アランと一緒に四国遍路。

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岩村休憩所
10月22日  



                    展望休憩所 → 岩村休憩所

                          1km 45分


坂道を降りていく途中、山側に閉鎖された大きなホテル「甚五郎」があった。
車やバスツアーのお遍路さんが多くなりここは素通りしてしまうのだろう。
泊り客が少なくなって何軒もあった旅館やホテルが閉鎖になったと聞いている。
ここからの眺めは素晴らしいだろうに勿体無いね。
何年か前には屋島にはケーブルカーもあったそうだがそれも廃止になっている。
8:26
左に降りて行く遍路道への道標。
断崖絶壁のような急坂の遍路道入り口。
遍路道
山道を降りて唖然とした。
目の前は急降下。
どうやって降りたらいいのだろ・・・しばらく立ち尽くしていた。

今更引き返すわけにもいかない、とにかく降りて行くしかない。
杖を下の岩石のところに立て片足を下ろしてみるが足が届かない。
油断するとそのまま転げ落ちていきそうになる。
腰を降ろし左手を木の幹、枝につかまり右手の杖を頼りに慎重に下る。

座り込んで片足づつ降りて行くと少しだけ道幅が広くなり、やがて木の階段になった。
遍路道
どこまでも続いてるような急坂を杖を頼りに降りて行く。
遍路道
8:45
8:45
先から手がムズムズしている。
杖を握っている手元を見て驚いた、手袋に黒いゴマのような物がびっしりついている。
何これ!?と思ったら蚊!

手だけじゃない、ズボンの足の辺りにも蚊が止まっている。
慌てて払いのけたり潰すが蚊の方が強かった・・・
汗をかいてるので払っても払っても蚊が寄ってくる。
杖を振り回し顔を振り手を払いながら山道を行く。
8:49
顔を触ると刺されて何箇所も膨らんでいるし手袋を取って見ると手の甲はボコボコになっていた・・・
手袋の上、ズボンの上から刺す蚊に出会ったのは始めてだ…(;一_一)
9:05
急坂の下に「→岩村」休憩所の看板。

9:10
9:10
切り株のイスにザックを降ろし汗を拭く。
カバンから水を出し飲みながら手や顔をボリボリ掻いていた・・・
ズボンを捲ると足も刺されていた。。
岩村休憩所
水を飲んでいると坂道を若い男のお遍路さんが降りてきた。
こんにちは。
「こんにちは、お疲れさまです。」

この人、7部丈くらいのカーゴパンツで素足が出ている。
蚊に刺されませんでしたか?と聞いたら、
「いえ、別に刺されませんでしたよ。」って言われた(^_^;)
私は蚊に刺される体質なんだ。。。

「凄い道でしたね、大丈夫でしたか?」
ホントにすごい道でしたよね。。私、最初の急坂のところは足が下に届かなくって座り込んで降りました…
「あれは人間の通る道じゃないですよ。」
うんうん、良いことを言う。。あんな急坂、人間の通る道じゃないですよね。
感心してるうちに「それじゃ、お先に。」とカーゴパンツのお遍路さんスタスタと行ってしまった。

10分休んでいる間にまた蚊に刺されてしまった・・・
9時20分、岩村休憩所出発。


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松尾峠予土国境
10月21日


     松尾峠予土国境

       1.3km 30分



AM8:10
小休憩から最後の急坂を上る。
H300mの頂上、松尾峠大師堂に着いた。
大師堂でお参りをしてベンチに腰を下ろす。

茶屋跡。
昔は2軒の茶屋があり、昭和4年(1929)に下の道路が開通するまで、この峠道は伊予と土佐を結ぶただ一つの街道だった。

山間から宿毛湾が見渡せるベンチに座りローソンで買ってきたおにぎりを食べる。
ここに今でも茶屋があったらどんなに良いだろう。
お遍路さんも随分助かるだろうに等と昭和初期のお遍路さんを思いながら朝食休憩。
AM8:10 茶屋跡

AM8:30

大師堂。
AM8:35 大師堂跡

松尾大師堂

標高300mの伊予と土佐の国境にある松尾峠。
松尾峠

松尾峠

予土国境松尾峠。
予土国境松尾峠

「従是西伊豫國宇和島藩支配地」の石標。
従是西伊豫國宇和島藩支配地

松尾峠

松尾峠の境界石標。
松尾峠の境界石標

春から歩いてきた土佐路を思い出していた。
沢山の人たちとの出会いがあった。

日和佐から海を見ながら歩いた国道55号。
阿波から土佐に入り、室戸へ向かう途中の東洋町で足を傷めバスに乗った時…。
神戸さんや追い越して行ったお遍路さんの歩いてる姿をバスの窓から涙を堪え見ていた。
津照寺山門の下の酒屋さんのおばさん。
「早く着いても遅く着いてもお大師さまは待っててくださるよ。」
この言葉がいつも私を励ましてくれた。

