘が煽られていた。
傘を差して歩き難くないかなー?疑問に思いながら見ていた私も菅笠を飛ばされそうなっている。
片手で菅笠を抑えながら橋を渡った。
国道56号、橋から真っ直ぐ進むと四万十市。
遍路標識が右の矢印、橋から右へ曲がり川沿いの土手道を行く。
雨で霞んだ山が見える。山頂が35番清滝寺。
靴の中が濡れ歩く度に靴下がグシュグシュ気持ちの悪い音がする。
前方のお遍路さんの姿が土手から左に降りて見えなくなった。
15分くらい歩くと左への遍路標識。
ドロドロの坂道を転ばないよう杖で支えながら降りていく。
土手から降りると住宅地。クネクネ曲がった細い道を抜けると大きな広い道路に出た。
10分くらい歩くと道路沿いから少し入ったところに広い駐車場と喫茶店があった。
かなり前の方にお遍路さんの姿が見えた。
地図を出せないのでここで休憩し位置の確認をしょう。
10時20分、昼休憩。
ザックの中から靴下を出し、濡れた靴下を履き替えた。
マスターがとっても親切な方だった。
出かけるまで靴に詰めてたら少しは乾くよ、と新聞紙を持って来てくれサンダルを貸してくれた。
濡れたままの靴や靴下を履いていると靴擦れやマメができる。
気遣いがとても嬉しかった。
遍路地図をテーブルに広げると、
「今はここら辺だから清滝寺までは後1時間くらいかなー、この道、国道を真っ直ぐ行くとこの高速道路の手前に右へ入る道がここにあるよ。」
地図の上を指で辿りながら教えてくれた。
今夜の宿、喜久屋さんへ荷物を預けそれから清滝寺に行くと言うと、
「喜久屋さんなら直ぐだよ。三つ目の信号から左に入いると1本道だから。今日は喜久屋さんまでなの?」
清滝寺まで行って今日は喜久屋さんでゆっくりします。
今から35番を打ち、そのまま36番まで歩けそうな気もするが肩の痛みと濡れた靴で足を傷めたくない、それに途中に峠もある。
雨は午後から晴れそうだが無理はしたくなかった。
マスターにどこから来たのかと聞かれたり、いろんなお話を聞かせてもらって気が着くと1時間近くゆっくりしていた。
コーヒーのお代わりとお茶をお接待してくださった。
11時10分出発。
「三つ目の信号、ドラッグストアの看板が見えるだろう。そこから左だよ。」
マスターがドアから出て見送ってくれた。
ありがとうございました。
モーニングサービス。
トーストと温泉卵、サラダ、コーヒー、フルーツゼリー付き¥450−。
三つ目の信号、横断歩道を渡ってドラッグストアから左へ入る。
道の真ん中に川が流れ、歩道に動物や花のモチーフ柄の絵が埋め込まれている小さな商店街。
傘を差したおばさんがお店の前に出てたので喜久屋さんはこの先ですかとお聞きした。
「もう少し先に見えてる点滅信号から次の小路を左に入ると直ぐですよ。雨で大変でしょう。ご苦労様。」と教えてくれた。
教えてもらった小路を入ると直ぐに喜久屋さんの看板が見えた。
向かい側に民宿白石屋旅館。喜久屋さんの隣に酒屋さん。
ガラス戸を開けると土間になっていて右に2階へ行く階段。
左側の板場に荷物を置ける板場があり、紙が乗っていた。
「お遍路さんへ。
35番清滝寺の地図です。荷物はここに置いてお参りしてきてください。」
ザックを降ろし、手書きの地図を1枚戴いた。
34番種間寺(出)AM8:40→喜久屋(着)AM11:20
34番種間寺→喜久屋
7.5km。2時間40分。
AM9:50。仁淀川(によどがわ)。

