アランと一緒に四国遍路。

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10月4日 21番から龍山荘
PM1:00
21番の山門を後に、龍山荘を目指し下山。

PM1:12
なだらかな坂道を下りてて行く、Kさんの後姿。
PM13:12

山の中の遍路道をしばらく歩くと駐車場があった。
麓からロープウェーで21番へ行けるし、遠回りになるので利用する人は少ない。
ロープウェーを使わず、ここから21番へ上る車利用のお遍路さんや地元の人が使っているようだ。
駐車場を通り過ぎ、又山道を下る。

休憩なしで1時間近く歩くと、山林の間からそれらしい建物が見えてきた。
PM2:08
太龍荘。
PM14:08

PM2:10
太龍荘到着。
人には慣れているのか、吠えもしないで大きなワンコが寝そべったまま、顔を上げた。
PM14:10

PM2:15
龍山荘、玄関。
龍山荘

2階の部屋から外のワンコに口笛を吹いたら、どこにいるのかわからず寝そべったままキョロキョロしていた。
PM14:25

PM3:00
道路側の窓から通ってきた道が見渡せた。
PM3:00

PM6:00
同じ風景の違う時間。
PM6:00

休憩なしで宿まで歩いた。
PM2:00頃へ龍山荘到着。
お杖を表で洗い、誰かいないかとウロチョロしてたけど人気がない。
早く休みたかったので玄関で、ごめんくださーい、とKさんが大きな声を掛けた。
しばらくして、奥から優しげなご主人が顔を出してくれた。
どうやら早く着き過ぎたようだ^_^;
「お風呂はこれから沸かすから、4時頃になるよ。取りあえず部屋で休んで。」
お風呂が沸いたら知らせてくれると言って、2階の部屋へ案内してくれた。
Kさんと隣同士の部屋。

ザックから着替えを出し、荷物の整理。
白衣を壁のハンガーに掛け携帯を見ると圏外。

カメラの電池を充電し、メモを書いているうちに睡魔が襲ってきた。
押入れから布団を出し、テーブルを脇にどけ、部屋の真ん中に布団を敷いて横になった。

テレビを着けたまま、いつの間にか眠っていた。
「お風呂が沸いたよ。」
部屋がノックされ、声を掛けられ飛び起きた。
時計を見ると4時20分だった。
3時頃から4時過ぎまで爆睡だった。

着替えを持って部屋を出て、Kさんに声を掛ける。
うーん、と大きく背伸びしながら出てきたKさんとお風呂へ。
「よく寝たわ~、あれからすぐ寝ちゃったよ。」
Kさんも部屋に入ると布団を敷いて眠ったそうだ。

お風呂に入っていると、女の人が入ってきた。
私達が下山するとき、21番の山門に到着した人。
4時頃に宿に着いたそうだ。

お風呂から上がって、着替えていると中から、わぁ~、とかきゃぁ。。と言っている声が聞こえた。
Kさんと顔を見合わせ、戸を開けると彼女が
「メガネを落としたんです。どこかにありませんかぁ。。。」と裸で探している。
お風呂場は湯煙で曇ってメガネが見当たらない。
3人でよつんばになって探し、ようやく隅っこに落ちてたメガネが見つかった^_^;
メガネが見つかり、お風呂場で自己紹介。
一人旅の東京からのMさん。

夕食は6時半から。
Mさんと21番からMさんと一緒だったおじさん、Kさん、私の一緒の食事。
見覚えのあるおじさん、金子やさんで一緒だったんだ。
向かいにバス遍路の団体さん10人。

Mさんも通し打ち。
明日は23番まで行けるだろうかと食事をしながら相談。
Mさんが、こういうときは宿のご主人に教えてもらうのが一番。
後で相談に乗ってもらおう。ということになった。

私たちの食事が済んで、団体さんの食事を出し終え、一区切りついた頃を見計らってご主人とロビーへ。

太龍荘から22番まで約12km。
22番から23番まで約21km。
私は23番の手前、田井ノ浜へ行き、ここで一泊するつもりだった。
田井ノ浜は、はなママさんに薦められ行きたかったところ。
22番から田井ノ浜まで約13km。
23kmくらいなら、なんとか歩けるだろう。

ところが、太龍荘のご主人の話では、今頃の田井ノ浜は夏ならともかく今頃は何もない、23番へ行くにも随分遠回り、と言われた。

12kmと言うのは21番からの距離で太龍荘迄来ているのだから、ここから22番までは7kmから8km。
途中にバス停もあるし、歩けなくなったらタクシーを呼んで23番まで行った方が良い。
宿は薬王寺会館がいいよ。