金剛頂寺宿坊で神戸さんに再会できた。
先達おじさんと何度もすれ違った。
高知市内を歩き、国道32号線沿いのビジネスホテル高須で再会したのりこさんと夜遅くまで語り明かした。
翌朝早くに上った五台山竹林寺。牧野植物園の中も見ることが出来た。
禅師峰寺境内の山頂から見た桂浜。
京都さんたちと渡船に乗って雪蹊時。
あの夜はOさんが会いに来てくれたっけ。
翌朝、心臓の大手術をしたと言ってた仙台のおじさんと雨の中、種間寺まで同行。
それから一人旅なって土砂降りの雨の中で渡った仁淀川。

清瀧寺からの帰りに寄った、たこ焼き屋さんでお札を交わしたイケメンお遍路さん武内さん。
あの日お世話になった喜久屋のおばさんは元気でおられるだろうか。
喜久屋さんからのりこさんと一緒に青龍寺へ向かった道中は本当に楽しかった。
多ノ郷での別れは切なく、のりこさんと出来ることならいつまでも一緒に旅を続けていたかった。。。

秋になり高知竜馬空港へ降り立った時、私は感動で胸が震えた。
空港からバスに乗り、高知市内を通り歩いてきた懐かしい道を目で追っていた。
五台山が見えた時、ここで降りてもう一度上ろうかとさえ思ったりした。

のりこさんと別れた多ノ郷から秋遍路。
10月13日に土佐に入って9日目に県境の松尾峠にたどり着いた。

阿波から土佐を歩き終え、1300キロも残り半分。
いろんな人と出会い、沢山の優しさに感謝しながら歩いてきた長い道のり。
これから出会う人たちと風景に思いをはせながら、伊予から讃岐へ続く私の巡礼の旅。
別れた大切な人たちとアランにいつか巡り会える刻を祈りながら願いながら。。。



松尾峠
10月21日


   番所跡から1.3km小休憩

      1.3km 40分 



AM7:13
大深浦の集落を抜ける。
AM7:13

AM7:15
松尾峠まで1.7km。
AM7:15

M7:18
急坂へ上る手間に「→地蔵堂。へんろさんひとやすみしませんか。」と書かれた立て札。
休憩には未だ早い。もう少し頑張ろう。
AM7:18

AM7:20
AM7:20

松並木の跡の立て札。
松尾峠の街道全体に松並木があったが戦時中、軍部の指導により船の用材にするためすべての並木松が伐採され、その根は掘られて松根油(しょうこんゆ)の原料とされた。
その堀跡が街道の各所に残っている。
松並木の跡

AM7:33
AM7:33

街道の石畳の立て札。
街道の石畳

AM7:40
AM7:40

松尾峠まで0.6km。
松尾峠まで0.6km標識

AM7:50
急坂を上り息が上がっていた。
木のイスが置かれている平場で小休憩。
ザックを降ろしペットボトルの茶をカラカラに乾いた喉に流し込む。
AM7:50

10分休んで出発。
休憩

AM8:00
AM8:00




岡本旅館から番所跡
10月21日

  
      岡本旅館から松尾坂番所跡

         3.5km 1時間10分



AM5:55
岡本旅館出発。
「気をつけてね」
女将さんが表まで見送ってくれた。
お世話になりました。ありがとうございました。
AM5:55

宿を出て人も車も通っていない町並みを手書きの地図を見ながら松尾峠に向かう。
信号を一つ、二つ目の信号から右の道路へ渡る。
角にローソンがあった。ローソンの脇、渡ってきた広い道路が国道56号。
ローソンでおにぎり1個とペットボトルのお茶を買った。
AM6:15