仁淀川大橋。


AM10:00。仁淀川土手沿いの遍路道。
左手の住宅の屋根の間から鯨が見えるところが国道56号。

AM10:20。喫茶店休憩。

AM11:20。喜久屋到着。

納経所で喜久屋さんに電話を入れた。
午後から清滝寺に用があって出かけるが玄関は開けておきますと言われた。
34番種間寺出発8時40分。
小降りだった雨がだん々強くなってきた。
県道279号を西に向かう。
県道から細い遍路道に入る。1時間近く歩くと又肩が痛くなってきた。
休憩場所がない。
ザックの下に手を入れて背負い直す。
肩ベルトをずらしたり位置を変えたりするが左肩の痛みが酷くなってくる。
小さな川の手前に神社があった。
ザックを降ろし軒下にビニールを敷き、休憩。
ビニール雨具を着た若い男のお遍路さんが脇目もふらず神社の前を歩いて行った。
10分休憩し出発。
橋を渡ると遍路標識、右へ曲がると国道56号に出た。
大きな川、仁淀川(によどがわ)。
前方にお遍路さんが二人歩いてる。
橋の上は風が強く、差している傘が煽られていた。
傘を差して歩き難くないかなー?疑問に思いながら見ていた私も菅笠を飛ばされそうなっている。
片手で菅笠を抑えながら橋を渡った。
国道56号、橋から真っ直ぐ進むと四万十市。
遍路標識が右の矢印、橋から右へ曲がり川沿いの土手道を行く。
雨で霞んだ山が見える。山頂が35番清滝寺。
靴の中が濡れ歩く度に靴下がグシュグシュ気持ちの悪い音がする。
前方のお遍路さんの姿が土手から左に降りて見えなくなった。
15分くらい歩くと左への遍路標識。
ドロドロの坂道を転ばないよう杖で支えながら降りていく。
土手から降りると住宅地。クネクネ曲がった細い道を抜けると大きな広い道路に出た。
10分くらい歩くと道路沿いから少し入ったところに広い駐車場と喫茶店があった。
かなり前の方にお遍路さんの姿が見えた。
地図を出せないのでここで休憩し位置の確認をしょう。
10時20分、昼休憩。
ザックの中から靴下を出し、濡れた靴下を履き替えた。
マスターがとっても親切な方だった。
出かけるまで靴に詰めてたら少しは乾くよ、と新聞紙を持って来てくれサンダルを貸してくれた。
濡れたままの靴や靴下を履いていると靴擦れやマメができる。
気遣いがとても嬉しかった。
遍路地図をテーブルに広げると、
「今はここら辺だから清滝寺までは後1時間くらいかなー、この道、国道を真っ直ぐ行くとこの高速道路の手前に右へ入る道がここにあるよ。」
地図の上を指で辿りながら教えてくれた。
今夜の宿、喜久屋さんへ荷物を預けそれから清滝寺に行くと言うと、
「喜久屋さんなら直ぐだよ。三つ目の信号から左に入いると1本道だから。今日は喜久屋さんまでなの?」
清滝寺まで行って今日は喜久屋さんでゆっくりします。
今から35番を打ち、そのまま36番まで歩けそうな気もするが肩の痛みと濡れた靴で足を傷めたくない、それに途中に峠もある。
雨は午後から晴れそうだが無理はしたくなかった。
マスターにどこから来たのかと聞かれたり、いろんなお話を聞かせてもらって気が着くと1時間近くゆっくりしていた。
コーヒーのお代わりとお茶をお接待してくださった。
11時10分出発。
「三つ目の信号、ドラッグストアの看板が見えるだろう。そこから左だよ。」
マスターがドアから出て見送ってくれた。
ありがとうございました。
モーニングサービス。
トーストと温泉卵、サラダ、コーヒー、フルーツゼリー付き¥450−。
三つ目の信号、横断歩道を渡ってドラッグストアから左へ入る。
道の真ん中に川が流れ、歩道に動物や花のモチーフ柄の絵が埋め込まれている小さな商店街。
傘を差したおばさんがお店の前に出てたので喜久屋さんはこの先ですかとお聞きした。
「もう少し先に見えてる点滅信号から次の小路を左に入ると直ぐですよ。雨で大変でしょう。ご苦労様。」と教えてくれた。
教えてもらった小路を入ると直ぐに喜久屋さんの看板が見えた。
向かい側に民宿白石屋旅館。喜久屋さんの隣に酒屋さん。
ガラス戸を開けると土間になっていて右に2階へ行く階段。
左側の板場に荷物を置ける板場があり、紙が乗っていた。
「お遍路さんへ。
35番清滝寺の地図です。荷物はここに置いてお参りしてきてください。」
ザックを降ろし、手書きの地図を1枚戴いた。
4月7日。
高知屋(出)AM6:20→34番種間寺(着)AM8:20
高知屋→34番種間寺
7km。2時間。
高知屋料金。1泊2食付¥6,000−
AM6:15。高知屋若女将さん。

