アランと一緒に四国遍路。

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徳島から帰路
徳島駅10時37分着。

何日か前、Oさんが待っててくれた徳島駅前。
高速バスチケット売り場に行き、大阪までのチケットを買う。

JR大阪駅行き、AM11:30。
バス待合所のベンチに荷物を降ろし、あーちゃんpapaに電話。
こんな時間の電話に驚いていた。
「どうした、何かあったのか?怪我でもしたか?」
予定通り、23番まで打ってきたよ。
昨日、頑張って30㌔も歩いたから1日早くなった。
これから帰ろうかと思って。。。
「そっか。1日早く終わったのか。飛行機は取れたのか?だったら早く帰って来たらいい。」

高速バス、大阪行き。
AM11:19

JR四国バス

JR大阪駅行き

AM11:30
バスの中から、徳島駅前。
AM11:30

PM12:37
四国の風景が遠ざかる。
PM12:37

PM1:00

大阪ハービス前のバス乗り場。
大阪ハービス前

PM2:32

PM2:05
大阪ハービス前到着。
ハービスから伊丹空港へ。

大阪に着いて、Oさんに電話した。

いま、大阪なの。昨日30㌔も歩いたんだよ。
今朝、23番打って、連れの人たちと一緒に鯖大師まで行こうかとも思ったけど、今日帰ることにしちゃった。
いい人たちと沢山出会えて、とってもいいお遍路でした。
13番の焼山寺の山越えや、20番から21番の山越え、もう一度やりたいくらい!
徳島から電話したら、Oさんに会いたくなるから、電話もせず大阪まで来ちゃった。
これから帰るね。
今度も、いっぱいお世話になっちゃって本当にありがとう。
来春、またお世話になります。

Oさん、来年、待っているからね。と言ってくれた。

4時半頃、Kさん、Mさん宿に着いた頃だろうかと、メールを打った。

「日和佐の海を見ながらお遍路旅。
足は痛くないですか?宿に着き休んでいる頃でしょうか。
疲れたでしょう、ゆっくり休んでください。
Kさん、Mさんと出会え、忘れられない遍路旅ができました。
お二人に巡り合え、とても嬉しかったです!
お四国に感謝!お大師様に感謝!
Kさん、Mさんに感謝しています。
お身体に気をつけて良い旅を。
越後から、お二人のお遍路旅を応援しています!」

出発前6時頃、Kさんからメールがあった。
「まだ歩いています。真っ暗な海に丸い月が映っています。
宿までもう少し。足が痛い!
私も、はるさんに出会えたことを、とても感謝しています!
出会えて本当に嬉しかった!!
一緒に歩いた道を思い出しています。
良い遍路旅にします。
ありがとう!いっぱい感謝してます!!」

6時に、まだ歩いていた。
真っ暗な55号線を、二人はひたすら歩いていた。

PM6:10
伊丹空港から新潟へ。
1時間後、新潟空港へ到着。
出迎えのガラスドアの向こうに、あーちゃんpapaが待っていた。
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10月6日 23番から日和佐駅
荷物を取りに会館へ戻った。
AM8:10
仁王門前で振り返り、真っ青の空と瑠祇塔をもう一度。
PM8:10

仁王門前の道路。
23番門前

薬王寺会館。
来春もお世話になる予定の会館に別れを告げる。
薬王寺会館

会館をもう一度振り返る。
AM8:15

駅まで何度も振り返っていた。
薬王寺会館と瑠祇塔

室戸まで90kmの標識。
室戸まで90km

R55

道の駅・日和佐。
Kさん、Mさんと、ここでお別れ。
道の駅・日和佐

道の駅。
日和佐道の駅前

日和佐駅への歩道橋から。
日和佐駅構内

歩道橋を降りると日和佐駅前。
日和佐駅前

日和佐駅。
日和佐駅

AM8:30
北海道から来られたと言う、お遍路さんが休んでいた。
お遍路さん

オカリナを吹いてくれたお遍路さん。
お遍路さん

いよいよ、室戸への道、55号をどこまでも真っ直ぐだね。
午前中に距離を稼いでおこう。
Mさんが張り切っていた。

日和佐道の駅前、ここでお別れ。
元気でね。頑張ってね。
来春、貴方たち二人が歩いたこの道を私も歩きます。
いいお遍路を!
二人の後姿をいつまでも見送った。
見送りながら、二人の後を追いかけて行きたかった。
もう1日あったのに、やっぱり一緒に行けばよかった。。。

やがて二人の姿は見えなくなっていった。
室戸まで90km。何日で室戸へたどり着くだろう。
足の早いKさん、Mさん、今日はどこまで行くだろう。

歩道橋を渡り、日和佐駅へ入り徳島行きの時間を見た。
8時51分まで、次の徳島行きの電車がない。
椅子にお遍路さんが座っていた。

ザックを椅子に降ろし、少し離れて座った。
「1国、区切り打ちですか?」
お遍路さんに聞かれた。
はい、これから帰るところです。
これからですか?