AM6:20
住宅地の一角に、国史跡宿毛貝塚跡。
縄文中後期のもので、四国で最大規模のもの。
AM6:20 貝塚

AM6:20
住宅地を通る。
AM6:20

住宅地の外れから坂道を上って行く。
AM6:28

AM6:30
AM6:30

薄暗い山道。
AM6:33

山間からの宿毛湾や宿毛の市街地。
AM6:35

AM6:37
道脇に未だ青い色をした文旦が実をつけていた。
AM6:37

AM6:44
舗装が途切れた道から錦集落へ。
AM6:44

AM6:55
山道を上り下りして両側に池のある小深浦集落。
集落の間を抜けて車道に出る。
AM6:55

AM6:58
朝陽を浴びながらまた山道へ入る。
AM6:58

AM7:05
遍路標識脇に竹の変わった飾り物(?)が置かれていた。
AM7:05

AM7:07
大深浦、松尾坂口番所跡。
東の番所、甲浦とともに土佐への出入りの監視所で当時は1日に2~300人の旅人で賑わったという。

番所跡の説明板。
松尾坂は伊予と土佐を結ぶ重要な街道であったため、その麓にあったこの番所(関所のこと)はすでに長宗我部の戦国末期から設置されていた。
慶長六年(1601年)山内氏入国後もこの場所は特別に重視され、四国遍路もここと甲浦以外の土佐への出入りは許されなかった。
そのため多くの旅人でにぎわい多い日で三百人、普通の日で二百人の旅人があったと古書に記録されている。
この旅人を調べ、不法な出入国者を取り締まったのが番所で関守は長田氏であり子孫は今も此処に居住している。
AM7:07

延光寺から岡本旅館
10月20日

     
       延光寺から岡本旅館

          7km 2時間10分



PM12:35
延光寺を後に来た道を引き返す。 
PM12:35

左に入る道に赤いペイントの矢印が描かれ、民宿へんくつ屋さんが見えた。
道路を挟んで右手に民宿嶋屋さん。

へんくつ屋さんの開け放された窓から屋根に布団や毛布が干されてる。
宿の周りに廃物や拾得物などを利用した手作りのいろいろ造形物を配置した一風変わった雰囲気の民宿で風呂も名物の手作りの石風呂だと聞いている。
宿の名前からもご主人の気性を容易に想像できる。
PM12:38

PM1:30
国道56号へ出て少し行き遍路道へ入る。
遍路道と国道が平行に並んでいる。
国道沿いのドライブインの看板が見えてきたので脇道から国道へ出る。
ドライブイン鶴亀で昼休憩。
広いテーブル席に着き新聞紙を借りて靴を脱ぎ裸足になる。
カキフライ定食とアイスコーヒー。¥950-
PM1:30

PM2:10
40分休んで出発。
PM2:10

PM2:37
新宿毛大橋を渡る。
PM2:30 新宿毛大橋

宿毛歴史館を見てこようと思っていたが暑さのせいでバテていたし早く宿で休みたかったので止めた。
PM2:37 宿毛歴史館

宿の手前のお饅頭屋さんの看板。
なんじゃこれ~。。。思わず笑ってしまった。
PM2:39

PM2:43

PM2:45
岡本旅館到着。
品の良い女将さんがご苦労さまと出迎えてくれた。
ここにお名前と住所をと宿泊者カードを渡された。
「夕食は何時にしますか?」
6時半頃にお願いします。
「それじゃ6時半にこちらにいらしてください。食事はここです。お風呂とトイレは今案内しますね。お風呂は3時過ぎになったら入れます。」
女将さんの後に着いて2階へ上がると左側に部屋が並んでいる。
階段を上がって2つ目の部屋に案内された。
廊下を伝って反対側に回ると男子トイレと女子トイレ、その隣に洗面所。
お風呂は階段を下りた先。
私の部屋の一部屋隣のドアの前に揃えたスリッパがあった。
山○さんの部屋かなー?
PM2:45 岡本旅館

部屋の中にザックが置かれていた。
金剛杖を床の間に置いて靴下を脱ぐ。足が火照っていた。
Tシャッツは汗ビッショリ。
洗濯物を纏め浴衣に着替える。
明日着るTシャッツや白衣、輪袈裟をハンガーに掛け荷物の整理。
テーブルの上を片付け今日のメモ。

本家とあーちゃんpapaに宿に着いたと連絡を入れる。
カメラと携帯の電池の充電をして押入れから布団を出し、テーブルを脇にどけ布団を部屋の真ん中に敷き横になる。
テレビを見てると睡魔に襲われてきた。

お風呂ですよ、と部屋のドアをノックされるまで眠っていた。
3時半、洗濯物を持ってお風呂。
脱衣所の洗濯機を借りて洗濯物を入れる。乾燥機が隣に置いてあった。
髪を洗って湯船に入り手足を伸ばす。