ご主人の話で決まった。
圏外で携帯は通じないので、公衆電話から薬王寺会館へ電話。
予約が一杯で、3人一緒の部屋ならあると言われた。
3人一緒で私は構わない。KさんもMさんも、頷いた。
薬王寺会館に夕食の都合があるので5時迄に到着してくれと言われた。
おじさんは宿坊は嫌だからホテルがいいと、他の宿をご主人に聞いていた。

田井ノ浜は諦めた。
歩けなくなったり間に合わなければ、バスかタクシー。
明日の朝食を6時にお願いして6時半出発。

公衆電話から本家に連絡。
1日メールも電話もないので心配していた。

早めに宿に着き、食事もお風呂も頂きました。
明日が早いので、寝ます。

明日は1日、雨予報。
少しの雨ならしょうがないけど、土砂降りにだけはならないことを祈って布団に入った。

金子や出発AM6:30→20番駐車場到着AM7:50
金子やから20番 3.8km 1時間30分(予定)1時間20分(実時間)
20番出発AM8:30→21番到着AM11:30
20番から21番 6.7km 3時間(予定)→3時間(実時間)
21番出発PM1:00→龍山荘到着PM2:15
21番から龍山荘 3.9km 1時間30分(予定)→1時間15分(実時間)

歩いた距離 14.4km
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10月4日 21番 太龍寺
「西の高野」と呼ばれる21番、太龍寺は標高600mの大龍寺山の頂上にある。
広い境内には、多宝塔、大師堂、求聞持堂(ぐもんじどう)、護摩堂、六角経蔵などがある。

AM11:30
山を登り、歩いて来た人だけが見れる21番、太龍寺山門。
21番 山門

AM11:32
坂を登り、山門にたどり着く。
AM11:32

AM11:37
山門をくぐると、広い境内が見渡せる。
AM11:37

境内

鐘楼門から本堂へ向かう。
鐘楼門から本堂へ

AM11:43
登って来た石段から鐘楼門を振り返る。
AM11:43

広い境内に立派なお庭がある
広い境内

境内

境内

AM11:50
本堂。
本堂

本堂

本堂横から御廟橋を渡り大師堂へ。
大阪のSさんに会った。
足はもう大丈夫と、元気な足取りだった。
AM11:53

御廟の橋(みみょうのはし)を渡ると大師堂、その裏手に御廟(ごびょう)があり、高野山奥の院と同じ配列になっている。
御廟橋

動物の置物が祀ってあった。
境内

AM11:54
大師堂。
「竹林の七賢人」や「司馬温公の幼年の逸話」など、中国の民話や伝説が繊細な描写で彫刻されている。
大師堂

境内。
境内

多宝塔。
多宝塔

納経を済ませ、納経所前のベンチで昼休憩。
20番の山を下りて、21番の登山口で一緒だった一人旅お兄さんも納経所の前で休憩。
携帯が通じないよ~と言っていた。
600mの山頂、ここは圏外だった^_^;

Kさんと、東京のお兄さんから譲ってもらったおにぎりを、半分こして食べている頃から雨がポツポツ降ってきた。
今日いっぱい、雨は大丈夫と思っていたが、この分では麓まで持ちそうにない。
ロープウィー駅の休憩所兼お土産売り場に、雨具が置いてあるかもしれない。
境内

ロープウィー駅を背に。
春に来た時、記念撮影した場所。
ロープウィー駅で、熱いお茶のお接待を頂いた。
ロープウィー駅から正面

PM12:40
ロープウィー乗り場からの風景。
土産物売り場に雨具はなかった。
係員の人が麓の駅に連絡してくれたら、使い捨てのビニール雨具が有ると言うので、Lサイズを頼んだ。
次のロープウィーで運んでくれるそうだ。
次の到着時間を聞き、出直すことに。
飲み物を買って写真を撮ったりしてたら、係員の人がロープウィー乗り場へ連れて行ってくれた。
ロープウィー駅構内からの風景

PM12:50
本坊(持仏堂)
持仏堂

ロープウィーの次の到着まで、時間があったので龍天井の見学。
納経所の右隣にある、本坊(持仏堂)の大廊下の天井の龍。
高知県安芸市出身の四条派の画家、竹村松嶺(たけむらしょうれい)に描かれた迫力有る龍の姿。
龍天井


納経所で半袖のTシャッツを買った。
白地に黒の筆文字で、「太龍寺」の名前が入っているだけのTシャッツ、¥1500-

次のロープウィーの着く時間。
駅に行ってみると、出かける前に用意した100-ショップで買った使い捨てのビニール雨具と同じ物が¥280-。
雨は12番、焼山寺で懲りている。
Lサイズだからザックを背負っても着れる。
ないよりまし、濡れるよりましだ。