「これからって言うか、ボチボチと室戸へなんです。
北海道からここまでようやく来ましたが、納経のお金もなくなり、資金を稼ぎながらの旅なんですよ。」

昨夜は日和佐の道の駅で泊まったそうだ。
納経のお金もないと聞いて、お金を渡したら良いのかと思ったが。。。
自販機でスポーツドリンクと水を買った。
スポーツドリンクのペットボトルをお遍路さんに、よかったらどうぞ、と渡した。
お遍路さん、昨日、道の駅でオカリナを吹いていたけど、雨で人がいなく資金は集まらなかったそうだ。
これ頂いたので、何か好きな曲はありますか、サービスです。
そう言って、曲目が書かれてある紙を私に見せた。
何でもいいです。とは言い難く、一番上に書かれてた「涙そうそう」を指差した。

オカリナ演奏中だったが、電車が入ってきたので、
じゃ頑張ってください。と言ってザックを背負い電車に乗った。

4人掛けの椅子の窓側に座った。
窓の外、通ってきた道が見えた。
どん々離れて行く日和佐の海。

日和佐から約1時間半、10時37分に徳島駅に着いた。
何日か前、Oさんが待っていてくれた徳島駅前。
これで、秋遍路が終わった。
淋しかった。
旅の終わりは、いつもどうしてこんなに淋しいのだろう。
これから始まる旅はいつだって、期待感に溢れているのに。

昨日までの出来事が遠い昔の思い出になっていく。

10月6日 23番 薬王寺
5時頃に目が覚めていた。
5時半頃、Kさん、Mさんも起きだした。

Mさんは6時からのお勤めに出てくると、洗面を済ませ白衣に着替え始めた。
Kさんはお勤めはパス。
私も後で参拝に行くからとパスした。

AM6:00
部屋の窓から瑠祇塔が見えた。
AM6:00

お勤めを済ませたMさんが戻り、荷物を持って1階の食堂へ行く。
PM6:30から朝食。

会館の受付に鍵を戻し23番へ。
小雨が少し降っていた。
荷物は玄関の椅子の上に置かせてもらい、帰りに取りくることにした。
受付の人が、傘を持って行きなさいと貸してくれた。
AM7:26
23番 仁王門。
AM7:26

仁王門にて、朝陽が眩しそうなKさん、Mさん。
雨はすぐ止んで、傘は要らなかったね。
23番 仁王門

仁王門から男女厄坂へ続く境内。
AM7:28

女厄坂。
女厄坂

本堂への厄坂

次が男厄坂。
男厄坂

PM7:30
本堂。
本堂

本堂。
本堂

境内。
境内

境内。
境内

境内。
境内

大師堂。
大師堂

境内。
境内

男厄坂を降りると鐘楼と納経所がある。
鐘楼

AM8:00
納経所。
納経所


昨夜は足に出来たマメ治療の後、痛みとほてりと筋肉痛と予定を変更するかを考えたりして、中々寝付かれなかった。
寝不足なのに、早くに目が覚め布団の中で、もし、今日の帰りの便が取れて変更できるようだったら帰る。
満席で変更できなければ予定通り、明日帰る。
そう決めた。

ANAの予約センターに電話をしたら、チケットの変更が出来た。
満席じゃなかった。
今日の便に変更できたから、私やっぱり帰るわ。。。

そっか、やっぱり帰ることにしたんだ。
私達、はるさんの分も頑張るよ。

Mさんは、鯖大師に泊まるのが夢だったのに、宿坊は取れなかったと残念がっていた。
地図を見ながら宿をどこに取るか、距離計算をしながら2人は相談していた。
私はもう、地図は必要ない。
残っていた洗濯洗剤と使い捨てのビニール雨具も、Kさんに使ってもらうことにした。
パーカーとGパンに着替えザックを詰め直し、お数珠を手に持ち、納経帖とお線香蝋燭をカバンに入れた。

3人で参拝するのも、これが最後。
真っ青の空。
目の前に日和佐の海が広がっていた。
この風景もこれで見納め。
昨日歩いた30kmの道が、遠い日の出来事のように思えた。

開いたばかりの売店に寄り、厄除けのお守りを買った。
本家とあーちゃんpapaと私と妹に。

10月5日 薬王寺会館
夕食を済ませ、部屋に戻った。
乾燥機に入れた洗濯物を見に行くと、まだ終わっていない。
終わるまで、まだ掛かりそう。

Mさん、靴に詰めた新聞紙を取り替えていた。
ゴアテック。
私も、買おうかどうしょうか迷った靴。
登山にはいいけど平場、アスファルト道はクッションの効いた軽いスニーカーの方がいい。
山用と平場用の2足持って行く通し打ちの人もいる。
金子やさんで、おにぎりを譲ってくれた東京のお兄さん、17番から徳島市内のホテルに泊まったとき、ナイキのスニーカーを買ったそうだ。
山歩き用のゴアテックの靴はザックにぶら下げていた。

軽くって飛ぶように歩けるよ。
金子やさんで会ったとき、笑いながら言っていた。
通しで歩くなら本当はその方が良いのだろう。

Mさんのゴアテックは、くるぶしまで。
ポンチョを着て、下は使い捨てビニール雨具のズボンを履いていた。
ズボンから流れる雨が靴の中に入る。
雨が靴の中に入ると、完全防水の為、雨水が溜まってしまうのだ。
Mさんは4,5回、新聞紙を取り替えていた。