部屋に戻りテレビを見ながら1時間くらい又布団の上で横になっていた。
6時半になったので下の食堂へ行く。
玄関ホールの右奥が食堂。

6人くらい座れるカウンターになっていて、浴衣を着たおじさんが一人座っていた。
女将さんが奥の厨房とカウンターの中を行ったり来たりしながら食事を運んでくれた。
夕食は握り寿司だった。
この魚は○○で此処の名物、これは□□です、と女将さんが魚や煮物の説明をしてくれた。
隣のおじさんは女将さんお薦めの地酒を飲んでいた。

女将さんに明日は6時に出ますので朝食抜きで清算してくださいとお願いした。
松尾峠の道を尋ねると、宿から松尾峠の道が詳しく書かれた手書きの地図を持って来てくれた。
手書きの地図に道順がマーカーで記されている。
宿を出て真っ直ぐ→二つ目の信号から右→右に曲がって一つ目の信号のところにローソンがあるからそこで水や食べ物を買わないと1本松まで自販機も店もないからと説明してくれた。

食事を済ませ部屋に戻る。
階段を上がった直ぐの右隣の部屋のドアの前に4,5足のスリッパが脱ぎ散らかっていた。
中から子供たちの甲高い声が聞こえてくる。
家族連れの宿泊客のようだ。

携帯を見ると土佐清水のYさんから着信が入っていた。
食事に言ってるとき何度も電話をくれたようだ。
急いでYさんに電話をする。

「あ~haruさん、無事ですか?」
ごめんなさい、何度もお電話頂いたんですね。
無事宿毛の宿に着いて今夕食を済ませてきたところです。
連絡もしないで済みませんでした。
「そんなことは良いのよ。私が勝手に心配してたんだから (笑) 延光寺さんへ行ってきましたか?私、宿毛に知り合いもいるので良い宿を紹介しょうかなって思ってたのよ。」
今日10時頃に宿毛の町中の岡本旅館に着いたんです。宿に荷物を置かせてもらって軽々と延光寺に行ってきました。
「良いお宿なの?」
はい、親切な女将さんで良いお宿です。
「それなら良かった。明日はどうするの?」
明日は早めに宿を出て松尾峠を越えて伊予に入ります。松尾峠から1本松を通って城辺の先かな?40番の観自在寺まで行き近くの宿に泊まろうと思ってます。
「宿毛から1本松、城辺を通るのね。」
あ~ちょっと待って下さい、今地図を見ます。
地図を出し明日のコースの頁を開いた。
そうです、松尾峠を越えると1本松に出ますね、それから城辺です。

観自在寺へは松尾峠から1本松→右と左に国道56号と遍路道が分かれている。

「あのね、明日はお店が休みだから私、お弁当を作ってharuさんに会いに行こうと思ってるの。城辺にいる知り合いにharuさんのことを話したら是非お会いしたいって言ってるよ。それから車で送るから明日は家に泊まってharuさんの行きたいところまで後で送るってことにしない?」
ありがとうございます。
今回は宇和島まで行くつもりなんです。Yさんにはいつか必ず会いに行きます。
「そうなの。。。宇和島まで行かれるのね。宇和島まで車で送っても良いのに。。。haruさんの予定も考えずにごめんなさいね。明日、1本松か城辺でお昼を一緒に食べましょうね。」
あ。。でも何時頃1本松に着けるかわからないし。。。
「大丈夫よ、私たち早めに出て1本松で待ってるから。」
電話、荷物の中に入れてるので連絡は休憩の時しか出来ないんですよ。。。
「いいわよ、私が勝手に押しかけて行くのだからharuさんは気にしないでね。」

電話を切って地図を見直した。
土佐清水から321号→大月→宿毛から国道56号へ出て1本松→城辺なのだろうかー?
土佐清水から56号へ出る別の道もあるのかもしれないが、どのくらいの時間が掛かるか見当もつかない。
どの道を走ってもも56号に出れば1本松を通るが、Yさんとどこで会うのか場所も時間も決めてない。
ふぅー。。。なんとかなるか…

甲高い子供の声と騒ぐ音が壁伝いに夜遅くまで聞こえていた。

 
岡本旅館さん。
  1泊夕食付き  ¥6,500-
  
          27km 43,517歩

      