高知屋女将さんと若女将さん。

AM6:20。
若女将さん、表まで出て見送ってくださいました。
お世話になりました。ありがとうございました。

AM8:20。

34番種間寺。

AM8:23。

大師像。

大師像と鐘楼。

境内。

本堂。

大師堂。

納経所。

夜半からの雨が朝になっても降り続いていた。
6時少し前、1階広間で朝食。
女将さんが昨夜と同じようにお給仕をしてくださった。
先達おじさんと女の人、昨日のうちに35番まで打っているので高知屋さんからタクシーで待ち合わせの喫茶店まで行くと出発。
若女将さんに見送られ6時20分、出発。
高知屋さんで教えてもらった分かれ道。
ビニールハウスを右に見て左の方と言ってた。
「左ですよ。」
後ろから声を掛けられた。
昨日、仕切った隣の部屋に泊まったお遍路さん。
スタスタと追い越し、あっと言う間に後姿が遠ざかる。
「あの人、足が早いでしょう。」
後ろから大柄なおじさんがニコニコ笑いながら追いついてきた。
「昨日、少し一緒に歩きましたが早い早い。なんでも自衛隊出身だそうですよ。訓練で時速40から50キロで歩いていたそうです。歩き方が全々違いますね。」
凄い!時速40キロ、50キロ!真似の出来ない早さだ。
「どちらからですか?私は仙台からです。」
新潟からです。
「新潟ですか。仙台も遠いけど新潟も遠いですね。
私は定年になって4年前に車で回ったのですが、どうしても歩きで回りたくなって2度目に回っている途中で倒れてしまったんです。
急遽仙台に戻り入院、手術。大動脈瘤の手術をしたんですよ。退院して少しづつ体力を着け、ようやく先生のお許しが出たので今回、車と電車を使って回っているんですよ。」
平場のお寺を歩き、後は車や電車を使っているそうだ。
1時間ほど歩くと酒屋さんの軒先にベンチと自販機があった。
「休憩しませんか。」
仙台おじさん、30分から1時間毎に休憩を取らないと心臓に負担が掛かり、むくみが出るので気をつけているそうだ。
私と歩くペースが同じくらい。
肩が痛くなっていた。
ベンチにザックを降ろし自販機でお茶を買った。
仙台おじさんもお水を買った。
「よかったら種間寺まで同行しますか。」
高知屋さんに20人近くお遍路さんが泊まっていたはずなのに、前にも後ろにもお遍路さんの姿はなかった。
雨の中、一人で歩くより一緒の方が心強い。
10分休んで出発。
歩きながら、仙台おじさんが話してくれた。
「私はね、一度死んでるんですよ。三途の川まで行ってきたけど誰かに呼ばれ戻ってきたって話、テレビなどでやってますよね。