靴が足に合わなくて、途中で引き返したり断念する人もいる。
歩いてて、それが嫌というほど思い知らされた。
靴と雨具は、絶対良い物が必要。

3人それぞれ家に連絡し、かわりばんこに携帯の充電。
私はカメラの電池の充電もあるので最後。
Mさんは、ブログ投稿は1週間遅らせる、と言っていた。

Kさん「それにしても、今日は歩いたねー。」
Mさん「30キロだよ。誰か休憩しょうって言い出すのを待っていたのに誰も何も言わないんだものね。」
うっそぉー!
KさんもMさんも足が早いし、スタスタ歩いて、休憩しょうなんて言い出せる雰囲気じゃなかったよ。
Mさん「足が痛くって、スタスタなんかじゃなかったよ。はるさんもKさんも、休憩って言わないから着いて行くしかなかったわよ。」
Kさん「私も二人が休憩って言ってくれるの待っていたよ。」
え~。。。みんな、誰かが休憩を言い出すのを待っていたの?
ホントかな。。?
私が休憩を言い出したら、何度も何度も繰り返し、遅くなるのがわかっていたからじゃないの^_^;

それにしても歩いたものだ。
1日中雨に濡れながら、ひたすら歩いた30km。
自分でもこれだけの距離を歩けたものだと驚いていた。
一人だったら絶対に歩けない。
車を探し、途中の宿を探してしたに決まっている。
休憩を何度も何度も繰り返し、今頃どこら辺にいただろう。
足を引きずり、へたりヨレヨレ、最後はぼろ雑巾のようだった。

Kさん、Mさんが一緒に歩いてくれたから、ここまで来れた。
一緒に歩いてくれる人がいたから、自分でも考えられないような距離を歩けた。
お大師様も後を押してくれた。
一人で歩いてきたんじゃない、みんなのおかげだった。

3人で足に出来たマメ治療。
両足の小指、薬指に出来たマメをライターであぶった針に消毒液に浸した糸を通して破いて、水抜き。
テーピングした足が火照って熱く、体中が筋肉痛で横になるのも辛かった。
持ってきた湿布1袋は、とうになくなっていた。
Kさんが、これ使う?とタイガーバームを貸してくれた。
あ~、これいいね。家にもあったのに思いつかなかった。
山登りしてた人が教えてくれたんだ。筋肉痛に良いって。

瓶の半分以上、減っている。
部屋中、匂いが充満したけど太腿に塗ったタイガーバーム、スカスカして気持ちよかった。

「ね、お札の交換しょうよ。」Kさんが言い出した。
私もそう思っていたんだ。
お札に、住所氏名。裏にTELとアド。
Mさんのサイトのアドも教えてもらった。

Kさんが自分の事を話し出した。
遍路資金、お母さん、おばあちゃん、お姉ちゃんから出してもらったこと。
朝、6時から何軒もバイトして、夜8時から1時間、ボクシングジムに通っていること。
体を動かしていると、余計なこと考えなくていいから。。。

Mさんは勤めていた会社を辞め、お遍路旅。
会社なんて、少しも楽しくなかった。
好き嫌いがあるから、他所の食事が食べれるか、お母さんが心配していた。
食べなきゃ、体が持たないもんね。
何でも食べれるようになったよ。好き嫌いなんていってる暇もないわ。

ホントだね。
しっかり食べなきゃ、歩くことが出来ない。
私も、家にいたら1日1食で済ませたり、コーヒーだけで1日過ごしたり。
朝、しっかりご飯を食べても、昼前にはお腹が空いている。
食事とお風呂と寝ることが、何よりの楽しみだった。

私は明日のことを考えていた。
1日早く23番に着いた。
明日、どうしょう。

KさんとMさん、明日は鯖大師まで行くと言っている。
鯖大師まで、約20km。
2人と一緒に鯖大師まで行こうか。。。
でも、この足で歩けるだろうか。。。

7日に帰る予定なんでしょう?
だったら、1日ゆっくり温泉に行くとか、どこか遊んでくるとかしたら。
私だったら、絶対温泉だね。
こんなこと滅多にないよ。
これもお大師様が与えてくれた休暇と思ったら?

2人に言われ、気持ちが傾く。
1日時間が出来たんだ。温泉に浸って疲れ休暇。
徳島へ戻り、Oさんを呼び出し一緒に温泉に行こうかな。

帰りの飛行機、7日のチケットは取ってある。
最初に計画したとおり、23番まで来たんだもの。
丸1日はおまけ、ご褒美なんだ。

1日のんびりするのも悪くないよね。
一緒に行きたいけど、鯖大師はこの次の予定なんだ。
明日は温泉にでも行こうかな。

そうしちゃいな。
2人に言われ、だん々その気になっていた。

10月5日 22番から23番 
AM9:50 22番出発。

Kさんが納経所で郵便局の場所を聞いていた。
お金を引き出してくるから先に行ってて、と言ったけど一緒に行った。

橋を渡り左の道に入いると、住宅と小さな商店街があり、直ぐに郵便局があった。
KさんがATMで引き出しに行ってる間、駐車場でMさんがザックを降ろし中からザックカバーを出していた。
戻ったKさんに、私は使わないからこれを使ったらいいよ。
そう言って、自分のザックカバーをKさんに渡した。
Kさんのビニール雨具、山越えのとき、枝に引っ掛かり切れて、風が吹くとヒラヒラになっていた。
Mさんはカバーを用心の為、入れてきたそうだ。
助かるわー!Kさんはとても喜んでいた。
駐車所でカバーを付けるのを待ち、来た道を引き返す。
AM9:52