39番 延光寺
10月20日

      
       39番 延光寺

           38番金剛福寺から約74km。


足摺岬38番金剛福寺から3日目に土佐最後の寺、延光寺にたどり着いた。

仁王門。
仁王門

仁王門。
仁王門

仁王門を潜ると正面に大師堂、右に本堂がある。

境内と本堂。
境内と本堂

まずは本堂にお参り。
本堂

本堂。
本堂

次に大師堂にお参り。
境内と大師堂

大師堂。
大師堂

宿坊。
延光寺の宿坊は団体さんのみ。
方丈 宿坊

納経所。
納経所

境内と本堂。
境内と本堂

鯉が沢山泳いでいる池に石の赤亀。
境内の池

境内。
境内

梵鐘を背負う赤亀。
山号の「赤亀山」は梵鐘を背負って寺に現れたという伝説から。
延喜11年(911)の銘のある四国最古のもので国の重要文化財に指定されている。
梵鐘を背負う赤亀

梵鐘を背負う赤亀

参拝納経を済ませ大師堂脇のベンチに腰を降ろし。
隣のベンチに小柄な若い男のお遍路さんが地図を見ていた。
足元に大きなの荷物が置いてある。

ベンチの所は木陰になっていて涼しい風が通る。
汗がスーッと引いていく。
本堂で参拝をしてる時、山○さんがベンチで休んでいたがいつの間にか姿が見えなくなっていた。
あーちゃんpapaと友達に延光寺に着いたとメールを送る。

メールを打ち終えるのを待っていたように隣のベンチのお遍路さんが地図を持って側に来た。
「こんにちは。あのぉ、ちょっといいですか?」
こんにちは。

「え~と、これから40番へ行くんですがこの道でいいんでしょうか?」
広げた地図を見た。
延光寺から約30kmとなっている。
これから40番ですか?!
いくら若い男の足でもこれから30kmは無理でしょう。。。

「今日中に40番までは無理ですか。。。あ~ボク、野宿しながら歩いてるんです。良い場所があったらテントを張ります。ここから道が分かれてるでしょう。この松尾峠ってところきついんでしょうか?国道を行った方が良いのか迷ってるんです。」
国道の方が道は良いよね。
置いてる荷物をみれば国道を行った方が良いのかもしれない。。。

野宿するにも峠を越えないと危ないでしょう。1本松まで行けば野宿出来そうなところがあるかもしれないよね。ここまで17kmとちょっとだし、このくらいだったら大丈夫そうな気もするけど。。。
「先、納経所の人に聞いたら国道を行った方が良いって言われたんです。峠はきついからって。やっぱり国道を行った方がいいですよね?」
そう言われても答えようがない。。。
道がわからないなら答えられるが、どの道を歩くかは自分で決めめること。
こうしなさい、こっちへ行きなさいとは言えないよ。。。

困った顔をしてると、
「僕、やっぱり国道を行きます。ありがとうございました。あれぇ。。。おねえさん、荷物はどうしたんですか?」
私は今日宿毛に着いて宿に荷物を置いてきたの。こっちのここを歩いてきたの。
「あ~!西コースを歩いたんですか。僕も行きたかったなぁ。良い所でしたか?」
よかったよ。今日のようなお天気だったらもっと良かったけどね(笑)
高校生ですか?

「高校1年だけど、6月から学校は行ってないだ。僕、チビで頭も悪いしのろまだからみんなに学校へ来るなって言われてるんです。」
そんなぁ。。。そんなことを言う子の方が頭が悪いのよ。地図を見ながら一人で歩いてるなんて他の子には出来ないことじゃない。
「本当に僕、頭が悪いバカなんですよ。試験なんていつも酷い点数だし。。。親が遍路に行ったら体も丈夫になるし少しは頭も良くなるって言うので頑張ってるんです。」

高校生のお遍路さんとお昼を一緒に食べようと思った。
ね、お昼は未だでしょう?これから一緒に食事に行かない?
「僕、此処に来る前コンビニでお湯を貰ってカップラーメン食べたんです。おねぇさんはお昼ご飯は未だ食べてないんですか?ちゃんと食べないとダメですよ。」
そうだね。ご飯はちゃんと食べないといけないよね。
「じゃ、僕行きます。ご飯を食べておねぇさんも頑張ってください!」
ありがとう。
気をつけて、あなたも頑張ってね。
「はい!」

前途ある若者、この先辛いことや悲しいこといろんなことがあるだろうけど君には若さがある!素晴らしい未来が待っている!人の言葉などに負けず、がんばれぇ~!