綺麗な光の中を通っていくと花がいっぱい咲いていたとか。あれはね、本当のことですよ。私も全く同じ経験をしてきたんですから。
大動脈瘤の手術のとき、危なかったらしんです。親戚がベッドの周りに集まっているんですよ。それを私が上のほうから見てるんです。ベッドの上で寝ている自分も見えたし、今夜が峠ですと言ってる先生の声も聞こえてるんです。
突然、目も眩むような光が現れて体が吸い込まれて行ったんです。
気が着いたら、体がとても軽くてどこも痛くも苦しくもないんです。
あー。。俺はもう死んだのかと思いました。
見たこともない美しい花が辺り一面咲いて、歩いているのに実感がなく体がフワフワしてるんです。
花畑のようなところを通っていくと川があって、あぁこれが三途の川なんだと思いました。
さて、この川を渡ればいよいよあの世なんだ。
そして、お決まりの誰かの声がしてくるんだななんてことを思っていたら本当に私を呼ぶ声が聞こえてきたんですよ。」
物語を聞いているような話だった。
「後で聞いたのですがあの時、誰も声を出していなかったというんです。でも私は確かに誰かに呼ばれたんですよね。あれはお大師様がもう少し、娑婆に居ろって声を掛けてくださったんでしょうね。」
仙台おじさんの話を聞きながら歩いてるうちに34番の駐車場に着いていた。
8時20分、34番到着。
「私はゆっくりお参りしていきます。雨で体が冷えるので無理は出来ませんからタクシーで後は回ります。
今夜は国民宿舎、土佐に泊まります。展望風呂が楽しみなんです。あなたは宿を決めましたか?」
いえ、未だですが喜久屋さんにお願いしょうと思ってます。
「喜久屋さんですか、あそこのおばぁちゃんは親切な良い人ですよ。前に私もお世話になったんです。それでは、気をつけて。」
ありがとうございました。
仙台おじさんも、お体に気をつけて。
納経所の前で仙台おじさんと別れ、ベンチにザックを降ろし本堂大師堂にお参り。
納経所で御朱印を戴き、トイレをお借りしてベンチに戻った。
参拝していた数人のお遍路さんも仙台おじさんの姿もも見当たらなかった。
34番出発、8時40分。
雨足が強くなってきた。
雨でカメラを出すのが面倒だったし、仙台おじさんのお話を夢中で聞いていて、高知屋さんから種間寺に着くまでの道中写真を全々撮っていなかった。。。
高知屋(出)AM6:20→34番種間寺(着)AM8:20
高知屋→34番種間寺
7km。2時間。
高知屋料金。1泊2食付¥6,000−
AM6:15。高知屋若女将さん。