ワンコと一緒のおばあさんが、「雨の中、ご苦労さま。」と声を掛けてくれた。
ワンコ

R55に出なくてはいけないのに、地図を見ると歩いている道はR24のようだ。
どこかでR55に出るはずなんだよね。
先に歩いているMさんが何度も地図を確認する。
私は休憩なしで歩き続け、言葉も出ないでいた。

宅配の車が止まっていたのを見つけ、Mさんが走って運転手さんに聞きに行く。
太龍荘から一緒だったおじさんも道がわからず、Mさんを待っていた。

右に曲がって少し行くと55号線に出るって!
教えてもらった道を指差し、再び歩き出す。
右に曲がり、畑のようなところを通り抜け、竹林を上ると目の前がR55だった。

22番から郵便局に寄り、1時間半以上歩いて最初のトンネル。
AM11:35
鉦打(かねうち)トンネル。
AM11:35

福井トンネル。
一つ目のトンネルを抜けると直ぐに二つ目のトンネル。
AM11:40

AM11:45
おじさんも一緒に、遍路小屋でようやく休憩。
遍路小屋は歩き遍路にとって、とても助かる。
休憩したくとも雨の中、荷物を降ろして休むところがないのだから。
ノートが置いてあった。
「こういうところに置いてあるノートに書かれてのは、決まり文句だよね。もう少し、気の利いたこと書けないかなって思うわ。」
パラパラとめくったMさん、余裕のセリフ。
遍路小屋

防水をしていない私のスニーカー、靴下がビショビショになっている。
靴下が濡れて、靴擦れが酷くならなければいいけど…
AM11:45

AM11:51

どこまでも単調な道、国道をひたすら歩く。
PM12:16
やがて田井ノ浜への標識があった。
ここから、左へ行くと田井ノ浜海岸に出る。
行きたかった田井ノ浜、いつか行ける時があるかもしれない。
この次の楽しみに取っておこう。
PM12:16

PM12:40
救いの遍路小屋で2回目の休憩。
お腹は空いたし足が痛く、疲れ果て会話もできない。
地図を見ていたMさん。
「もう少ししたら、茶屋があるよ。そこでお昼にしょう!」
後どのくらいですか。。。?
「2kmくらいだよ。30分で行ける!」
30分。30分。30分歩いたらお昼休憩!!
PM12:40

PM12:46
PM12:46

PM12:50
PM12:50

地図では「星越茶屋」と載っていたが名前が違う食堂があった。
名前なんかどうでもいい、休もう!お腹が空いたぁ~。。。

先に歩いて行った一人旅お兄さん、お連れさんが出来てテーブル席で食事中。
私達は靴を脱いで、小上がりに上がらせてもらった。
3人とも、靴下がビショビショ。
新聞紙を貰い、靴に新聞紙を詰める。
靴下をザックから出して履き替える。それだけでも痛みが取れた。
濡れた靴下に擦れ、小指が赤くなっていたけど豆には未だなっていない。
宿まで何とか持つだろうか。。。
PM1:19
PM1:19

PM1:34
うどん定食を頼んだら、大きなアジの握り寿司が7個もついている。
小鉢に煮物とサラダまで付いて¥650-。
アジのお寿司は新鮮で、とっても美味しかった。
昼食

2時、食堂を出発。
30分くらい新聞紙を詰めていた靴は、水気が少し取れていた。

少し行くと、歩道のない星越トンネル。
星越トンネルから30分ほど歩くと久望トンネル、そこから少し行くと、の坂トンネル。

PM2:30
23番まで10kmの看板。
PM2:30


後、10kmが長かった。
昼休憩から1時間40分歩き、作業小屋のようなところがあったので休憩。
一人旅お兄さんたちも休憩していた。
お兄さんの連れは3人になっていて、イケメン4人連れになっていた。

Mさんが、
「あの人、星の岩屋で私が挨拶したのに返事をしなかった人だよ。ずーっと気になっていたの。私、なんで返事をしなかったのか聞いてくる。」
そう言って少し離れて休憩しているお兄さんのところへスタスタ近づいていった。
私とKさん、呆気にとられた。
しばらくお兄さんと話していたMさんが戻り、何事もなかったように、それじゃお先に~と手を振り出発。

Mさんの話し。
星の岩屋にいたのはやはり、一人旅のお兄さん。
挨拶しても返事をしなかったのは、瞑想をしていて声を掛けられたのに気が付かなかった、とのこと。
それから、
携帯からMさんもブログに投稿しているけど、って言ったら女の子の場合、今日はどこからとか、予定行動を載せるのは、追っかけとか危ない人が待ち伏せしていることもあるので、よした方が良いと言われたそうだ。

追っかけね。。。そんな人もいるのかなー?
女子の一人歩き、危険なことは避けたほうが良いに決まっているね。

Mさんも携帯からブログ投稿していたんだ。
お兄さんもそうだけど、随分マメな人がいるものだと感心。
朝一度の予定報告のメールだけは打っておくけど、とてもブログ投稿など考えられない。
休憩中にメールを読んだりしていたけど、返信は打てない。
歩くだけで背一杯。
宿に着いて報告電話を済ませ、一刻も早く、風呂に入り横になりたいだけの私には、とてもできっこない。

日和佐川を渡ると町中の風景になった。
歯を食いしばり、足を引きずりながら歩いて行くと、ローソンの看板が見えた。
緩い坂道のアスファルトを上り見上げると、薬王寺の瑠祇塔が見えた。