この後は今夜の宿、龍山荘へ向かうだけ。
雨が酷くならないうちに下山の準備。
PM1:00 21番出発。

21番の山門をくぐり坂道を上って行った時、納経を済ませ22番へ向かう岡田さんにすれ違った。
その後をNさんが着いて行った。

「雨が降りそうだから、オレ行くよ。」
Nさん、今日はどこまで行くの?
「浜松のおじさん、東京のお兄さんも先に行ったし、雨が降る前に行けるところまで行くよ。
haruねぇさん、ここでお別れだけど、又どこかで会おうね。」

「お金の続く間、歩けるところまで歩いて行く。」
6番から後になり先になり、ずーっと一緒だったNさんとここで別れた。
こんな弟がいたら楽しいだろうな。そんなことを思いながら歩いていた何日間。
四国へ来なければ絶対に会うことのなかった人。

微風一つない炎天下の中、どこまでも歩いた吉野川へのこと。
先に行ってと何度言っても、足の遅い私を気遣い、待っていてくれたこと。
歩く速度を遅くしてくれたり、何度も休憩を繰り返す私に付き合ってくれたこと。
レオンさんと、かみ合わない会話を楽しんだこと。
焼山寺の山越えのこと。

今までの出来事が思い出され、Nさんの後姿が涙で滲んだ。
元気でどこまでも歩いて行って。
きっと、又どこかで会えるから。
Nさんのことは、いつまでも忘れないよ。

21番到着AM11:30→21番出発PM1:00

10月4日 20番から21番
AM8:30
20番、林寺出発。

21番太龍寺は隣の山になるのだが尾根で繋がっているのではなく、一旦20番の山を下り、今度は21番を目指し、山を登っていく。
私は足が遅いから、待ってなくて先に行ってね。と朝、宿を出るときにKさんに言った。
Kさんは上り坂は強いが、下りになると足が遅くなっていた。
下り坂でKさんの後ろに着いて降りていくことが出来た。

AM8:42
慎重な足取りで下っていくKさん。
AM8:42

AM8:53
出発から30分で息が上がりザックを投げ出し立ち休憩。
AM8:53

急なアップダウンを何度も繰り返す。
上り坂に強いKさんの姿が又見えなくなった。
上り坂

上って来た山道を振り返る。
AM9:00

AM9:07
AM9:07

AM9:12
アスファルト道が見えた。
AM9:12

この道をしばらく進む。
車道

AM9:15

ロープウェー乗り場への案内。
昨夜、明日は大龍寺の山越えです。と義母に電話したとき側から義兄の声が聞こえた。
「ロープウェーに乗らなきゃだめだっ。」
「歩くなんてとんでもない、お義兄さんの声が聞こえただろう。ロープウェーに乗っていくんだよ。」
はいはい。と返事はしたが、ロープウェーは春に乗っている。
義母が心配してくれたが、ここで又ズルをするわけにはいかない。
遍路道へ

AM9:30
山道を下りて10分休憩。

山道を下っていたとき、足が動かなくなりザックを切り株に乗せて休んでいたら、後ろから来た一人旅のお兄さんが声を掛けてくれた。
「ヘビが沢山いるね。」
ヘビー!私は見なかったけど、いたんですかぁ!!
「いっぱいいたよ。咬まないし悪いことはしないヘビだから大丈夫だよ。」
そんなぁ。。。降ろしたザックを大急ぎで背負い、慌てて一人旅お兄さんの後を追いかけた。
私は焼山寺で一度ニョロを見たけどその後は見ていない。
これだけの山だもの、ニョロや獣がいてもおかしくない。
お大師様が、私の目に見えないようにいてくれたんだ。
一緒に歩いてくれたお大師様、一人旅お兄さん、ありがとうとざいました。
AM9:30

AM9:50
アスファルト道の脇、東屋で休憩して待っていてくれたKさんと並んで歩く。
AM9:50

やがて大きな川、那賀川を渡る。
川の向こうの山の山頂、21番太龍寺を目指す。
那賀川

AM10:00
橋を渡ると林道に入り21番への登山口が待っている。
AM10:00

AM10:39
登山口の急な上り坂。
一人旅のお兄さんに、此処の山は一気に上って。と言われた。
AM10:39太龍寺登山口

遍路道。
遍路道

AM10:46
最後の上り坂。
AM10:46最後の上り坂

AM11:25
上りきると車道のベンチに先に到着したKさんが待っていた。

T字路になった道は左へ行くと22番。
右に21番の山門への坂道。
AM11:25


Kさんは、12番、焼山寺の方がこの山越えよりも楽だった、と言ってたが、私にはどちらも同じくらのきつさだった。
「遍路ころがし」名前の通りの難所。

20番出発AM8:30→21番到着AM11:30
20番から21番 6.7km 3時間(予定)→3時間(実時間)