高知屋女将さんと若女将さん。

AM6:20。
若女将さん、表まで出て見送ってくださいました。
お世話になりました。ありがとうございました。

AM8:20。

34番種間寺。

AM8:23。

大師像。

大師像と鐘楼。

境内。

本堂。

大師堂。

納経所。

夜半からの雨が朝になっても降り続いていた。
6時少し前、1階広間で朝食。
女将さんが昨夜と同じようにお給仕をしてくださった。
先達おじさんと女の人、昨日のうちに35番まで打っているので高知屋さんからタクシーで待ち合わせの喫茶店まで行くと出発。
若女将さんに見送られ6時20分、出発。
高知屋さんで教えてもらった分かれ道。
ビニールハウスを右に見て左の方と言ってた。
「左ですよ。」
後ろから声を掛けられた。
昨日、仕切った隣の部屋に泊まったお遍路さん。
スタスタと追い越し、あっと言う間に後姿が遠ざかる。
「あの人、足が早いでしょう。」
後ろから大柄なおじさんがニコニコ笑いながら追いついてきた。
「昨日、少し一緒に歩きましたが早い早い。なんでも自衛隊出身だそうですよ。訓練で時速40から50キロで歩いていたそうです。歩き方が全々違いますね。」
凄い!時速40キロ、50キロ!真似の出来ない早さだ。
「どちらからですか?私は仙台からです。」
新潟からです。
「新潟ですか。仙台も遠いけど新潟も遠いですね。
私は定年になって4年前に車で回ったのですが、どうしても歩きで回りたくなって2度目に回っている途中で倒れてしまったんです。
急遽仙台に戻り入院、手術。大動脈瘤の手術をしたんですよ。退院して少しづつ体力を着け、ようやく先生のお許しが出たので今回、車と電車を使って回っているんですよ。」
平場のお寺を歩き、後は車や電車を使っているそうだ。
1時間ほど歩くと酒屋さんの軒先にベンチと自販機があった。
「休憩しませんか。」
仙台おじさん、30分から1時間毎に休憩を取らないと心臓に負担が掛かり、むくみが出るので気をつけているそうだ。
私と歩くペースが同じくらい。
肩が痛くなっていた。
ベンチにザックを降ろし自販機でお茶を買った。
仙台おじさんもお水を買った。
「よかったら種間寺まで同行しますか。」
高知屋さんに20人近くお遍路さんが泊まっていたはずなのに、前にも後ろにもお遍路さんの姿はなかった。
雨の中、一人で歩くより一緒の方が心強い。
10分休んで出発。
歩きながら、仙台おじさんが話してくれた。
「私はね、一度死んでるんですよ。三途の川まで行ってきたけど誰かに呼ばれ戻ってきたって話、テレビなどでやってますよね。
綺麗な光の中を通っていくと花がいっぱい咲いていたとか。あれはね、本当のことですよ。私も全く同じ経験をしてきたんですから。
大動脈瘤の手術のとき、危なかったらしんです。親戚がベッドの周りに集まっているんですよ。それを私が上のほうから見てるんです。ベッドの上で寝ている自分も見えたし、今夜が峠ですと言ってる先生の声も聞こえてるんです。
突然、目も眩むような光が現れて体が吸い込まれて行ったんです。
気が着いたら、体がとても軽くてどこも痛くも苦しくもないんです。
あー。。俺はもう死んだのかと思いました。
見たこともない美しい花が辺り一面咲いて、歩いているのに実感がなく体がフワフワしてるんです。
花畑のようなところを通っていくと川があって、あぁこれが三途の川なんだと思いました。
さて、この川を渡ればいよいよあの世なんだ。
そして、お決まりの誰かの声がしてくるんだななんてことを思っていたら本当に私を呼ぶ声が聞こえてきたんですよ。」
物語を聞いているような話だった。
「後で聞いたのですがあの時、誰も声を出していなかったというんです。でも私は確かに誰かに呼ばれたんですよね。あれはお大師様がもう少し、娑婆に居ろって声を掛けてくださったんでしょうね。」
仙台おじさんの話を聞きながら歩いてるうちに34番の駐車場に着いていた。
8時20分、34番到着。
「私はゆっくりお参りしていきます。雨で体が冷えるので無理は出来ませんからタクシーで後は回ります。
今夜は国民宿舎、土佐に泊まります。展望風呂が楽しみなんです。あなたは宿を決めましたか?」
いえ、未だですが喜久屋さんにお願いしょうと思ってます。
「喜久屋さんですか、あそこのおばぁちゃんは親切な良い人ですよ。前に私もお世話になったんです。それでは、気をつけて。」
ありがとうございました。
仙台おじさんも、お体に気をつけて。
納経所の前で仙台おじさんと別れ、ベンチにザックを降ろし本堂大師堂にお参り。
納経所で御朱印を戴き、トイレをお借りしてベンチに戻った。
参拝していた数人のお遍路さんも仙台おじさんの姿もも見当たらなかった。
34番出発、8時40分。
雨足が強くなってきた。
雨でカメラを出すのが面倒だったし、仙台おじさんのお話を夢中で聞いていて、高知屋さんから種間寺に着くまでの道中写真を全々撮っていなかった。。。
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