22番から歩き続けて7時間。
PM4:45薬王寺会館到着。
受付で3人の名前を言い、部屋の鍵を貰った。
エレベータで3階に行き、10畳以上ある広い部屋に入って倒れこんだ。

先ず、靴の中に新聞紙を詰めなきゃだめよ。
手際よく、受付で新聞紙を貰ってきたMさんに言われた…
夕食は6時半。その前に風呂へ入ってと言われている。団体さんが入る前にお風呂。
靴に新聞紙を詰め、着替えを持ってお風呂場へ。
会館のビニールのスリッパが足の指に当たり、痛くてたまらない。
引きずっているうちに、途中でスリッパが脱げてしまった。

広いお風呂は湯煙が立ち込めていた。
団体さんもいなく3人で貸切。
お風呂が熱い。入ると足の指が痛い。
いたあついー!Kさんが叫んでいた。

脱衣所に二層式の洗濯機があった。びしょ濡れの着替え3人分詰め込んで洗濯。
夕食は1階の大食堂。3人並んで頂いた。
浜松のおじさんが一人でお酒を飲みながら食事をしていた。
私たちに気が着いて、片手を上げてくれた。
東京のお兄さんや、三重のおじさん、Nさんと一緒じゃないんだ。
一人旅になっていたんだね。

太龍荘出発AM6:30→22番到着AM9:00
太龍荘から22番 8km 2時間10分(予定)→2時間30分(実時間)
22番出発AM9:50→薬王寺会館到着PM4:45
22番から23番 22km 6時間30分(予定)→7時間(実時間)

歩いた距離 30km

10月5日 太龍荘から22番 平等寺
朝5時20分に目覚ましを掛けておいたが、アラームが鳴る前に目が覚めた。
雨が気になりカーテンを開け、外を見る。
まだ薄暗い外は、シトシト雨が降っていた。

布団をたたみ、洗面を済ませ身支度を整え、忘れ物がないか確認。
6時少し前に階下へ降りた。
朝食は6時から。
バスツアーの団体さんが席についていた。
私たちも、昨夜と同じ席。
雨だね。。。今日は1日雨予報だよ。
食事を済ませ、宿の清算。

Mさんは、黄色のポンチョの雨具。
私は太龍寺で買ったビニールの雨具の上着だけ着込んだ。
ザックは濡れずに済むが、前のボタンが止められない。
Kさんもビニールの使い捨てポンチョの雨具。

AM6:28
宿を出る前に記念撮影。
AM6:28

太龍荘のご主人は、団体さんのお世話で女将さんが外へ出て見送ってくれた。
お世話になりました。
太龍荘の女将さん

大きなワンコも見送ってくれた。
いつか、また会う日まで元気でいるんだよ。
太龍荘のワンコ

宿から道に沿って南下。
太龍荘から2.5km、約30分ほど歩くと大きな道路、あせびの交差点に出た。
あせびの交差点から、遍路道へ入ると遍路小屋があった。
AM7:07
遍路小屋を横目で見ながら2人の後を行く。
AM7:07

遍路道はやがて山道へ入る。
H200mの大根峠。
上りに強いKさんがどん々先に行く。
少し遅れ始めたMさんの前に出て、Kさんの後を追った。
雨で濡れた山道は滑りやすく、下りになるとKさんの足が遅くなった。
大分遅れて上ってきたMさんも追いつき、Kさん、私、Mさんの順で山越え。
太龍荘から1時間20分、狭い竹林と杉林を抜け西光寺の集落に出た。

集落を抜け大きな道路に出て1時間ほど歩くと、22番が見えてきた。
22番の手前に民宿「山茶花」さんがあった。
一人旅だったら、まだここには着いていない。
当初の計画では、明日の宿に予定していたところ。
評判がよく、泊まってみたかった宿の前を1日早く通っている。
AM8:52 山越えのときより雨が酷くなっていた。
AM8:52

AM8:53
22番 平等寺。二層の堂々たる仁王門。
22番平等寺

仁王門。
仁王門

万病に効く弘法の水、白水泉。
AM9:02 白水泉

本堂への石段を上るMさんの後姿。
本堂への石段

石段を上り、正面に本堂。
境内と本堂

Kさん。
本堂

AM9:08 本堂。
AM9:08本堂

ニャンコがいた。
撫でてやるとゴロゴロ喉を鳴らした。
本堂の猫

上ってきた石段を降り、大師堂へ。
石段

AM9:15 大師堂。
AM9:15大師堂

納経所。
納経所


納経を済ませ、納経所脇の休憩所で一休みしてると、太龍荘で朝食が一緒だった団体さんがやってきて、声を掛けてくれた。
あら~、早いね。雨で大変だったでしょう。

昨日、21番の山越えで一緒だった一人旅お兄さんも休憩していた。
ポンチョの雨具で膝下くらいの丈のズボン姿。
しゃがみこんで、ひたすら携帯。
後で知ったんだけど、一人旅お兄さん、携帯からブログ投稿していたそうだ。

私も、あーちゃんpapaに今日の予定をメール。
雨です。6時半から歩いて22番に到着しました。少し休んでから23番へ向かいます。
直ぐして、あーちゃんpapaから返信。
「雨の中、ご苦労さま。無理をせず今日も頑張って。」
家にいたら、「ご苦労さま」なんて言ってくれたこともないのに。

太龍荘出発AM6:30→22番到着AM9:00
太龍荘から22番 8km 2時間10分(予定)→2時間30分(実時間)