体の半分もあるような大きな荷物を背負った高校生お遍路さんを見送った。



岡本旅館から延光寺
10月20日

   
     岡本旅館から延光寺

         7km 1時間30分



岡本旅館に着くと品の良い女将さんが出迎えてくれた。
「ご苦労さま。ここに荷物を置いて延光寺へ行ってらっしゃい。後で2階のお部屋へ荷物を運んでおきます。身の回りのものを持ちましたか?忘れ物がないようにね。」
ありがとうございます。
帰りにお昼を食べてゆっくりしてきます。
「それが良いわ。大分前に着いて延光寺に向かわれた方もお昼を済ませてくるっておっしゃってたましたよ。それじゃ気をつけて行ってらっしゃい。」
山○さん、もう延光寺に着いてる頃かも。。。

延光寺まで行って帰るだけ。
片道約7キロ。往復14キロ、約3時間。
あまり早く帰っても何もすることがない、延光寺で時間を潰しお昼を食べてゆっくりしてこよう。

AM10:05
宿から少し行くと左手に宿毛歴史館があった。 
帰りに此処に寄ってもいいね。。  
AM10:05 宿毛歴史館

歴史館から右に曲がりしばらく町中を歩くと延光寺への標識。
左へ曲がり広い道へ。
AM10:10

AM10:10
右手に国道56号が見ながら新宿毛大橋を渡る。
進路方向から荷物を背負ったお遍路さんが何人も歩いてくる。
三原から延光寺を打ち宿毛へ抜けて次の札所、40番観自在寺へ向かうお遍路さんたち。

三原から山越えをしてきたお遍路さんたちは延光寺近くの、へんくつ屋か嶋屋に1泊。
次の日、延光寺を打ち宿毛市内、国道56号を通るか松尾峠を越えて1本松の大盛屋か札掛宿に宿を取るコースや三原の清水川荘で1泊→39番延光寺→宿毛→国道56号or松尾峠→1本松1泊、等。

大きなザックを背負い汗を流しながら歩いてるお遍路さんたちと、こんにちは~ご苦労さまと挨拶を交わす。
つくづく荷物がないのは楽だと実感。
新宿毛大橋

大きなレストランの手前からショートカットの遍路道があったのに見落として国道を歩いていた(;一_一)
1時間以上歩くと国道から左へ入る遍路道があった。
今度は見落とさず左へ曲がる。

AM11:15
延光寺まで1km標識
AM11:15

AM11:30
やがて延光寺の仁王門が見えてきた。
AM11:30 延光寺




道の駅すくもから岡本旅館
10月20日

     道の駅すくもから岡本旅館

       3.5km 1時間30分



AM8:31
道の駅すくも
すくもサニーサイドパーク。
AM8:31

ヘンロ小屋宿毛第十号。
宿毛道の駅茶屋。
ヘンロ小屋 宿毛第十号

「宿毛湾を彩るダルマ夕陽」
日本の夕陽百選に選ばれたダルマ夕陽のポスター。
ようこそ幡多路へ

道の駅のお店はまだ開店前。
お店の脇やゴミ箱の辺りに野良猫が沢山遊んでいた。

自販機で冷たい水を買い、屋根付きの休憩所のベンチに腰を降ろした。
水を飲みながら集まってきたノラニャンと遊んでいたらおはよう、と声が聞こえた。
振り向くと足の早いおじさんお遍路さん。

おはようございます。
「早いね。何時に宿を出たの?宿はどこだった?」
安岡旅館さんです。朝6時に出発でした。
「安岡旅館さんだったんだ。ボクはなかただったよ。朝食を食べて7時に出発。君は早くに出てきたんだね。」
私は宿から1時間くらいの山崎パンで朝食休憩でした。

あのぉ、昨日月山神社に寄られました?
「うん、行ったけど誰もいなかったから寄らなかった。」
私、寄ったんですが宮司さんがおられなくて御朱印頂いてこなかったんです。
「何にもなかったね。宮司さんもいないのだから御朱印はしょうがないよ。」