10月4日 20番 林寺
AM7:50
20番 仁王門。
20番 仁王門

運慶作と伝えられる仁王門。
山門の額「霊鷲山」は釈迦が説法をしたインドの山の名。
PM7:50

仁王門の中に一対の白鶴。
一対の白鶴

境内の不動明王。
境内 不動明王像

本堂への石段。
本堂への階段

本堂の両脇の鶴。
本堂

ご本尊が一対の鶴に守護されている。
本堂

21番札所太龍寺と向かい合う位置にあり、太龍寺は金剛界道場、林寺は胎像道場となっている。
本堂

本堂右手の三重塔。
三重塔

大師堂。
大師堂

大師堂。
大師堂

参拝を済ませた岡田さん。
岡田さん

本堂を見上げる。
境内

AM8:30
納経を済ませ休憩。
Kさん、今夜の宿の手配。
右端Nさん。
境内にて休憩


Nさん、東京のお兄さん、三重のおじさんは私達より後で出発したのに休憩中にみんな到着し、先に着いていた浜松のおじさんと休んでいた。

休憩中、21番辺りへ行っていると思っていた岡田さんが参拝を済ませ石段を降りて来られた。
昨夜はどちらの宿だったんですか?訊ねると、金子やさんより先にある「かえで」に宿泊とのこと。
昨日のうちに20番まで来れるかと思ったが、無理だったそうだ。
ならば、金子やさんでよかったのに私に譲ったばかりに次の宿を探したのだろうか。
申し訳ない気持ちで一杯になった。
私の気持ちを察し、笑いながら言った。
「気にすることはありませんよ。良い宿でしたから。」
優しい人に出会え、感謝。
「それでは先を急ぎますから。又どこかで会いましょう。」
爽やかな笑顔の好青年、岡田さんは足早に21番へ向かった。

休んでいたNさん、「オレも行くわ。伝説の人に付いて行くよ。」と岡田さんの後を追った。
私たちの間で、岡田さんは伝説のお遍路さんになっていた。

20番到着AM7:50→20番出発AM8:30

10月4日 金子やさんから20番
AM6:00朝食。
朝食を済ませKさんと宿の清算をしていると、ご主人がおにぎりの入ったパックをカウンターに並べていた。
「おにぎりが出来ているよ。」
私とKさん、昼食のおにぎりを頼んでおくのを忘れていた。
様子に気付いた東京のお兄さんが、
「オレ、パンとか食べるのは一杯有るからこれあげるよ。」と自分のおにぎりを譲ってくれた。
ありがとうございました。

AM6:30
東京のお兄さん、浜松のおじさん、Nさん、三重のおじさんたちより一足先に朝靄の中、出発。
AM6:30出発

Kさんと自販機で水補給。
ミネラルウォーター、100-。
水補給

3分ほど歩くと、20番への遍路道。
標高570mの山頂にある林寺への道は「一に焼山、二にお鶴、三に大龍」と言われる二番目の難所。
金子やさんから20番まで、約1時間半と言われた。
焼山寺の山越えを思えば大丈夫。
AM6:38林寺遍路道

AM6:50
昇ってきた朝陽にしばし見とれ、立ち止まる。
AM6:50

連なった山々の美しい風景が広がっていた。
遍路道

石垣のようなところに荷物を置き、5分休憩。
後から出発してきた浜松のおじさんが、スタスタと追い越して行った。
AM6:53休憩

AM6:58
先に行ったKさん、浜松のおじさんの姿は見えなくなった。
AM6:58

AM7:05
鬱蒼とした山の中、また上り坂。
AM7:05

水呑大師。
木のベンチがあったので荷物を降ろし、小休憩。
水呑大師

AM7:10
見ただけで、うんざりする石の階段。
AM7:10

AM7:13
杉木立の遍路道。
遠くで聞こえる、お鈴の音を頼りにひたすら登る。
AM7:13

AM7:15
汗で背中がビッショリ。
急な丸太の階段がどこまでも続いている。
AM7:15

AM7:27
歩き始めて約1時間、車道と合流し又遍路道に入る。
お遍路さんを乗せたマイクロバスが通って行った。
春に車で通った道なんだ。
AM7:27

駐車場まで後もう少し。
AM7:48

遍路道を昇りきると車道に出た。
20番山門を見ながらベンチに座り、Kさんが待っていてくれた。

金子や出発AM6:30→20番駐車場到着AM7:50
金子やから20番 3.8km 1時間30分(予定)1時間20分(実時間)
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