10月4日 21番から龍山荘
PM1:00
21番の山門を後に、龍山荘を目指し下山。

PM1:12
なだらかな坂道を下りてて行く、Kさんの後姿。
PM13:12

山の中の遍路道をしばらく歩くと駐車場があった。
麓からロープウェーで21番へ行けるし、遠回りになるので利用する人は少ない。
ロープウェーを使わず、ここから21番へ上る車利用のお遍路さんや地元の人が使っているようだ。
駐車場を通り過ぎ、又山道を下る。

休憩なしで1時間近く歩くと、山林の間からそれらしい建物が見えてきた。
PM2:08
太龍荘。
PM14:08

PM2:10
太龍荘到着。
人には慣れているのか、吠えもしないで大きなワンコが寝そべったまま、顔を上げた。
PM14:10

PM2:15
龍山荘、玄関。
龍山荘

2階の部屋から外のワンコに口笛を吹いたら、どこにいるのかわからず寝そべったままキョロキョロしていた。
PM14:25

PM3:00
道路側の窓から通ってきた道が見渡せた。
PM3:00

PM6:00
同じ風景の違う時間。
PM6:00

休憩なしで宿まで歩いた。
PM2:00頃へ龍山荘到着。
お杖を表で洗い、誰かいないかとウロチョロしてたけど人気がない。
早く休みたかったので玄関で、ごめんくださーい、とKさんが大きな声を掛けた。
しばらくして、奥から優しげなご主人が顔を出してくれた。
どうやら早く着き過ぎたようだ^_^;
「お風呂はこれから沸かすから、4時頃になるよ。取りあえず部屋で休んで。」
お風呂が沸いたら知らせてくれると言って、2階の部屋へ案内してくれた。
Kさんと隣同士の部屋。

ザックから着替えを出し、荷物の整理。
白衣を壁のハンガーに掛け携帯を見ると圏外。

カメラの電池を充電し、メモを書いているうちに睡魔が襲ってきた。
押入れから布団を出し、テーブルを脇にどけ、部屋の真ん中に布団を敷いて横になった。

テレビを着けたまま、いつの間にか眠っていた。
「お風呂が沸いたよ。」
部屋がノックされ、声を掛けられ飛び起きた。
時計を見ると4時20分だった。
3時頃から4時過ぎまで爆睡だった。

着替えを持って部屋を出て、Kさんに声を掛ける。
うーん、と大きく背伸びしながら出てきたKさんとお風呂へ。
「よく寝たわ~、あれからすぐ寝ちゃったよ。」
Kさんも部屋に入ると布団を敷いて眠ったそうだ。

お風呂に入っていると、女の人が入ってきた。
私達が下山するとき、21番の山門に到着した人。
4時頃に宿に着いたそうだ。

お風呂から上がって、着替えていると中から、わぁ~、とかきゃぁ。。と言っている声が聞こえた。
Kさんと顔を見合わせ、戸を開けると彼女が
「メガネを落としたんです。どこかにありませんかぁ。。。」と裸で探している。
お風呂場は湯煙で曇ってメガネが見当たらない。
3人でよつんばになって探し、ようやく隅っこに落ちてたメガネが見つかった^_^;
メガネが見つかり、お風呂場で自己紹介。
一人旅の東京からのMさん。

夕食は6時半から。
Mさんと21番からMさんと一緒だったおじさん、Kさん、私の一緒の食事。
見覚えのあるおじさん、金子やさんで一緒だったんだ。
向かいにバス遍路の団体さん10人。

Mさんも通し打ち。
明日は23番まで行けるだろうかと食事をしながら相談。
Mさんが、こういうときは宿のご主人に教えてもらうのが一番。
後で相談に乗ってもらおう。ということになった。

私たちの食事が済んで、団体さんの食事を出し終え、一区切りついた頃を見計らってご主人とロビーへ。

太龍荘から22番まで約12km。
22番から23番まで約21km。
私は23番の手前、田井ノ浜へ行き、ここで一泊するつもりだった。
田井ノ浜は、はなママさんに薦められ行きたかったところ。
22番から田井ノ浜まで約13km。
23kmくらいなら、なんとか歩けるだろう。

ところが、太龍荘のご主人の話では、今頃の田井ノ浜は夏ならともかく今頃は何もない、23番へ行くにも随分遠回り、と言われた。

12kmと言うのは21番からの距離で太龍荘迄来ているのだから、ここから22番までは7kmから8km。
途中にバス停もあるし、歩けなくなったらタクシーを呼んで23番まで行った方が良い。
宿は薬王寺会館がいいよ。

ご主人の話で決まった。
圏外で携帯は通じないので、公衆電話から薬王寺会館へ電話。
予約が一杯で、3人一緒の部屋ならあると言われた。
3人一緒で私は構わない。KさんもMさんも、頷いた。
薬王寺会館に夕食の都合があるので5時迄に到着してくれと言われた。
おじさんは宿坊は嫌だからホテルがいいと、他の宿をご主人に聞いていた。