地図を広げ、この道を歩きました?
月山神社からの遍路道を指でなぞった。
「そう、この遍路道を歩いたよ。酷い道だった。君は?」
ここから遍路道に入ったけど下草は刈ってないし木の枝に蜘蛛の巣が掛かっていて少し行って引き返しこの道を通ってきたんです。
「それは正解だったよ。下草もあったし道は悪かったし景色なんて全々良くないんだ。」
展望台は寄ったんですか?
「展望台なんていう物じゃなかったよ。引き返すのもシャクだから進んで行ったよ。」
姫ノ井郵便局に寄ったでしょう?
「そうそう、郵便局に寄ってお茶をご馳走になったよ。」
山からどこら辺に出ました?
「小学校の脇に出たよ。」
あ~やっぱり小学校の脇に出る道があったんですね。どこで間違えたのかずっと手前で国道に出たんですよ。あの山の頂上のようなところに広場がありましたよね?私、電線が見えたからその電線を目印にして降りてきたんです。
「それは良い方法だね。あの広場みたいな所から降りていく道があっただろう?あの道を降りてきたら小学校の脇に出たんだよ。」

郵便局で休ませて貰ったら40分前くらいにお遍路さんが休んで行ったって言ってました。
私が着いたのは3時10分頃だったから随分早かったんですね。
「ボクは2時半頃だったね。早く宿に着いて昨日はゆっくりだったよ。郵便局でお茶を出してくれただろう?あれは太龍寺と同じお茶だそうだよ。」
そうなんですか。
お茶とお餅も頂きましたよ。祭りだって言ってました。
「え~っ、お餅も出してくれたの?ボクはお茶だけだったよ。女の人だけサービスなのかな。あ、ボクは千葉のこういうものです。」
住所名前の書かれたお札を頂いた。
私も遍路カバンの中からお札を出して山○さんに渡した。

「富山の人には会ったけど新潟の人は始めて会ったよ。」
新潟から移動に1日掛かるんですよ。
山○さん、随分足が早いですね。
「そうなんだよ、それでみんなに嫌われているんだ。西コースを歩くのは最初から予定だったしこっちは1日分距離が多いから足摺岬で別れた人たちと延光寺で一緒になるだろうね。みんなボクと歩くを嫌がっていたよ。君はなんでこっちのコースを取ったの?」
叶崎と月山神社に行きたくて。
「晴れていたらよかったね。」
あ~あの日も雨が酷かったですよね。山○さん、ずぶ濡れになったでしょう?
「そうそう竜串からのところね。一山越えたら雨は止んだしそのまま歩いてたら乾いちゃったよ 笑)
それにしても本当に足が早いですね。

「トンネルのところでしばらく君のことを待っていたんだよ。」
私は揺る足だし、休憩ばかりしてますから 笑。
「本当は1時間に1回休憩を取るのが良いそうだけど何故か足も体も絶好調なんだよね。今夜の宿は?」
岡本旅館です。
「ボクも岡本旅館だよ。荷物は置いていって良いそうだ。」
荷物がないと楽ですよね。山○さんは通しですか?
「そう、通し。○○さんは区切りなの?」
はい、昨年から春と秋に歩かせてもらっています。ちょうど体と足が出来た頃に帰らなくちゃいけないんですが何回も四国に来れるし普通の主婦は何日も家を空けるのは中々大変なんです。
「そうだね。普通の足で60日と言われているよね。女の人が何日も家を空けるのは大変なことだね。○○さんの家族は理解があって幸せだね。」
そうなんですよ。我が家の主人は理解があるんです 笑。
山○さんの奥様だって理解があるじゃないですか。こうやってお遍路さんに出してくれるんだから。
「ボクは家内と一緒なんだ。」
山○さん、遍路カバンの中から奥さんの写真を出して見せてくれた。

「ボクの妻は一昨年、向こうへ逝っちゃったんだ。昨年1年何も出来ず腑抜けのようになっていたよ。男は妻がいなくなるとまるでダメになるんだね。しっかりしてる人もいるのだろうけどボクはダメだった。1年泣いて暮らし今で言う引きこもりになって外へ出ることも出来なかった。後追い自殺でもしそうな顔をしていたんだろうね友人が見かねてお遍路に出ることを薦めてくれたんだ。それで思い切ってね。此処に来て本当に良かったと思っている。最初は何でこんなことをしているんだろうと思っていたけどだん々心が落ち着いてくるのが自分でもわかるんだ。いろんな人に励ましてもらったよ。友達も沢山出来たし○○さんにも会えた。家内もきっと喜んでいるだろうね。」

思い出を吹っ切るように、さて、そろそろ出発しょうか、と山○さんが言った。
交代でトイレに行き足の早い山○さんに着いていけないのはわかっているので先に出発してもらった。
「それじゃ、先に行くよ。また後で会おうね。」
気をつけて。
「○○さんも気をつけて。ゆっくりおいで。」
AM9:00 山○さん