田井ノ浜は諦めた。
歩けなくなったり間に合わなければ、バスかタクシー。
明日の朝食を6時にお願いして6時半出発。

公衆電話から本家に連絡。
1日メールも電話もないので心配していた。

早めに宿に着き、食事もお風呂も頂きました。
明日が早いので、寝ます。

明日は1日、雨予報。
少しの雨ならしょうがないけど、土砂降りにだけはならないことを祈って布団に入った。

金子や出発AM6:30→20番駐車場到着AM7:50
金子やから20番 3.8km 1時間30分(予定)1時間20分(実時間)
20番出発AM8:30→21番到着AM11:30
20番から21番 6.7km 3時間(予定)→3時間(実時間)
21番出発PM1:00→龍山荘到着PM2:15
21番から龍山荘 3.9km 1時間30分(予定)→1時間15分(実時間)

歩いた距離 14.4km

10月4日 21番 太龍寺
「西の高野」と呼ばれる21番、太龍寺は標高600mの大龍寺山の頂上にある。
広い境内には、多宝塔、大師堂、求聞持堂(ぐもんじどう)、護摩堂、六角経蔵などがある。

AM11:30
山を登り、歩いて来た人だけが見れる21番、太龍寺山門。
21番 山門

AM11:32
坂を登り、山門にたどり着く。
AM11:32

AM11:37
山門をくぐると、広い境内が見渡せる。
AM11:37

境内

鐘楼門から本堂へ向かう。
鐘楼門から本堂へ

AM11:43
登って来た石段から鐘楼門を振り返る。
AM11:43

広い境内に立派なお庭がある
広い境内

境内

境内

AM11:50
本堂。
本堂

本堂

本堂横から御廟橋を渡り大師堂へ。
大阪のSさんに会った。
足はもう大丈夫と、元気な足取りだった。
AM11:53

御廟の橋(みみょうのはし)を渡ると大師堂、その裏手に御廟(ごびょう)があり、高野山奥の院と同じ配列になっている。
御廟橋

動物の置物が祀ってあった。
境内

AM11:54
大師堂。
「竹林の七賢人」や「司馬温公の幼年の逸話」など、中国の民話や伝説が繊細な描写で彫刻されている。
大師堂

境内。
境内

多宝塔。
多宝塔

納経を済ませ、納経所前のベンチで昼休憩。
20番の山を下りて、21番の登山口で一緒だった一人旅お兄さんも納経所の前で休憩。
携帯が通じないよ~と言っていた。
600mの山頂、ここは圏外だった^_^;

Kさんと、東京のお兄さんから譲ってもらったおにぎりを、半分こして食べている頃から雨がポツポツ降ってきた。
今日いっぱい、雨は大丈夫と思っていたが、この分では麓まで持ちそうにない。
ロープウィー駅の休憩所兼お土産売り場に、雨具が置いてあるかもしれない。
境内

ロープウィー駅を背に。
春に来た時、記念撮影した場所。
ロープウィー駅で、熱いお茶のお接待を頂いた。
ロープウィー駅から正面

PM12:40
ロープウィー乗り場からの風景。
土産物売り場に雨具はなかった。
係員の人が麓の駅に連絡してくれたら、使い捨てのビニール雨具が有ると言うので、Lサイズを頼んだ。
次のロープウィーで運んでくれるそうだ。
次の到着時間を聞き、出直すことに。
飲み物を買って写真を撮ったりしてたら、係員の人がロープウィー乗り場へ連れて行ってくれた。
ロープウィー駅構内からの風景

PM12:50
本坊(持仏堂)
持仏堂

ロープウィーの次の到着まで、時間があったので龍天井の見学。
納経所の右隣にある、本坊(持仏堂)の大廊下の天井の龍。
高知県安芸市出身の四条派の画家、竹村松嶺(たけむらしょうれい)に描かれた迫力有る龍の姿。
龍天井


納経所で半袖のTシャッツを買った。
白地に黒の筆文字で、「太龍寺」の名前が入っているだけのTシャッツ、¥1500-

次のロープウィーの着く時間。
駅に行ってみると、出かける前に用意した100-ショップで買った使い捨てのビニール雨具と同じ物が¥280-。
雨は12番、焼山寺で懲りている。
Lサイズだからザックを背負っても着れる。
ないよりまし、濡れるよりましだ。

この後は今夜の宿、龍山荘へ向かうだけ。
雨が酷くならないうちに下山の準備。
PM1:00 21番出発。

21番の山門をくぐり坂道を上って行った時、納経を済ませ22番へ向かう岡田さんにすれ違った。
その後をNさんが着いて行った。

「雨が降りそうだから、オレ行くよ。」
Nさん、今日はどこまで行くの?
「浜松のおじさん、東京のお兄さんも先に行ったし、雨が降る前に行けるところまで行くよ。
haruねぇさん、ここでお別れだけど、又どこかで会おうね。」

「お金の続く間、歩けるところまで歩いて行く。」
6番から後になり先になり、ずーっと一緒だったNさんとここで別れた。
こんな弟がいたら楽しいだろうな。そんなことを思いながら歩いていた何日間。
四国へ来なければ絶対に会うことのなかった人。

微風一つない炎天下の中、どこまでも歩いた吉野川へのこと。
先に行ってと何度言っても、足の遅い私を気遣い、待っていてくれたこと。
歩く速度を遅くしてくれたり、何度も休憩を繰り返す私に付き合ってくれたこと。
レオンさんと、かみ合わない会話を楽しんだこと。
焼山寺の山越えのこと。