45分近く休んで道の駅すくもを出発。
AM9:12
AM9:12

AM9:26
AM9:26

AM9:30
←片島フェリー。右→宇和島。
←片島フェリー乗り場

右に曲がると松田川大橋。
山○さんの姿はとうに見えなくなっていた。
AM9:31 松田川大橋

松田川を渡る。
AM9:34

AM9:35
橋を渡り右へ曲がる。
AM9:35

AM9:40
AM9:40 宿毛市街

AM9:40
岡本旅館の看板。
M9:54 

AM9:55
岡本旅館到着。
AM9:55 岡本旅館




ヤマザキストアーから道の駅すくも
10月20日


    ヤマザキストアーから道の駅すくも

        5km 1時間10分



陽が昇ると真っ青の空が広がっている。

AM7:37
右→三原20km。
AM7:37

AM7:48
AM7:48

AM8:04
AM8:04

AM8:11
「道の駅すくも」まで1.5km標識。
AM8:11

AM8:18
左←田ノ浦漁港標識。
AM8:18

AM8:30
道の駅すくも
AM8:30



安岡旅館から小築紫ヤマザキストアー
10月20日


    安岡旅館から小築紫ヤマザキストアー

      4.5km 1時間



AM6:00
安岡旅館

お世話になりました。
またいつかきっとおばさんに会いに来ます。
おじさんもおばさんもお元気で。

外はまだ薄暗く空気はヒンヤリとしていた。
AM6:00 安岡旅館

昨夜はビールをコップに2,3杯飲んで7時頃バタンキュー。
何時頃か戸が開く音を聞いたような気がしたがそのまま眠っていた。
早くに寝てしまったので夜中に目が覚めた。
時計は見なかったけど多分10時頃。

トイレに行きたくなりそっと階段を降りトイレに行った。
テレビを見ててもおかしくない時間だけど階下の部屋から物音一つ聞こえない。
土間を見ると私の靴と下駄が並んでいるがおばさんたちの履物がない。
戸を開ける音を聞いたのは空耳じゃなかったようだ。
いったいおばさんたち、何処へ行ったんだろう。。?
トイレを済ませ2階に上がり窓の外を見たけど明かりも見えず真っ暗闇。
はてなと思ったけど布団の中へ潜りこんだ。

朝、洗面にトイレに行くと土間におばさんとおじいさんの履物が並んでいた。
ゴソゴソ顔を洗っているとおばさんが部屋から顔を出した。
あ~起してしまって済みません。
5時少し過ぎだったのにおばさんはきちんと身支度をして薄化粧をしていた。

昨夜はお出かけだったんですか?
何時頃お帰りでした?
どちら行って来られたんですか?

興味津々な出来事だったけど何も聞けなかった。
安岡旅館

宿から5分歩いて国道321号。
AM6:05

宇和島77km 宿毛13km
国道321号

AM6:10
AM6:10

M6:32
大月町から宿毛市へ。
AM6:32

AM6:42
宿毛市の標識。
AM6:42 宿毛市

AM6:50
福良川を渡る。
AM6:50 福良川

AM7:00
ヤマザキストアーの看板娘さん。

店の前のベンチに休憩。
AM7:00 ヤマザキストアー

パンと牛乳を買って朝食。
ご主人に写真を撮らせてくださいとお願いしたら、メガネを外して笑ってくれた。
ヤマザキストアー

表のベンチでパンと牛乳を飲んでると地元のおばさんたちがわらわらと集まってきて何処から来たのか、一人で歩いているのかといつもの質問攻めにあった。
「私も阿波一国参りをしたんだよ。延光寺さんで檀家さんを連れて行ってくれるんだ。私たちはバスで行ったよ。やっぱり歩いた方がご利益があるんだろうねぇ。」

お店の中で買い物を済ませたおばさんが100玉2個、私の手に握らせた。
「お接待。延光寺さんへ行ったら私の分もお線香をあげてもらえば嬉しいよ。」
ありがとうございます。おばさんの分もお参りしてお線香をあげてきます。

おばさんたちが引き上げると中学生の男の子たちがやってきた。
菓子パンや飲み物をてんでに買い込み店の前や地べたに座り込んで食べている。
ベンチを独り占めしててごめんね。
ザックを背負って身支度。
お遍路姿をチラチラ見てた男の子におはよう、と声を掛けるとさっと横を向いてしまった。
思春期の男の子たちは恥ずかしがり屋。

7時25分ヤマザキストアー出発。


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