今までの出来事が思い出され、Nさんの後姿が涙で滲んだ。
元気でどこまでも歩いて行って。
きっと、又どこかで会えるから。
Nさんのことは、いつまでも忘れないよ。

21番到着AM11:30→21番出発PM1:00

10月4日 20番から21番
AM8:30
20番、林寺出発。

21番太龍寺は隣の山になるのだが尾根で繋がっているのではなく、一旦20番の山を下り、今度は21番を目指し、山を登っていく。
私は足が遅いから、待ってなくて先に行ってね。と朝、宿を出るときにKさんに言った。
Kさんは上り坂は強いが、下りになると足が遅くなっていた。
下り坂でKさんの後ろに着いて降りていくことが出来た。

AM8:42
慎重な足取りで下っていくKさん。
AM8:42

AM8:53
出発から30分で息が上がりザックを投げ出し立ち休憩。
AM8:53

急なアップダウンを何度も繰り返す。
上り坂に強いKさんの姿が又見えなくなった。
上り坂

上って来た山道を振り返る。
AM9:00

AM9:07
AM9:07

AM9:12
アスファルト道が見えた。
AM9:12

この道をしばらく進む。
車道

AM9:15

ロープウェー乗り場への案内。
昨夜、明日は大龍寺の山越えです。と義母に電話したとき側から義兄の声が聞こえた。
「ロープウェーに乗らなきゃだめだっ。」
「歩くなんてとんでもない、お義兄さんの声が聞こえただろう。ロープウェーに乗っていくんだよ。」
はいはい。と返事はしたが、ロープウェーは春に乗っている。
義母が心配してくれたが、ここで又ズルをするわけにはいかない。
遍路道へ

AM9:30
山道を下りて10分休憩。

山道を下っていたとき、足が動かなくなりザックを切り株に乗せて休んでいたら、後ろから来た一人旅のお兄さんが声を掛けてくれた。
「ヘビが沢山いるね。」
ヘビー!私は見なかったけど、いたんですかぁ!!
「いっぱいいたよ。咬まないし悪いことはしないヘビだから大丈夫だよ。」
そんなぁ。。。降ろしたザックを大急ぎで背負い、慌てて一人旅お兄さんの後を追いかけた。
私は焼山寺で一度ニョロを見たけどその後は見ていない。
これだけの山だもの、ニョロや獣がいてもおかしくない。
お大師様が、私の目に見えないようにいてくれたんだ。
一緒に歩いてくれたお大師様、一人旅お兄さん、ありがとうとざいました。
AM9:30

AM9:50
アスファルト道の脇、東屋で休憩して待っていてくれたKさんと並んで歩く。
AM9:50

やがて大きな川、那賀川を渡る。
川の向こうの山の山頂、21番太龍寺を目指す。
那賀川

AM10:00
橋を渡ると林道に入り21番への登山口が待っている。
AM10:00

AM10:39
登山口の急な上り坂。
一人旅のお兄さんに、此処の山は一気に上って。と言われた。
AM10:39太龍寺登山口

遍路道。
遍路道

AM10:46
最後の上り坂。
AM10:46最後の上り坂

AM11:25
上りきると車道のベンチに先に到着したKさんが待っていた。

T字路になった道は左へ行くと22番。
右に21番の山門への坂道。
AM11:25


Kさんは、12番、焼山寺の方がこの山越えよりも楽だった、と言ってたが、私にはどちらも同じくらのきつさだった。
「遍路ころがし」名前の通りの難所。

20番出発AM8:30→21番到着AM11:30
20番から21番 6.7km 3時間(予定)→3時間(実時間)

10月4日 20番 林寺
AM7:50
20番 仁王門。
20番 仁王門

運慶作と伝えられる仁王門。
山門の額「霊鷲山」は釈迦が説法をしたインドの山の名。
PM7:50

仁王門の中に一対の白鶴。
一対の白鶴

境内の不動明王。
境内 不動明王像

本堂への石段。
本堂への階段

本堂の両脇の鶴。
本堂

ご本尊が一対の鶴に守護されている。
本堂

21番札所太龍寺と向かい合う位置にあり、太龍寺は金剛界道場、林寺は胎像道場となっている。
本堂

本堂右手の三重塔。
三重塔

大師堂。
大師堂

大師堂。
大師堂

参拝を済ませた岡田さん。
岡田さん

本堂を見上げる。
境内

AM8:30
納経を済ませ休憩。
Kさん、今夜の宿の手配。
右端Nさん。
境内にて休憩


Nさん、東京のお兄さん、三重のおじさんは私達より後で出発したのに休憩中にみんな到着し、先に着いていた浜松のおじさんと休んでいた。

休憩中、21番辺りへ行っていると思っていた岡田さんが参拝を済ませ石段を降りて来られた。
昨夜はどちらの宿だったんですか?訊ねると、金子やさんより先にある「かえで」に宿泊とのこと。
昨日のうちに20番まで来れるかと思ったが、無理だったそうだ。
ならば、金子やさんでよかったのに私に譲ったばかりに次の宿を探したのだろうか。
申し訳ない気持ちで一杯になった。
私の気持ちを察し、笑いながら言った。
「気にすることはありませんよ。良い宿でしたから。」
優しい人に出会え、感謝。
「それでは先を急ぎますから。又どこかで会いましょう。」
爽やかな笑顔の好青年、岡田さんは足早に21番へ向かった。

休んでいたNさん、「オレも行くわ。伝説の人に付いて行くよ。」と岡田さんの後を追った。
私たちの間で、岡田さんは伝説のお遍路さんになっていた。

20番到着AM7:50→20番出発AM8:30
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